34.体力の限界
「ザッと! パッと! 瞬……殺……ぅ!」
女性が唸りながら、私に向かって走ってくる。
とんでもなく速い。私の数倍は速い。
気づいた時には私の懐に、女性はいた。
「ッ! メルチリカンハナッサ!」
私は瞬時に呪文を唱え、自らに防御魔法を施す。
間一髪。それを唱え終えたと同時に、女性の鎌が私に触れた。
「ほぉ……ぉ! 私の鎌を抑えるか……ぁ!」
「まったく……もう……ッ!」
普通だったら、数分は持つはずの防御魔法。それが一撃で破壊されてしまった。
攻撃力が高すぎる。恐らく魔法で作り出した鎌とはいえ、私の魔法をこんなに容易く突破できるなんて卑怯だ。
「くひっふははは……ぁ! そら……ぁ! そらそらそらそらそらそらそら……ァァァアアア!」
鎌を振り終えたと同時に、力を入れ乱雑に鎌を振るう女性。
私はそれを防御魔法を唱えながら避ける。避けつつ、距離を取ろうとする。
だけど取れない。距離を取れない。乱雑に振り回しながら私を追いかけてくる。逃げきれない。
「はええ……ぇ! 私に追いついてきてんじゃん……! まあまあまあ……やるじゃん……ぅ!」
「ううぅ……しつこい!」
防御魔法を唱えながら、私は右の手のひらに魔力を貯める。
避けて、避けて、避けて、避けて──
「ッ!」
一瞬だけ出来た隙をついて、私は瞬時に彼女の懐に入り、彼女の腹に手のひらを当て、溜めていた魔力を一気に放つ。
「ぐぅひぃ……ぃ!? ふぅ……わはっ……ふひはは……ッ!」
奇妙な笑い声を上げながら、勢いよく吹っ飛んでいく女性。大きな砂煙が上がる。
直撃だ。かなりのダメージを与えたはず。私のビームが通用するならの話だけど。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
乱れた息を整えようとするが、治らない。苦しい、疲れた、休みたい。
けどここで休んだら駄目だ。あの一撃程度で倒れるとは思えない。
手を膝に乗せながら、必死に息を整えて、体力を少しでも回復させて──
「アムル……ウルトラビーム!」
すぐにステッキを女性が吹っ飛んだ先に向け、先端からたくさんのビームを放つ。
「疲れ……疲れたけど……!」
出来る限り、体力の持つ限り、ビームを放ち続ける。
「はぁ……! 流石にもう無理……!」
体力の限界が来て、私はその場に座り込む。
駄目だ、油断しちゃ駄目だ。倒したっていう確信がない。
けれど体力は温存しなきゃ、少しでも回復させなきゃ。
息を整え、座り込んだまま、私は動かずに女性が居るはずの場所を見つめる。
動く気配はない。倒した? そんなわけがない。この程度で倒せるほど柔だとは思わない。
「……くけけ……やべぇわ……この強さは存外意外想定外……ぃ! 解釈違いだなその強さ……ぁ!」
しばらくして、女性の大きな声が聞こえてきた。
ほらやっぱり倒せてない。なんで倒れてないの? ムカつく。ムカつく。
(私のビームの威力が彼女にとっては低いんだ……タフな人……!)
もう少し魔力を込めて、質を上げなきゃ意味がないかも。
けれど体力がもう、ほとんど無い。体力と魔力はイコール、動きながら魔法を使っていたら消費は当然激しい。
「本気出してねえだろ……アムル……ぅ! マジで本気出さねえんだな……ぁ! ムカつくな……ぁ!」
砂煙の中から、女性の怒声が聞こえる。
その瞬間、彼女は大きく鎌を振り、砂煙を吹き飛ばした。
「舐めてた……もういい……私は私の解釈を一致させる……ぅ! 本気出すぜ今からよ……ぉ! 楽しませてくれなくていい……早々に死ね……ぇ!」
女性は私を睨みつけながら叫ぶ。それと同時に、彼女の左腕を黒い光が包む。
黒い光が弾け飛ぶと、右手よろしく彼女の左手に鎌が握られていた。
まさかの二刀流。かなり大きい鎌なのに、二刀流。邪魔にならないのだろうか?
「私の鎌は魔法の鎌……当然不思議な鎌……ぁ! 飛ばしてやるよ斬撃を……弾幕攻撃避けてみろや……ぁ!」
そう叫ぶと、彼女はその場から動かずに、鎌を振り回す。
すると、黒い光が──斬撃が私を目掛けて飛んできた。
「ッ!」
私はそれを済の所で避ける。しかし、当然斬撃は一つでは終わらない。
女性が鎌を振るうにたびに飛んでくる、数えきれないほどの斬撃。
まるで、先ほどまで私が彼女に仕掛けていた攻撃そのもの。ビームが斬撃に変わっただけ。
「そろそろ体力切れてよもぅ……!」
私はすぐに後退し、ステッキをくるくると回しながら、呪文を唱え続ける。
飛んでくる無数の斬撃を、無数の光線を放ち打ち消す。きつい、辛い、苦しい。
避けながら、後退しながら、光線を放つ。体力が、魔力が、ものすごい勢いで削られていく。
「切れろ……切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ切れろ……ぉ! 全身真っ二つ微塵切り! ミンチで挽肉加工済み……ぃ!」
「……う……にゃあああ!」
私は体力を全て使い切る気で、一気にビームをステッキから放つ。
女性の放つ斬撃を全て消し飛ばし、その直後に、棒立ちのまま鎌を振るう女性を目掛け撃ち続ける。
「おいおいおい……すげぇな……ぁ!」
女性が驚いた。その隙は逃さない。ここで倒す、これで決着をつける。
「ぐひはは……ぁ! 死ぬ……! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……ぅ!」
私の放った光線は全て女性に直撃。彼女は血反吐を吐きながら、派手に吹き飛ばされていく。
「……うぐ……はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ!」
息が乱れる。喉が痛い。立っていられない。足が痛い。腕も痛い。頭も痛い。お腹も痛い。
「……なんでよ、もう」
こんなに辛いのに、苦しいのに、頑張ったのに──
私の目が捉えたのは、全身傷だらけながらも立ち上がる女性の姿。
泣きそうになる。いや、すでに涙が流れている。
一生懸命頑張ってビームを撃って必死になって倒そうとしたのに、倒せてない。
倒せそうにない。ズルい。卑怯だよこんなの。
「アムル……ぅ! あんたすげえよ……ひひふはひ……マジで死ぬかと思った……ぁ! 死ぬかとは思ったが……死ぬとは思わなかったな……ぁ!」
「もうやだ……カレンさん……」
つい、泣き言を言ってしまう。呟いてしまう。
胸がキュッと、冷たい何かに掴まれる。喉がひりつく、涙が溢れ出てくる。
「……カレンさん……会いたい……だから……!」
杖を支えに、私はゆっくりと立ち上がる。
そして、服の袖で涙を拭って、ボロボロの女性を睨みつける。
まだ大丈夫。まだ戦える。最悪本気を出しちゃえば、あの人を私は倒せる。
そうやって、自分を鼓舞する。
正直体力はもう限界だし、この状態で本気を出したら限界を超えた動きをして死んでしまうとは思う。だからハッキリ言っちゃえば絶体絶命。
だけど私は頑張る。頑張らなくちゃいけない。
またカレンさんに会うために、カレンさんに撫でてもらうために、カレンさんに抱いてもらうために──
「……かかってきなさい。今度こそ倒してあげる、殺してあげる」
「……ひゅうぅ……ぅ。カッコいいねえアムル……ハァ……ハァ……ァ!」




