44.魔法少女カレン ④
「面倒くさーい面倒くさーい、学校面倒くさーい」
「変な歌歌わないでよ……」
朝の通学路、私はいつも通り、ハルカと一緒に歩いていた。
手をブンブン振りながら、鼻歌気味にわけのわからないハルカを見ながら、私はため息をつく。
「でも実際面倒くさくない?」
「ん? そりゃそうだけどね……」
きょとんとした顔で聞いてくるハルカに、私は同意する。
実際学校は面倒くさい。この先、人生で役に立つことが多いというのはわかってるし、勉強しておかないと将来、学校に行くよりも面倒くさいことになるってわかってる。
それでも面倒くさいのが学校。毎日毎日同じ道を歩かせられて、似たような授業受けさせられて、疲れちゃう。
けど人生なんてそんなもの。働いてからもずっとこんな感じ。そんなふうにテキトーに自分を納得させながら、私は今日も仕方なく学校へ向かう。
「まあ学校自体は嫌いじゃないんだけどね! 行くのが面倒くさいのよ行くのが! 一瞬でパッとワープできたら楽なのになぁ……」
「私は……行くのも着いた後も面倒くさいかな……」
「えー? 友達とかと喋れるし、体育はたまに楽しいじゃん?」
「んー……そうかも」
なんて感じで、中身のない話をしながら私たちは歩き続ける。
高校背になったら自転車とか電車で、多少は通学が楽になるのかな? それはそれで面倒くささそうだけど。
「ねえカレン。なんか一瞬で学校に行けちゃう! みたいな魔法ないの?」
「え、わかんない……」
私を覗き込むように見ながら、ハルカはガッカリとした顔をする。
そして何故かスマホを取り出し、トタチツテと操作する。
「瑠璃ちゃんに聞いてみよっ」
(朝から電話……ていうかウチ、スマホオッケーだったっけ?)
スマホを耳に当てながら、じっと遠くを見つめるハルカ。
数秒ほど経つと、残念そうな顔をしながら、耳元からスマホを離した。
「はぁ……出なかったよ。ここ一週間くらい連絡取れないんだよね瑠璃ちゃん……スマホ無くしたのかな?」
「へぇ……心配だね」
ため息をつくハルカをなんとなく撫でて、私も最近青柳さんと連絡を取っていないことを思い出す。
最後に会ったのは二週間くらい前かな? ハルカと三人で遊んだのが最後かも。
家に帰ったらメッセージ送ってみようかな? と思ったけれど、自分から送るのは恥ずかしいからやっぱりやめよう。
「あ、見て見て。いつの間にか学校の目の前」
「本当だ……」
ハルカが指差す先には私たちが通っている学校。改めて見ると、意外と大きい気がする。
こんなに大きいのに、自分の教室と体育館くらいしか基本使わないのは何でだろう? たまに理科室とか使うけど、本当にたまにしか使わない。
(うちの学校、何クラスあるんだろ……)
答えを知る気のない疑問を抱きながら、私とハルカはさっきまで仲良く話していたのが嘘かのように、無言で歩き続ける。
「やほ!」
ハルカが道ゆく人にたまに挨拶しているのに対し、私はボーッと前だけを見て歩いていた。
ハルカと違って友達少ないから仕方がない。ハルカが多すぎるんだと思う。少し前に私は友達少ないからみたいな事言ってたけど、絶対嘘だ。
「ねえカレン。一時間目なんだっけ?」
「えっと……国語だった気がする」
「うぇえ……やだぁ……」
私たちはテキトーに話しながら、下駄箱の前で靴を脱いで、上履きに履き替える。
「あ、そうだカレン。宿題見せてね」
「またやってないの……?」
「だって面倒くさいんだもん……」
上履きに履き終えたら、廊下を歩いて、真っ直ぐに階段へと向かう。
3階に着いたら廊下を曲がって、自分たちの教室へと向かう。
ガラッとハルカが教室のドアを開ける。
「あ、ハルカ。またカレンと一緒じゃん」
「すっかり私たちと絡まなくなったね……」
「今はカレンと一緒に居たいからね!
すると、すぐ近くの席に座っていたハルカの友人の優さんと千郷さんが、私たち──正確にはハルカだけかも──に話しかけてきた。
一言二言談笑すると、ハルカは二人に手を振りながらその場を離れる。
私もそれに急いで続く。
「あ、若井さん! 今度また撫で撫でさせてね!」
「え、あはは……うん」
笑顔で話しかけてくれた優さんと、それをニヤニヤした顔で見ている千郷さんに手を振り、私は急いでハルカを追いかける。
「おっはよーキロ」
すると、何やら深刻そうな顔をしてスマホをいじっているキロくんを見つけたハルカが、彼に挨拶をした。
私もそれに続いて、彼に挨拶する。
「キロくん、おはよっ」
「どわぁあ!?」
すると、キロくんはとても驚きながら、椅子から落ちそうになった。
それを必死に堪え、瞬時にスマホをポケットの中に入れてから、キロくんは私たちに振り返る。
「な、何やってんのあんた……」
驚いた顔をしているハルカ。私も驚いた。
「キロくん……大丈夫?」
ハァハァと息を切らしているキロくんに私は手を差し出す。彼はそれには反応せず、笑みを浮かべながら──
「え、あ! おう! 大丈夫……!」
と、言った。
「バカは放っておいて行こっ、カレン」
すると、ハルカが私を引っ張りながらそう言う。
「う、うん。また後でね、キロくん」
私はそんな彼女に無抵抗で引っ張られながら、キロくんに手を振り、別れを告げた。
ちょっと心配だけど、大丈夫って言ってたし。大丈夫なんだろう。
「ぷ……私、笑いそうになっちゃったよ。さっきのキロ、情けなかったなぁ」
「なんか……すごい驚いてたよね……」
口元に手を当てながら、ニヤニヤしているハルカ。
私はそんなハルカをちょっと呆れながら見て、会話を続ける。
「スマホ見てて、話しかけられて驚いたってことは……もしかして!」
すると突然、どこからか探偵のような帽子を取り出して、それを被りながらカレンは語る。
「もしかして……?」
私は首を傾げながら、彼女の推理を聞く。
「……なんか、エッチなもの見てたな!」
「えぇ……そうかなぁ……?」
ハルカの突拍子もない推理に、私はため息をつきながら首を傾げる。
すると、ハルカは人差し指を左右に振りながら「チッチッチッ……」と言う。
「わかってないなぁカレンは。あの年の男の子って性欲しか無いんだよ?」
「そうなの!?」
「ううん、冗談」
「だよねぇ……」
ニヤニヤしながら、私で遊ぶハルカ。
私はため息をつきながら、自分の席の椅子に座った。
「そろそろ森セン来るかな……じゃあまたあとでねカレン!」
「……うん、また後で」
手を振りながら去っていくハルカに、私は手を振りかえす。
それとほぼ同じタイミングで、森先生が教室に入ってきた。
*
お昼休み。ハルカが私の机の上に座りながら、話しかけてくる。
「でねでね……私びっくりしたの」
「へぇ……カニとエビって喧嘩するんだね」
「エビっていうか、ザリガニだけどね」
「私はセミとカブトムシが喧嘩してるところ見たことあるよ」
「うっそ……それ本当なの? カレン」
「うん、びっくりした」
「そりゃびっくりするよ……私の話よりすごいじゃん」
そんなくだらない話をしていると、誰かが後ろから話しかけてきた。
「ハルカ、ちょっといい?」
聞き覚えのある声。顔を見上げると、そこにいたのは優さん。
「どしたの?」
ハルカは机の上からぴょんっと降りて、優さんをじっと見る。
すると優さんは持っていた紙をハルカに見せた。
「なんぞこれ?」
ハルカが首を傾げる。優さんはため息をつきながら、ハルカの肩に手をかけた。
「補習のお知らせ……森センじゃなくて、渡辺先生のね」
「……なんでなん?」
ハルカは首が折れそうなほどに、首を傾げる。そんなハルカを見て、優さんはため息をついた。
私もため息をつきそうになる。この子、森セン以外の先生からも問題児扱いされてるんだ、と。
「宿題出してないから。テストの結果だけじゃ補えないんだってさ」
「そんなバカな!?」
「バカはあんただよハルカ。宿題くらい出せっつーの!」
(いいぞ優さん……もっと言ってあげて……!)
しかし、三度目のため息をつくと、優さんは何故か私の頭を撫でてきた。
(なんでぇ!?)
「全く、若井さんを見習ってよね! こんなにいい子で可愛いんだから!」
「ゆ、優さん……!」
私は恥ずかしくなり、思わず俯く。
その瞬間、どこからか、地獄の獣が唸るような狂気的で破壊的な恐ろしい唸り声が聞こえてきた。
「ゆぅぅぅうぅぅ……?」
唸り声の正体はハルカ。私と優さんはそれに気づき、同時にビクッとなった。
そして優さんは私の頭から手を離して、ビシィとハルカを指差した。
「とにかくちゃんと行ってよね! 私が怒られるんだから!」
「……はーい」
ハルカはため息をつきながら、やる気無さげに返事をした。
「理科室で実施って……補習したいならそっちから来てよ、って感じ」
ぶつぶつ文句を言いながら、紙をくしゃくしゃに纏めるハルカ。
そして、ハルカは振り返って私を見て、目尻にほんの少し涙を浮かべながら、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ぐず……今日もカレンと帰れないかも……!」
「あはは……待ってようか? 私」
泣きながら抱きついてくるハルカを私は撫でながら、待っていてあげようかと提案する。
するとハルカはパァッと満面の笑みを浮かべ、私を力強く抱きしめてきた。
「あは! 持つべきものはカレンだね! 流石魔法少女!」
「ま……魔法少女って……多分関係ないと思うけど……」
「いーのいーの! あ、でもでもでも! あんまり遅くなるようなら先に帰ってもいいからね? 居て欲しいけど!」
「う、うん……わかった」
耳元で叫ぶハルカの声で、私の耳は地味に痛む。
(全くもう……ハルカは仕方ないなあ)
ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめてくるハルカの頭を、私は優しく撫でた。
(頭撫でたら宿題やる良い子になったりしないかな……)
「……カレン。なんか変な事考えてない?」
「んー? 別にぃ……」
「絶対考えてる……!」
*
「……まだかな」
夕焼けに照らされる教室で、一人肘をつきながら、私はボソッとつぶやいた。
時計を確認すると午後五時半。結構遅い時間だなぁ。
私は小さくため息をついてから、椅子に座ったまま背伸びをした。
「……はふう」
そして、なんとなく窓から校庭を見る。サッカー部が大声で叫びながら練習をする光景を見て、私はもう一度ため息をつく。
「全くもう……これからは毎日一緒に宿題してあげようかな」
呆れたように私は呟く。「テストの点数はいいから大丈ブイッ!」って言ってたけど、宿題はやっぱりやんないとダメだよね。
変にテストができちゃうから、宿題なんかやらなくちゃいいや、と思ってるのかもしれない。
私も宿題やる意味とかよくわかんないけど、とりあえずやっておいた方がいいとは思う。
成績つけやすそうだしね。出したか否かで判別すればいいんだから。
「……んぇ? ハルカ?」
その時、教室のドアが勢いよく開いた。
私はそれに反応し、視線を向ける。そこに居たのは私の予想に反して、ハルカではなく、キロくんだった。
「キロくん……? 帰ってなかったんだ」
私は少し首を傾げながらそう呟く。なんでキロくんはこんな時間まで学校にいるんだろう? 部活だったのかな? だとしても、どうして教室に来たんだろう。
色々疑問を浮かべていると、キロくんは何も言わずに私の元へと歩いてきて、空いていた隣の席の椅子に、勢いよく座った。
椅子の足が空に浮かび、ぐらぐらと揺れ、大きな音を立てながら着地する。
その音に驚いて私はついビクっとなる。ビックリしたから、すごい大きな音だったし。
どうしたんだろう? 私はじっと、彼の顔を見つめる。
キロくんは少し顔を赤くしながら、髪の毛に爪を立てて掻いていた。
まるで、恥ずかしさを誤魔化すように。
「……悪いカレン。大事な話、してもいいかな」
「……えっと、うん?」
視線を向けずに、小さな声で囁くように呟くキロくん。
私は真面目雰囲気の彼に疑問を抱きつつ、頷いた。
じっと見つめる。けれど、キロくんは何も喋らない。
黙っている。大事な話があるって言ったのに、黙っている。
「……キロくん?」
しびれを切らして、私は彼の名を呼んだ。
するとキロくんは一度ビクッとなり、ため息をついてから、ゆっくりと立ち上がった。
深呼吸をするように、スーハーと息を吸うキロくん。
私はそれを、何も言わずにじっと見つめる。
やがてキロくんは歩きだし、窓際の壁に手をつきながら、ため息をつく。
「……えよ……って……僕……!」
顔を手のひらで覆いながら、キロくんはぶつぶつと何かを呟き始める。
(どうしたのかな? 何か変だよね?)
今朝の様子も少しおかしかったし、何か、彼に大変なことが起きているのかもしれない。
そう思った私はゆっくりと立ち上がり、キロくんの前に立ち、覗き込むようにして彼を見つめ──
「さっきからどうしたの……?」
と、呟く。
するとキロくんは何故か顔を真っ赤にし、プイッと顔を背けた。
(えぇ……私何か変なこと言ったかな?)
その直後、キロくんは自分を自分で殴った。
殴ったぁ!?
「なんでぇ!?」
私はつい驚きの声をあげる。
それとほぼ同時に、キロくんは私の方へ視線を戻した。
「ひゃうっ……!」
急に見つめられ、私は変な声を出してしまった。
そのままキロくんは私の顔をじっと見つめ──
「僕は……好きだ……! カレンが……!」
と、絞り出すように言った。
「……ぴえ」
え? えっと? え?
(えぇ……好きって……え……ふぇ……んぇ……?)
どう言うことだろう? なんのことだろう? 誰のことだろう? 好きな食べ物がカレンとか?
視界がぐるぐると渦巻き始める。頭上から煙が出ているかのように、膿が沸騰している感覚。体全体がクラクラと揺れ始める。
(違う違う違う! 私が告白されるわけないじゃん! 大人しくなって特に何もできない私が! よりによってキロくんとか絶対無い!」
私は首を左右にぶんぶんと振ってから、とんでもない勘違いをした恥ずかしさを誤魔化すように、大声で笑いながら言う。
「あ、あはは……! うん! わ、私もキロ好きだよ……友達として! うん!」
目をぎゅっと閉じながら、自分に言い聞かせるように、うんうんと私は頷く。
きっとそうだ、こうに違いない。多分キロくんは帰国子女なんだ。だから友人としての好きを大胆に言う感じの国からそんな感じの影響を受けてこんな感じで私に好きと伝えたんだそうに違いないそれ以外あり得ないそうに決まってる絶対にそうだ間違いない正解大正解大当たり!
私が必死に彼の意を汲もうとしていると、キロくんが私の手を取った。
そして、顔を真っ赤にしながら、私を見つめながら言う。
「そうじゃなくて……その……異性としてというか……」
「……キ、キロくん……?」
ぶつぶつと呟き続けるキロくん。やがて、意を決したかのように目を見開き、私の目を見て叫んだ。
「ぼ、僕と……付き合ってくれ! カレン!」
「……ひゃ……ひゃあぁ……!」
間違ってなかった! 私の勘違いこそが真実だった。
妄想想像空想幻想による勘違いではなく、現実であり真実であり確実に私へと告白してきていた!
顔がものすごい熱を帯びる。すごく熱い! めちゃくちゃ熱い! きっと今の私の顔は真っ赤だ!
必死に顔を冷まそうとするけれど収まらない。どんどん赤くなっていく感覚。真っ赤だ、猿のお尻のように真っ赤になっている! きっと!
じっと動かずに、キロくんが私を見つめ続けてくる。恥ずかしくて恥ずかしくて、プルプルと震えながら、私は必死に顔を逸らす。
多分彼は、きっと彼は、私の答えを待っている。私が何か言わないと話が進まない。
私は、キロくんの事が好きだ。そう思っている、思っていた。
けれどそれは友達としてであって──
(……本当に、そうなの?)
私は思い返す。キロくんとの毎日を、思い出を。
カッコいいところを見せてくれたキロくん。私を助けてくれたキロくん。私好みの顔をしているキロくん。
彼のことを考えて胸がキュンっとした夜があった。彼の大きな手に触れてドキドキした時もあった。彼の優しい笑顔に見惚れていた時もあった。
私は、友情と愛情の違いがわからない。だって、好きだって言う気持ちなら正直、ハルカに対しての気持ちが、キロくんよりも大きいもん。
だけど、ハルカへの好きと、キロくんへの好きは、とても似ているようで、少し違くて──
ハルカは一緒に居て楽しくて嬉しくて、ずっと一緒にいたい感じ。
キロくんは一緒に居て頼もしくて、ずっと一緒に居てもらいたい感じ。
私は思わず首を左右に振る。言い訳をするな、必死に言い訳をするなと、自分に言い聞かせる。
きっとこの気持ちは、私のこの気持ちは、キロくんを異性として意識している気持ち。
友情ではなく、愛情──
「わ、私なんかで……いいなら……」
私は、先程のキロくんのように、絞り出すように必死に声を出す。
「ほ、ほんとか……!?」
キロくんの私の手を掴む力が強くなる。嬉しそうに、ホッとしたかのように、笑みを浮かべながら彼は私を見つめている。
そんなキロくんを私は、じっと見つめ、じっと見つめ、じっと見つめ──
なんて言えばいいのかわからないけど、どう言えばいいのかわからないけど、頭の中に浮かんだ一言を彼に向けて呟く。
「……えと……よろしく……ね……? なのかな……?」
そして私は、私にできる精一杯の愛情表現を、彼に向けて──




