32.解釈不一致が故に! 同担拒否ィィィィイイイイイイッッッッ!!!
「好きなんでしょ……あのカレンが」
女性は笑みを浮かべながら、私を挑発するように言う。
「……好き、ですけど」
なんでこの人は私の好きな人を知っているんだろう?
私のストーカー? いや違う、何となくわかる。
この人は多分、私と同類だ。
感じる。勘でしかないけれど感じる。何の根拠もないけれど、私にはわかる。
この人、カレンさんが好きだ──
「好き……ぃ? あはは……っぱりな……ぁ!」
私が好きだと答えると、先ほどまでのお淑やかな雰囲気から一転。狂気的な笑みを浮かべながら口調が変わった。
「やっぱりね……ぇ! あはは……わかるわかるわかる! 知ってはいたけど……ぉ、現物見るとビビッと来るね同担はさ……ぁ!」
「あ、あはは……そうですか」
何気に初めて見たかもしれない。私以外に、カレンさんが好きな人を。
ハッピーはカレンさんの事は知っていたらしいけど、好きという感じは出ていなかった。
だけどこの女性は違う。なんかもう、カレンさん大好きオーラが出ている。
カレンさん好きだからわかる。私と同じ雰囲気を纏っているのが。
でも、何故か寒気がする。鳥肌が立っている、気がする。
同じ趣味、同じ嗜好。一番分かり合えるはずの人間なのに、この人とは絶対に分かり合えない。そんな感じがする。
「ねえねえ……あなたはさ、カレンのどこが好きなんさ」
「ふぇ!? ええと……えっとですね……」
ニヤニヤしながら聞いてくる女性。考え事をしていたのもあって、急に話しかけられて驚いてしまった。
私は急いで考える。急いで、脳を回転させて、思いつく限りの──
「私はね……やっぱり、あの儚さかな」
「……ぴょえ?」
私が答えようとしていたら、何故か質問をしてきた側が話し始めた。
「世界最強と魔法少女界隈では名高い魔法少女カレン……そんな凄い人が、あんな事をしちゃって評価は一転。世界最悪の魔法少女と呼ばれるようになった……でも、以前までの評価に違わず実力は今なお凄くてさ……ぁ」
口角を徐々に上げていく女性、私を見ているはずなのに、目は私を捉えていない。
「正と負を併せ持った歪な英雄……確かな輝きと深く暗い影……ふふふ……最高だよ……ぉ」
言いたいことはわかる。わかるけれど、なんか違う。
カレンさんはそこが魅力なんじゃなくて──
「私がカレンさんを好きなのは……とても優しいから。優しく、丁寧に甘やかしてくれるから……頼れる雰囲気があって……甘えたくなるの……」
「……ふーん。まるで彼女みたいな感想、もしかしてリアコ?」
少し不満げに言う女性。私は何も言わずに、頷く。
「なるほど……ぉ! まあわかるよ、昔のカレンはそんな感じだったわ! つっても実物見たことはないんだけどね! 話には聞いてるよ……ぉ」
笑顔を浮かべながら女性は言う。
それを見て私はつい苦笑する。昔はそうだった、じゃなくて昔からそう、なのに。
確かに久しぶりに見たカレンさんはダウナーで、性にだらしなくて、まるでダメ人間のように見えたけれど、それでも内に秘めた優しさはそのままだった。
私が初めてカレンさんに会ったあの日から何も変わらない、優しいお姉さんだった。
再会した時襲われてエッチなことされたけど。
「じゃあさ……ぁ、初めてカレンを見た時、どう思った?」
肘を机に立て頬杖をしながら女性は私に問う。
少し考え、私はそれに答えた。
「えっと……綺麗で優しいなあって。お姉ちゃんみたい……って言うか」
私は初めてカレンさんと出会った日の事を思い出す。あの日あの時、一人で居た私を助けてくれたカレンさんを。
多分カレンさんはその事を忘れているだろうけど、私にとっては人生を変えるほどの大切な出来事だ。
そういえばあの時、カレンさんと仲良さげな人が一緒にいたけれど、彼女は今どこにいるんだろう? 会ってみたいかも。
「ほうほうほう……恋する乙女初恋ラビリンスって感じだな……ぁ! 私はだなぁ……噂を聞いて見に行ってビビッときたね……ぇ! こいつはとんでもなく不幸でとんでもなく可哀想な讃え忌むべき最高の英雄だってな……ぁ!」
女性は笑いながらそう言う。つまり、カレンさんの功績とあの事件が凄いって事何だろう。直接関わっていないと、そういう印象を抱くのもおかしくない。
「くくく……あはは……楽しいなあこう言うのはなんだかんだ言って! 好きな人について頬を染めながらラブトーク……所謂恋バナ……ァ? 私した事ないから楽しいよ……ぉ!」
手を叩きながら、嬉しそうに語る女性。
確かに、楽しいかも。ハッピーは全然私の話聞いてくれなかったから、こうやって本人のいないところでカレンさんを褒めるのはなんか新鮮。
それから私たちはカレンさんの話題でたくさん盛り上がった。
何であんなに強いのかとか、可愛い顔もいいけれどやっぱりキリっとした顔がイケメンすぎて百点満点あげたいよねとか、髪がいくら何でも美しすぎる、とか。
沢山、沢山、沢山。カレンさんの好きなところを語り合った。
こんなに楽しく人──カレンさん除く!──と話せたのは久しぶりだった。なんて言うのかな、満足感がすごいっていうか、充実したなと実感できるというか。
自分の言っている事をちゃんと理解してくれるし、相手の言っていることもあまり考えずに理解できる。
好きな事をこんなに語り合えるなんて、好きなことを語り合うことがこんなに楽しかっただなんて、私は知らなかった。
けれど、何で何だろう。ずっと、何かしこりが残っているというか、違和感を感じるのは。
こんなにも楽しく話せて、分かり合えているはずなのに。どうして──
彼女とは絶対に分かり合えない、そう思ってしまうのだろう。
「……ああ……ラーメン食べ終わっちゃったね……ぇ、そろそろ出ないと……」
「……あ、本当だ」
話に盛り上がりすぎて、あまりにも雑にラーメンを食べ終えてしまっていた。話しながらちょこちょこ食べていたから、あまり味を覚えてない。
カレンさんの話題で盛り上がりすぎて失礼なことしちゃったな、と私は反省する。せっかくおじさんが奢ってくれて、店主さんが作ってくれたのに。
「……なあ、名前なんつったけ……ぇ?」
私が少し俯いてると、下から覗き込んで、女性が名前を聞いてきた。
まだ言ってなかったんだっけ? そういえば、私もこの人の名前知らないや。
「えと……アムルです。アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレ」
私は顔をあげ自己紹介。それを聞いた女性は何故か歯軋りをしながら首を傾げる。
「長いな……ぁ! 長い長い……んじゃあアムルだ、アムルって呼ぶよ……ぉ!」
(また長いって言われた……)
そんなに私の名前長いかな? と思う。逆に考えてみよう、みんなが短いんだって。
「んじゃあアムル、聞かせてもらおうか……ぁ……!?」
すると突然、女性がカウンターテーブルを強く握りしめながら立ち上がる。
ミシミシと音を立てるテーブル。次の瞬間、それは彼女に握りつぶされた。
木屑が女性の手にまばらに突き刺さっている。少しだが、血も出ている。
突然の奇行に私は何も言えず、ただ彼女を見ることしかできなかった。
「ふふふ……はあ……ぁ! アムル……ゥ、お前にとって魔法少女カレンとはなんだ……ぁ……!?」
鋭い目つきで私を見ながら、彼女は指で私を差す。
私は思わず固唾を呑み、力強く答えた。
「結婚したいくらい……大好きな人です……!」
「違うねえ……ぇ! 魔法少女カレンは大英雄にして大罪人! 崇め奉り恨み忌み危惧され嫌われ恐れられるべき存在……ぃ! 己の罪に向き合せ永遠に苦しむべき悲劇の英雄……ぅ!」
「は!? 何言ってんの……!」
思わず私は立ち上がり、拳を握りしめる。
「クフフ……ふははは……ぁ! それ故に邪魔なんだよなあお前はよお……ぉ! アムル……あんたがいるとさ……カレンは甘えちまうのさ……お前にな……ぁ!」
青筋を立てながら、私を睨みつける女性。
怒りたいのは私のほうだ。私の大好きなカレンさんに酷いことを言うなんて。
確かにカレンさんは大変な事をしたけれど、カレンさん一人の責任じゃないと言うことはすでにわかっているはず。こんなに非難される必要はない。
どうして? あんなにカレンさんが好きな雰囲気を出していて、実際話してみてかなりカレンさんが好きだとわかるほど詳しいのに、どうしてカレンさんに酷いことを言うの?
「悲劇の英雄若井カレン……! 私は見たいんさ……カレンが絶望して闇堕ちして悶え苦しむところをな……ぁ!」
それを聞いてようやく理解できた。この人は間違いなくカレンさんが好きだ、大好きだ、だけど──
「……あなた、もしかしてカレンさんが好きなんじゃなくて、カレンさんの立ち位置が好きなの……!?」
「さぁ……どうだろうね……ぇ! だが間違いないのは……私はカレンが好きで好きで仕方ないってことだけなんさ……ぁ!」
女性がそう叫ぶと、彼女の右腕を黒い光が包み始める。
やがてそれは勢いよく弾け飛び、顕になった彼女の右腕が握っていたのは、禍々しく凶悪で大きな鎌。
それを彼女は、狭い店内にも関わらず、机や壁を切り裂きながら大きく振るう。
悲鳴が店内に響く。ラーメンを食べていたお客さんや店主の声だろうか? そんなのは正直、どうでもいい。
「殺してやるよ……ぉ! あんた殺せばカレンはさ……ぁ! あはは……ふふ……はは……ふひははははは! 想像しただけで濡れるぜ……ぇ!」
そう宣いながら、女性は大きな鎌を私に向けた。
「解釈不一致が故に……同担拒否ィィィィイイイイイイッッッッ!!!」
大きな声で叫びながら鎌を振り回す女性。私はそれを既の所で避ける。
「……やってみなさいよ」
そして、私はそう言ってポケットから指輪を取り出し、呪文を唱えながらそれを嵌めた。




