47.魔法少女カレン ⑦
視線の先にいる少年。フードを深くかぶった少年。
私はあの子を覚えている。確か、デカくて気持ち悪いカエルを引き連れていた男の子。
そういえばあの時、カエルを倒した時、いつの間にかあの子はいなくなっていた。
どうして、なんで、今この場所に、あの子がいるの?
「や、カレン」
「……えと?」
私を見ながら、私の名を呼びながら、あの子が手を振ってきた。
その時、彼の手のひらの中心に、赤い光が見えた。
(え!?)
私は瞬時に察する。あれは多分、私がよく使うビームと同じだ。
私は急いでキロくんを手で押して、自分もその場から離れた。
「な……っ!?」
キロくんが驚いたような顔で私を見てくる。ごめん、尻餅付くかもだけど許して。
私がキロくんを押して、その場から離れた直後、予想通り少年の手のひらから、真っ赤なビームが放たれた。
私たちが一瞬前まで立っていた場所の地面が抉られる。すごい威力、直撃していたら危なかった。
(キロくんは怪我、してないかな?)
チラッとキロくんを見る。驚いている顔をしているけど、怪我はなさそう。よかった。
キロくんを確認したら、次はあの少年だ。私は念の為に持ってきておいた指輪をポケットの中から取り出し、それを指に嵌める。
指輪からピンク色の光が溢れ出て、私を包む。
やがてそれは綺麗に弾け飛んで、変身完了。
久しぶりに変身した。ハルカを殺してしまった、あの日以来だ。
「キロくん!」
今度は失敗しない。
今度は成功させる。
私はキロくんの前に瞬時に向かい、彼を少年から守るように立つ。
「ふふふ……よく反応できたね、カレン」
聞こえてくるのは、笑っているような声、なのに楽しげな雰囲気はなく、悍ましく感じる声。
少年のような、少女のような、男性のような、女性のような。どれとも取れない不可思議な声。
嫌な声。私、この子の声、大嫌い。
「久しぶりだね……覚えてるかな? カエル事件のこと」
ポケットに手を突っ込みながら、フードの少年が、私たちに向かってやってくる。
顔は見えなくて、表情を窺えないのに、何故か、彼は笑みを浮かべているとわかる。気味が悪い。
「あなた……何者なの……私たちに何の用なの!」
私は威嚇するように、少年に向かって叫ぶ。
威嚇したのに、意味がなかったのか。少年は口角を上げながら、余裕そうに話し始めた。
「教える必要はないよ。特に、そこのキロくんにはね」
「ッ!? 僕の名前を……知っているのか……?」
一瞬キロくんがビクッとなり、キロくんは怯えた目でフードの少年を睨みつける。
「大丈夫だよ、私が守るから。きっと」
私は拳を握りしめる。久しぶりだけど、多分大丈夫なはず。戦えるはず。
「さて……もう終わりにしようか」
少年が呟く。すると、彼の姿が一瞬で消えた。
次の瞬間。少年は、キロくんの背後に現れた。
(はやっ……!)
「う……っ!」
少年が手のひらをキロくんに向ける。私はすぐに彼を助けるため、右足を軸に回転し、左足を挙げ少年めがけて蹴りを放つ。
「この!」
私の蹴りは少年を打ち、彼を派手に吹き飛ばす。
少年が飛んでいった方向を睨みつけながら、私は呟く。
「何回も守ってもらったんだもん……今度は私が……!」
自身の決意を、やり遂げなければいけない目的を。自分を鼓舞するように、呟く。
(……当てられたけど、倒せたって感覚はない)
じっと見つめる。少年のいる場所を見つめ続ける。動く気配はない。それでも油断せずに、私はじっと見つめ続ける。
「すごいね、流石だ」
「え!?」
突然、私の背後から声が聞こえてきた。当然それは、少年の声。
私は拳を握りしめながら瞬時に振り向く。が、そこに少年の姿はなかった。
「こっちだよ……」
またも私の背後から少年の声。私はさっきよりも早く振り返る。
そこに居たのは少年と、座り込んで項垂れたキロくん。
「キロくん!」
私は瞬時に地面を蹴り、キロくんとのわずかな距離を埋めようとする。
だが、それとほぼ同時に、少年がキロくんの顔を、右手で思いっきり掴む。
「が……!?」
顔全体を握りしめられるキロくん。あまりの痛みに、彼は悲鳴をあげている。
「触らないでよキロくんに! 離してええええ!!」
少年とキロくんの元へたどり着いた瞬間、私は地面を思いっきり踏み締め、少年目掛けて全力で拳を振るう。
しかし、少年はそれを避けようとはせずに、私を見てニヤついた。
(何ニヤついてるのよ……!)
思いっきり、さらに力強く拳を握りしめ、彼へ放つ。
しかきその瞬間、キロくんと少年の姿が、私の目の前から消えた。
「え!?」
どこ! どこに行ったの!?
私は瞬時に辺りを見回す。
見つからない。見つからない。見つからない!
(どこ……どこなのキロくん……!)
「後ろだよ」
少年の指摘する声。私はそれにすぐに反応し、後ろに振り向く。そこには少年の言った通りに、キロくんと少年がいた。
変わらず少年はキロくんの顔を握りしめており、キロくんは苦しそうに唸っている。
「キロくんを返して!」
私は叫びながら、地面を蹴り、少年目掛け突進する。
突進してくる私を一瞥もせずに、少年はキロくんを見つめている。
そして、私を煽るかのように、指をパチンと鳴らした。
「か……ッ!?」
その瞬間、キロくんが何故か、全身の力を抜かれたかのように、バタッと地面に倒れた。
(キロくん……!? この……!)
私は少年を睨みつけ、彼の元へ辿り着くと同時に、勢いをつけて蹴りを放つ。
「キロくんに何したの!」
叫びながら放つ渾身の蹴り。私の全力の一撃。
(……うそ!?)
全身全霊の一撃だったのに、彼はそれを片手で受け止めた。
そしてニヤリと笑い、口を動かす。
「……殺したよ?」
「……は?」
今、何て言ったの?
キロくんを、殺したって言ったの?
私は下を見る。そこには力無さげに倒れている、キロくんの姿。
全身から力が抜けていく。私はまさか、まさか私はまた──
また、守れなかったの? 大切な人を、失ったの?
立っていられない。立たないといけないのに、キロくんを守るために、立ち上がらないといけないのに──
キロくんが死んだんじゃないかと思うと、力が出てこない。
私はそのまま、地面に座り込んでしまった。
「嘘だよね……冗談だよね……」
隣に倒れているキロくんに、私はゆっくりと手を伸ばし、触れる。
冷たい。
硬い。固まっている。
そして、息を──
「……え……」
してない。キロくんが、息をしてないよ?
「……え? え?」
どうして? 死んでいるから? 息を止めているから? 息を止めているのは何故? 死んでいるから──
「……ふざけないでよ」
こんなの嘘だよ。ありえない。
絶対にありえない。あっちゃいけない。
無い。無い無い無い。
「なにしてんの……なにしてんのなにしてんのなにしてんの!?」
私は、少年を睨みつけながら叫ぶ。
子供だからって、冗談でやっていい事と悪いことがある。
これはきっとドッキリだ。少年とキロくんの仕込んだドッキリ。
なにしてんの? 悪趣味だよ。こんなの酷いよ。
早く起きてよキロくん。私、全然嬉しくないよ。楽しくないよ。
息してよ早く。ふざけてないで早く息をしてよ。
してってば。息してってば。
「ちなみに、ハルカちゃんをバケモノみたいにしたのも僕さ」
その時、少年の口から信じられない言葉が聞こえてきた。
「……ハルカを?」
ハルカを、何て言った?
ハルカを、バケモノしたって言ったの?
ハルカを? ハルカを? ハルカを?
ハルカを? ハルカを? ハルカを?
ハルカを? ハルカを? ハルカを?
ハルカをバケモノにした? 何それ? 何それ?
どれだけハルカが苦しんだと思っているの?
どれだけハルカが辛かったと思っているの?
ハルカをなんだと思っているの?
私の友達を。
私の親友を。
私の大切な人を。
そんな、ふざけた顔で、呼ばないでよ。
ハルカの名前を呼ばないでよ。
ハルカを語らないでよ。
ハルカをいじめないでよ。
ハルカを、よくも、よくもよくも。
(よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも………ハルカをハルカをハルカをハルカをハルカをハルカを……!)
ハルカと、キロくんを、よくも──
「はぁ……がっ……がああああああ!!!」
私は叫ぶ。
全ての怒りを込めて。
全ての恨みを込めて。
全ての憎しみを込めて。
全ての感情を込めて。
自分自身を爆発させて。
何もかも許せないと苛立って。
絶対に許さないとハルカとキロくんに誓って。
ハルカとキロくんの顔を思い浮かべて。
叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。
「あがぁっ!?」
死ね。
「かはっ!?」
死ね。
「死ね!」
死ね。
「殺してやる……!」
死ね。
「殺してやる……!」
死ねよ。
「死ね……!」
早く死ねよ。
「殺してやる……!」
死ねって。
「死ね……!」
ぐちゃぐちゃにして──
「死ね……!」
粉々になって──
「死ね……!」
砕け散って──
「あは……あははっ! いいよカレン!素晴らしいよカレン!」
この世から消えろ──
「その調子だよその調子!」
消えてなくなれ──
「がんばれがんばれ!」
何もかも滅べ──
「フレーフレーカレン!」
もう喋らないでよ──
「殺してやる……!」
ぶっ殺してやる──
「死ね……!」
皆殺しにしてやる──
「死んでよ……!」
何もかも、何もかも、何もかも──
「……死んでよおおおお!!」
もういいよ──
「消えちゃえ……」
何もかもどうでもいい──
「死んで……」
全部消えちゃえ──
「殺す……」
「……死ねえ!!!」
と、起き上がりながら私は叫んだ。
思わず辺りを見回す。目がボヤけている。目覚めたばかりだからかな。
「……はぁ。バカみたいな起き方」
私は思わず、頭を抱えた。
何? 死ねえって言いながら目覚めるって。バカみたい。恥ずかしい。
「……全く、アホくさい」
私はゆっくりと、布団を這う。
そして、すぐ近くにあったクーラーボックスを手に取り、蓋を開ける。
中には、魔法で新鮮な状態で保存された、アムルの首。
「……おはよう。アムルちゃん」
私は彼女に挨拶をして、頬におはようのキスをする。
冷たい。けどもう、慣れた。
私はクーラーボックスの中にアムルを戻し、ため息をついた。
そしてゆっくりと立ち上がり、背を伸ばす。
「ん……んんぅ……!」
力を込めて、込めて、込めて──
一気に解き放つ。
「ぷはぁ……」
固まっていた体が一気にほぐれた感覚。気持ちがいい。
私はそのまま寝室を出て、洗面所へと向かった。
顔を洗って、歯を磨いて、申し訳程度に髪を整える。
そしたらまた寝室へ戻って、布団の上に女の子座り。
そしてクーラーボックスを開け、アムルの首を手に取る。
それを丁寧に布団に置き、魔法を使って、彼女の首に付いているバングルを外す。
そして、それを私の右手に付けた。
「ごめんねアムルちゃん。これ、借りるから」
ぎゅっとバングルを握りしめ、私は立ち上がる。
丁寧にアムルを持って、クーラーボックスの中へと戻して、一息ついた。
そして、立ち上がって、今度は箪笥へと向かう。
アムルがよく着ていた服を手に取る。ゴスロリチックな、赤色と黒色の可愛らしい服。詳しい名前はわからないけど、多分ドレス。
「……入るかな?」
着てみた。
「……思ってたよりはピッタリ?」
思わず首を傾げる。
次にハッピーの使っていた箪笥を漁る。
そこから彼女がよく着ていた黒色のオーバーニーソックスを手に取り、それを履いた。
「うへへ……私気持ち悪」
自分のやっている事のキモさに呆れつつも、満足した気持ちにはなれた。
最後に、私は自分が使っている箪笥から、一本のリボンを取り出す。
それを使って、慣れない手つきで、自分の髪をポニーテールに結んだ。
「……よし、っと」
敢えて鏡は見ない。多分今の自分の格好、色々ぐちゃぐちゃでバランス悪いから。
拳を握りしめ、私は寝室を出て、廊下を歩いて、玄関へと向かう。
そこで靴を履いて、玄関扉のドアノブを握りしめる。
そして、一度振り返って、リビングを見ながら──
「行ってくるね……」
と、呟いてから、私は外に出た。




