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29.現実逃避……?

「起きてくださいカレンさん! もうお昼! すでにお昼! あっという間にお昼ですよ!」

 アムルの怒声が聞こえる。けれど眠い。眠すぎる。

 瞼を動かそうとするけど、眠くて動かない。動かせない。

「ん……ごめ……眠い……」

 一応謝って、私は目を──

「アムルチョップ、ビシィ」

「ぎゃぴっ!?」

 頭に急に衝撃。あんなに強かった眠気が一気に吹き飛んで、私は目を覚ます。

「……あふぅ」

 ちょっと痒い頭をかきながら、大きなあくびをしながら、私はゆっくりと立ち上がる。

 目の前には頬を膨らませたアムル。包丁を持ったまま、私を睨みつけている。

「ほら、お昼ご飯もう出来てますから、顔を洗ってリビングに来てくださいね」

 そう言って、アムルは寝室から出ていった。

「……はーい。ふわぁ……ふぅ」

 もう一度あくびをして、私は目を擦って、伸びをする。

 体全体に力を入れて、それを一気に解き放つ。気持ちいい。

「……ふぅえ」

 情けない声が出てしまった。

 目を擦りながら、やっぱりあくびをしながら、私は寝室を出る。

 洗面所の着いたら、蛇口から水をジャー出して、それで顔を洗う。

 タオルを手に取って濡れた顔を拭い、一息つく。

 普通だったらこれで目が覚めるのにまだ眠い。昨日そんなに遅くまで起きていたっけ? よく思い出せない。

 タオルを投げ捨て、洗面所を出てリビングへと向かう。

 そこにはパッと見はしょうもない料理が、テーブルに並べられていた。

 ウチにはアムル曰く、しょうもない食材しか無いらしいから、しょうもない料理しか出てこないのは当然だった。

 私から見れば十分豪華なのだけれど、アムルが自分で作ってしょうもない料理というので、これはしょうもない料理で間違いないはず。

「……いただきます」

 アムルの対面に、私は座る。

 何も喋らず、ハムスターのように頬を膨らませながらご飯を食べているアムル。彼女はじっと、私を見つめている。

 視線が気になる。とりあえず私は箸を手に取り、料理を一掴みして、それを口に含んだ。

「……普通?」

「やっぱりですか?」

 私が感想を漏らすと。真顔でアムルが同意してきた。

「とりあえずあったものをテキトーに味付けして炒めただけの名も無き料理ですからねえ……本当はもう少し拘りたいんですけど、面倒くさくて」

「……へー」

 箸を空で動かしながら、唇を尖らせ不満を言うアムル。

 料理のことは一ミリもわからないから、よくわからない。

 とりあえず味が濃ければなんでも美味しいと思う。

「ごちそうさまでした。カレンさん、食べ終えたらちゃんと食器、水につけておいてくださいね?」

 先に食べ終えたアムルは手を合わせ頷きながら言う。そしてゆっくりと立ち上がり、机の上の自分が使った食器を慣れた手つきで手に取り、流し台へと向かった。

 アムル料理を食べながら、彼女の背中を見つめながら、私は考え事を始めた。

 ハッピーがいなくなってから早や一週間。日常は意外にも戻りつつあった。

 アムルも一昨日まではハッピーを心配してソワソワしていたが、今はいつものアムルに戻っている。それでも少し、ハッピーのことを気にかけている雰囲気は出ているけれど。

 結局この一週間、ハッピーの情報は何も得られなかった。知人にもある程度聞き込みをしたが、みんな見ていないと言っていた。

 もちろん、自分の足でも探した。広場、デパート、寂れた商店街。人が来そうな場所は全て探した。だが彼女に会うことはなかった。

 居なくなってから、探そうと思ってから、意外と私たちはハッピーのことを知らないと思い知らされた。

 彼女のことで知ってることはとてもシンプルで、誰彼構わず幸せにしようと暴れるハッピーモンスター。ただそれだけだった。

 必死に記憶を遡ったが、やっぱり彼女がどうしてこの街にやってきたのかわからなかった。

 アムルは私に会いに来た、と言っていたけど。ハッピーは私目当てでは無かったはず。

「……ご馳走様でした」

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか料理を完食していた。

 アムルに言われた通り、私は食器を手に持ち、それを流し台へ運ぶ。

 水に浸かるように置いてその場を離れて、私はリビングの真ん中あたりで腰を下ろし、寝っ転がった。

「……はあ」

 そして、なんとなくため息をついた──



「カレンちゃん、カレンちゃん。起きてくださいよ」

「ん……んぅ……」

 誰かが私を起こす。ペチペチとほおを叩かれている気がする。

「起きてくださいって、カレンちゃん」

 この声、この喋り方──

「……ハッピー!?」

 私は思わず飛び起きる。目を見開くと、目の前には苦笑気味なハッピーがいた。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか……あはは」

「……どこに居たの? 行ってたの?」

 笑みを浮かべるハッピー。私はそんなハッピーに対して、低い声で問い詰める。

「アムルちゃんすごく心配してたよ? 私はいいけどさ……せめてあの子には何か言ってからにしてよ」

「あはは……そんなに心配してくれました? もうアムルちゃんったら」

 私の真面目な雰囲気とは正反対に、ハッピーは脳天気に笑う。

 けれどまあ良かった。無事だったのだから、終わりよければ全てよしだ。

 私はゆっくりと立ち上がり、そこで気づいた。

 気づいてしまった。

「……通りで都合がいいと思った」

 誰に言うでもなく、私は一人呟く。

 これは、夢だ。

 紛うことなき夢。すぐにわかった。こんなに意識がハッキリとしているのは珍しいけれど。

 立ち上がる時、私は一切力を入れずに立ち上がれた。

 まるで誰かに操作されているような、そんなふわふわとした感じ。夢の中で動こうと思った時によく感じるあの感覚。思った通りの動きとは少し違う、力が入っていないのに思うがままに動かせそうな、そんな感覚。

「……夢じゃなかったらいいのに」

 私はそう呟く。

 起きる方法はわからない。待つしかない。自分が目覚めるまで待つしかないのだろうか。

「ねえカレンちゃん……私が死んだのになんで気づいてくれなかったんですか?」

 妄想ハッピーが私に問う。こんな質問をしてくるって事はつまり、私は心の底ではもうハッピーは死んだと思っている。と言う事だろうか?

「ハッピーは、死んでないよ」

 私は、信じたいことを事実として言葉にする。

 するとハッピーは呆れたように、わざとらしく両手を広げ、やれやれと言いたげに首を振る。

「そんな事言っちゃって……もう死んでますよ、私は」

 ハッピーが目を鋭くして、私の元にやってくる。

「フードの少年と関わっていた事は把握していたにもかかわらず、たった数ヶ月彼の動きがないだけであなたは油断し、死なせたんです私を。付きっきりで守らなくちゃいけなかったのに……」

 私は何も言わず、何も言えず、ハッピーから徐々に距離をとる。

 またこれだ。また自傷行為。自分はダメだと己を傷つけるこの行為。

 やりたくないのに、やっちゃいけないとわかっているのに──

「覚えてますか? 覚えてますよね? それとも忘れようとしてる……? ね、カレン……」


「……ッ!?」

 目が覚めた。

「……はあ……ああ……起きれた……」

 嫌な夢だった。最悪な夢だった。二度と見たくない夢だった。

 でもまだ、体が震えてる。

 いつもは怖い悪夢だって目が覚めれば九割は忘れて、なんでもなかった風に乗り越えられるのに、今日の悪夢は何故かやけに記憶に残っている。

 ハッピーが死んでいるわけがない。ハッピーは死んでいない。ハッピーは生きている。

 ハッピーが死んでいたら私のせい。ハッピーを助けられなかった。ハッピーは死んでいる。

 思考が一定に保てない。安心と恐怖がぐるぐると私の脳内を回り続ける。

「……くっ……」

 また、頭が痛くなってきた。

 何も考えたくない。なのに、そう意識すると余計に考えてしまう。

「カレンさん……?」

 その時だった。私を心配してくれる声がしたのは。

「アムルちゃん……」

「二度寝は良くないですよ! もうっ……」

「……ごめんなさい」

 怒られた。二度寝していたと思われてたらしい。してたけど。

 けれど、アムルが居てくれて良かった。

 彼女の顔を見ると安心できる。もう、頭痛もしない。

 アムルちゃんが居てくれる限り、私はまだ大丈夫だ。きっと。



「ね。今彼女はとても幸せなんだ……大好きな人と一緒に暮らして。君、どう思う?」

 誰もいない公園。揺れるシーソー。座っているのはフードを深く被っている少年と、ピンク色の髪に赤と黒のメッシュが目立つ派手な格好の女性。

 フードの少年はタブレットのようなものを手に持ち、女性にそれを見せている。画面に映っているのは、楽しげに会話をするアムルとカレンの姿。

「ん〜む……確かに確かに確かに! これは解釈違いだわ! 許せないなあ……!」

 女性は笑みを浮かべながら、青筋を立て、タブレットを強く握る。

「そうだよね。君とは解釈が違うんだ、今の彼女は。じゃあどうする?」

「決まってんしょ? 解釈違いは拒否! 私が一番わかってんだから、私のが正解じゃないとおかしいっしょ?」

 女性はシーソーから一回転しながら飛び降り、どこからか取り出した大きな鎌のような武器を手に持つ。

「悲劇の英雄はさ……自分の罪に苦しんで苦しんで悩んで悩んで振り回されて、さらに不幸になってもらわないと困るわけさ。そんで闇落ちか、もしくは開き直って立ち上がるか……! そうじゃなきゃしょーもない英雄譚になっちまう……!」

 鎌を軽く振り、地面に勢いよくそれを叩きつける女性。

 そんな彼女を、少年は笑顔で見つめていた。

「お好きなように……ちなみに、僕と君じゃ彼女に対する解釈が違うと思うけど、君は僕をどうする?」

 少年が言い終えるとほぼ同時に、女性は手に持った鎌を彼目掛け勢いよく振るう。

 女性が振った鎌は少年の身体を真っ二つに切った。勢いそのままに女性は乱雑に鎌を振り回し、少年を細かく刻んでいく。

「こうするに決まってる……ぅ。情報提供サンキューな……あはは……楽しみだなぁ……」

 女性は鎌をぎゅっと握りしめ、歩き出す。

「待ってろよ……ぉ!? 私が最高の英雄にしてやんよ……!」

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