35.アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレの独白
私、アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレは厳しい家で育った。
お父さんは常に勉強しろ、お母さんは常に礼儀正しく過ごせ。目が合うたびにそう言われた。
早寝早起きの習慣が出来たのも、料理が出来るのも、家事が出来るのも、全部出来るように育てられた。
恨んだりはしていない。憎いとも思っていないし、辛いと思ったこともない。
けれど不満はあった。私は、お父さんとお母さんに甘えたかったけれど、それが出来なかった。
これをしなければ怒られる。あれを出来なければ怒られる。普段の厳しさ故、私は無意識にあの二人を恐れていたのかもしれない。子供らしく、素直に甘えることができなかった。
幼い私が唯一甘えられたのは歳の離れた血の繋がっているお姉ちゃんだけ。そのお姉ちゃんもすぐに家を出て、結局帰ってこなかった。
さっきも言ったけれど、別に酷い家庭環境で育ったわけじゃない。寧ろ恵まれている方。
恵まれているからこそ、両親の愛を感じる瞬間が少なくて──
そんな私は五歳の頃、一度だけ家出をしたことがある。
その日は少しドジっちゃって、お父さんとお母さん両方にとても怒られた。
多分、自分では気づいていなかったけれど意外とストレスが限界まで溜まっていたんだと思う。
私は嫌われている、私は嫌がられている、私は愛されていない、私は要らない子。そんなネガティブ思考に侵され、勢いそのままに家を出て行った。
走って、走って、走って、走って。
走り続けて、疲れて。気づいた時には変な場所に居た。
たくさんの人が居て、色々なお店があって、まるで遊園地のような場所。
当時はそんな事思わなかったけど、とりあえず凄い不思議な場所っていう感覚はあった。
両親は仕事が忙しくて、とても厳しい。だから家族と遊びに出かけた事は無かった。いや、一度くらいはあったかもしれないけど、私の記憶には無い。
だから外の世界というものをイマイチ知らなかった。理解していなかった。
あの場所のあの光景は今でも思い出せる。服がたくさんあって、変な機械がいっぱいあって、美味しそうな匂いがたくさんする場所。
そこで私は、最愛の人であるカレンさんに出会った。
あの素敵な場所で、最初は物珍しさにはしゃいでいた私だけど、時間が経つにつれて楽しさより不安が増していた。
全員知らない人、何もかも初めて見る不思議な場所。泣きそうだった。けれどなんとなく泣いちゃダメだと思って、私は何も考えずに歩き回った。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
私は、少し無愛想な女の子を見つけた。それが、カレンさんだった。
何故か私はその時のカレンさんに親近感を覚えた。初対面だったのに、旧知の仲のような、そんな感じ。
今思えば、カレンさんは魔法少女だったから親近感を覚えたのかな? と思う。私のお母さんも魔法少女だったし。
とにかく、私はそんなカレンさんに近づいて、服の裾を引っ張った。
そしたら、カレンさんは不思議そうな顔をして振り向いて、私を見ると驚いた顔をした。
そりゃ、小さな女の子が急に自分の服を引っ張ってきたらビックリするよね。
私がカレンさんをじっと見つめると、彼女はすぐにしゃがみ込んで、私に視線を合わせてくれた。
それが私にとっては、とても新鮮だった。小さい子をあやすような仕草、私はお姉ちゃんにしかしてもらった事がなかった。
お父さんもお母さんもそんな事はしてくれなかった。しゃがみ込んだりせず、ただただ私を見下ろしながら、私を育てていた。
私はそんなカレンさんを見て、いなくなったお姉ちゃんを思い出して、懐かしさを感じて。
年上の人には甘えないように、甘えないようにと意識していたのに、甘えたくなっていた。
スカートを引っ張ったりして、私のカレンさんの気を引いた。あの時の赤面したカレンさんはとても可愛らしかった。
その後は優しく撫でてくれたり、私の名前を丁寧に聞いてくれたりして──
なんだか、本当に、お姉ちゃんみたいな感じだった。
とても優しくて、綺麗で、可愛くて、私を甘やかしてくれた。
気づいたら私は、カレンさんに恋していた。
今思えば我ながらチョロすぎると思う。ハッピーにチョロアムルと言われるのも仕方がない。
けれど、本当にあの時は、とにかく誰かに甘えたくて──
私はカレンさんとずっと居たいと思った。
お世話してもらいたい、甘えたい、撫でて欲しい、可愛がって欲しい。そんな感じに、どんどん欲求が増していった。
そういえばあの時、カレンさんの他にもう一人女の子が居たっけ? 今思えばあの人も私を甘やかしてくれたのに、私はそんな彼女に対して無愛想な態度を取ってしまった。
多分、カレンさんしか見えていなかったんだと思う。とにかくカレンさん、何がなんでもカレンさん。
カレンさんに甘えたくて、甘えたくて、甘えたくて、仕方がなかったんだと思う。
ごめんなさいって謝りたいな、今どこにいるんだろう?
そんなこんなで私はカレンさんと出会って、その後は確かカレンさんの提案で三人で遊ぶことになって──
楽しかったなあ。とても楽しかった。ゲームをやったり、服を着替えさせてもらったりして、楽しすぎた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる、というのをこの時初めて実感した。それまで心の底から楽しい、と思える時が無かったから。
そして、夕方くらいになって、血相変えながらお父さんとお母さんが走り回っているのを見つけた。
額に汗を浮かべて、目を潤わせるながら、必死に走る両親。そんな姿を見たのは初めてだった。
私はそんな二人を見て、ちょっと嬉しくなったの。
正直に言うと、いつも真面目で堅苦しくて笑みを浮かべないクールな両親が必死になって慌てている姿は見ていて面白かった。実際、笑っちゃったし。
二人は私を見つけると、大急ぎでやってきた。
カレンさんとその友達は事情を一瞬で把握して、色々と説明をして私を両親に引き渡した。
その後は家に帰って、それからずっと私は──
カレンさんのことばかり考えていた。
どこに住んでいるんだろうとか、どこで会えるのかなとか、また遊べるかなとか。
色々妄想して、想像して、幻想を見て、空想に浸って──
それらをするたびに、私のカレンさんへの愛は強まっていった。
好きから大好きに、好きから愛してるに、好きから結婚してさたいに。
気持ちはどんどん膨らんでいった。考えるたび、降り積もる雪のように、こね合わせた粘土のように、気持ちは大きく強固になっていった。
カレンさんの事しか考えられない。カレンさんの事ばかり考えてしまう。カレンさんの事しか脳にない。
魔法少女としてのカレンさんの活躍は、遠く離れた私の耳にも届いていた。それを聞くたびに私は幸せな気持ちになれた。そしてまた、愛が強まった。
好きすぎて、大好きすぎて、自分を慰めたりもした。
会えないが故に強まる愛。十五歳頃にはもう、カレンさん以外の人に私は興味を持てなくなっていた。両親とか、お姉ちゃんとか、どうでもいい。カレンさんさえ居れば私は幸せだった。
あの大事件を起こした時、カレンさんに対して手のひらを返す人をたくさん居たのは辛かったけれど、私はそれでも好きを貫いた。
そして時は過ぎて、私はついに十六歳になった。つまり、ここからはつい最近の話になる。
魔法少女として認められて、私は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。カレンさんと同じ存在になれたって、嬉しさが大爆発した。
私は魔法少女として認められるとすぐに家を出た。両親は当然反対してきたけど、そんなのどうでもいい。今の私にとって両親とかどうでもよかった。
もちろん、この歳まで育ててくれたのには感謝している。ありがとうお父さん、お母さん。
とにかく、私は家を出た。そして魔法を駆使して、必死になってカレンさんの居る街へと辿り着いた。
そして始まるカレンさんとのラブラブデイズ。幸せだった。違う、過去形じゃない。現在進行形で幸せだ。
初めて会った時、襲われてエッチな事をされたのは驚いたけど、あれは本当に嬉しかった。夢が叶った気分だった。もう結婚したよねこれ、って本気で思った。
これから幸せな日々が始まる、と思っていたのにカレンさんの予想以上のやさぐれさに少し振り回されたなぁ。あとハッピーとかいうヤバいやつが増えて二人暮らしが終わった。最悪。
ハッピーって言うイレギュラーは居たけど、それはそれで楽しい日々は暮らせていた。
そういえばハッピーは今何をしているんだろう、いつ帰ってくるのかな? 私にこんなに心配させて、本当にムカつく子。
あ、そうか。ハッピーが居ないから今、カレンさんは家に一人でお留守番しているんだ。
生理痛が辛そうだったし、大丈夫かな?
「……くはふっ……ひひはっ……ぁ! 休憩タイムはそろそろ終わりだ……ぁ!」
こんな時に一緒にいてあげられないなんて、私って悪い子。大好きな人が一人で苦しんでいると思うだけで、胸がギュッと冷たい何かで掴まれる感覚。
「もう終わりにしよう……そろそろ終わりにしよう……終了終焉終幕終戦だ……ぁ!」
家に帰ったらまず飲み物をあげて、胃に優しいものを食べさせてあげて、優しい言葉を囁きながら、頭をなでなでしてあげて、添い寝してあげよう。
「斬! 斬ッ! 斬ッッ! 斬ッッッ!」
「……だから待っててね、カレンさん」
もうすぐ、大好きなあなたの元に帰るから。




