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37.大切な贈り物

「……うく……はあ……」

 頭が痛い。

「……っ……あ……」

 下腹部が、ズキズキと痛い。

「……アムル……ちゃ……」

 頼りたい人の名を呼ぶ。

「……く……あ……」

 目が覚めた。私は頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

 今日は朝からずっとこんな調子だ。尋常じゃないくらい、身体がボロボロだ。

 頭は痛いし、腕が痛ければ足も痛い。子宮の辺りがずっとズクズクしているし、全身から汗が滝のように溢れている。

「……最悪」

 ふと、ズボンが濡れていると感じた。布団を持ち上げると、赤いシミがほんの少し股間部分に広がっていた。

 血だ。生臭い匂いが一気に広がる。

 ズボンに染みただけならまだ良かったけど、少しだけだが、布団にまで付いていたのが最悪だった。

 この街では生理用品が手に入らない。故に、対策はちゃんとしないといけなかったのに。

「……それにしたって量がおかしくない?」

 何時間も寝ていた? それとも何かしらの病気?

 こんなに酷いのは今日が初めてだった。いつもはあまりの痛みに耐えきれず寝込むなんてことは無いし、下着を超えてズボンにシミが出来るほど垂れることもない。

「……まあ、いいや。着替えなきゃ」

 まだ頭痛がする。意味がないとわかっているのに、強く頭を押さえながら、私は立ち上がる。

「……う」

 立ち上がったと同時に、クラっとした。倒れそうになった。

 自分が思っている以上に私は弱っているらしい。原因がわからないけど、身体が異常な反応を示しているのはわかる。

 死ぬんじゃないか、と心配になるくらい身体がボロボロだ。

「……アムルちゃん、まだ帰ってないのかな」

 いつもだったら、家に居たなら、私が起きたのを謎の力で察して、アムルはすぐに寝室に入ってくる。

 長い間眠っていたと思ったが、意外と短かったのかもしれない。

 私が寝込む、というより寝落ちする前、アムルは私の静止を振り切ってお買い物に行ってしまった。

 ハッピーの件があるし、なるべく彼女を一人にはしたくなかったのに「カレンさんのために美味しいもの作らなきゃ!」と言いながら出ていってしまった。

 本音を言えば、私を一人にして欲しくなかった。多分アムルは私のことをそれなりに強い女性だと思っているのかもだけど、正直私は弱い。特にメンタルが。

「……ふ」

 ふと、私は思わず小さな声で笑ってしまった。

 数ヶ月前まで誰とも暮らさず一人で暮らしていて、それに満足していたくせに、何を言っているんだろうと。

 私はちょっと、アムルに依存しすぎているのかもしれない。

 昔私と仲良くしてくれた、あの子のように──

「……はあ」

 私はため息をついてから、壁に手をつきながら歩き始める。

 まだ頭が痛い。まだ血が出ている。壁に添えている手に力が入らない。

「……っ……」

 ゆっくりと、ゆっくりと、かなりゆっくりと、私は歩き続ける。

「……つら……」

 数分かけて、ようやく私は寝室を出られた。

 そこからまた数分かけ、洗面所へと移動する。

 そこに着いたらまずパジャマのズボンを脱いで、下着も脱いで、柔らかいティッシュを手に取り下腹部に付いた血を拭き取る。

 そしてめっちゃふわふわしていて、吸収性が無駄に高いティッシュを手に取り、新しい下着に適当に乗せ、着用。

「……この二つはもうダメかな」

 生臭い血の匂いがキツイズボンと下着を手に取り、私はビニール袋手に取りそれの中に入れる。

 ビニール袋の上部をちゃんと縛ってから、私はそれを空に放り投げ、手のひらを向ける。

「……カレンビーム」

 そして、いつものビームでビニール袋とその中身を消し去った。

「……っ……」

 身体がボロボロだからか、いつもは何発撃っても余裕なカレンビームを、一発撃っただけでガクっと力が抜けた。

「……とりあえず、飲み物」

 再び壁に手をつけながら、私は歩き出す。

 洗面所を出て、廊下を歩いて、リビングへ向かう。

「……ん?」

 リビングに着くと、机の上に見慣れないダンボールが置かれていた。

 小さいような、大きいような。多分、中くらいの大きさのダンボール。

 しっかりとガムテープで封をしてある。何これ?

 私は壁に手をつきながら、ゆっくりと地面に腰を下ろし、手で這うようにしてリビングの真ん中、机のある場所へと向かう。

 ダンボールには何も書かれていない。シンプルな、無地のダンボール。下部は濡れているのか、色が濃くなっている。

 私はそれを手に取ろうとする。しかし、意外にも重く、すぐに手を離してしまった。

「……えと、へ?」

 私は思わず首を傾げる。ダンボールを持ち上げた瞬間、変な違和感を感じた。

 違和感を感じたというより、違和感を感じなかったことに違和感を感じた。

 正体不明のダンボール、見たことのないダンボール。なのに不思議と、親近感を感じた。

 いつも見ていたような、触っていたような、そんな不思議な感覚。

「……っ」

 私はダンボールの上部に僅かに空いている隙間に指を突っ込み、そこからガムテープを切り離す。

 ガムテープを話し、封を開けた。中には何故か保冷剤らしきものと、アルミホイルで包まれた何か。

「……ダンボールに保冷剤?」

 とりあえず私は、アルミホイルに触れてみた。

 その時、全身にゾクっと寒気がした。鳥肌が立っていて、心臓が早鐘を打っている。

 ドクンドクンと聞こえる。鼓動が、私の身体全体に響いている。

 これは開けちゃダメだ、これは開けないほうがいい。防衛本能が私に警告する。

 嫌な予感がしている。嫌な想像が脳を駆け巡る。

 開けたくない、開けるべきではない。そう思っているけれど、開けないのも怖い。

「……ッ……!」

 数分間、悩みに悩んで私は、目を閉じて一気にアルミホイルを破いた。

 恐る恐る目を開ける。ボヤけた視界で最初に見えたのは、見覚えのあるバングル。

 そして、見覚えのある唇と目と鼻と耳と髪と首──

「……あ……?」

 思考が止まる。いや、止まっていない。

 必死に止まっていると思い込んで、何も考えないようにしている。認識しないようにしている。

 わかっているのに、全部理解しているのに、必死にそれを知らないことに──

「……くかけけ……遺言はぁ……カレンさん大好き……だ……ぁ!」

 その時、玄関の扉が勢いよく開いた。私がそれに視線を向けると、そこに居たのは見覚えのない傷だらけでボロボロの人間。胸が大きいので、恐らく女性。

 いや、そんな事どうでもいい。

 どうでもいい。

 どうでもいい。

 どうでもいい。

「くは……ぁ! その顔が見たかった……どうよどうよ絶望したか……ぁ? 希望は潰えたか……ぁ?」

 何かを喋っている。

 どうでもいい。

「おいおい……すげぇ魔力だな……ぁ! それでまた暴走してよ……ぉ? うわふふふはは……止めてやるよそんなあんたを……ぉ! そして私は悲劇の英雄を泣く泣く殺した真の英雄に……ぃ!」

 どうでもいい。

「けはっ……ぁ! いきなり襲いかかってくるとは……ぁ!?」

 どうでもいい。

「すげえな……ぁ! アムルとは比べ物にならない攻撃……ぃ!」

 どうでもいい。

「次は私のば──」

 どうでもいい。

「ぐはっ!? がは……ッ!?」

 どうでもいい。

「ぐ! ま……まで……ぇ!?」

 どうでもいい。

「ぐげが……ッ!? ガレ……あん……がぁ!?」

 どうでもいい。

「げぐ……ッ!? うぎが……!」

 どうでもいい。

「待ておい……! こんなに……ぃ!?」

 どうでもいい。

「ガハッ……ッ!? わ、私の番……だ!?」

 どうでもいい。

「ハァ……! ハァ……! クソが……ぁ! 鎌くらい出させろよ……ぉ!?」

 どうでもいい。

「ゲガ!?」

「死んで」

「ぐが!?」

「死んで」

「うぐ!?」

「死んで」

「ジグ!?」

「死んで」

「かっ……ッ!」

「死んで」

「かは……!」

「死んで」

「クソ……が……ぁ!」

「死んで」

「ごんなの……!」

「死んで」

「おかし……ぃだろ……が……ぁ!」

「死んで」

「私はカレン……あんだぁ!?」

「死んで」

「かっ……んだよこれ……!」

「死んで」

「ひで……ぇ……! ぜ……ぇ!」

「死んで」

「かい……こんな……の……か……」

「死んで」

「……い……しゃ……く……」

「死んで」

「ち……げ……」

「死んで」

「……ぇ……だ……」

「死んで」

 拳が痛い、硬いものを殴り続けていたから。

 拳が濡れている、柔らかいものを殴り続けていたから。

 拳から力が抜ける、もう相手は死んでしまったから。

「……なんでよ」

 血だらけになった拳を見る。どうでもいい。

 えずきが止まらない。目尻から涙が溢れている。

 呼吸がおかしい。咳が止まらない。

 なんで? なんで?

 なんでこうなったの?

「な……んで……?」

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