50.魔法少女カレン
真っ白な空間。私の目の前に佇む、親友のハルカ。
笑みを浮かべていて、ポニーテールをしていて、自信満々なその顔。
見間違えるわけがない。彼女は間違いなく、私の親友であるハルカだ。
「……どこ……ここ……」
力がうまく入らない。まるで体重が無くなったかのように、身体の重さも感じない。
全身がとてもふわふわして浮いているような、そんな感じ。
でも動くことはできる。私はゆっくりと、立ち上がった。
「わあ……大人になったねえカレン」
驚いた顔をして私を見つめるハルカ。
ハルカ、ずっと会いたかったハルカ。彼女になんて話しかければいいのか、わからない。
「ね、ね。ちょっと歩きながら話さない? カレン」
すると、昔と変わらない喋り方で、笑みで、彼女が話しかけてきた。
「……えと、うん」
私はとりあえず頷く。するとハルカは嬉しそうに両手をパンと叩いてから、歩き始めた。
楽しげに歩く彼女に、私も続く。
歩きながら辺りをキョロキョロと見回す。どこもかしこも真っ白で、何もない。
地面を見てみる。水は張ってないのに、一歩進むたびに、私の足を中心に波紋が広がっていた。
変な場所。不思議な場所。わけのわからない場所。
もしかして私、死んじゃったのかな。
(いや……私が天国に行けるわけないんだし、違うか)
ハルカにバレないよう、私は苦笑した。
「ねえカレン……最近、どう過ごしてた?」
前を行くハルカが振り返り、私に話しかけてきた。
私はその場で立ち止まり、俯きながら答える。
「……普通、かな」
「そ! よかった……」
嘘をついた私を疑うことなく、優しく微笑みながら言うハルカ。
そんなハルカを見て、私は徐々に嬉しい気持ちよりも、彼女に恐怖心を抱き始めていた。
思い出すのはフードの少年。彼が指を鳴らしたと同時にハルカの顔に変わったあの瞬間。
「……ねえ、ハルカ」
私は恐る恐る、彼女に話しかける。
「ん? なーに?」
「ハルカは……ハルカだよね?」
私が問うと、彼女は不思議そうな顔をしながら、首を傾げた。
そして、ゆっくりと私に向かってくる。
「えと……」
私の目の前で立ち止まり、ほおを指で掻きながら、戸惑うような表情を見せるハルカ。
お願い、答えて。
私はフードの少年じゃないよって。吾妻ハルカは最初から吾妻ハルカだよって──
「……ぎゅっ!」
「……へ?」
すると何故か、ハルカは突然抱きついてきた。
懐かしい感覚。いつも私は、こんな風に彼女に抱かれていた。
涙が出そうだった。懐かしくて、とても嬉しくて──
「私は私だよカレン……カレンの親友吾妻ハルカ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない」
「……ハルカ」
確実な証拠があるわけじゃない。ハルカがフードの少年じゃないっていう証拠が。
でも逆に、ハルカがフードの少年だったって言う証拠もない。私をバカにするために、顔をハルカたちに変えて嘘をついたのかもしれないし。
フードの少年とハルカ。どちらを信じるべきか、そんなの決まっている──
「ありがと……ハルカ」
「ん! よくわかんないけど……よかったね、カレン」
天使のような笑みを浮かべながら、私を上目遣いで見てくるハルカ。
そして彼女はゆっくりと私から離れ、再び歩き始めた。
「ねえ、ハルカ」
「ん?」
そんな彼女に、私は後ろから話しかける。
「ここって……どこ?」
気になっていたことを聞く。するとハルカは、私から目を逸らしながら──
「……わ、私もよくわかんない」
と、恥ずかしそうに言った。
「えぇ……」
思わず私は落胆し、呆れた声を出す。それを聞いてイラっとしたのか、ハルカが頬を膨らませながら私を指差した。
「しょ、しょうがないじゃん! わかんないものはわかんないもん!」
そう叫びながら、ハルカは再び、私の元へやってきた。
「て言うかさ、カレンの方が知ってるんじゃないの?」
「え……?」
ビシッと私を指差してから、辺りをキョロキョロ見回すハルカ。
そして、私の目をじっと見て、言った。
「漫画とかアニメでよくあるじゃん? 心の中みたいな……深層心理がどうとか! そういう系じゃない?」
「ええと……ああ」
ハルカに指摘され、私は辺りを一瞥してから納得したように呟く。
確かにそう言う感じのパターンかもしれない。この空間に来る前、私はフードの少年に精神攻撃を仕掛けられていたわけだし。
(じゃあここは死後の世界とかじゃなくて……ってことはこのハルカは)
私はハルカをじっと見つめる。すると、彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
(死後の世界とかだったら本物の可能性もあったけど……)
この世界が、この空間が、私の深層心理によって出来たものならば、それは全て虚構で空想で妄想で幻想。
目の前にいるハルカは、私にとって理想のハルカだ。
私が助けられなかったことを恨んでいないし、責めないし、掘り返しもしない。そして抱きしめてくれて、とても優しくて、一緒に居て楽しい。
都合のいい、妄想ハルカだ。
だけど、いいや。
ハルカが一緒に居てくれるなら私は、もういいかも。
これでアムルやハッピーも居たら最高なんだけど、と私は辺りを見回す。
居ない。誰も居ない。ハルカと私しか居ない。
「ねえカレン。どうするの?」
「え……?」
すると、ハルカが真面目そうな顔で、私を見ながら話しかけてきた。
いつの間にか私から離れていて,少し遠いところから話しかけてきた。
じっと見つめてくるハルカ。やけに威圧化があって、私は何も言えない。
「カレンが今大変な状況なのはわかってるよ? あの男の子にいじめられて……精神が壊れかけてるんだよね」
「……ハルカ」
一歩一歩、ゆっくりと、しっかりと地面を踏みしめながら、ハルカが近づいてくる。
「私ね……カレンのこと、大好きだよ」
近づいてくる。
「大好きだからわかる。一カ月くらいしか関わってなかった……関われなかったけどね」
近づいてくる。
「大好きだから、親友だから、ちゃんと言うよ。カレンに」
目の前までやってくると、華奢な両腕をゆっくりと私に伸ばしてくる。
そして、軽く私の頬を両手で挟み、自分の元へと私の顔を引き寄せた。
「逃げないで……」
そう彼女が小さく呟く。
次の瞬間。コツン、と彼女の額が、私の額に当たった。
「私、知ってるよ? カレンが甘えん坊だって」
彼女のほのかに温かい吐息が、私の唇をくすぐる。
「いっぱい甘えてくれていいよ……弱いところたくさん見せてくれてもいい……だけどねカレン。あなたは魔法少女なの。私が恋した素敵な魔法少女なの」
「ハルカ……?」
私は、彼女がなんの話をしているのかわからなかった。
本当はわかっているのかもしれない。だからこそ、理解したくないのかもしれない。
ハルカと一緒に居られて、居心地のいいこの空間から,抜け出したくないのかもしれない。だから、必死にわからないフリをしようとしているのかもしれない。
「綺麗で……可愛くて……カッコよくて……! そんなカレンが私は大好き!」
カレンの額が私から離れる。そして、彼女は力強く、私を抱きしめてきた。
何度も、何度も何度も何度も体感した、この抱きしめ。
誰かに抱きしめられるたび、思い出していた大好きな抱擁。
胸がきゅっと苦しくなる。泣きそうになって、嗚咽が漏れる。
頬が熱くなっていく。目から涙が、溢れそうになる。
私は、優しい彼女の肩を、ぎゅっと掴む。
「そんなんじゃないよ……だって私、助けられなかったんだよ……」
ぎゅっと、ぎゅっとぎゅっと掴む。
「ハルカも……キロも……ハッピーちゃんも……アムルちゃんも! みんな助けられなかった……!」
手が震える。涙で視界がボヤけ始める。
「そんなんじゃないんだよハルカ……私、全然ダメダメで、どうしようもないダメ人間なの……」
ハルカが私の目の前で消える時を思い出す。
キロが触れた時の冷たさを思い出す。
ハッピーちゃんをちゃんと見てあげられなかった、後悔を思い出す。
アムルちゃんの首を手に持った時の、重みと悲しみを思い出す。
私は何もできない。できていない。
何もかも守れなくて、何もかも失って、何もかも得られなくて──
私は、ハルカの思うような、素敵な魔法少女じゃない。
「うん……そうかもね。カレンは確かに、ダメなところ多いかも」
そう言って、そっと私の頬に触れるハルカ。
「でもね。私ちゃんと覚えてるよ? 私を助けてくれた時のとっても綺麗でとっても可愛くてとってもカッコよかった、魔法少女カレンを……」
私を、私の目をじっと潤んだ瞳で見つめてくるハルカ。
とても優しい言葉。都合のいい言葉。
この言葉は、私にとって都合がいい、私が生み出した、私を甘やかしてくれる妄想で出来た、嘘で塗れたハルカの言葉かもしれない。
けど、それでも、その言葉はとても嬉しくて──
自分が,褒められている気がして。自分は、凄いんだって気がして──
「だからね、私の前ではね、カッコよくて素敵な魔法少女でいて欲しいの……! それが私の好きな、若井カレンだから!」
ハルカがそう叫ぶ。
その瞬間、私の脳裏に笑みを浮かべ嬉しそうなフードの少年の姿が浮かんだ。
「倒そうよ……」
唇を噛む。
「倒そ……怖いって、辛いって逃げるのもいいけどさ……」
歯軋りをする。
「今は逃げないで……! 私のために……みんなのためにアイツを倒して……!」
ハルカがそう言った瞬間──
思考が、脳が、一瞬プツンと切れる。
怒りが頂点に達したのか、絶望のあまり気絶したのか、わからない。
何が起きたのかわからないけど、とりあえず、私の中で何かが変化した。
私の中で、何かが吹っ切れた。
「ありがとハルカ……会いにきてくれて」
私は、私を抱きしめているハルカを、ぎゅっと抱きしめ返す。
「また自分を見失って暴走するところだったよ……あはは」
思い出す。あの日、キロくんが死んでしまったあの日を。
ハルカの死に絶望して、キロくんの死にショックを受けて、自分を見失って、何もかも破壊してしまったあの日。
私の罪。自分のダメさ、情けなさを受け入れられずに自暴自棄になって世界を滅ぼしかけた、私の罪。
今になって、ようやく実感した気がする。何がダメで何をしてしまってどう受け入れればいいのか。
実感したところで何をどうすれば償えるのかとか、よくわからないけれど。
心はなんだか、穏やかになったと言うか、軽くなった。
「……ねえハルカ。私、どうやったらアイツを倒せるのかな」
私はハルカに問う。するとハルカは「うーん……」と少し唸ってから──
「わかんない……あはは」
と、首を傾げながら笑った。
私もそれに釣られて笑う。なんだか、こういうやり取りが懐かしくて、嬉しくなった。
「……あ、そうだ! あの男の子さ、カレンの魔法の本質は破壊だ何だって言ってたよね!」
思い出したようにハルカが言う。けれど、私には心当たりがなくて、思わず首を傾げた。
「そんなこと言ってたかな……」
「言ってた言ってた! 魔法の本質とか意味わかんないけど……ほら、カレンって世界滅ぼしちゃったじゃん? それって、世界を破壊したってことでしょ?」
「そ、そんな軽く言わないでよ……」
楽しげに世界を滅ぼした、と言うハルカに私は思わずため息をつく。
しかし彼女はそんなこと気にせず、いつもの雰囲気で話を続ける。
「とりあえず簡単に解釈するとしたら……カレンの魔法って、何でも破壊できちゃうんじゃない?」
「何でも破壊……? ビームはいっぱい撃ってきたけど……」
何でも破壊できるかも、と言われてもあまり実感が湧かない。
そもそも、私は魔法少女で魔法が使えるけど、魔法そのものについてはよくわかってない。
何となく雰囲気で使っていると言うか、感覚だけで使っていると言うか。そんな感じで何も理解していない。
「ぶっ壊してやる! って思いながら攻撃すれば破壊できるんじゃないかな……」
拳をグッと握りしめ、そう言うハルカ。
私はそんなハルカを見て思わず笑ってしまう。
それと同時に気付かされる。
「殺してやる……とは思ってたけど、壊してやるとは思ってなかったかも」
私は普段、ビームを撃つ時は殺してやると言うより壊してやると思いながら撃ってきた。
もしくは、消し去ってやるとか。
でも、基本は壊そう壊そうと思って使っていた気がする。正直、あまり何も考えずに使っていたから自信がないけれど。
「よし! じゃあ壊してやるって感じで戦おうカレン!」
私の耳元でそう叫んでから、ハルカは私から少し離れ、サムズアップ。
私はそんな彼女を見ながら、ゆっくりと頷いた。
「……じゃあ行ってくるね、ハルカ」
「行ってらっしゃいのキスはいる?」
「……いらない」
「なんでよ!?」
私はそっぽを向いて、ハルカの提案を拒否する。
すると、次の瞬間、すごい衝撃が私を襲った。
「あぎゃ!?」
「いいじゃんいいじゃん! 最終決戦じゃん! メインヒロインのキスで旅立ってよカレン!」
衝撃の正体は突撃してきたハルカ。私の腹部に顔を埋めながら、変なことを叫んでいる。
「ハ……ハルカってそんなキャラだった……?」
「だって……久しぶりにカレンに会えて嬉しいのにさ! カレンばかり私に甘えてるじゃん! それってズルだよ! 本来は私が甘える側なんだからさ!」
さらに力強く抱きしめ、叫ぶハルカ。
私はため息をついてから、ハルカの頭を撫でた。
「そんなんで誤魔化されないんだからね……!」
すると、撫でた瞬間にハルカは頭を動かして、私の手を払いのけた。
そして上目遣いで、じっと見つめてきて──
口をほんの少し、尖らせてきた。
「……恥ずかしいからキスは無し」
「うえぇ……女の子にキス顔させといてそれぇ……?」
再びそっぽを向いてキスを拒否すると、ハルカは情けない声で嘆いた。
思わず笑いそうになるが、それを必死に堪え、私は彼女を見つめ言う。
「それじゃあ、本当にもう行くから。またね」
「……キスは?」
なおもせがんでくるハルカ。私はもう一度そっぽを向き、呟く。
「……うっさい」
すると、ハルカはため息をついて──
「なんかカレン……大人になっちゃったね」
と、悲しそうに呟いた。
「成長したからね……」
私はハルカを煽るように言う。
「むぅう……」
するとハルカは唸るように、頬を膨らませながら私の背中をペチペチ叩いてきた。
「そんなに嫌ならもういいや……むぅ」
やがて、そのペチペチは終わり──
「……行ってらっしゃいカレン」
と、ハルカは抱きつきながら上目遣いでそう言った。
私は彼女の目をじっと見つめ、頷く。
「……うん」
*
「あはは……! 素晴らしい素晴らしい素晴らしいよカレン!」
白目を剥きながら、大きく口を開きながら、震え悶え、真っ白な光を見に纏うカレンを見て、フードの少年が笑う。
手を叩いて、大口で笑い声を発しながら、彼は喜んでいた。
「ようやく世界が滅ぶ……滅ぼせる……ありがとうカレン! ありがとうカレン!」
少年が天を高く見上げ、叫んだ。
その瞬間、カレンの目がぐりんと動き、少年を睨みつけた。
そして彼女から発せられる白い光が、彼女の中に収束し始めた。
「……は?」
カレンの変化に気づいた少年は、苛立ちと疑問を抱きながら、そう呟いた。
カレンがゆっくりと立ち上がる。拳をぎゅっと握りしめ、少年を睨みつけている。
「……ふざけるなよ」
少年が呟く。
「なんで……立ち上がってるんだよぉカレンぅ……!」
泣きそうな、情けない声で少年は嘆いた。
*
目を開くと、目の前にフードの少年がいた。
瞬時に辺りを見回す。誰もいない、ボロボロの公園。そこに私は立っていた。
ぎゅっと拳を握りしめる。自分の意思に背いて溢れ出る力を、ゆっくりと己の中に戻していく。
さっきまでの疲れも、悲しみも、何も感じない。
すっきりとした気分。妄想の中とはいえ、ハルカに会えたからかな?
私はゆっくりと立ち上がる。身体がとても軽い。さっきほどまでではないけれど。
拳をさらに強く握りしめ、私はフードの少年を睨みつける。
アイツを倒す。アイツを殺す。アイツを破壊する。アイツを壊す。
心の中で呟いて、私は地面を蹴り、彼の目の前へ瞬時に向かった。
「なんでよカレン……!」
私の拳を、フードの少年が手のひらで受け止めた。
さっきまでと何かが違う。私は今初めて、フードの少年を攻撃した感覚を得られた気がする。
今の私ならこいつを倒せる。根拠はないけれど、そう実感した。
「どうしてだよカレン……!」
少年がイラついたように、私を弾き飛ばす。
「くっ……!」
私はすぐに地面に降り立ち、完璧に受け身をとって衝撃を地面に流した。
「意味わかんないよカレン…….!」
少年が空に浮き、指を天に向ける。すると先程までと同様、空にたくさんの火球や氷塊が現れる。
「絶望したはずだろカレン!」
少年が叫び、指を私に向け勢いよく振るう。
それと同時に、火球や氷塊が私に向かって落ちてきた。
「立ち上がれないはずだ!」
私は手のひらを向ける。少年に向けて。
「……カレンビーム」
そう軽く呟く。すると、今まで放ったことがないほど、強力な光線が私の手のひらから放たれた。
それはあっという間に火球と氷塊を消し去り、真っ直ぐに少年へと向かっていく。
しかし、少年は珍しく慌てたような顔をして、それを避けた。
「ど……どう言うことだ……ありえない……絶望していないのにこの力はありえない……!」
何かをぶつぶつ呟いている。私はそれにイラッときて地面を蹴って飛び上がり、彼の目の前へと向かう。
「ひ……ッ!」
怯えたような顔をする少年。私そんな彼の顔に、容赦なく拳を振るう。
「があ!?」
悲鳴を上げながら、地面に落ちていく少年。
「うかぁ!?」
背中を思いっきり地面に強打し、血反吐を吐きながら苦しそうな悲鳴を、彼は上げた。
私もすぐに地面に降り立つ。しかし、私が降り立ったその時には、少年の姿は見えなかった。
「おかしいだろ……なんであんなに追い詰めたのに……イキイキとしているんだよお前はぁ……!?」
後ろから、怒りと嘆きが混じった声が聞こえてくる。
振り向くとそこにいたのは少年。頭を強く押さえながら、私を睨みつけている。
「知ったはずだ……この世界は理不尽で無慈悲でムカついてウザくて苦しくて辛くて嫌なことしか起きないって! だから君は絶望した……そのはずだろ!」
必死な形相で、必死すぎる形相で、私に向かって叫ぶ少年。
私は、何も答えない。
「あはは……! ハルカちゃんは死んで、キロは死んで、ハッピーちゃんは死んで、アムルちゃんも死んだ! そんな君に何が残っている!? 何も残っていないだろ!? 生きる意味も気力も何もないはずだ!」
無理矢理笑みを浮かべながら、私を指差し叫び続ける少年。
私はイラっとするが、敢えて何も言わない。答えない。
「この先、生きたって意味はない……君は世界を滅ぼすべきなのさ……滅ぼせよ! 君なら出来るんだよカレン……!」
「……でもいい」
「あ……?」
「どうでもいい!」
私は痺れを切らし、地面を蹴り、少年の懐に入り、思いっきり腹部を殴りながら叫んだ。
「ぐぼぉ……ッ!?」
そして、私は少年を弾き飛ばす。
近くに垣根に突っ込んでいく少年。そんな彼を睨みつけながら、私は叫ぶ。
「もうどうでもいい! 全部どうでもいい!
拳を握りしめる。力強く、力強く、力強く握りしめる。
彼に言うのではなく、私に伝えるために、私は叫ぶ。
「変なことでうだうだ悩んだり、自分のダメさ加減に嫌悪感を抱いたりしない! 私は……もう、そんなことどうでもいい! 好きなように生きてやるの!」
「なんでだよカレン……なんでだよ……どうしてそんなポジティブ思考……誰のせいだよ……」
少年がゆらりと立ち上がり、醜く叫びながら私に向かってくる。
「誰のせいでそんなことになってるんだよおおおおおお!?」
私はそんな彼に向け、思いっきり手を伸ばし──
「がは!?」
憎たらしいその顔を、深く被っているフードもろとも握りしめる。
そしてじっと見つめ、睨みつけながら、彼に向かって叫ぶ。
「私は……この世界を壊す! あんたのせいでクソみたいな事ばかり起きたこの世界を……あんたの望み通り壊す! そして平和でハッピーな世界に作り変えてやる!」
私がそう叫ぶと、少年は突然──
「うぇ……びぇ……うえええええん……」
と、泣き出した。
「壊すだけでいいんだよカレン……壊して作り直すなんてしないでよ……壊して終わりでいいんだよカレン……」
「やだ。作り直す……」
「……この! やめてよねッ!」
彼が叫んだ瞬間、ものすごい力で彼は私の腕を掴んできた。
私は瞬時に手を離し、腕を勢いよく振るい、彼を振り払った。
「カレン……もう一度絶望させてあげるよ……僕の本気を見せてね!」
笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる少年。
彼の周りに無数の火球と氷塊と槍と剣が現れる。パチンッと、彼が指を鳴らすとそれらが一斉に私に向かってきた。
「はぁ……ったく!」
私はため息をついてから、地面を蹴る。
火球を避け、氷塊を避け、槍を避け、剣を避け、瞬時に少年の目の前へ。
驚いた顔をする少年。私は彼に向け、思いっきり拳を振るう。
「……ッ!」
受け止められた。少年は瞬時に私の拳に反応し、それを受け止めた。
攻撃の手は止めない。私はすぐに右足で彼を蹴ろうとする。
だがそれも受け止められる。けれど、それがどうした。
次は右腕、左足。それも受け止められたなら左腕、右足。
瞬時に出す。出し続ける。
彼を殺すために、彼を壊すために。私は攻撃し続ける。
「クソ……クソがカレン!」
「うるさいなぁ……!」
ビームを放ち、右手で殴り、火球を避け、剣を手に取り少年に投げ捨て、槍の持ち手を蹴り、左足で少年を目掛け、それと同時に右手で拳を作り放つ。
氷塊を避け、地面に勢いよく倒れ少年の攻撃を避け、それと同時に瞬時に立ち上がり回し蹴り。その後同時にやってきた無数の剣と槍をビームで一掃、直後に地面を蹴り少年の懐へ入る。
「行こうカレン! いつものアレ!」
誰かが話しかけてくる。忘れられない声、親友のハルカの声。
「カレンビーム!」
ハルカが叫ぶ。それと同時に、私の手のひらからビームが放たれた。
「好きだよねえハルカ……カレンビーム」
「がぁっ……ッが!?」
少年の半身が吹き飛ぶ。苦しそうに悶えながら、彼は私を睨みつける。
すると、笑みを浮かべながら指を鳴らした。
その瞬間、私の目の前に無数の剣。
突然すぎて、対応できない。私は身を守るように両腕を顔の前にやり、ぎゅっと目を閉じた。
「は……なんでだよ……」
その直後、聞こえてきたのは少年の掠れた声。
私は目を開ける。すると、無数の剣はいつのまにか消えていた。
「大丈夫か、カレン」
誰が話しかけてくる。忘れられない声、初めての彼氏で友達のキロくんの声。
「ありがとうキロくん……また守ってくれて」
私はお礼を呟く。見えない彼に向かって。
「キロくぅんだぁ!? アイツは僕が処分したはず……何を言ってるんだカレン! 君はぁ!?」
血だらけのフードを強く握りしめ、醜く叫ぶ少年。
彼は叫びながら、勢いよく私に手のひらを向けてきた。
それと同時に放たれる赤い光線。太く大きく強力な、真っ赤な光線。
「カレンちゃん、これ当たったらノーハッピーですか?」
誰かが話しかけてくる。忘れられない声、同居人で居候のハッピーの声。
私は静かに頷く。
すると、赤い光線が私の目の前に来た瞬間、それは真っ二つに切られた。
「は……? 今何をしたんだカレン……?」
「……それが私に当たるとノーハッピーなの。ね、ハッピーちゃん」
「意味がわかんない……ノーハッピーってなんだよぉ!?」
無数の火球と氷塊と槍と剣を携え、少年が叫びながら向かってくる。
彼が指を勢いよく振るうと、彼の周りに浮いていたそれら全てが私に勢いよく向かってきた。
私に襲いかかってくる無数の弾幕。それらは全て、どこからか放たれたビームによって消し去られる。
そして、右腕に誰かが抱きつく感覚。
「やっちゃいましょうカレンさん! ラッブラブな私たちなら最強完璧無敵です!」
誰かが話しかけてくる。忘れられない声、私が大好きで私を大好きなアムルちゃんの声。
「うん……アムルちゃん!」
彼女の言葉に私は、力強く頷き同意する。
左の手のひらに魔力を込め、それを少年に向け──
「究極イチャラブぎゅっちゅっ奥義! カレンアムルビーム!」
と、一度も叫んだ事のない必殺技名を、アムルと同時に叫んだ。
放たれるのはピンク色でとても太くて、周りにハートが浮いていて、強力なビーム。
「や、やめ……ッ!?」
それは少年の全身をあっという間に、飲み込んだ。
「……ふぅ」
私は一息つく。
倒した。終わった。これで全部終わった。そう安堵し、思わず地面に座り込む。
「ハァ……ハァ……!」
聞こえてくる。
「ハァ……ハァ……!」
苦しそうな声が、死にそうな声が。
「ハァ……ハァ……! カレン……!」
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。あの少年が──
「まだ……まだだよ……言ったよね……僕はなんでも作れるんだ……自分の身体もほら……!」
至る所から骨をむき出しにして、血をダラダラと流しながらも、笑みを浮かべながら、指を鳴らす少年。
「あれ……?」
鳴らす。少年は指を鳴らす。
「あれ……? あれ……? あれ……?」
何度も何度も何度も鳴らす。
「あれ!? あれ!? あれ!?」
指を鳴らし続ける。現実を否定するように、間違いを正すように。必死に指を鳴らす。
そんな、必死で哀れな彼を見て、私は告げる。
「あなたの能力は破壊したよ……さっきのアムルちゃんとのビームでね」
ビームを放つ時、心の奥底で願った。あの少年のチートみたいな能力を消し去りたい、破壊したいって。
どうやら成功したらしい。あの少年が言っていた通り、私の魔法の本質は破壊。
何でも破壊できる。強く思えば、どんなものでも──
「なんで……あり得ないよ……いやカレンの力なら……!」
私はゆっくりと立ち上がる。
そして、全身に力を入れ始めた。
力、というより魔力を、全身に込め始める。
「私は今からこの世界を破壊する……! あなたのせいで私が破壊してしまったこの世界を破壊して、平和な世界に作り変える……!」
「僕のせいって……責任転嫁しないでよね……強大な力を持って……それを扱いきれず……僕の策略にハマって……ものの見事に世界を破壊した……それは君の責任だよ……君の罪だよ……」
指をパチンパチンと鳴らしながら、少年は私を睨みつけながら言った。
私は一度ため息をついて、話を続ける。
「だから、世界を滅ぼしたこの力で、もう一度世界を壊して、新たな世界を作り出すの……!」
私が何でも破壊できるなら、それも出来るはずだ。
破壊と創造は表裏一体。何かを創る時、何かが破壊される。何かを破壊する時、何かが創られる。
例えば、恐竜を全て破壊した時。恐竜のいた世界は破壊されて、その代わり、恐竜のいない世界が生まれる。
死んでしまった人の死を破壊した時、死んだという事実が破壊され、その人は生き返る、生きていることになる。その人が死んでいる世界が破壊され、その人が生きている世界が創造される。
それができる。私の力は、それが出来るはず。
私が苦しんで、ハルカが苦しんで、キロくんが苦しんで、ハッピーが苦しんで、アムルが苦しんだこの世界。
私の苦しみ、ハルカの苦しみ、キロくんの苦しみ、ハッピーの苦しみ、アムルの苦しみ。それら全てを破壊すれば、私たちの苦しまない世界が誕生するはず。
私たちだけじゃない。私のせいで苦しい思いを背負った人たち、その人たちの苦しも破壊する。
あのフードの少年の影響で、色々な人が苦しんで、出来上がった世界。
正直、世界を破壊するのはどうかと思う。今も生きている人たちがどうなるかとか、私にはわからない。
けれど、こんなクソみたいな世界よりは、きっといい世界になるはず。
そう信じるしかない。
私はまた、世界を破壊する。誰の意見も聞かず尊重せず、世界を破壊する。
それが正しいのかとかはわからない。けれど、けれど──
あまりにも酷い世界だから。こんな世界、大っ嫌いで嫌だから。
私は破壊する。自分のエゴで、世界をもう一度、破壊する。
一回目は全部あのフードの少年のせいにする事にした。実際そんな感じだし。私、ハメられただけで悪いことしてないもん。
二回目の世界破壊。もしこれが、罪だと言うなら、私はちゃんとそれを背負う。罰も受ける。
だから私は、私は──
自分の望む、自分の都合のいい世界を、創りたい。
そのために破壊する。こんな世界を、クソみたいな世界をクソみたいな奴と一緒に──
「……破壊してやる!」
私がそう叫ぶと、少年は悲しそうな顔をして私を睨みつけてきた。
「……破壊するだけにしてくれよカレン! どうせ新しい世界を作ったとしても苦しみはある! 辛い事だってある! こんな世界最初から無い方がいいんだよ!」
あまりにも必死に、あまりにも哀れに、叫ぶ少年。
私は少し力を緩め、彼を見ながら、彼に問う。
「どうしてあなたは……そんなに世界を憎むの?」
すると、少年は俯き、小さな声で呟き始める。
「僕は……僕がこの世界を破壊したい理由は……」
泣きそうな声で、嗚咽を漏らしながら、語ろうとする少年。
私はそんな少年を、殴った。
「ガハッ!?」
「誰があんたの悲しい過去なんて聞いてやるもんか! あなたはただのクソ野郎……それだけでいい!」
叫ぶ。心の底から叫ぶ。
すると少年は、恨みと憎しみを込めて、私を睨み── フード被ってるから目は見えないけど──つけてきた。
「カレン……! 君こそただのクソ野郎じゃないか……! 我欲だけで世界を壊そうだなんて……!」
「そうね……私はクソ野郎だなんて、そんなの知ってる。どれだけそれで自己嫌悪してきたと思ってるの……!」
拳をぎゅっと握りしめ、私は笑みを浮かべた。
「……消し去ってやる!」
「カレン……カレン……カァァァアアアレェェェンン!」
「気安く呼ばないでよね、私の名前を……。私の友達じゃないんだから」
身体をぐちゃぐちゃにしながら、わけのわからない走り方で向かってくるフード少年。
私は彼が目の前にたどり着くと同時に、全身に込めた魔力を解き放った。
心が壊れそうなほどの苦しみ。
血だらけで泣きそうなほどの痛み。
自分が嫌いで自傷し続ける辛さ。
好きな人と悲劇的な別れを告げる悲しさ。
それら全てを消し去る。破壊する。
そう強く願いながら、私は魔力を発する。
私から溢れる、真っ白な光。
それはやがて、世界を包み込んで──
*
「起きてくださーい」
誰かが私を揺さぶっている。
「起きてくださーい! カレンさーん!」
可愛らしい声で、私の名前を呼んでいる。
「カレンさーん! 仕事に遅れますよ!?」
「……わあっ!? 仕事!?」
その単語を聞いて、私は飛び上がって起きた。
目の前には、不満そうな顔をしたアムルが立っていた。
「全く……ハルカさんはちゃんと起きるのに。なんでカレンさんはそんなに寝起きが悪いんですか?」
頬を膨らませながら、私を叱りつけるアムル。
睨みつけられて、私はつい、彼女から顔を逸らした。
「えっと……疲れてて」
「それはわかりますけど! 平日なのに夜遅くまでお酒を飲んでいたのが原因ですよね!? お酒を飲むなとは言いませんが、飲むタイミングと量くらい考えてください!」
「ごめんなさい……」
正論に捲し立てられ、私は思わず俯きながら、小さな声で謝った。
「全くもう……」
ため息をつきながら、アムルがこちらにやってくる。
そして、右腕にぎゅっと抱きついてきた。
「私も学校あるんですから……朝一緒に居られる時間は貴重なんです! 明日からはちゃんと起きてくださいね!」
抱きつきながら、上目遣いで、じっと見つめながらそう言ってくるアムル。
可愛さと怖さが混ざって、よくわかんない。
「はーい……」
私はテキトーに謝り、彼女に抱きつかれながら寝室を出た。
階段を降りて、真っ直ぐにリビングへと向かう。
「あ、カレンおっはよー」
「おはよう……ハルカ」
リビングには、コップ片手にソファに座りながら、テレビを観ているハルカがいた。
笑顔でこちらに向けて手を振ってくる。私もそんな彼女に手を振ってから、洗面所へと向かった。
「えと……ごめんねアムルちゃん。流石にちょっと邪魔かな」
「……むぅう。仕方ないですね……」
抱きついていたアムルは、私がどいてとお願いすると、不満そうな顔をしながらも、素直に離れてくれた。
私は彼女が離れた瞬間、自由になった右腕をぐるぐると動かす。
そして、急いで顔を洗って、歯磨きをして、パジャマから服に着替えて、洗面所を出た。
「えへ!」
洗面所を出た瞬間、アムルがぎゅっと抱きついてきた。
私はそんな彼女の頭を撫でながら、リビングへと向かう。
「アーちゃんとカレンはいっつもイチャついてるね……たまには私とイチャつかない? アーちゃん」
コップ片手に、ニヤニヤしながらハルカが話しかけてくる。
すると、アムルが唸り声を上げながらハルカを睨みつけ──
「アーちゃんって呼ばないでください!」
と、叫んだ。
「初めて会った時自分で名乗ったのに……」
「カレンさんにしか名乗ってないもん……!」
呆れた顔でそう言うハルカ。アムルは唸り声を上げながら、そんな彼女を睨みつけている。
「そうだカレン。キロがね、そろそろ帰ってくるんだって……だからさ、今度三人で食事にでも行こうよ」
ふと、思い出したようにハルカがそう言う。
彼の名前を久しぶりに聞いて、私は思わず笑みを浮かべた。
「え、キロくんが? へぇ……楽しみだね」
遠い国で仕事をしているから、キロくんとは滅多に会えない。
大切な友達だから、とても嬉しいし、楽しみだ。
「むぅぅ……私関係ない話してる……」
再びアムルが唸り声を上げる。彼女の私を抱きしめる力が、ほんの少し強くなった。
「あ……ほらアーちゃん、そろそろ学校行かないとじゃない?」
ふと、ハルカが時計を指で差しながらそう言う。
「アーちゃんって呼ば……わあ!? 本当だ! カレンさんが起きるの遅かったから!」
「え? 私のせい?」
唸り声を上げながら時計を見たアムルは驚いた顔をして、瞬時に私から手を離し、急いで自分の部屋へと戻る。
ドタドタと険しく廊下や階段を鳴らしながら、すぐに彼女は帰ってきて、私にまた抱きついてきた。
その手には鞄が増えている。
「じゃあ行ってきます!」
そう言って、またすぐに私から手を離し、慌ただしくアムルは玄関へと向かっていった。
靴が蹴飛ばされて暴れる音がして、玄関の扉が開き、勢いよく閉まる音がした。
「……アーちゃん、今日も元気だね」
「うん、そうだね」
コップを口につけ、ぷはぁと言うハルカ。
飲み終えたコップをゆっくりと机の上に置き、ハルカが立ち上がる。
「私たちもそろそろ行かなきゃだよ。はぁ……カレンと同じ職場ならなぁ」
私にぐったりと抱きつきながら、ハルカはため息をつく。
私はなんとなく彼女の頭を撫でた。
「ねえカレン……まだ魔法って使えるの?」
「ん? まあ……」
私はポケットから指輪を取り出し、ハルカに見せる。
すると「ふーん」とハルカは言って、指輪を手に取った。
「……仕事、っていう概念を破壊するのは有り?」
「いや、ダメじゃない……?」
「だよねぇ……はぁ」
ため息をつきながら、ハルカは私に指輪を返す。
それを受け取って、私はしっかりとポケットにしまった。
「……よし! 行こっかカレン!」
「ん。そうだね」
ハルカが私の手を握ってくる。私は、それを握り返す。
「……恥ずかしいんだけど?」
「家出るまで家出るまで! さ、行こ行こ!」
「……はいはい」
私は、私たちはそのまま廊下に出て、玄関へと向かう。
二人で靴を履いて、二人で玄関の扉を開けて──
「……行ってきます」
二人で、私たちは歩き出した。




