49.もう全部終わらせる
私は、怒っている。
私の全てを奪ったあの男に対して。
私は、絶望している。
例え彼を倒しても、私の現状は大して変わらない現実に。
私は、希望を求めている。
奴を倒したら、みんな幸せなハッピーエンドが訪れるんじゃないかって。
それらの感情を包括して、握りしめる拳。
そして私は睨みつけた。あの男を──
「僕も……久しぶりに本気出そうかな!」
フードの少年が笑みを浮かべながら言う。
ムカつく。
何故アイツが生きていて、ハルカは死んでいて、キロくんは死んでいて、ハッピーちゃんは死んでいて、アムルは死んでいるの。
何故、私だけを一人残すの?
ムカつく。
ムカつく。
「殺してやる……!」
私は瞬時に地面を蹴り、少年の懐に入った。
「早いね!」
勢いよく振るう拳。それは片手で塞がれてしまった。
けれどそれで終わる私じゃない。瞬時に拳を開き、手のひらからビームを放った。
「く……!」
少年が一瞬怯んだ。
それと同時に勢いよく回転蹴り、その直後に彼の首を骨を折る勢いで締める。
「かはっ……!」
わざとらしく苦しむ少年。うざったらしい。
そのまま彼を頭から地面に突き刺し、私は一旦距離を取ってからビームを放つ。
地面が抉れ、少年の身体が半分ほど吹き飛ぶ。
だけどこれで終わりじゃない。
「その通りだよカレン!」
予想通り、彼は己の身体を瞬時に治し、満面の笑みを浮かべながら、私に向けて指をクイクイと動かす。
あからさまな挑発。受けてあげる──
「死ね……!」
私は少年との距離を一瞬で詰め、勢いそのままに彼へ頭突きをした。
「いたっ……!?」
揺らぐ少年。私は右手を彼に向け伸ばし、こめかみを本気で掴む。
その直後に腹部へ蹴りを入れ、左手で股間を殴る。それと同時に、顔面を地面に叩きつけた。
「死ね……!」
少年の顔を地面に叩きつけたのち、私はそのまま彼を引きずる。
ある程度引きずったら持ち上げ、彼の右腕を折り、それと同時に腹部へ再び蹴り。
勢いそのまま、私は手のひらに魔力を溜め、それを一気に解き放った。
フードは無事だが顔が黒焦げになり、全身の至る所から血を流し、肉が抉れ、骨が見えている少年。
それでもなお彼は笑みを浮かべ、私に蹴りを放ってきた。
私はそれを必要最低限の小さな動きで避け、彼をもう一度殴ってから、地面に叩きつけた。
「……あはは! 素晴らしいよカレン!」
(効いてるの……効いてないの……どっち?)
予想通り彼は瞬時に立ち上がり、一瞬で私から距離を取った。
「でもまだ足りないよ……もっと感情爆発させなきゃね……!」
笑みを浮かべながら、大声で叫び、空へ向けて人差し指を伸ばす少年。
すると、彼の頭上に現れたのは、複数の大きな火球。
パッと見、百を優に越す火球。少年は自信満々に笑いながら、人差し指を私へと向けた。
すると、空に浮いていた火球たちが私目掛け襲ってきた。
「ふざけてんの?」
足に力を入れ、拳を握りしめ、私は飛び上がる。
そして勢いよく手を開き、手のひらからビームを放ち、火球を一掃する。
無数の爆発音。視界が真っ白になる。けれど、見えている。
「ぐほ……ッ!? すごいね……!」
私の背後に現れた少年を裏拳で殴打、くるりと回り少年のいる方向へビームを放つ。
「……チッ」
当てた感覚がない。避けられた。次はどこにいる?
「ここだよ」
少年の呟く声。視界が光に慣れてきて、目の前がボヤけながらも見えたその瞬間、彼は私の目の前に現れた。
「自分から来たな……!」
私はつい笑みを浮かべる。瞬間、彼に向けて拳を振るう。
右手は彼の左足に塞がれ、左手は彼の右手に塞がれる。その直後に足をムチのようにしならせ彼の腹部を狙う。だがそれは軽く避けられた。
それでも奴はまだ近くにいる。ならばと私は口を大きく開け、そこからビームを放つ。
「おっと!」
私から手と足を離し、ビームを避ける少年。自由になった右手左手を私は瞬時に動かし、両方の手のひらからビームを放った。
「殴打と蹴りとビームばかり……魔法少女なんだから魔法使いなよ!」
少年が叫びながら指を鳴らす。すると私の目の前に、たくさんの綺麗な花冠が現れた。
それらは一斉に、食虫植物のようにキバを私に向けて、襲いかかってくる。
「しょうもない……」
私はぎゅっと拳を握ってから、それを無数の花冠に向け、手を開き──
お馴染みのカレンビームが手のひらから解き放たれ、私は軽く花冠を全て消し去った。
ふぅ、と一息つく。その瞬間、フードの少年が目の前に現れた。
私に向けて手のひらを向けている。彼の手のひらの中心に赤く丸い光。
それを見て私は思い出す。キロくんとのあの日を──
「これ、耐えられるかなぁ!?」
少年が叫ぶ。それと同時に、彼の手のひらから真っ赤な太い光線が放たれた。
「……カァッ!」
両腕に力を入れ、手を開き、私はそれ目掛け手を伸ばし掴む。
「へぇ……!」
少年の放った赤い光線を掴んだまま、勢いよくグルグルと周り、私は彼に飛ぶように光線を手から離した。
「まずいね……ほっ」
自ら放った光線に襲われる少年。だが彼は、それを人差し指一つで受け止めた。
その瞬間に私は彼の背後に周り、思いっきり裸締めをかける。
全力で、骨を折る勢いで、私は彼を締め続ける。
「か……ハッ……! か……はは……あはは!」
首を絞められているにも関わらず少年は高笑い。そして私を一瞥すると、指を鳴らした。
その直後、彼の姿が消える。私は瞬時に手のひらを後方へ向け、ビームを放った。
少年の痛みを訴える声がした。私は振り返ると同時に彼がいるであろう場所目掛け回し蹴り。少年に当たった感覚を覚えると同時に、両の手のひらからビームを放った。
「はは……ははは! じゃあ僕も本気出すよっ!」
振り返った先には傷だらけの少年。笑みを浮かべながら空に人差し指を向けている。
私は瞬時に空を見上げる。そこにあったのは、無数の火球と氷塊。そして鋭い槍と剣。さらに目が痛むほど激しく輝く光球。
「欲張りセットさ……あはは!」
私は瞬時に地面に降り立ち、全身に力を入れる。
「はああああああッ!!」
そして、両手から渾身のカレンビームを放つ。
それを放ち終えたら瞬時に拳を握りしめ、歯軋りをしながら構える。
私の目の前に現れるのは、無数の弾幕。
「……ッ!」
目を見開き、どれがどこにあるのかを一瞬で把握する。
まず火球を避け、氷塊を砕く。槍と剣は持ち手を殴打し弾き飛ばし、時にそれを手に持ち他のものを弾き飛ばす。光球は得体が知れないので全て避ける。
避けて、避けて、殴り、蹴り、壊し、ビームを撃ち、避ける。
無限に続く弾幕地獄。息を吐く暇もない猛攻。
「しょうがないか……!」
これをやってしまうと、体力がたくさん持っていかれるから控えていたのだけれど。
やるしかない。
私はそう決意し、両手を握りしめる。
火球を避け、氷海を避け、槍を避け、剣を避け、光球を避け──
手のひらに魔力を溜める。溜め続ける。
「はぁ……ハァ……ったく!」
足が痛んできた。無理な動きをさせているからだろう。けれど、足なんて壊れてもいい。
全力で足を動かし、身体を動かし、少年の攻撃を私は避け続ける。
それと同時に上を見上げ、少年が今どの辺にいるかを確認。
「……殺してやるから」
そう呟き、私はキョロキョロと辺りを見回す。
見つけたのは安全地帯。無数の弾幕から身を守れる、一瞬だけ出来た安全地帯。
そこに瞬時に向かい、それと同時に手を少年に向け──
「死ねええええええええ!!!」
と叫びながら、渾身のビームを放つ。
「なに……ッ!? ふふ……流石カレン……!」
今まで放ったことがないほどに強力なビーム。
太く、速く、大きく、凄まじい。この世の全てを消し飛ばしてしまいそうなほど、強力なエネルギーを纏う光線。
それは少年の作り出した火球や氷海、その他全てを一瞬で消し去り、彼の姿をも飲み込んだ。
「ハァ……! ハァ……!」
息が定まらない。呼吸が乱れすぎている。
心臓がドクンドクンと飛び跳ねる。大きすぎる鼓動で痛みすら感じる。
汗が滝のように流れる。背中にゴスロリドレスがピッタリと張り付き、気持ち悪い。オーバーニーソも張り付いている。
喉が渇いた。目が渇いた。お腹が空いた。何か食べたい。
「……クソッ」
私は思わず舌打ちをする。
見上げた先にいるのは、全身から骨が飛び出て、血をダラダラと垂れ流している少年。
何故かフードは無事で、相変わらず顔が見えない。
「なんで……まだ……」
私は思わず、その場に膝をついた。
まだ戦える。まだやれる。まだ動ける。
けれど、心の方が限界を迎えようとしていた。
私は、この戦いが始まった時、怒りの感情しか彼に湧いてこなかった。
だけど今は、恐怖を感じている。絶望もしている。
どれだけ殴っても、どれだけ蹴っても、どれだけ消し飛ばしても、効果がない。
私が今できる最大の攻撃だって、傷は甘えているものの、少年の表情から察するに致命傷ではない。
いつまで続くの? この戦いは。
私は倒せるの? あの少年を。
「あは……もう終わりなのかな? 君の魔法の本質は破壊……だけど、気持ちが足りないからさ、僕を破壊できないんだよ? だから……僕を倒せないのさ!」
高笑いをしながら、少年がゆっくりと降りてくる。
そして、私の目の前に立つと、しゃがみ込んできた。
「僕はまだまだ余裕さ……あーあ、これじゃあ……ハルカちゃんやキロ、ハッピーちゃんやアムルちゃんの仇、取れないね」
「……クッ!」
私は思わず唇を噛む。歯軋りをする。すると口の中に広がったのは、血の味。
悔しい──
悔しい──
悔しい──
どうして勝てない? アイツはあんなに悪いやつで、倒されるべき存在で、死ぬべき邪悪なのに。
世界はどうして私ではなく、彼の味方をするの?
「可哀想だなぁ……ハルカちゃん」
「……ッ! コイツ……!」
その名前を呼ぶな──
「キロも……浮かばれないなぁ」
お前が、お前なんかが──
「ハッピーちゃんも残念だろうねぇ……」
お前が、お前がぁぁぁあああ──
「アムルちゃん。ガッカリしてるだろうなぁ……」
「お前なんかが気安く名前を呼ぶなああああああ!!!」
力が溢れてくる。先程までの疲れが吹き飛ぶ。
私は瞬時に立ち上がり、拳を強く握りしめ、彼の顔面目掛け振るう。
柔らかく温かい生き物を殴った感覚。それを感じたと同時に彼のフードを掴み、私はそれを破り捨てた。
「いつもいつも顔を隠して! 何もかもわかっているように嘲笑って! ふざけるなクソが! 殺してやる! 顔を見せろ殺してやる! 死ねよ! いい加減死ねよバカが! なんで死なないんだよ!」
少年の首根っこを掴み、喉を痛めつけながら、私は全力で叫ぶ。
頭がグラグラする。揺れている。震えている。沸騰しているかのような感覚。
怒りが、怒りが、怒りが──
「があああああああああッッッ!!!」
拳を握りしめ、彼の顔目掛け私は振──
「……顔を見せるつもりはなかったのだけれどね」
「……は?」
私の手が、止まった。
少年の顔。顕になった顔。明らかになった顔。
それは、私のよく知る顔にとても似ていて──
「キ……ロく……ん……?」
「そうだよカレン。僕は鳥区キロさ……」
「……嘘だよ……んなわけないでしょ……嘘!」
私は思わず彼から手を離す。
ゆっくりと後退して、頭を押さえながら、私は──
「……ふぇ」
力が抜ける。足に力が入らない。地面を踏み締めない。
お尻から地面に落ちる。全然、力が入らない。
力が、入らないよ──
「だって……キロくんは……お前に……!」
「君もなんとなく知ってるだろう? 僕って割となんでもありでね……あの場に僕を二人存在させることなんて朝飯前なのさ……」
揺らぐ、私自身が、揺らぐ──
もしもこれが本当なら、真実ならば──
「そうだ、この顔も見たいかい?」
少年が笑みを浮かべながら、指をパチンと鳴らす。
すると彼の顔に一瞬、ノイズのようなものが走り、それが晴れた時、現れた顔は──
「ね……カレン」
「……嘘だよ」
私の大親友、吾妻ハルカの顔。
「これはどうかな?」
またも彼が指を鳴らす。
「もうやめて……やめてよ……」
次の彼の顔は、ハッピーちゃん。
「そして……これは……!」
「やめてってば!」
私の静止も聞かずに、少年は指を鳴らす。
「どうかな、カレンさん……!」
アムルちゃんの、顔。
「……なに……どう言うこと……なんなの……あなたなんなの……どう言うことなの……なんなの! なんなのなんなのなんなの!? 何がしたいの!?」
どう言うこと、一体全体、どう言うこと?
もしかして、もしかして、もしかして──
ハルカも──
キロも──
ハッピーちゃんも──
アムルちゃんも──
全部、フードの少年だったってことなの?
「そうですよカレンさん……ふふ、ふふふ! あはははははっははははは!」
少年が指を鳴らす。すると、いつものフードを深く被った姿に戻った。
私がいつも恨んでいた姿。私がいつも安心感を覚えていた姿。私がいつも怒りを覚えていた姿。私がいつも見惚れていた姿。私が粉々にしたい姿。私がいつも可愛いと思っていた姿。私がぐちゃぐちゃにしたい姿。私が愛していた姿。
それら全てが彼の、フードの少年の作った姿で──
私の友情、愛情、親愛、溺愛は全て、彼に演出されたもので──
「ハルカ……キロくん……ハッピーちゃん……アムルちゃん……」
「ん? 何だい……? カレン」
「……ッ! なんでよ……なんであなたが応えるの……!?」
「……呼ばれたからさ。あははっはは!」
私が揺らぐ。脳がぐちゃぐちゃになっていく感覚。
溶ける。私の全てが──
身体が──
精神が──
身体から精神が──
離れていく──
全てが壊れ──
崩れていく──
なにが──
一体何が──
私は──
私の今までは──
なんだった──
私は──
どうして──
私は──
どうすれば──
「あはは……! いいよカレン……もっと! もっと絶望して……ぇ!」
何もかもが──
全てが──
崩れた──
ハルカとの思い出──
キロくんとの思い出──
ハッピーちゃんとの思い出──
アムルちゃんとの思い出──
楽しかったあの日々──
嬉しかったあの気持ち──
照れ臭かった胸の痛み──
信じていた関係──
それだけが──
私の全てで──
何もかもが──
全部嘘で──
作られたもので──
「あの時よりも眩しい……激しい……! やったねカレン! 君の力で! 世界が滅ぶよ!」
もう嫌だ──
なんでこんな事をするの──
なんでこんな事をしたの──
「君を絶望させて……暴走させて……世界を破壊するためさ……僕は作ることしか出来ないからね、君が必要なのさ……」
何が目的なの──
私が何をしたの──
私ってそんなに──
私ってこんなに──
酷い目に──
会わないといけない子なの──
ハルカ──
キロくん──
ハッピーちゃん──
アムルちゃん──
私って──
私って──
なんだろう──
私って──
私って──
私って、なんなの──
「ん? カレンはカレンだと思うよ?」
「……へ?」
突然、誰かが私に、話しかけてきた。
声のする方へ向いたけど、何も見えない。
目を閉じているからだ。私はゆっくりと、目を開ける。
視界がボヤけている。わかるのは、今いる場所は真っ白な空間ということと、誰かが目の前にいることだけ。
「えへへ……久しぶりだねカレン! 元気してた?」
声の主が、私の頭を撫でてくる。
誰? 誰なの?
まだ視界がボヤけている。ハッキリとしない。
誰? 誰なの?
私を撫でてくれるのは、誰なの?
「おーい、起きてー?」
なでなでが激しくなってきた。
まだ視界がボヤけている。
誰? 誰なの?
すごく安心するこの手は、誰のものなの?
「……誰?」
うまく動かない口を必死に動かし、私は呟く。
すると、私をなでなでしてくれていた手が、ピタッと止まった。
「誰って……酷いなぁ! 十年くらい会ってなかっただけなのに……むぅ」
誰? 誰なの?
その喋り方、嫉妬の仕方、覚えてるよ?
誰? 誰なの?
「それじゃあ改めて自己紹介! 私、吾妻ハルカ! 魔法少女カレンの親友! そして大親友でぇす!」
それを聞いた瞬間、私の視界は一気にクリアになった。
目の前には、腰に手を当てて、ドヤ顔で私を見る女性。
「……ハ……ルカ……?」
私は彼女の名前を、弱々しく呟いた。




