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5.アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレ

 突然目が覚めた、それと同時に私の鼻が美味しそうなニオイに気づいた。

 頭を掻きながら、脇とか腹を掻きながら私はゆっくりと起き上がる。

 いつもと変わらない部屋、いつもとそんなに変わらない気温。

 違うのはただ一つ。私の家では朝にこんな美味しそうなニオイは普通漂わないという事だけ。

「あ、やっと起きたんですかカレンさん」

「へ?」

 突然誰かに話しかけられた。私は一人暮らしのはずだ。こんなことはありえないはずなのに。

 声のした方を向くと、全身黒服の可愛らしい女の子がいた。

「……だ──」

 誰、と問おうと思った瞬間、私は全てを思い出した。昨日の出来事全てを。

 朝起きたらムラムラしてて、変な不審者が来て、ムラムラしすぎて我慢できなくて、その不審者を襲った後悔に駆られ、それら全てを忘れるために酒をひたすら飲み続けたのを。

「ぐ! 頭が!! ブドウ糖が足りない……!」

 何かを考えるとそれと同時に、二日酔いのアレが私を襲ってくる。

 思わず頭を抑えたくなるほどの頭痛。あと気持ち悪い。色々キツい。

「え? ブドウ糖? へ?」

 黒色不審者が心配そうに私に駆け寄ってくる。それから逃げるように私は立ち上がり、トイレへ直行。

 そして──


「……ふー、すっきりした」

 色々なものを口から出して、私の体調はかなり健康に近づいた。

 まだ口の中と鼻の穴がが胃液臭くて、それが結構キツイけれど。

「落ち着きました? 朝ごはん出来ましたよー」

「……え? ああ、うん」

 私がトイレから帰ってくると、美味しそうなニオイの割にめちゃくちゃしょぼい朝ごはんがテーブルに並んでいた。

 なんか茶色い何かしらの魚と、ヘニャヘニャになったいつ買ったか覚えていないパン。それからよくわからないスープ。

 しょぼいのは恐らく、この家の貯蓄がしょぼいからだろう。仕方ない。ていうか作ってもらっておいて文句を言う筋合いはない。

 私はその場に座りながら割り箸を手に取り、まずは魚を一口食べてみる。

「……濃いッ!」

 そのまま空いている手でパンを手に取り、一齧り。

「……薄いッ!」

 齧ったパンを持ったまま、箸を魚にぶっ刺し、スープを手に取り一口。

「……濃いッ!」

 濃いと薄い、しか感想の出ないコースだった。

「雑な味しか作れませんでした。だってよくわからないものしか置いてないんですもんこの家……カレンさん、普段どんなの食べてるんですか?」

「えっと……なんかテキトーに家にあるもの食べて、何も無かったらテキトーに買ってきて余ったものを貯蓄。って感じかな?」

「うわぁ……」

(うわぁ……ってハッキリ言われた)

 とりあえず私はそれ以上会話を広げず、黙々と朝ごはんを食べすすめた。

 黒色不審者も同様、私と同じ朝ごはんを黙々と食べ始めた。

 話題なし会話なし団欒なしの絶妙に嫌な雰囲気が漂う食事会。ほんの少しだけメンタルがやられるかも。

「ご馳走様。美味しかったよ」

「それはよかったです! 片付けしちゃいますねー」

 私が食べ終わると同時に、彼女も食べ終わった。食べ始めたタイミングは全然違ったのに。

 すごい早食いなんだな、と思うと同時に私の頭の中に派手なマークが浮かんだ。

(……結局この子、誰?)

 よくよく考えたら、私は彼女の名前を知らない。

 年齢も出身地も血液型も正体も目的も何も知らない。冷静に考えてこんな怪しい人物とこんなにも和気藹々として良いのだろうか?

 念の為に指輪を嵌めて、ゆっくりと立ち上がり、流し台で洗い物をしている彼女に私は話しかける。

「……結局あなた、何者なの?」

「何者って……ふふ」

 先程までの楽しそうな、可愛らしい少女のような声と一転し、シリアスな声で笑いながら彼女はゆっくりとこちらに振り返る。

「わかってますよね……だってあなたは、あのカレンさんなのだから」

 少しだけ笑みを浮かべながら、怪しげに彼女は言う。

 彼女と私では相違があるらしい。全て知ってそうな彼女に対して私は、本当に何も知らないから。

 少し臨戦態勢に入り、ほんの少しだけ緊張しながら私は彼女の問いに答える。

「……わからないから聞いてるの」

「……ふえぇ?」

 私が答えると同時に、マジかよこの人と言いたげな顔で、あまり聞いたことのない変な声で驚く黒色不審者。

(え、何この反応……)

 私を油断させるための演技なのか、それとも本当に驚いているのか。計り知れない、察せられない、答えを出せない。

 どうすればいい? 私は、どう動くべきなんだ?

「あ、あの! カレンさんですよね……? あれおかしいなぁ……確かに雰囲気は違うけれど、髪色も声色も、顔色は悪いけれど顔も、カレンさんそっくりなんだけどなあ?」

 頭の上にリアルに、はてなマークを浮かべながら首を傾げる黒色不審者。

 彼女の可愛らしい反応、それと本当に困惑してそうな雰囲気で、私の頭はバグり始めた。

 一体全体、今、どういう状況なの? と答えを知るはずのない自分にひたすら問い続ける。

 もちろん答えは出ないし、推測もできない。

 もうなんかもう、わけわかんない。

「あの……黒色ちゃん? 私、本当に何もわからないから教えてくれない?」

 結局私は、彼女に素直に全部わからないと伝え、問うことにした。

 すると彼女はもっと驚いた顔になったが、しばらくして真面目な顔に戻り、ゆっくり頷いた。

「わかりました。わからないなら全部教えます。カレンさんだったら全部察しがつくはずなんですけど、本当にわからないって言うのならば教えますよ」

(……なんでこの子、私をそんなに評価してるの?)

 黒色不審者は流し台から離れる。そんな彼女の後を追い、私たちは先程朝ごはんを食べたテーブルの元に戻ってきた。

 まず黒色不審者が座る。その後に、私もゆっくりとその場に座り込んだ。

「えっと……まず私が魔法少女だよーって言うのは昨日言いましたよね?」

(そんな事言ってたっけ……?)

 昨日の記憶が曖昧になっていて覚えていない。

 私は何も答えず、続けて彼女の話を聞くことにした。

「それで、なんかわー! っなってやー! ってなって。結果私、この街を守ることになったんです」

「……へー」

 とりあえずわかったふりをした。

 けれどなんとなく察しはつく。昔の私と似たような状況になったのだろう。

 街を守る素敵な女の子、魔法少女。今時なりたいと願う人がいるだなんて、正直驚いた。

「というわけで! 居候させてくださいカレンさん!」

「……ん?」

 急に話が変わった、ような気がする。

「私お金持ってないし、この街のこと全然わかんないし……それに、先輩魔法少女であるカレンさんと一緒に過ごせばステップアップしやすいかな? って!」

 きらきらお目目で語る少女。私はテキトーに返事をする。

「……あー」

 なんか正直、頭がだんだん回らなくなってきて、彼女の話を全然聞いてなかった。

 とりあえず言っていたのは私と一緒に住みたい、で合っているはずだ。

「……家事やってくれるならいーよ」

「わかりました! やったぁ!」

 面倒臭いことをやってくれる家事手伝い的な存在なら、一人くらい住人が増えてもいいかなと思い、私は彼女の提案を了承した。

 それにこの時代の魔法少女が一体どれぐらい強いのか、どんな思想なのか、それを知りたいというのもあった。

 あと、拒否ったら言い合いになりそうで面倒くさそうだから。

 それと、昨日のアレで色々言われたら私がやばいし、大人しく従っておくべきだ。

「これからよろしくお願いしますね! カレンさん!」

 嬉しそうな笑顔で幸せアピールをする少女。楽しそうでなにより。

「それじゃあ、続きしてきまーす」

「はいはーい」

 座るのが面倒、もとい座っていて疲れた私はその場に寝転んだ。

 これからはちょっと騒がしくなりそうだな、と思いながら彼女の背中を見つめる。

 私はあの子をどう言う立場で扱うべきなのだろうか?

 友人? 家政婦さん? 妹? お姉ちゃん? お父さん? お母さん? お兄ちゃん? パパ? 恋人? セフレ? 彼氏? 彼女? 嫁? 旦那?

 普通に考えれば家政婦でいいはずだが、なんかヤケに私を慕ってくれているし、妹として扱うのもありだ。年少者が家事をやるのは当たり前のことだし違和感なし。

 あの子、そう、あの子。

 名前はそう、えっと、そう。

「……あ!? まだ名前聞いてない!?」

「アムルです! アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレです!」

「……アムルちゃんね、おっけーです」

 なんかよくわからない単語をベラベラ喋っていたので、一番最初の単語、アムルだけを覚えることにした。

 彼女が私生活に加わったことで私の生活はどう変わるのか。ほんの少しだけ気になる気がする。

 あまり変わらないとは思うけれど。

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