42.魔法少女カレン ②
月曜日の朝、普段朝にスマホをいじらない私は、珍しくそれを使っていた。
ベッドの上に座りながら、着替え途中なので下着のまま、スマホを見て呟く。
「そんな事あるんだ……」
手に持っているスマホに映し出されたメッセージ。そこには「風邪引いた!カレンに会えないよぅぅ……きっと土曜日にはしゃぎすぎたせい!」と書かれていた。
人って全力で遊びすぎると体力無くなって風邪を引くんだなぁ。と私は思いながら、スマホを閉じた。
「……ふわぁ」
私はゆっくりと立ち上がり、ハンガーにかけられている制服を手に取る。
箪笥からワイシャツと見せパンを取って、それらを着用。その後に制服を着た。
「……ふぅ」
ぴょんっとベッドから飛び降り、私は背伸びをする。
そしてゆっくりと歩き、ドアノブを捻り、ドアを開けて、階段を降りて、リビングへと向かった。
リビングに着いた。テレビは付いてなくて、誰もいないからとても静かだ。
机の上に、無造作に置かれたパンを手に取ってから、私はテレビの画面をつけた。
別に一人暮らしをしているわけじゃない。お父さんもお母さんも、朝が早い仕事をしているから毎朝こんな感じだ。
大人って大変そうだなぁ。そう思いながら私はパンをひと齧り。
「……ほぇえ」
ニュース番組で流れるニュースを見て、私はテキトーに感想を漏らす。こう言う事件があったんだと理解はするけど、本質は見ない。面倒くさいんだもん。
パンを食べ終え、ゴミを捨ててから私は真っ直ぐに洗面所へと向かった。
そこで歯磨きをして、顔を洗って、準備万端。
一度自分の部屋に戻ってからカバンを手に取って、誰もいない廊下に向かって「行ってきます」と言ってから、私は玄関の扉を開けた。
*
通学路。私は一人で歩いていた。
予定ではこの辺りでハルカと会うはずだったのだが、彼女は今日、風邪をひいてしまったのでそれは無し。
昨日はちょっと面倒くさいかな、と思っていたけど。正直に言うと私はハルカと登校するのを楽しみにしていた。
だって、一人で歩くよりは誰かと歩いたほうが楽しいに決まってるもん。
(まぁ……いいんだけどさ。別にさ)
必死に自分に一人でも大丈夫、と言い聞かせるけど、やっぱり心の奥底で私は、ハルカを求めていた。
私ってもしかしてかなり重い女? ハルカに依存しつつあるのかも? キモイかな、キモイよね。
「……はぁ」
「わー!」
「きゃー!」
「きっも!」
(ハルカ大丈夫かな……お見舞いとか行ったほうがいいのかな……家知らないけど……)
一応メッセージ送ろうかな? どうしようかな? ちょっと恥ずかしいか──
「あっ……ごめんなさい……」
ふと、私は何かにぶつかる。
下を向いて歩いていたから、前を歩いていた人に当たってしまったのかもしれない。私は急いで顔を上げ、謝ろうとした──
「カニカニカニ」
けれど目の前にいたのは、大きなバケモノ。
顔はゆるキャラの鶏のようで、身体はゆるキャラのタヌキ。両手に大きなハサミを携えている。
(……ッ! バケモノ!」
私はすぐに指輪を取り出そうとする。だけど何故か、身体がうまく動かない。
ハサミをカチカチ鳴らしながら、それを私に向けてくるバケモノ。
(やばい……!)
私は思わず、目をぎゅっと閉じてしまった。
「危ない!」
次の瞬間、誰かに叫ばれながら、私の体は弾き飛ばされた。
(……はっ! だ、誰!?)
今何が起きた? 誰かが私を支えてくれている?
誰かが私を助けてくれた?
それとほぼ同時に、バケモノのハサミが、カレンの元いた場所を穿った。
「危なかったね……若井さん」
すると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
顔を見上げると、そこにいたのは見覚えのない男の子。
私好みの顔をした、イケメンな男の子。
(……ぴえ)
この大きな手、力強い腕。
もしかして私、今、彼に抱かれていている。
私は一瞬変な想像をするが、すぐに冷静になって、彼の言葉を反芻した。
(私の名前を知ってる……?)
彼は確かに、私のことを若井さんと呼んだ。
一体誰なんだろう、彼は──
「カニカニカニ」
その時、バケモノが私と男子生徒を目掛け追いかけてきた。
小さく舌打ちをして、男の子は私をお姫様抱っこのように持ち上げ、バケモノから距離を取るため走り出した。
お姫様抱っこ!?
「ふぇえ!?」
今、私は、お姫様抱っこをされている!?
そんなのは漫画や小説だから許されるのであって、現実でやられると恥ずかしすぎる。
頬に熱が帯びているのを感じる。恥ずかしすぎて、死にそう。
私が悶えていると、男の子が突然、ギリギリ聞こえる程度の声で小さく呟いてきた。
「若井さん……変身できる?」
「え!?」
その言葉に、私は思わず驚いきの声を上げる。
彼の言葉を私は脳内で反芻した。
(この人……私が変身できることを……魔法少女だって事を知っている……!?)
突如現れ、私が魔法少女だと知っている男の子。
一体何者なんだろう、少し怖い。
「僕が時間を稼ぐ……その間に変身してアイツを倒してくれ。頼んだぞ……!」
「え、えっと、え!?」
男の子はそう言うと、私を丁寧に下ろして、バケモノの方を向いた。
そして変な動きをしながら、変な言葉を呟き始める。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
「カニカニカニカニカニカニカニカニカニカニカニカニ……」
それに合わせ、バケモノも変な動きをし始めた。
意味がわからない。私は思わず首を傾げてしまった。
(なにこれ……じゃなくて!)
私はすぐにハッとなり、カバンの中を漁った。
前回の反省を活かし、私は指輪をしまう場所をちゃんと決めていた。そこから指輪を取り出し、変身と呟きながらそれを指に嵌める。
その瞬間、私の身体をピンク色の光が包む。
やがてそれは弾け飛び、変身完了。
その瞬間、私を見た男の子はニヤリと笑い、バケモノから瞬時に距離を取った。
まるで交代するかのように、男の子が離れた瞬間に、私は彼が元いた場所に地面を蹴り、移動する、ら
ギョッとするバケモノ。私のスピードに驚いているみたい、隙だらけだ。
私は瞬時に拳を握り、そこに魔力を込め──
「カレンビーム!」
と、叫びながら拳を開いて手のひらをバケモノに向けた。
私の手のひらから放たれるのは太く速いピンク色の光線。それはバケモノの全身を瞬時に飲み込み、彼の姿を綺麗さっぱり消し去った。
「すごい……! さすが魔法少女だね若井さん」
すると、手をパチパチと鳴らしながら、男の子が私の元へとやってきた。
当然、私はそれを警戒する。変身は解かずに、臨戦態勢のまま、彼の方へ向き直った。
「なんで私が……魔法少女って知っているの……?」
指で差しながら、私は彼に問う。
すると男の子は、は恥ずかしそうに頭を掻いて──
「実はさ……土曜日聞いちゃったんだよね。君と吾妻さんの会話」
と、答えた。
「私とハルカの……?」
ハルカの名前が出て、私は少し驚く。
けれどある程度それで、彼の正体を察せた。恐らく彼の正体はクラスメイト、もしくは同じ学年の生徒だ。
制服は私たちの学校と同じだし、自分とハルカの苗字を知っているのならば、クラスメイトである可能性が高い。
お互いを苗字で呼んでいたのは最初の最初だけ。つまり、土曜日に私達の会話を聞いただけでは、苗字まではわからないはずなのに、苗字を知っていると言うことは、そう言うことなんだろう。
「ふふふ……驚いたよ! クラスメイトが魔法少女だったなんてさ!」
すると、目を輝かせながら男の子が私をじっと見ながら言った。
「魔法少女がいるっていうのは知っていたけど、身近な人がそうだとわかった時の衝撃はすごかった! あ、安心して。誰にも言ってないから……」
(今大声で言いふらそうとしてるけどね……)
興奮気味の男の子。私はそれに呆れて、ため息をついた。
そして、私は一瞬だけ辺りを見回し、誰もいない事を確認してから変身を解いた。
「えと……それじゃ」
私はペコリとお辞儀をして、その場から離れようとする。
正直、あまり関わりたくないし。
足を動かし去ろうとしたその時、彼は私の手を握ってきた。
「ひぅ……!?」
突然手を握られて驚いて、私は思わず変な声を出してしまった。
そんな私を見ながら、男の子は興奮したかのように言う。
「待ってくれ! 一緒に登校しない? 同じ教室だしさ……魔法少女のこともっと知りたいと言うか!」
私は、察した。
(この人……もしかしてハルカと同じ人種!?)
多分陽気な性格だ、私はそれについ怯える。
ていうかハルカは女の子だからいいけど、この人は男の子だ。男、男子、男性、異性、男の子なんだ。
胸が高鳴る。ドキドキしている。顔をが真っ赤になっている感覚。動かそうとしていないのに、口が勝手にパクパクと動く。
普段触れない固く力強い手。これが男の子の手、恥ずかしすぎる。
私は恥ずかしさのあまり、急いで手を離そうとした。
すると、私が手を離したがっているのに気づいてくれたのか、彼はパッと手を離し──
「ごめんごめん……」
と、軽く頭を下げながら誤った。
そして、人差し指を立てながら──
「ところで若井さん。僕の名前知ってたりする?」
と、聞いてきた。
「え……えと……」
私は急いで、全力で、最高速に脳をフル回転させた。
(えとえと……見覚えあるような……居たような……男子の顔なんてちゃんと見ないからみんな同じ感じにしか思い出せない……でもさっきクラスメイトって言ってたし、クラスメイトなのに知らないなんて言ったら失礼だよね? クラス変わってすぐならまだしも、もう夏休み終わって二学期目だし。ショックを受けちゃうかも。私を助けてくれたいい人であるんだし……思い出せ私……私思い出せ……!)
「えと……若井さん? 頭から煙出てるけど……」
ダメだ、全然思い出せない。
「ぴぅ……」
私は頭をクラクラさせながら、倒れそうになった。
「わあ!? ショートした!?」
しかし、男の子の驚いた声ですぐに我に戻り、私は思いっきり地面を踏み締め、なんとか姿勢を保つ。
そして目を背けながら、気まずくてつい頬を指で掻きながら、男の子を見て頭を下げた。
「ご、ごめん……覚えてません……」
ここは素直に言っておいた方がいいと思った。誤魔化そうとしても、私、嘘下手だし。
「え!? あ、いいよ……別に関わりあったわけじゃないしさ! 僕も覚えてないクラスメイト何人かいるし……」
すると、確実にショックを受けているのに、彼は私をフォローしてくれた。
なんか情けなくて、一昨日のダメダメな私を思い出して、つい泣きそうになる。
(私……こんなダメムーブばっか……)
心の中だけで、私はため息をつき、俯いた。
「僕の名前は……鳥区キロって言うんだ。変な名前だからさ……覚えやすいだろ?」
すると、男の子が自己紹介を始めた。
照れ笑いをしながら、男の子──鳥区キロくんと名乗った。
それを聞いて私はつい、笑ってしまう。彼の言う通り、本当に変な名前だと思ったから。
さて、私は鳥区キロくんを、どう呼ぶべきなのだろうか?
「鳥区さん……鳥区くん……キロ……くん? さん? えと……」
なんて呼ぼうかと呟きながら迷う。すると、それを聞いていたのか、鳥区キロくんが苦笑しながら、私に向けて言った。
「キロでいいよキロで。呼び捨て上等呼び捨て歓迎!」
「え……うん。キロ……」
言われた通り、私はそう彼の名前を呼ぶ。その瞬間、私の顔は熱を帯びてプルプル震えて、やがて爆発した。
「わ!? 若井さん!?」
(キロ……キロって! 男子を呼び捨て!? ま、ままままままるで彼女みたいじゃん……! じゃん……!)
火照る顔を両手で覆い隠しながら、私はうんうん唸る。
恥ずかしすぎる、恥ずかしすぎた。死にたい、恥ずすぎる、無理、ひゃー!
「あの、若井さん……?」
私が悶えていると、誰かが私の肩を叩いた。
後ろを一瞥すると、そこにいたのはキロくん。
「そろそろ行かないと……遅刻するかもよ」
「……はっ!」
それを聞いて、私は──どうやったのかよくわかんないけど──真っ赤な顔を一瞬で元の顔に戻して、ちゃんとキロくんのほうに振り向き──
「い、行こっかキロ……くん! 遅刻嫌だもんね……!」
「うん。行こうか、若井さん」
と言って、彼と共に歩き出した。
*
朝のホームルーム前。色々なグループが談笑する教室。うるさいけれど、心地よい騒音。
そんな教室で唯一、私は一人で座って、頭を抱えながら机に伏していた。
(はあああ……! 男子と……キロくんと一緒に教室入っちゃったよ……見られた! 複数人に見られた……! 勘違いされてないかな……恥ずかしい……死にたい!)
いやいやをするように頭を小刻みに振りながら、身体をプルプルと震えさせる。
私は羞恥心がやばすぎて、恥ずか死寸前だった。
「わーかーいーさん!」
すると、突然、私の背中を誰かが叩かれた。
それに反応して、私が顔を上げると、目の前にいたのはハルカの友人。
誰だったっけ? 必死に思い出す。あまり関わっていないからすぐに名前が出てこない。
(あ、そうだ……優さんだ。苗字は……わかんないや)
「ハルカ休みなんだってね! あの元気娘がさ……天変地異でも起こるのかな? かな?」
優さんはにこやかに、満面の笑みを浮かべながら私に話しかけてくる。
「え、えと……優さん?」
何で突然話しかけてくれたのか、私は不思議に思う。
ハルカがいて、そのついでに話しかけてくれるとかならまだわかるんだけど、何で私に話しかけてきてくれたんだろう。
すると突然、優さんはくるりとその場で一回転して──
「千郷も休みだし……今日は若井さんと仲良くなろうと思って来ました! ピース!」
元気よくピースをしながらにっこりと笑った。私は思わず首を傾げる。
(なんだろこれ……なんか……流行ってるのかな……?)
そう思い、私は何となく、優さんにピースを返した。
「へ……ちょ……若井さんあざと……! これかこれなのかこれで堕ちたのかハルカは……! なるほどねぇ……かーわーいーいー!」
「うへぇ!?」
優さんはぶつぶつ呟いた次の瞬間、大声で叫びながら私に抱きついてきた。
抱きついてきた!?
顔が真っ赤になる感覚。身体もプルプルと震えている。
(なんか私……抱きつかれすぎじゃない……!?)
そのせいで、もうこの数日で赤面ばっかしてる。
このまま赤面ばかりしてたら素肌が真っ赤になるんじゃないかと、心配になるくらい。
と、その時──
「おーい……ホームルーム始めるから席付けー」
私たちのクラスの担任、森センが珍しくやる気なさげに入ってきた。
「あ、やべ森センだ……んじゃまた後でね若井さん!」
「え、あ、うん……」
担任の森センが教室に入ると、盛り上がっていた生徒たちがほとんど同じタイミングで話を切り上げ、各々の席へと戻っていく。
私は一旦ため息をつき、森センを見ながら──
「ハルカがいなくても疲れそう……」
誰に言うでもなく、小さくそう呟いた。
*
ホームルームが終わり、一時間目の授業が終わり、やってきた休み時間。
授業が終わるとほぼ同時に、優さんは私の元へとやってきた。
そして今、彼女は私の頭を撫でながら色々と話しかけてきている。
「はぁ……撫で心地良すぎ……ハルカのものにしておくの勿体無いなぁ……私が寝取っちゃおうかな若井さん……」
いや、話しかけていると言うよりは、ペットに対する甘い声を出している感じ。
愛られている感じ。気持ち良くて、いい気分になるけど、普通に恥ずかしいからやめてほしい、かも。
「あぅぅ……髪が抜ける……」
私は小さく悲鳴を上げながら、優さんに身を預ける。
そのまま撫で撫でし続ける優さん。私たち、どういう風に見えているんだろうか。
「よっ、若井さん……と優さん」
と、誰かが私たちに話しかけてきた。
「あれ? 鳥区くんじゃん。私の若井さんに何か用?」
(……げ! キロくん!)
声の主を確かめるべく、顔を見上げるとそこにいたのは、今朝出会った鳥区キロくん。
顔が真っ赤になる感覚。彼を見るだけで、今朝の出来事を思い出して恥ずかしくなる。
私は彼を見ないように、机に顔を伏した。
「ん……いや、ちょっと話があってさ」
キロくんが何かを言っている。耳が真っ赤になっているせいか、机に伏しているせいか、よく聞こえない。
すると、優さんのぶつぶつ呟く声が聞こえてきて、何故か私を撫でるスピードが早くなった。
「抜けるぅぅぅうううう……」
痛い、髪の毛が絶妙に痛い。
私は思わず、悲鳴をあげてしまった。
すると何故か、更に撫でるスピードが速くなった。
「わぁぁぁあああ……!」
またしても悲鳴をあげてしまう私。
絶対抜けてる、何本か抜けてる。
「えと……若井さんハゲになるよ? 優さん」
ほら、キロくんに心配された。
「……わっ! 撫ですぎた! ごめーん若井さん!」
(これ、優さんの反応的に本当に何本か抜けてない!? 寧ろもうハゲた!?)
私は咄嗟に髪の毛を両手で触れる。よかった、まだフサフサだ。
「おーい優! 次の授業の資料運べってさ」
その時突然、教室の外から優さんの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「えー……またぁ!?」
優さんはそれを聞いて、私の頭から手を離した。そして、立ち上がる音がした。
私はそれに合わせて、顔を見上げる。
すると、優さんはキロを指差しながらキッと睨みつけて──
「はぁ……係だからって生徒に資料運ばせるとかさぁ……ちょっと待っててね若井さん! 鳥区くん、若井さんに変なことしないでよ? 先客いるんだからね!」
と、叫んでいた。
そして足早に、教室を出ていった。
(先客って誰……?)
私はゆっくりと、首を傾げた。
「ふぅ……吾妻さんに負けないくらい元気だなぁ」
呆れたようにそう呟くと、ため息をついて、空いている椅子を引き寄せ、キロくんが私の横に座ってきた。
「えと……何の用かな? キロ……くん」
私は思わず、首を傾げる。
「キロでいいって。実はさ若井さん……僕、もっと知りたいんだよね。君のこと」
「……へ? ふぇぇえ……!?」
じっと顔を見つめ、私を知りたいと言うキロくん。
(わ、わわわ私のことを知りたいって……ふぇ!?)
もしかしてこれって告白!? 彼って私のこと好きだったの!? ピンク色の妄想が、私の脳内を満たす。
じっと、じっと私を見つめてくるキロくん。
それから逃げるように、私はゆっくりと顔を背けた。
「まあ、若井さん……というよりは魔法少女について知りたいんだけどさ」
笑うようにそう言うキロくん。それを聞いた私は思わずポカンとしてしまった。
いや、何となくわかっていたけど。私が勝手に変な想像したのが悪いんだけど──
「……あ、そ、そう」
ちょっと残念だなぁ。そう思いながら、キロくんの方へと顔を戻した。
「魔法少女ってさ……バケモノを倒すために魔法少女してるの?」
すると、あっけらかんと、キロくんはそう聞いてきた。
それを聞いた私は、小さく唸りながら首を傾げる。
「どうだろ……私もよくわかってないんだ」
魔法少女とは何か、一昨日の私も散々悩んだ。
けれど結局わからない。魔法少女をやっているけど、私は何のために魔法少女をやっているのか、わからない。
「へー……そうなのか」
少し残念そうに言うキロくん。
期待に応えられなかった。そう考えると少し悲しい気持ちになって、泣きそうになる。
自分のダメさ加減が、責められているようで、嫌な気分になってしまう。
「でもさ、バケモノから守ってるんだろ? なんか魔法とか使ってみんなを助けてるんだろ? 魔法少女ってさ」
すると人差し指を立てながら、笑みを浮かべながらキロくんは言った。
私は頷き、その質問に答える。
「え、うん……そうかな。私もバケモノを倒すことあるし、魔法で困ってる人を助けたりもするし…0 …」
するとキロくんは、目を輝かせながら──
「若井さんって凄いな……偉いと思うよ。羨ましいくらいだ」
だけど、どこか遠い目をしながら、そう言った。
そんなキロくんの表情を見て、私は少しドキッとする。
高鳴る己の胸を押さえながら、頬に少し熱が帯びるのを感じながら、私はじっとキロくんを見る。
端正な顔立ちに宿るほんの少しの影。それがなんだか、とても美しく見えた。
そして、親近感を感じた。
「僕もさ……人を助けたいんだ。いやまあ、助けてはいるんだけど……さ」
キロくんは私の机に肘を立て、話を続ける。
「やっぱ……ただの中学生じゃ限界があってさ。軽い人助けとかならまあ、出来るんだけど……今朝のバケモノが現れた時なんかは何もできない」
「……キロくん?」
何だろう。感情が乗ってきたのか、彼は突然、自分語りを始めた。
その優しくも儚い声音に、私は何だかとても惹かれた。耳を立て、彼の話をよく聞く。
「親父も兄貴も凄い人でさ……めちゃくちゃ強くてカッコいいんだ。人を助ける仕事をしていて憧れている……それと同時に、嫉妬もしている」
低い声で、淡々と話すキロくん。私は少し、不安を覚える。
これってたまに私がやっちゃう、自傷行為と同じなんじゃないかな? 自分のダメなところを自分で責めて、心を傷つける行為。
「不安になるんだ……僕って親父や兄貴みたいな人になれるのかなって。今、何も出来ていない……出来ないことが多いのに将来二人みたいになれるのか……って」
少し泣きそうな声で、変わらず話を続けるキロくん。
やっぱりそうだ。何がきっかけかわからないけれど、彼は今、ヘラっている。
「僕も魔法少女になれたら……若井さんみたいに凄い人になれるかなって……っと、ごめん! なんか変な話しちゃったな……! はは……」
無理矢理笑って、自分を誤魔化そうとするキロくん。私はそんなキロくんの手を、思わず握りしめてしまった。
キロくんが驚いた顔をしている。私はそんな彼の目をじっと見つめて──
「キロくんは……凄いよ! 私を助けてくれたもん……魔法少女とかそう言うの関係ないよ……!」
伝えた。今朝、私を助けてくれた時、恥ずかしかったけど嬉しかった気持ちがあったことを。
そして、何が何だかわからないで、なあなあで魔法少女をやって、テキトーに人を救っている私なんかより──
自分の意思で動いて、自分の夢を叶えようとしている彼の凄さを、私のもっていない素晴らしさを、彼に伝えた。
多分うまく伝えられていないと思うけど。私は口下手だから。
でも少しでも伝わってくれたら、嬉しいかな。
「ッ! 若井さん……えと、その、ありがとう」
すると、キロくんはゆっくりと立ち上がった。
そして苦笑しながら、頭を掻きながら、私の目を見て言う。
「はは……なんかごめんね変な話して。キモイ自分語りして……若井さんに無理矢理褒めさせたみたいで……今日ちょっとメンタル弱いのかな僕……」
恥ずかしさを誤魔化すように、自虐しながら苦笑を続けるキロくん。
「でもありがとう若井さん……元気出た」
そう言って、キロくんは手を振りながら自分の席へと戻っていく。
「……キロくん」
私はそんな彼から、目を離せずにいた。
ずっと、ずっと、離せずにいた。
*
「へえ! 優と仲良くなれたんだ! よかったねカレン!」
「仲良くなれた……というか愛られたというか……」
「ふーん……私のカレンを勝手に愛でるなんてこれは怒らないとね……!」
「いつハルカのものに私はなったの……?」
他愛ない話をしながら、私とハルカは通学路を歩いていた。
ハルカの風邪は一日で完治し、いつも通り元気な姿を見せている。
そんなハルカを見て、私はホッとする。これでこそハルカだと、一人頷く。
「それで他に他には?」
ハルカは、自分がいない時私が何をしていたのか知りたくて、質問攻めしてきた。
何時に家に出たとか、誰と喋っていたとか、授業はどういう風に受けたかとか、しつこいくらい詳しく聞いてきた。
そんなハルカを私は、ちょっと引いた。
ハルカは満面の笑みを浮かべながら、質問を続ける。
「なんか、変なこととかなかった?」
ハルカがそう問うと、私は急に顔が真っ赤になる感覚を覚えた。
私が思い出したのは、キロくんとのやり取り。
自分を助けてくれて、何故かお姫様抱っこをしてくれた少年。
そして、そんなかっこいい風な少年なのに、自分に弱さを見せてくれキロくんの事を、私は忘れられなかった。
彼の顔を思い浮かべると、少し不思議な気持ちに私はなる。
胸をぎゅっと押さえたくなるような、切なくて仕方がないような、そんな気持ちを抱く。
「……んぅ?」
ハルカが怪しむように私を見てくる。私はつい、彼女から顔を背けてしまう。
するとハルカは──
「……見たかったなぁ」
と、つぶやいた。
それの意味が全然わからなくて、私はほんの少しだけ、首を傾げた。
*
二年三組の教室。相変わらず、朝のホームルーム前はたくさんの話し声で盛り上がっている。
私の席では、机に座りながらハルカが私に話しかけていた。
「それでね、森センったら酷いんだよ。宿題忘れただけで追加補習とかさ……ムカつく!」
「でも……何回も宿題忘れるハルカも悪いんじゃないかな……」
「うぎ……まあ、そりゃそうなんだけどさ。補習は嫌なの補習は」
「じゃあ宿題やろうよ……」
「……ぐすん。カレンがいじめる」
わざとらしく、ぐすんと呟くハルカ。私呆れて、ため息をつく。
そんなくだらない話を続けていると、ハルカの後ろに、彼女を軽く超える人影が見えた。
「よっ、若井さん。吾妻さん」
「あっ……!」
その人影の正体はキロくん。彼の姿を見て、私のほおが少し、熱を帯びる。
ハルカがゆっくりと振り返る。そこで彼女も、キロくんの存在に気づいた。
「何だキロじゃん。珍しいね、私たちになんか用? ていうか吾妻さんって……もしかしてカレンに丁寧な男に見られたくてそう呼んだ?」
「あ、バレた? 鋭いなハルカは」
やけに気楽にキロくんに話しかけるハルカ。私は思わず首を傾げた。
(え……? 二人とも……もしかして友達なの?)
「ふふふ……聞いて驚くなよハルカ。実は僕も知ってんだぜ?」
そう言うと、何故かキロくんはハルカの耳元に口を近づける。
首を傾げるハルカ。それと同時に、キロくんは何かを彼女に呟いた。
「……はぁ!?」
すると突然、ハルカは怒りの声を上げ、キロくんをペチっと叩く。
「おわっ!?」
「な、何で知ってんのキロが!?」
ハルカの叫び声に、クラス中の視線が集まる。
(わ……ちょ……ハルカぁ……!)
「おいバカ! 注目浴びてるじゃんか!」
辺りを見回しながらキロくんが言う。それに続いてハルカも辺りを見回し、クラスメイトの大半がこちらに視線を向けているかを確認している。
私は確認しない。だって感じるから、すごい視線を。わざわざ確認したくない。
「あ、やば……な、何でもないよみんな! このバカが私の下着の色を当てたから、覗いたのかーって怒ってたの!」
(え……!?)
ハルカから告げられる衝撃の事実。私は少しショックを受けた。
まさかキロくんが、そんな変態だったなんて。正直、がっかりした。
「すっげぇ冤罪ふっかけてんぞお前……!」
「別にいいじゃん……ところでどうやって知ったの? まさかストーカー……?」
「違う……! たまたまお前たちの話聞いてさ……!」
「変態ストーカー男……!」
「たまたまだって……!」
大きな声で、喧嘩するかのように話すハルカとキロくん。
そんな二人のやり取りを見て、私は少し寂しい気持ちになった。
何より寂しく感じたのは、キロくんのハルカに対する喋り方が自分とは全然違う、というところ。
キロくんは多分友達に対する話し方はこんな感じなんだろうな。そう考えると、私は自分がまだ、キロくんの友達にはなれていないような気がして寂しさを感じる。
そんな二人を私は、とても羨ましく感じた。
*
昼休み。私とハルカとキロくんは、わたしの席に集まっていた。
「何でキロまでいるのさ……言っとくけどカレンは私のものだからね!」
不満そうに、不快そうに。唇を尖らせながら、私を抱きしめながらそう言うハルカ。
私は別に、キロくんが居てもいいんだけどなぁ。変態なのは嫌だけど。
「別に僕のものだって主張してないだろ! 僕は若井さんに話がしたくてだな……!」
「だから、マネージャーを通してって言ってるの! この吾妻ハルカは若井カレンのマネージャーなんだからね!」
何故か腰に手を当て、ハルカはドヤ顔をしながらそう言った。
マネージャーって何?
そんなハルカを見て、キロくんはため息をつきながら──
「若井さんと、話がしたいんですがよろしいでしょうか? 吾妻マネージャー?」
と、丁寧な口調で言った。
すると、ハルカはわざとらしく、両方の人差し指を頭に突き立てながら、うんうん唸って──
「却下!」
と、大声で叫んだ。
(ひどい……!)
「お前……!」
プルプルと震えながら、強く拳を握りしめるキロくん。
そんなキロくんを見ながら、ハルカは変な踊りをして煽った。
「……ふふっ」
そんな二人を見て、私は思わず笑ってしまった。
(なんか、こう言うのいいかもなぁ……)
青春って感じがして、凄くいいなぁと私は思う。
昔の漫画とかアニメの学園モノだと、こういう三人グループが主人公だったりするよね。
その後、怪異に巻き込まれて大変なことになるんだけど。
「私に勝てるわけないでしょキロ程度が……!」
「はっ……! 軟い女に負けるほどヒョロくないって……!」
「あー今の女性差別! なんかこう……偉い人に怒られちゃえ!」
「んだと……!」
三人でこれから仲良くなれたら、学校生活がより楽しくなるかもしれない。
そんなことを考えながら、私は今にも殴り合おうとしている二人を引き留めた。




