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31.同担との邂逅

「ふんふんふーん……」

 太陽がそこそこ眩しい朝、私は珍しくカレンさんと一緒ではなく、一人で外に出ていた。

 今日は買い出しの日。一週間に一回訪れるお買い物タイムだ。

「……カレンさん、大丈夫かな」

 私はポツリと、独り言を呟く。

 今朝、私が買い物に行こうとすると、酷く青ざめた顔でカレンさんが私も行くと言って聞かなかった。

 青ざめていた理由は単純で、めちゃくちゃ重い生理。いつもはもう全部無理、とか言ってずっと寝込んでいるのに今日だけ、と言うより今月だけは何故かアクティブ。

 一緒に行くと言ってくれてとても嬉しかったし、ちょっと弱気なカレンさんは萌えたけど、心配だから置いてきた。

(私あそこまで酷くなったことないけどなぁ……)

 不健康そのものな暮らしをしてきたから、身体のどこかしらが壊れちゃってるのかな?

 それとも最近発狂しちゃったり、ハッピーが急にいなくなったりで、ストレスが溜まって、その影響でおかしくなってるとか?

 とりあえず時間が解決してくれるのを待つしかないよね。鎮痛薬持ってないみたいだし。かわいそうに、カレンさん。

「……着いた」

 以前カレンさんに連れてこられた、廃れたボロボロのデパート。

 私はギシギシうるさい扉をスライドして開け、中に入る。

 人はそこそこ居る。以前来た時とそんなに変わらない、微妙に盛り上がっている市場。

 私はバックを肩にかけしっかり握り、歩き始める。

 辺りを見渡すと、いつもの面子。

 変な草を売っていたり、謎の肉を売っていたり、訳のわからないお菓子を売っていたり、気持ちわるい魚が売っていたり──

 全部産地不明、名称不明。怪しいものしか売ってなかった。

(……意外とこう言うところに居たりしないかな? ハッピー)

 どこで何を買おうか考えながら散策し、ついでにハッピーも探す。

 本当にあのおバカ、今どこで何をしてどんなハッピーを押し付けているんだろう。

「お、カレンとこのお嬢ちゃんじゃねえか」

「ふぇ?」

 突然、カレンさんの名前が後ろから聞こえたので、私は振り返る。

 そこに居たのは見覚えのある男性。ムキムキなおじさん。

(……誰だっけ?)

 私は思わず首を傾げてしまう。見覚えはあるのだけれど、イマイチ思い出せない。

 男の人なんて、て言うかカレンさん以外興味がないから、ハッピーくらい鬱陶しい人以外は覚えられない。

「おいおい……忘れたのかよ。酷えな」

 苦笑しながら、頭をボリボリと掻くおじさん。

 私もそれを見て、無理やり笑みを浮かべながら、ごめんなさいと言った。

「そういえば最近カレンの野郎、カレンちゃんセット取りに来ねえが大丈夫なのか? ちゃんと食ってんのか?」

「……あ」

 それを聞いて思い出した。そう言えばこのデパートに初めて来た時、カレンさんはこのおじさんから“カレンちゃんセット“を買っていたことを。

 すごく楽しみだった初デートが知らないおじさんとの小競り合いで終わったトラウマが蘇る。いや、カレンさんとの思い出だからトラウマじゃない、大切な思い出だ。

 あの後、食料の買い出し担当は私になって、それ以来一回も彼の店には行ってなかった。存在を忘れていたから。

 そう言えば、チョコ戦争の時も居た気がする。私、思っていたよりもこのおじさんと関わってるみたい。

 どうでもいいけど。

「どうせカレンに言われてお嬢ちゃんが買い物担当にでもなったんだろ? ったく……」

 ぶつぶつとカレンさんの文句を言うおじさん。何こいつ。

「あ、じゃあ私買い物あるんで……」

 そう言って私はおじさんから離れようとする。するとおじさんは目を見開いて、何か思いついたような顔をして──

「せっかく久しぶりに会ったんだ。奢ってやるよ、俺の行きつけの店」

 しょうもないナンパをしてきた。

「いいでーす」

 誘いをさらっと断り、私は一歩踏みだ──

「カレンも好きな店なんだがなぁ……」

 踏み出そうとしたけれど、上げていない足を軸に、くるっと回転しておじさんの方へ振り返り──

「行きます……!」

 と、おじさんに着いていく宣言をした。

 困惑するおじさん。自分から誘っておいて、何その顔。

「さっきまで興味なさげだったのに……情緒おかしくねえか?」

「いいから行きましょうおじさん! ゴーゴー!」

 カレンさんの行きつけのお店、お気に入りのお店。行かない理由がない。

 ここで彼女の好みを知っておけば、今度一緒にここに買い物に来た時、誘える。

 まるで王子様みたいに、ここで食べようってエスコートして、カレンさんの笑顔が見たい。

(本当は私がして貰いたいんだけど……カレンさん、そういうキャラじゃないしなぁ)

 してくれないなら、私がするまで。待つだけの女じゃないから私は。できる限り攻めていきたい。

「カレンもアレだが……嬢ちゃんたちも変な奴っぽいな。この前いたハッピー嬢ちゃんも敵にチョコを渡してたし……」

 何かを呟きながら、手招きをしながら、おじさんは歩き始める。

 私はそれについていく。

 右に行って、左に行って、真っ直ぐ通って、また右に曲がって、左に曲がって、左に曲がって、上に行って、上に行って、下に行って、下に行って、左に行って、右に行って、左に行って、右に行って──

「お、覚えられない……!」

 まるで迷路。曲がったと思ったら階段で上がったり、上がったばかりなのにすぐ降りたい、全然意味がわからない。どういう風に歩いているのか認識すらできない。

「俺も勘で覚えてるだけだからなあ……」

 おじさんが呟く。なんだこの人。バカ?

「着いたぜ、ここのラーメン屋だ」

 しばらく歩き続けると突然立ち止まり、おじさんは目の前にある廃屋を指差した。

「……もしかして、カレンさんをダシに私を連れ込んで、エッチなことするのが目的だったんですか?」

 どう見てもラーメン屋に見えない、人の気配が全くしない廃屋を見て私は言う。

「んなわけねえだろ……俺は妻しか愛さねえんだ」

 呆れた顔で言うおじさん。自分の嫁だけ愛してる、なんて言う男は信用できない。

 絶対不倫する。結婚三年目で浮気する。偏見だけど。

 まあでもいいか、と私はため息をつく。いざとなれば、殺せばいいだけだし。

 おじさんは私を一瞥せずに、背を向けたまま廃屋へと向かっていく。

 すると、筋が立つほど腕に力を込めながら扉を掴んだ。

「ぐぬぅ……!」

 どうやらスライド式の扉らしい。おじさんは足が地面を凹ませるほど踏み締め、歯茎から血が出るほど歯を噛み締め、全力で扉を開けた。

「はあ……はあ……ほら、入るぞ……」

 息を切らしながら廃屋の中へと入っていくおじさん。私もそれに続いて中に入る。

 一応閉めておいた方がいいと思い、私は中へ入ると同時に片手で扉を閉めた。

(全然軽いじゃん……)

 廃屋の中は当然真っ暗。何も見えない。

 騙されたかな? 私は思わず首を傾げる。

「こっちだこっち」

 おじさんが私を呼ぶ声がする。仕方なく声のした方へ向かうと、小さな光が見えた。

「ぬおおぉ……!」

 すると突然、おじさんの力む声が聞こえた。

 暗くてよく見えないが、また硬い扉があるのかな?

「ふぅうんぬぅ……!」

 おじさんの迫真の声。それと同時に、勢いよく扉が開いた。

「……うッ!?」

 その瞬間、私を襲うのはとても眩しい光。暗闇にずっといたからか、異常に眩しく感じて、目を開けていられない。

 数秒ほど経って、ようやく目が慣れてきた。

 光の先に広がる光景は、廃れた店内。

 真ん中にラーメンを作っている店主らしき人がいて、それを囲うようにカウンター席が並べられていた。意外にも人が多い。みんなラーメンを食べている。

 おじさんは何も言わずに店内を我が物顔で進み、一番奥の席に座った。

 私はそんな彼から一つだけ離れた席に座った。一瞬おじさんが悲しそうな顔をしたけれど、気にしない。

「ラーメン二つ」

 そう言いながらおじさんは店主にお金を渡す。店主は何も言わずにそれを受け取り、頭を下げた。

 私はなんとなく辺りを見渡す。寂れた雰囲気、まるで墓場のような静けさ。

 ラーメンを啜る音は時折聞こえるけれど、誰一人として会話をしていない。それ故に静か、とても静か。

 こんなわけわからない所にラーメンを食べに来るなんて、どんな人たちなんだろう。それが気になって私はキョロキョロとする。

 お客さんは私とおじさんを除いて、三人居た。

 一人は髭がすっごいモジャモジャの人。この人は見たことがある。カレンさんにアイスを買ってもらった場所に居た店員さんだ。懐かしい。

 もう一人は一見子供のように見える男性。美味しそうに食べているが、目が死んでいる。服装もボロボロだし、ぱっと見はやばい人。

 最後の一人は派手な女性。昔のカレンさんほど綺麗ではないが、綺麗なピンク色の髪で赤と黒のメッシュが所々に入っている。服装もとても派手で、おへそ丸出し太もも全出し。ダメージがデカい短パンにボロボロのポロシャツ。サイズが合っていないのか、赤黒い派手な下着が胸元から少し見えている。

(痴女かな……)

「……どぞ」

 私が女の子を見ていると、小さな声で店主が呟きながら、私の目の前にラーメンを置いてきた。

 小さなチャーシュ一切れと、縦の半分に切られたゆで卵、申し訳程度の小ネギが浮いてる。スープは色から察するにおそらく醤油味。

「あ、ありがとうございます……いただきまーす」

 お礼を言って、手を合わせてお辞儀してから、私は割り箸を手に取り、パキッと綺麗な音を立てながら割った。

 箸を巧みに操り、とりあえず麺を一口啜ってみる。

「……もぐもぐ」

 ラーメンだ。ごく普通のラーメン。

 普通すぎて、ラーメンだなぁという感想しか出てこない。

「ふう……食った食った」

「え、はや……」

 私が二口目に行こうとしたのとほぼ同時に、おじさんが完食を宣言。

「悪いな、今日は俺忙しいんだ。先に帰るぜ……カレンによろしくな」

 そう言うと、おじさんは瞬時に立ち上がり、ご馳走様でしたと店主に言って去っていった。

「……ていうか私、帰り道わかんないんだけど」

 誰に聞かせるわけでもなく、私は小さな声で呟く。

 帰りどうしようかな?

 とりあえずラーメン食べよう。そう思い、私は二口目を啜る。

「……ねえ、そこの女の子」

 すると、少し離れたところから、誰かが私に話しかけてきた。

 私が顔をあげ、辺りを見渡すと、笑みを浮かべながら、私が話しかけたよと言わんばかりに片手を上げている人がいた。

 その人は、さっきまで私が見ていた痴女の人。

 もしかして見ていたのがバレたかな? 怒られるのかな? そう思うと、私の心臓が少し早くなる。

「そっち、行ってもいいかな?」

 優しい声音で言う女性。私は何も言わずに、とりあえず頷いた。

 すると女性は、自分が食べていたラーメンを手に取ったまま立ち上がり、私にすぐ隣に座ってきた。

「ちょっとだけさ……お話しない?」

 ラーメンを丁寧に置き、ゆっくりと席に座り、体をグッと伸ばしてから、柔らかな表情をしながら、彼女は私を見ながら言う。

「……話って、なんですか?」

 そう問うと、女性は笑みを浮かべ──

「……あのカレンについて」

 私を挑発するように、彼女はそう答えた。

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