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41.魔法少女カレン ①

 私、若井カレンは中学二年生。クラスではそんな目立たない方で、友達はいるけど仲の良い友達はいない、ごく普通の女の子。

 だけどその正体はなんと街の平和を申し訳程度に守っている魔法少女。

 魔法少女としての活動は、困っている人を助けたり、時折現れる謎の生物を倒したりしている。

 なんで自己紹介を自分に向けてしているのか、その理由は暇だから。

 私は今、友達と遊ぶために目的地へと足を運んでいるところだった。

 この街一番の人気スポット、この街で一番人の集まる場所、この街で一番大きなデパート──ショッピングモール? どっちでもいいか──に向かっている。

 つい先日、私はとある女の子を助けた。

 その子の名前は吾妻ハルカ。とっても元気なクラスメイト。

 私は何故か彼女に異常に好かれた、好かれている。

 ずっと抱きついてくるし、教室を移動する時もお手洗いに行く時も給食を食べに行く時も下校時も登校時もずっとついてくる。

 彼女曰く「助けてくれたから好きになるのはとーぜんじゃん?」とのこと。にしても、好きになりすぎだとは思う。

 多分、誰とでも仲良くしてこれたから、ちょっと距離感バグってるんだろうなと私は思う。嫌いじゃないけど。

「……地味に遠いなあ」

 駅までの道のり。普段はそんなに意識しないけど、今日は何故だか凄く遠く感じた。

 多分、ハルカに会うのを私はとても楽しみにしているんだと思う。

 これまで学校外で遊ぶほど仲の良い友達とかいなかったし。

 ウキウキ、ワクワク、ドキドキ。心臓が早鐘を打っているのを感じる。

 なんだか恥ずかしくなってきた。みんなこんなものなのかな? 友達と遊びに行く時は。

 それとも私が慣れていないせいで、無駄に興奮している? どうなんだろう。

 とりあえず、そんなテキトーなことを考えながら私は少し歩くスピードを上げた。



 デパートに着いた。人の騒ぐ声、楽しげな声、デカすぎる広告の音が騒がしい。

 想像以上の人の波に、私は思わず酔いそうになる。一体全体どこからこんなに人が集まってくるのだろうか。

 とりあえず私は、ハルカを探す事にした。

 メッセージには「二階にいるよ!」としか書かれていない。二階のどこなのかを書いてほしかった。聞こうと思ったけど、聞く勇気は出なかった。

 とりあえずエスカレーターに乗り、二階へと上がる。そして、辺りを見回しながら廊下を歩き始めた。

「……どこだろ」

 思わず私はそう呟く。人が多すぎて、わからない。

 時折、休日なのに学校の制服を着て遊びに来ている子もいるので見間違いそうになる。私には学校以外で制服を着る気なんて起きないので、その子たちが何故休日まで制服を着ているのか理解できない。

 部活帰りかな、とも思うけれどまだ午前十一時。そんな早く部活終わるのかな? 帰宅部だからわからない。

(……あ)

 しばらく歩くと、見覚えのある顔が見えた。

 少し頬を赤く染めながら、真反対を向いている少女。

 小さなポニーテールに、シンプルな服装の私とは違って、フリフリで女の子らしい可愛さを際立たせる服を着ている。多分あの子が、私の友達吾妻ハルカだ。

 合ってるかな? 合ってるよね? 私はカバンの紐をギュッと握り、彼女の元へ向かう。

 近づく。ゆっくりと近づく。近づいたらわかった、彼女は確実に吾妻ハルカだ。

 固唾をごくりと飲んで、私は口を開く。

「お、おまたせ……あ……ハルカ……」

 吾妻さん、と言おうとしてしまったので急いで訂正しながら、私は彼女に話しかける。

 するとハルカは笑顔を浮かべながら、こちらに振り向いて──

「……あはっ! 待ってたよカレン!」

 私に抱きついてきた。

 私に抱きついてきた!?

(なんでえええええええええ!?)

 顔が赤く染まる感覚。熱を帯びている感覚。暑さと恥ずかしさで汗が出ている。

 こんな人の多いところで、ギュッと抱きつかれるのは流石に恥ずかしい。ただでさえ抱きつかれるのが恥ずかしいのに。

 私は急いで彼女の肩に手をかけ、必死にハルカを引き剥がす。

「んも……カレンったら恥ずかしがり屋なんだから」

 唇を尖らせ、不満を口そうに私を見つめながらハルカは呟く。

 私は思わずため息をつき、頭を抱えそうになる。

(絶対私が正常……)

 ハルカへの不満を心の声で呟き、もう一度ため息をついた。

「とりあえず行こっか! カレン!」

 するとハルカは、笑顔を浮かべながら私の手をギュッと握り、引っ張ってきた。

「あ、ちょ……!」

 ハルカに引っ張られ、姿勢が崩れそうになる。私は必死に地面を踏み締め、倒れないように耐える。

 グイグイと、華奢な女の子とは思えない凄い力で引っ張ってくるハルカ。

 耐えるよりついていった方がいい。そう考え私は彼女の引っ張りと足並みを揃える。

「まずは服見よっか! そしたらゲーセンでも行って……何か食べて……カラオケとか……とりあえず目に入るもの全部行こう!」

 人差し指を立てながら、ニコニコしながら、私の方は見ずにハルカは言う。

「全部!?」

 私は思わず驚きの声を出す。目についたもの全部行くって、正気なのだろうか?

「さぁゴーゴー! あはは!」

「……ひぇ〜」

 ハルカの勢いに押され、私は情けない悲鳴を上げながら、彼女に引っ張られていった。

「まずは服屋! ゴーゴーゴー!」

「ちょっと……待って……!」

 私の静止を聞かずに、ズカズカと力強く歩きながらハルカは大きくてオシャレな感じのする服屋さんへと直行。

 店内は真っ白で、オシャレな感じのする服がたくさん置かれていた。オシャレっていうのがよくわかんないから、オシャレな感じがするな、としか感じない。

 店員もお客さんも綺麗な人ばかりだった。肌の露出が多くて化粧が上手いお客さんが、明らかに制服ではない服を着た店員さんに話しかけている。

 場違いだ。場違いにも程がある。自分の存在が恥ずかしくなってきた。

 だって見てよ私の服装。無地なシャツに無地のカーディガン。そして申し訳程度にチェックが入ったスカート。

 家にあったダサくもないオシャレでもない無難セットだ。ダサいかもしれないけど。

「こういうのとかどうかな……意外とカレンに似合うと思うんだよねえ」

 私が辺りを見回して、オシャな雰囲気に怯えていると、ハルカが笑顔で服を片手に持ちながら、私に見せてきた。

 なんか凄いオシャレな感じのする服。詳しくないからどう形容すればいいのかわからない。とりあえず、雑誌とかに載ってそうな服。

「これと……あ、アレとかいいかも!」

 一旦持っていた服を置いて、ハルカは私を引っ張りながらズボン──パンツって言うんだっけ?──のコーナーへと向かう。

 正直、ぱっと見は全部同じズボンにしか見えない。しかしハルカはそうではないようで、色々なズボンを見ながら唸ったり歓喜の声を上げたりしている。

「これとか……うーん……でもカレンは細いから……けど足は少し出したいし……いや……さっきのと合わせるなら寧ろ露出控えめ……」

「……うぅ」

 恐らく、彼女の頭の中で私はひん剥かれて、色々な服を着させられている。

 一体いつまで続くんだろう、ハルカの私査定は。

 ふと、私は暇になって近くにあったズボンを手に取ってみる。

「……たかっ!?」

 私はそのズボンの値札を見て、思わず驚きの声を上げてしまった。

 千円とか二千円のとそんなに変わらないように見えるのに、四千円もする。そのすぐ近くのズボンは驚きの六千円。

(わからない……! 何もかもわからない……! 一体全体何が違うの……!?)

「ねえねえカレン! これとこれ、試着してきて!」

 すると、ハルカがシャツとズボンを手に持って私に話しかけてきた。

 手に持っているそれを私に押し付け、試着室を指差しゴー! と叫ぶハルカ。

「……えと」

「試着試着試着! 私のコーデは完璧なはず!」

 そう言いながら腰に手を当て、ドヤ顔をしながら鼻息を大きく吐くハルカ。

 私は何も言えず、彼女の気迫に押され、素直に試着室へと向かった。

 カーテンを閉めて、渡されたシャツとズボンを改めて見てみる。

 なんか凄い。そうとしか言えなかった。だって服のこと全然わかんないんだもん。

 とりあえず私は今着ている服を脱いで、ハルカに渡されたそれを着る。

 試着室に備え付けられた立ち鏡を見て自分の姿を確認。なんか、私じゃないみたい。

 普段の私より二、三歳歳を増したように見える。大人っぽいって感じ。

 これがオシャレ? よくわかんないけど。

「着替えたら出てきてねーカレン」

 外にいるハルカから言われ、私はハッとなる。

 急いでカーテンの裾を手に取り、勢いよくそれを開けた。

「おおお……! 中々じゃない!? さすが私……カレンの事をよくわかってる……!」

 私の姿を見て、驚いた顔をしながらドヤ顔をするハルカ。そして何かをぶつぶつ呟きながら、笑みを浮かべた。

 よくわかんないけど、満足したらしい。

「よし! じゃあカレンそれ脱いで元の場所に戻して次の場所へ行こ!」

「え……買ったりしないの……?」

 脱いで戻して次の場所に行こうと言われ、思わず私は疑問を口にする。

 それを聞いたハルカは笑顔を浮かべながら──

「だって高いし! 中学生の私らに買うなんて無理無理」

 手を振りながら、そう答えた。

 私は服に付けられている値札を見る。シャツとズボン二つ合わせて一万を超えていた。

(……たっか)

 心の中でそう呟いて、私はカーテンを閉めた。



「ふぅ……ちょっと疲れたなあ……」

 私は廊下の壁に背をもたれ、ため息をついた。

 ハルカはお手洗いに行っていて、今は私一人。

 私は別に溜まっていないから、すぐ近くの人通りの少ない廊下で待つことにした。

 スマホをいじろうと思っても特にやる事がなく、なんとなく道ゆく人を見て暇を潰す事にする。

 それにしても、ハルカは元気すぎて困る。服屋を出た後も、宣言通りにすぐに隣の変なものがいっぱい置いてある店に直行したりして、大変だった。

「……楽しいからいいけどさ」

 誰に聞かせるでもなく私は呟く。

 今日、半日過ごして、私は改めてハルカと自分は全く趣味が合わないことがわかった。

 私が服を値段しか見ていないのに対し、ハルカは自分に合うかどうか、どういう組み合わせが映えるかを意識していた。自分だけではなく、私のコーディネートまで真剣に考えていた。

 ゲーセンでは私がアーケードゲームに目を取られて、カード持ってくればよかったなと後悔しているのとは対照的に、ハルカはクレーンゲームばかりを見ていた。

 雑貨屋に行った時も、私が変な顔をしたカエルとか、目が点で口がリアルな羊のぬいぐるみとかを見ていたのに対して、女の子らしくて可愛いぬいぐるみばかりを手に取っていた。

 全然趣味が合わない。同じ人間とは思えない。

 普通だったらこの子と趣味が合わないな、と不安になるのかもだけど、不思議とそれは抱かなかった。

 きっかけが特殊とはいえ、よく私なんかと友達になってくれたなと、改めて思う。

 普段絡んでいる友達と比べて私はつまらなくないのかな? 変な子だと思われていないのかな?

「……ん?」

 ふと、服の裾を誰かに引っ張られたような気がした。

 ハルカかな? 私はゆっくりと後ろに振り返る。

「……んえ?」

 振り向いた先に居たのは小さな女の子。幼い体型にあどけなさ全開の童顔、丁寧に縛られたツインテールが可愛らしい。口をキュッと閉じながら、じっと私を上目遣いで見ている。

「……えと、どうしたのかな?」

 私ははしゃがみ込み、小さな女の子に目線を合わせながら聞いてみた。

 じっと私を見つめる女の子。何も答えてくれない。

(……うぅ、どうすればいいのこの状況)

 すると、女の子は服から手を離し、今度はなぜかスカートを引っ張ってきた。

「ひゃっ……!?」

 そのままスカートがめくれそうになり、私は急いでそれを押さえる。危うくパンツが見えてしまうところだった。

「……ま、迷子?」

 スカートを押さえながら、私は改めて女の子に聞いてみる。すると、女の子はゆっくりと、こくんと頷いてくれた。

「迷子かぁ……へー……」

 それを聞いて私は冷や汗を流し始めていた。迷子というのはわかったけれど、どうすればいいのか全然わかんない。

 迷子センター? 警察? どっちだろう。

「お待たせカレン……ってわー! 何その可愛い子!?」

「ハ……ハルカ……」

 私が困っていると、お手洗いを終えたハルカが最高のタイミングで出てきてくれた。私は思わず彼女を見つめる。

 ハルカは一瞬ギョッとするが、色々察してくれたのか、すぐにしゃがんで女の子と視線を合わせた。

「うへへっへへ……可愛いねえ……カレンの妹? ってそんなわけないよね……」

 珍しく困った顔で、そう言いながらハルカは私を見つめる。

 私はうん、と頷いた。

「ま、迷子みたい……」

「へー……迷子か……」

 そう言いながらハルカは女の子を撫で始める。しかし、それが気に食わなかったのか、女の子はハルカの手をペシっと叩いた。

「あう」

 そのままハルカから距離を取るように遠回りに移動し、私の足元にやってきて、抱きついてきた。

「うえぇ……なんでぇ……?」

 泣きそうな、ショックを受けた声を出すハルカ。

 悲しそうな顔をする彼女を、私はフォローする。

「撫でられるのが嫌いなんじゃないかな……」

 それを聞いて、不満そうにしながらもハルカは納得したようにため息をつき、顎を指でいじり始める。

「とりあえずどうしよっかカレン……やっぱ迷子センターかな? どこにあるのかわかんないけど」

「うーん……やっぱりそうなのかな……」

 やっぱりそれしかないか。私はハルカの意見に同意する。

「とりあえず……名前でも聞こう! お名前なーに?」

 すると、ハルカはしゃがみ込んで女の子をじっと見つめ、名前を聞いた。

 けれどそれを不満に思ったのか、女の子は一歩踏み出し、ハルカの頭をペシっと叩いた。

「あぅ」

 そして、ゆっくりと私の元へと戻ってきた。

 少し涙目になりながら立ち上がるハルカ。訴えるような目で私を見つめる。

「な、なんか……私嫌われてない……?」

「な、なんでだろうね……」

 私はハルカの頭をなんとなく撫でる。見ていて可哀想だったからつい撫でてしまった。

 それを終えると同時に、私はしゃがみ込んで女の子の目を見る。

「えと……名前教えてくれるかな……?」

 ハルカと同じように名前を聞くと、女の子は私をじっと見つめ──

「……アーちゃん」

 と、小さくつぶやいた。

「あ、アー……ちゃん……?」

「ん……アーちゃん……」

 聞き返すと、先程と全く同じ答えが返ってくる。

 私は立ち上がって、不満そうな顔をしているカレンを見た。

「アーちゃんだって……あだ名かな? 一人称かな?」

 得られた答えをハルカにシェアして、彼女にどうするかを問う。

「……カレンばかり懐かれてずるい……むぅ」

「……えと、ごめん?」

 すると何故かハルカは頬を膨らませながら、不満を呟いた。

 急な嫉妬に私は何も言えず、とりあえず女の子を撫でることにした。すると女の子は私の手をハルカのように払いのける事はなく、気持ちよさそうに目を細めそのまま受け入れてくれた。

 それを見たハルカは嫉妬心を抱いたのか、頬を膨らませ、私をじっと見てきた。

「……とりあえず迷子センター行こっか。私たちじゃどうしようもないし」

 頬を膨らませながら、冷静になったっぽいハルカが提案してくる。

 その提案に、私は頷きながら同意する。

「そうだよね……えと、アーちゃん?」

 私は女の子の名前を呼ぶ。すると女の子──アーちゃんは首を傾げながら、上目遣いで私を見てきた。

「お姉ちゃんたちと……行こっか」

 私は彼女に向かって手を差し出す。するとアーちゃんは笑顔になり、それを手に取って──

「……うん! 遊ぶ!」

 と、大声で言った。

「……おーのー」

 思わず私はそう呟く。勘違いされた、間違いなく勘違いされた。

 多分この子は遊んでくれると思い込んでいる。遊びに連れていってもらえると思い込んでいる純真無垢なアーちゃんを、親御さんが来るまで一人で待機させられる迷子センターに連れていったらどうなってしまうのだろう。

 ストレスが溜まって、人間に裏切られた経験を覚えて人間不審になって、ヤンキーとかになっちゃうかも。

 頭が痛くなってくる。どうしよう。もしそうなったら親御さんに私はなんと言えばいいのか。

「ちょ……カレン? 頭から煙出てるけど……」

(そうなったらなんていうか一生後悔するっていうかトラウマっていうか気になって夜も眠れないというか考えすぎかもだけどこんなに懐いてくれ……てるのかな? とりあえず懐いていると仮定して、その場合──)

「カレンってば!」

「ひゃう!?」

 私は突然ハルカに叫ばれ、それをきっかけに我に戻った。

 一瞬何が起こったのかわからなくなって辺りを見回す。すると怒ったような顔をしたハルカが目の前に居た。

 私は思わず頭を下げ、彼女に謝罪する。

「ごめん……ちょっと、この子の今後の人生について考えて……」

「え? なんで? カレンお母さんなの?」

(なんでえ!?)

 変な勘違いをされた。私は急いでそれを訂正する。

「ふえ!? 違うよ……ほら、このままだと将来が心配っていうか……」

「お母さんじゃん……!」

「違うよぉ……!」

 また勘違いされた。私は必死にハルカの誤解を解こうと色々と喋る。

 すると、アーちゃんが突然動き出し、何故かハルカをペチっと叩いた。

「なんでえ!?」

 驚いたハルカがアーちゃんを見る。私も見る。すると彼女は、ゆっくりと歩きながら頬を膨らませながら私に抱きついてきた。

「あ、なるほどなるほど……カレンってば、意外とモテるんだ……」

 すると突然、ハルカはニヤニヤとしながら、小さな声で呟き始める。

「へ? 今何の話?」

 何かを察しているハルカ。私は全然意味が分からなくって、思わず首を傾げた。

 すると、ハルカが一人で小さな声でぶつぶつ呟き始めた。

「……に……で……まあ……いいかも……」

「ハルカ……?」

「よしカレン! その子の親探そう! それとついでにこの子と遊んであげよう!」

 顔を上げ、笑顔でそう言うハルカ。それを聞いて私は、首を傾げて彼女に問う。

「……小さい女の子を勝手に連れて行くって、犯罪にならない?」

 法律とかよくわかんないけれど、私たちとアーちゃんは知り合いじゃないし知人でもないし友達でもない。今の所赤の他人だ。

 しかも小さい女の子。しかも迷子。そんな子を勝手に連れ歩いてもいいのだろうか。

 私が答えを待っていると、ハルカはポカンとした顔で──

「え、よくわかんない……」

 と、答えた。

 そりゃそうだよね。私も全然わかんないし、そういうの。

「まあ細かいことはいいじゃん! その子も遊びたそうだし!」

「私はまあ……いいけど……」

 やる気満々のハルカ。私もそれに同意するけど、少し不安を感じていた。

 チラッとアーちゃんを見る。すると、目を輝かせ、嬉しそうに私を見ていた。

 彼女の目が文字通りキラキラし始める。瞳の中に星が見える気がする。

「アーちゃんと……遊んでくれるの……?」

 アーちゃんは小さな声でそう呟く。

「……うん。遊ぼっか」

 可愛い。ちょっとズルいくらい、可愛い。

 小さい女の子持つかわいさを全て発揮して、きゅるんっとした目と小さな口で目を輝かせながら上目遣いで甘えてくるアーちゃん。こんなの耐えられない、耐えられるわけがない。

 私はアーちゃんの頭を思わず撫でてしまった。あまりにも可愛すぎて。

「……好き……」

 すると、お返しと言わんばかりにアーちゃんは力強く、私を抱きしめてきた。

(か、かわぁぁぁあああ〜! 何これ何これやばくない!? うわぁいいなぁ……! 妹に欲しいよぉ……!)

 その行為があまりにも可愛くて、愛おしくて。私はさらに力強く激しく女の子を撫でた。

「ズルい……」

 すると、隣から嫉妬と不満が入り混じった小さな呟きが聞こえてきた。

 横を見るとそこに頬を膨らませ不満そうな顔をしているハルカ。私はそれを見て思わず笑ってしまう。

「むぅ……! 私にも撫でさせてぇ!」

 私の笑い声に怒りを覚えたのか、さらに頬を膨らませ、アーちゃんへと手を伸ばすハルカ。

「……んっ!」

「あぅう……!」

 するとまた、アーちゃんはハルカの手をペシっと叩いた。

「あはは……ハルカのこと、嫌いなのかな?」

「うぇえ……私なんもしてないのにぃ……!」

 涙目でそう訴えるハルカ。私はなんとなく彼女を撫でた。

「うぅ……カレン好きぃ……アーちゃん嫌いぃ……」

「まあまあ……小さい女の子なんだからさ……」

 ハルカとアーちゃんを撫でながら、私は思わずため息をついた。

 今、どう言う状況?

「……よし! とりあえずゲーセン行こうか! 子供はゲーセン好きっしょ?」

 すると、目を拭いながら、笑顔を取り戻したハルカがそう言った。

 私はうん、と頷く。そしてアーちゃんの手を取りながら、歩き始めた。

「よし! 写真撮ろう! いざあの場所へ!」

 ゲーセンの目の前に着くと、ハルカが叫びながら写真が撮れる機械を指差して言う。

 あれなんて言うんだっけ? オモイデトレールみたいな名前だったと思う。

(私意外とああいうの初めて……ちょっと恥ずかしいかも)

 意気揚々と進んでいくハルカ。私とアーちゃんもそれに続く。

「えっと……ポチポチポチっと。お金もほれほれほれ」

 慣れた手つきで色々やり始めるハルカ。私とアーちゃんはそれをじっと見つめる。

 すると、聞いたことのない女性の声でアナウンスが流れて、写真を撮るまで十秒前と伝えてきた。

「うぇ!? そ、そんな早いの!?」

「この筐体は安いデカい、けど早い! が売りだからね!」

「ポーズとか立ち位置とかどうしよ……!」

「テキトーテキトー! ほら撮られるよカレン! アーちゃん!」

 ハルカがそう叫んだ瞬間、やけに大きなシャッター音が鳴り響く。それと同時に、目が痛むくらいの閃光が私の目を襲う。

「まぶしっ!」

「安いデカい早い眩しい! が売りだからね!」

「一個増えてる!?」

 私とハルカがやり取りをしていると、またアナウンスが十秒前と伝えてきた。

「小さくてアーちゃん入ってないね……ほらカレン! アーちゃん抱っこして!」

「え、あ、うん!」

 ハルカに言われるがまま、私はすぐにアーちゃんを抱っこする。

 あと三秒。アナウンスがそう伝える。私は急いでカメラがある場所へと目を映す。

 一秒前。そうアナウンスが言った瞬間、私の頬に柔らかい何かが触れた。

 そして放たれる眩しい閃光。目がチカチカする。何回も受けたら目が悪くなりそうだ。

「お疲れ様でした〜! あとは勝手に落書きでもしてろ!」

 写真を撮り終えると、何故かアナウンスが急に怒った声でそう伝えてくる。この筐体、意味わかんない。

「ふんふーん……あらあら! 見て見てカレン! キスされてんじゃん!」

「ふぇえ!?」

 鼻歌を歌いながら、パネルを指で操作していたハルカが突然、変な事を言ってきた。

 私はアーちゃんを抱っこしたまま、ハルカの背中からパネルを覗き込む。

 そこに映し出されていたのは、抱っこされたアーちゃんが私のほっぺにキスをしている姿。

「ひょぇ……!」

 これじゃあまるで恋人が撮る写真。顔が熱くなる感覚。きっと今の私の顔は真っ赤だ。

「ラブラブなアーちゃんとカレンカップル誕生……っと」

「ちょっとハルカ!? へ、変なこと書かないでよ……!」

 ピンク色の文字で、呟きがらそれを写真に書き込むハルカ。

 それを消そうと私は手を伸ばそうとしたが、アーちゃんを抱っこしていたからできなかった。

「時間切れ〜」

 女のの人のアナウンスがそう告げると、急にパネルが真っ暗になって、また来いよと白くて大きな文字が映し出された。

 私たちは何も言わずに、筐体の外へと出た。

「よっと……」

 外に付けられている取り出し口からハルカが写真を撮る。ちょうど三人分、排出されていた。

「はい、それぞれ持っておこうね!」

 ハルカはニコニコしながら、私とアーちゃんに写真を渡してくる。

 一枚のシートに様々な大きさで、先程パネルに映し出された写真が印刷されていた。

「あはは……変な写真……」

 私は思わずそう呟く。

「でもいい思い出じゃない? 大人になったら三人でお酒飲みながら語り合ったりしてね!」

「……アーちゃん、私たちのこと覚えてるかなぁ?」

 アーちゃんを抱えたまま、私はハルカと談笑しながら筐体から離れていった。



 夕焼けが眩しい午後の通行路。私はハルカと横並びになって歩いていた。

「いやーよかったよかった。アーちゃんは楽しく遊べたみたいだし、その後割とすぐに親御さん見つかったし! 何もかも一件落着な上に一石二鳥みたいな?」

「そうだね……うん」

 ゲームセンターで写真を撮って、小さい子向けの乗り物とかに載せながら、私とハルカはアーちゃんの世話を見ていた。

 楽しかったのでどれくらい時間が経っていたのかわからないけど、意外と早くアーちゃんの両親と私たちは出会えた。

 二人とも必死にアーちゃんを探していたらしく出会った時には汗だくだった。彼らは、私たちが面倒を見ていたことにとても感謝してくれた。感謝されすぎて恥ずかしかった。

「ねね、楽しかったよね。初めてのデート」

「うん……へ? デート?」

「うん、デート」

「デート……デート?」

「デートだよ?」

「デートなの?」

「デートです」

「デートかぁ」

「……わあ!? カレンの顔が真っ赤になった!?」

 一瞬思考が停止した。今ハルカはなんて言った? デートって言った?

 デートってカップルがするものじゃない? 付き合った男女がするものじゃない? なんで?

 いつのまに付き合ったの? そう言う目で私を見ていたの? ていうかデートしてたの? 

「あはは……デートっても、二人で遊びに行くっていう意味でいいんだよ?」

「……いや、なんとなくわかってるんだけど」

 ハルカが笑いながら私の肩に手を置き、ペチペチと叩いてきた。

 言われて理解したけど、恥ずかしくて私は知っていたふりをした。デートってただ単に遊ぶってだけの意味でもあったんだ。

 意味わかんなくない? 普通はカップルが遊びに行くのがデートじゃない?

 でもそれは口に出さず、私は俯きながらため息をついた。

「ほらほらそんなに恥ずかしがらなくてもいーじゃん? そだ、写真でも撮る? スマホ開いてトタチツテ……っと」

(え……なんでこのタイミングで写真!?)

 またも私の思考は停止した。なんで今写真? て言うか写真ならさっきアーちゃんと三人で撮ったじゃん?

 どうしてここで写真? 写真ってもっと特別な瞬間に撮るんじゃないの? 写真とかマジで恥ずかしいんだけど?

「棒持ってくればよかったかも……ほらほらカレン笑って!」

「ひえ!? ちょ……まっ……!」

 スマホを片手に持ち、手を伸ばして内カメラを私たちに向けるハルカ。

 これはまさか自撮り? 学生がみんなやるって言う自撮り? 私、自分の顔に自信ないんだけど。

 ていうかちゃんとした記念写真ならまだしも、今撮る意味がわからなすぎて笑えないよ。

「よっしゃ撮るよ! カレンほら笑って!」

「む、無理! 急に笑うなんて!」

 私がそう叫んだ瞬間、大きなシャッター音が鳴る。

 それと同時に、後ろから大きな物が落ちる音がした。

「……カレン。この前もこんな事なかった?」

「……あったかも」

 少し前、私たちは似たような出来事を体験した。

 二人で話していたら突然後ろから落下音が聞こえてきて、そこにはバケモノがいた。

 その時の状況によく似ている。似ている。似すぎている。

 私はなんとなく察した。多分、ハルカも察している。

「……見てこれ」

 ハルカがスマホの画面を確認してそう呟く。ゆっくりと私の目前までスマホを持ってきた。

 スマホを見ると、画面に映っていたのは笑顔のハルカと変な顔の私。写り最悪だ。

 それより気になるものがある。私たちの後ろに写っている、気持ち悪いバケモノ。

「……振り返んないとダメかなぁ、カレン」

「……多分」

 私とハルカは顔を見合わせ、小さな声で喋る。

 そして口を閉じて、小さく頷いて、同時に振り返った。

「ハムエグ」

 振り返った先に居たのは、とても大きなバケモノ。

 全体のシルエットは人間に似ている。顔はナマハゲ、身体はカブトムシ、腕は猫で足は鶏。

「ほら居たー! 倒してカレン!」

「う、うん……!」

 ハルカの絶叫。それを聞いて私は、急いでカバンの中を漁る。

 指輪を付けないと私は魔法少女として戦えない。変身しないと身体が脆くてすぐに負けちゃう。

 探す。必死に探す。探しているのに、頑張って探しているのに──

 見つからない。

 私の頬を冷たい汗が伝う。こんなに探してもないってことは、つまり──

「……忘れちゃった。指輪」

「……指輪って?」

「……変身するのに必要なの」

「へぇ……ぇええ!?」

 驚くハルカを見て、私は自分のやらかしを実感する。涙が出そうだ。

 私のせいでハルカが傷付いたらどうしよう。なんで指輪を忘れるんだろう私のバカ。魔法少女の意味ないじゃんアホ。

「な、泣かないで! 逃げよ! 逃げればセーフ!」

 ハルカが私を必死に慰めてくれる。情けない、情けなさすぎる。

 悲しくなる。何やってんだろう私、本当に。

「うぅ……ごめんなさい……!」

「い、いいって気にしてないって! ほら逃げよ!」

 私が謝っていると、ハルカが手を無理矢理取り、走り出した。

「ハムエグ」

 するとバケモノは鳴き声を発しながらゆっくりと動き出し、私たちを追いかけてきた。

 速い。私たちはかなり本気で走っていて、相手は走っているようには見えないのに、速い。 

 このままじゃ追いつかれる。そう思った瞬間、バケモノは足に力を入れ、しっかりと地面を踏み締め──

「ハムエグ」

 大きく飛び上がり、私たちの目の前に着地した。

「ひょえ……!」

「ごめんハルカぁ……」

 驚くハルカ。泣きそうになっている。

 このままじゃまずい。こうなったのは全部私のせいだ。謝っても謝っても足りない。

「ハムエグ」

 怯える私たちを見て満足したのか、バケモノが笑みを浮かべた気がした。そしてバケモノは腕に力を入れ、こちらに向けて拳を振るう。

「駄目だよ、こんな弱々しい子たちいじめちゃ」

 その瞬間、バケモノの腕が切られた。

 大きな腕は大きな音を立てて地面に転がる。

 そして次の瞬間、バケモノの首も同じように地面に落ちた。

(……え!?)

 今、何が起きた?

 私は何もやっていない。当然、ハルカも何もしていない。

「……ふう。大丈夫?」

 すると、聞き覚えのない声がバケモノの背後から聞こえた。

 やがて、私たちの目の前に現れたのは一人の女性。

 まるで映画のお姫様を思わせるキラキラと輝いているブルーのドレスを着ていて、髪型はボブショート。そして、そんな可愛らしい見た目に似合わない、大きな剣を片手で持っている、不思議な少女。

 私は一目で察した。

 この少女も私と同じ、魔法少女だ。

「大丈夫だった? じゃあね……」

 それだけ言うと少女は立ち去ろうとする。

「ま、待って!」

 そんな少女を、何故かハルカは手を取り引き留めた。

「えっと……何?」

 不思議な顔をして首を傾げる少女。それを見てハルカはビシッと私を指差して──

「あの子も魔法少女なんです!」

「ぶえ!?」

 何故か私が魔法少女だと言うことを暴露した。

 つい、驚いて変な声が出てしまった。

 少女が驚いた顔をしている。そもそもあの子はまだ魔法少女とは確定していない。ほぼ魔法少女確定みたいなものだけど、めちゃくちゃ強い武器を持った謎の少女かもしれないし。

「えっと……あ、そうなんだ」

 どう反応すればいいのかわからない少女は首を傾げたまま、そう呟く。

(ほらあああああああ! なんか私が痛い人みたいじゃん!)

 私は顔を真っ赤にしながら、ハルカの背中をペチペチ叩いた。

 このやろ、このやろって感じで。

「べ、別に言わなくてもいいじゃん……いいじゃん……」

「あ、えと……ごめん。つい勢いで言っちゃった」

 振り返り、手を合わせて私に謝るハルカ。

 なんとなく辞めるタイミングが掴めなくて、私は謝られてもペチペチと彼女を叩き続けた。

「二人ともアイス好き?」

 すると、いつの間にか目の前にいた少女が話しかけてきた。姿が変わっている。先程までの幻想的な姿とは打って変わって、現実的な格好。

 ブルーのドレスはシンプルな半袖のシャツとスカートに。髪型は少しボサボサな長めのストレートヘアになっていた。

「え……アイス?」

 突然の質問に、私は少し固まる。

 けどハルカが笑顔を見せながら、私の方を見て小さく頷く。

 まるで「私は好きだよ。カレンは?」と聞いているかのように。

 それを見て私も小さく頷く。私もアイスは嫌いじゃないし。

 私たちはしばらく顔を見合わせてから、少女の方に振り向き、力強く頷いた。



 少し暗くなってきた頃。コンビニの前で私とハルカと少女はアイスの袋をほぼ同時に開けた。

「やっぱソーダ……ふふん……」

 アイスを見るなり恍惚とした表情を浮かべ、パクリと一口齧る少女。

 真面目そうな顔から一転、彼女は可愛らしい笑顔を浮かべた。

「美味しそうに食べるね……」

 そんな少女を見てハルカが呟く。

「好きなんだ……家に三十本くらいあるよ」

 ハルカの問いに何故か、ドヤ顔で少女はそう答えた。

「家にあるのに外でも食べるんだ……」

 私は少し引き気味にそう呟いた。少女にそれは聞こえておらず、変わらず笑顔でアイスを食べている。

 アイスが好きだからと言って、家にあるんだったら外で食べなくてもいいんじゃないかな? と私は思う。

 私が引きこもり気味だから、そう言う考えになるのかな?

「それにしてもカレン以外にも魔法少女って居たんだね……びっくり。カレン知ってた?」

「ううん……」

 ハルカの問いに、私は首を左右に振りながら答える。

 てっきり魔法少女は私一人だと思っていた。だって魔法少女がたくさん必要なほどバケモノは現れないし。

 そもそも、私たち魔法少女は何故この世界に存在しているのか、いまいちわかっていない。

 漫画とかだと世界を守るために、とか言われるけど、私はそんな使命受けていない。

 そもそも自分がいつ、どうやって魔法少女になったのかを詳しく覚えていない。

「私は噂には聞いてたよ、すごい強い魔法少女が居るって」

 私の答えとは対象的に、少女は笑みを浮かべながらそう答える。

 私、強いって噂なんだ。いや、私じゃない魔法少女が強いと噂なのかも。

 一体この世界には何人魔法少女がいるんだろう? そして、一体なんのために存在しているんだろう。

 バケモノを倒すため? でもニュースとかでバケモノの話は全然聞かないし、やっぱりわからない。

 私って、なんのために魔法少女をやっているんだろう? なんで私は魔法少女なんだろう?

「そういえばお名前は?」

「ん? 言ってなかったっけ。青柳瑠璃だよ」

「へー! よろしく!」

 楽しげに話すハルカと、えっと、青柳さん。

 そんな二人を見ながら、私はイマイチ二人に馴染めず、話し出すタイミングが掴めず、何も喋らずにアイスを食べ続けていた。

 俯きながら、二人には聞こえないように、私は小さくため息をついた。

「中学はどこなの? 瑠璃ちゃん」

「えっとね……東西中」

「あー私たちと真反対! 惜しいなあ……同じ学校だったらもっと仲良くできたのに!」

「連絡先交換しとく?」

「うん! しよしよー!」

 旧知の仲のように、親しげに話すハルカと青柳さん。

 ハルカのそのコミュ力がとても羨ましい。別になくてもいいけど、持っていて損は無いし、今の私みたいに微妙な疎外感を覚えなくて済みそうだし。

「そういえばさ、カレンちゃん……だっけ? カレンちゃんって魔法少女なんでしょ?」

「うぴぃ!? そ、そうです……」

 突然話しかけられ、変な声を出しながら私はキョドってしまう。恥ずかしい、陰キャ丸出しな自分が恥ずかしい。

 顔が赤くなっている感覚を覚える。いつものように頬が熱い。今日だけで何回顔が赤くなるんだ私は。

 数秒経ってから、私はゆっくりと顔を上げ、青柳さんを見た。

「魔法少女だったらさ……なんでさっき変身しなかったの?」

 痛いところを突かれた。私は先ほどの失態を思い出し、泣きそうな気分になる。

 そうだよね。少なくとも魔法少女って、バケモノから人を守るために存在しているよね。

 私、魔法少女失格だ。胸がきゅっと冷たくなる。嗚咽が喉をこみ上げてくる。

「え、えとごめんカレンちゃん!」

 そんな私を見て、罪悪感を覚えたのか、青柳さんは急いで手を合わせ謝ってきた。

 そんな配慮しなくても大丈夫なのに。悪いのは私なんだから。

「カレンね、指輪忘れちゃったんだって。別にそんな気にしなくてもいいのに……もう」

 と、ここでハルカがフォローを入れてくれた。

 私を撫でながら、ぎゅっと抱きついてくれる。それがとても嬉しくて、私は少し笑みを浮かべながら、目を服の袖で拭った。

「指輪忘れか……あるあるだね、カレンちゃん。しょうがないよ」

 青柳さんもフォローを入れてくれた。初対面でダメダメだとわかっている人間に対して優しくしてくれるなんて、この人は天使なんだろうか。

 私は嬉しくなって、つい笑ってしまった。

「えと……二人とも、ありがとう……」

 ふと、青柳さんは自分のスマホを取り出した。

 スマホの画面を見ながら、青柳さんは少し驚いたような顔をして、アイスの最後の一口を齧る。

「ごめん、そろそろ帰らなくちゃ……」

「あ、本当だ。もう結構遅いね」

 ハルカがスマホを取り出し時間を確認する。それに続いて、私もなんとなくスマホを開いて時間を確認した。

 スマホが示す時刻は午後六時半。確かにもう遅い時間かも。

「よし……じゃあねカレンちゃん、ハルカちゃん。また会おっ」

 と、青柳さんはスマホをしまいながら、そう言った。

「うん。じゃあね瑠璃ちゃん!」

 それを聞いたハルカはアイスを一口齧り、それと同時に青柳さんに向け手を振る。

「またいつか……青柳さん……」

 私は小さく手を振りながら、彼女に別れを告げた。

 手を振りながら、私たちから去っていく青柳さん。

 少し離れると彼女は手を振るのを止め、私たちに背を向けながら歩き出した。

「……私たちも帰ろっか、カレン」

「……うん」

 ハルカの提案に、私は頷きながら同意する。

 お互いほとんど同時にアイスを食べ終え、私は棒を手に持ち、ハルカは棒を咥えながら歩き出した。

「明日は日曜だから……カレンに会えるのは月曜日かぁ……うぅ、一日会えないよお……」

 甘えるような声を出しながら、私に抱きつきながらハルカがそう言う。

「べ、別に一日くらい良くない……?」

 私は思わず首を傾げながら、そう言った。別に一日くらい出会わなくても、私は大丈夫なんだけど。

「あーひどい! 私はこんなにカレン好きなのに!」

 さらに力強くぎゅっと抱きしめてくる。向かいから歩いてくるおばさんが、そんな私たちを見てニヤニヤしていた。

 それでとても恥ずかしくなってきて、私はハルカを引き離そうとする。

「……外じゃなるべく抱きつかないで」

「やだ!」

 私が引き離そうとしながらそう言うと、ハルカは目を見開きながら力強くそう答えた。

「わぁ……即否定……」

 気迫に押され、私は小さくそう呟く。

 そんな他愛のない話をしながら、私たちは家路へと着いた。



 ハルカと別れ、家に着いた私は家族に帰りを告げてから、階段を登って自分の部屋へと向かっていた。

 ドアノブを捻って、ドアを開けて、荷物を置いて、ベッドへと倒れ込む。

「……はぁぅ」

 疲れた。今日はとても疲れた。

 ハルカと遊んで疲れたし、アーちゃんのお世話で疲れたし、青柳さんとの対比に疲れた。

 私はポケットからスマホを取り出し、その辺に投げ捨て、ため息をつく。

 青柳瑠璃さん。彼女の姿を思い浮かべながら、私は天井を眺める。

 青柳さんは魔法少女だけど、私と違って自分がするべき事をわかっていたような気がした。

 自分は魔法少女なんだから困っている人を助けるべきなんだ。そういう確固たる意志を持って、魔法少女として活動している気がした。

 それと対して、私はどうだろう。

 なんとなく魔法少女をやっている。そりゃバケモノを倒しはするけど、それは見かけたら倒すだけで、自ら率先して彼らを見つけて倒そうとはしていない。

 けれど青柳さんは何というか、バケモノを探して倒している感じがした。学校が私たちと遠いということは、こんな遠くまでパトロールをしているというわけで──

「……カッコよかったなぁ」

 私は思わずそう呟く。

 私と違って武器を使って、しっかりと人助けをして、用が済んだらすぐに帰るヒーロー的なムーブ。

 憧れる。その背景を知っているわけではないけれど、彼女は私の百倍は魔法少女らしかった。

 私は、自分に自信がない。

 どうして私が魔法少女なのか、わかっていない。

 私は魔法少女として何がしたくて、何をするべきなのかわかっていない。

 何もかもなあなあで生きている。とりあえず生きているという感じ。

 ハルカを助けたのだって、たまたま見かけたから助けられただけ。そしてたまたま魔法少女だったから、バケモノを倒せただけ。

 もしも魔法少女じゃなかったら私は、ハルカを見捨てていたと思う。だって、バケモノと戦う理由が、戦える理由がないから。

 私は、なんのために生きているんだろう。

 私は、何がしたくて生きているんだろう。

 私は、この先どうやって生きていくんだろう。

 自分に自信がなさすぎる。自分のアイデンティティが見つからない。

 私って、なんなんだろう。

「……えへ」

 そんなネガティブな事を考えている時、ふとハルカの言葉を思い出して、私はつい笑ってしまった。

 私を褒めてくれる言葉、私を慰めてくれる言葉、私を甘えさせてくれる言葉。

 それを思い出すと、魔法少女やっててよかったなって、本気で思える。

 本人に向かって素直に言えないけど、私は、私は──

「ハルカと友達になれてよかったぁ……」

 ベッドの上に置かれていた犬のぬいぐるみを抱きしめながら、私はそう呟いた。

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