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40.再会、あるいは再開

 暗いリビング。机にコップを置きながら、それに向かって一人の少年が座っていた。

 少年はフードを深く被っており、顔は見えない。

「……さて」

 コップを手に取り、中に入っているお茶を一口飲む少年。笑みを浮かべながら味を堪能し、ため息をつく。

 そのまま彼はゆっくりと立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡した。

 荒れた部屋。ゴミだらけで足の踏み場がほとんどなく、饐えた臭いがツーンと鼻を刺激する。

 床には吐瀉物の跡がまばらに残っており、黒く染まった血の跡も残っている。

 人が住んでいるとは到底思えない部屋。少年はそんな惨状を見ると満足そうに微笑み、再び座り込んだ。

 暇だな。少年は髪をいじったり、手をいじったりして、退屈を紛らわせようとする。

 その時、リビングの外。ここに繋がる廊下から、小さな足音が聞こえてきた。

 足を床に擦り付けながら歩いているような音。ゆっくりと、ゆっくりとそれはリビングへと向かっている。

 少年はそれを聞いて口角を上げ、笑みを浮かべる。彼の心臓がドクンドクンと、跳ね上がる。

 やがてリビングに現れた足音の正体は、少年がずっと会いたかった女性。

 徒爾カレンの姿だった。

 カレンの目は虚で、一切光が宿っていない。髪は乱れに乱れて、服もしわくちゃではだけていて、胸元の肌や下着が顕になっている。常に俯いていて、長い髪がかかっていて顔が見づらい。手には何故か、大きめのクーラーボックスを持っていた。

 そんな彼女を見て少年はトクンっと、胸を高鳴らせときめいた。

「……待っていたよ」

 少年が静かに呟く。その声に反応して、カレンはゆっくりと顔を上げた。

 カレンは驚いたように、ゆっくりと目を見開き──

 床を瞬時に勢いよく蹴り、少年のすぐ目の前まで移動し、力強く握った拳で、彼の顔を文字通り穿った。

 顔に拳大の穴を開けられ少年は、そこから鮮血をダラダラと流しながらも、痛みなど感じていないかのように笑みを浮かべる。

「やあ……久しぶりだね」

 ぐちゃぐちゃになった肉、僅かに見える骨、垂れる鮮血。少年は死んでいてもおかしくない状態。

 だが彼は、まるで、何も起きていないかのように、淡々と語る。

 そんな彼をカレンは目を血走らせながら、歯茎から血が出るほど歯を噛み締めながら、爪が手のひらに食い込むほどに強く拳を握りしめながら、睨みつける。

「やっぱりあんただった……わかっていたのに……!」

「まあまあ落ち着こうよカレン。久しぶりの再会なんだからさ」

 気づいた時には少年の怪我は治っていた。血だらけだった服とフードに染みは一切なく、先ほどの出来事はまるで夢、あるいは妄想かと錯覚させられる。

 しかし、彼の足元には確かに血溜まりが出来ていた。

「ようやく再会できた……ようやく再開できる……」

 少年はゆっくりと立ち上がり、カレンをじっと見つめた。

 その瞬間に再びカレンは拳を振るう。しかし、少年にそれが当たることはなく、すり抜けてしまった。まるでホログラムに触れたかのように。

「無駄だよ……今のキミじゃ僕に触れられない。一撃目のような爆発力がないとね……」

 少年は嘲笑うようにカレンを挑発する。

 カレンは眉間に青筋を立てながら、拳を握りしめ、もう一度少年を目掛け拳を振るう。

 当たらない。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も振るう。それら全てが、少年の体をすり抜ける。

 目尻に涙を浮かべるカレン。少年はそれを見て、興奮した。

「必死だ……僕を殺そうと、やっつけようと、粉々にしようと、消し去ろうと必死だ……! いいよカレン……その調子だ……!」

 少年の挑発の触発され、カレンの拳を振るうスピードが速くなっていく。

 当然その拳は少年をすり抜ける。その代わりに、机や床、壁やゴミを壊していく。

「いいことを教えてあげようカレン……!」

 少年が笑みを浮かべながら、彼女の振るう拳に手のひらを向ける。

 するとカレンの拳はそれをすり抜けることなく、大きな衝撃音を立てながら受け止められた。

 カレンはそのまま力を込め、少年の手のひらを穿とうとする。しかし動かない。カレンの拳も、少年の手のひらも。

「ふふふ……ハッピーちゃん、覚えてるかい? 彼女は死んだよ……僕の策略によってね」

 それを聞いたカレンは一瞬力が抜け、倒れそうになる。

 ハッピーが死んだ。フードの少年に殺された。予想はしていたが、フードの少年本人からそれを聞かされ、自らの嫌な妄想が現実であり真実であったことに大きなショックをカレンは受けた。

 カレンの目尻から徐々に溢れる涙。それを彼女は瞬時に拭い、歯をギリギリと鳴らしながら、少年に受け止められている己の拳に更に力を込める。

(素晴らしい……!)

 声を発さずに、少年はカレンを称賛する。

 そして、右の口角を上げ、目を見開きながら、カレンをじっと見て少年は口を動かした。

「当然……アムルちゃんが死んだのも僕の仕業さ……!」

 そう少年が呟いた瞬間、カレンの足元から真っ赤な靄のようなものが湧き出る。

 やがてそれはカレンの全身を包み始め──

「あの時と同じだ……! 君が世界を滅ぼしかけたあの時と……! ようやくこの日が来たんだね……カレン……!」

 カレンの拳に灼熱が宿る。それが少年の手のひらを徐々に溶かしていく。

 汗をかきながら、喉をカラカラにしながら、少年は笑い声を上げながら語る。

「でもダメだ……あの時と一緒じゃ、世界を滅ぼしかけるだけなんだ……まだ足りないんだよカレン……!」

 そう言うと、少年は瞬時に手のひらをカレンから離し、彼女の右隣に一瞬で移動した。

 それを見逃さないカレン。すぐに右へと姿勢を向け、再び拳を少年へと振るう。

「まだダメだって……慌てん坊さんだなぁ……」

 少年は余裕を持ってそれを避けた。

 そして、予備動作無しに浮かび上がり、カレンの耳元で囁く──

「僕を殺したいなら三日後に……ふふふ……はは……あはははは!」

 少年の甲高い笑い声に苛立ちを覚え、カレン彼の首を絞めようと勢いよく手を伸ばす。

 しかし掴めない。カレンの腕は少年の身体をすり抜けた。

「最後にもう一度言おう……ハッピーちゃんとアムルちゃんを殺したのはこの僕! 他の誰でもないこの僕さ……! 理由を敢えてあげるなら……ふふふ……なんとなくかなぁ……!」

 少年の挑発。それを聞いたカレンは目玉が飛び出そうなほどに目を見開き、唇を強く噛み締め血を流し、骨が折れるほどに強く拳を握りしめ、獣のような怒号を放つ。

 それを見て少年は満足そうに微笑み、カレンに向けて手を振りながら、透けるように徐々に姿を消していった。

「またね……カレン……」

 消え去る少年を、消えるその瞬間まで睨みつけたカレン。

 彼女の目には、ほんの少しだけ光が戻っていた。

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