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25.しあわせはいつもじぶんのこころが──

 真夜中、とても静かな真夜中。

 寝室に響き渡るのは、アムルちゃんの可愛らしい寝息と、カレンちゃんの無駄に豪快なイビキ。

 二人がぐっすり寝ている時、私は一人起きて、布団に入りながら座っていた。

 目が覚めた。と言うよりは眠れなかった、が正しい。ずっと頭が動いていたというか、寝よう寝ようと思っても眠れなかったと言うか。

 明らかな寝不足。寝なきゃなとは思っている。けれど、眠くはない。

 夜風が窓を叩く音がする。よくわからない虫の鳴き声が時折聞こえる。静かだけど、静かだからこそ普段気にしない音が目立つ夜。

 私はなんとなく立ち上がり、洗面所へと向かった。

 洗面所に着いたら、蛇口から水を出して、顔を洗う。

 水の冷たさが顔に染みる。さっぱりとした気分になって、私はタオルを手に取り顔を拭う。

 そして一息つく。ため息だったかも。どっちもそんなに変わらないか。

 そのまま私はトイレへと向かった。扉を開けて、便座を上げて、座って、溜まっていたものを出す。

 何もかもスッキリした状態。だけど何か、物足りない。多分、睡眠時間が足りていない。

「──ちゃん」

「……ん?」

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 誰かが私を呼ぶ声。帰り道で聞いた声に似ている気がする。

 私は右を見る。左を見る。振り返る。けれど、誰もいない。

 さっきからこの幻聴はなんなんだろう。わからない。でも、気にする必要はないかなと思っている。

 私以外には聞こえてなさそうだし。それってつまり、私の妄想ってこと。私が人を幸せにしたすぎて、架空のノーハッピーを生み出しているのかも。

「……ふう」

 誰に聞かせるでもなく一息。タオルを丁寧に投げ捨て、私は洗面所から出た。

 普段何気なく歩いている廊下、部屋。灯りがないだけで、全く別の場所に思える。

 なんとなく辺りを見渡す。暗くてボヤけててよくわからないけれど、なんとなくわかる。何が、どこに、置かれているか。

「……ハピ」

 私はもう一度一息ついて、足音を立てないように寝室へと戻る。

 寝室は相も変わらず二人の女の子によるコンサートが開かれていた。不思議とハモっているように聞こえる寝息とイビキ。私は思わず笑ってしまう。

 この二人はどこまで仲が良いのだろうか。起きている間はいつもアムルちゃんが抱きついていて、カレンちゃんもそれを引き剥がそうとはしない。

 寝ている今だって、アムルちゃんはカレンさんに抱きつこうとしているような寝相。この子はカレンちゃんが好きすぎると思う。

「……幸せそう、ですね」

 目を閉じて、安らかに眠るアムルちゃんとカレンちゃんを見て私は呟く。

 引き続き、足音を立てないように。そして、彼女たちを踏まないように慎重に寝室内を移動する。

 アムルちゃんのフカフカ布団を踏み、カレンちゃんの硬い布団を踏んで、私のふわふわ布団へ。

 自分の布団に着いたので、ゆっくりそれを上げて、私は中に──

「私を、幸せにして──」

「……誰なの、どこにいるの?」

 また聞こえた。私を求める声、幸せを求める声。

 どこから発せれているのかはわからない。アムルちゃん、もしくはカレンちゃんの寝言かと疑うが、彼女たちは声が全然違う。

 辺りをキョロキョロと見渡す。当然、誰もいない。

「──公園」

 私が困っていると、謎の声が確かに“公園“と呟いた。

「……公園に行けば、あなたはいるんですか?」

 思わず聞き返してしまう私。しかし、返事はない。

 行くべきだろうか? それとも、幸せを求める声を無視するべき?

 わからなくなってきた。頭が少し痛くなる。

 少し怖い。こんな時、瑠璃お姉ちゃんがいれば助けてくれるのに──

「──ゆちゃん」

 聞こえる。また私の名前を呼ぶ声が。

 ハッピーちゃん、と誰かが呼んでいる。私の知らない誰かが呼んでいる。

 応えたい。その声に、応えたい。

「……ハピ」

 私は意を決して立ち上がる。

 念のためにアムルちゃんとカレンちゃんを交互に見て、彼女たちが寝ていることを確認。

 大丈夫。二人とも寝ている。すぐに行って、すぐに帰れば、二人に心配をかけることはない。

 すぐに行って、すぐに帰ってくれば、私が出かけたことがバレなければ、きっと大丈夫。

 善は急げ、私は急いで動き出す。

 パジャマから外出用の服に着替え、私は寝室をで──

「……どこに行くの?」

 寝室を出ようとしたその時、誰かが私の足を掴んだ。

 その正体はアムルちゃん。寝ぼけた顔で、目を細めながら、私をじっと見つめている。

 私は何も言わずに彼女の手から逃れようとする。だが、寝起きとは思えないほどに強い力で、アムルちゃんは私の足を握る。

「どこに行こうとしてるの……?」

 アムルちゃんは怒ったようにそう呟くと、寝ぼけながらだったのか、次第に力が抜けてきて、がっしり掴んでいたのに私の足から手を離して、そのままゆっくりと目を開いたり閉じたりして──

「……すー……」

 可愛らしい寝息を立てながら、完全に目を閉じてしまった。

「……大丈夫です。アムルちゃんを、そしてカレンちゃんをノーハッピーにはさせません。すぐに帰ってきますから」

 ものすごく小さな声で、本当の声を出しているのか怪しいほどの小音で、私はアムルちゃんの頭を空で撫でながら、そう呟く。

「……ちょっと行ってきますね。アムルちゃん、カレンちゃん」

 おでかけ宣言をしてから、私はゆっくりと寝室を出た。



 夜の街。静かで、静寂で、寂しい印象を覚える。

 辺りをキョロキョロ見渡しながら、私は歩き続ける。

「そういえば……公園ってどこなんでしょう?」

 誰かに聞かせるように呟き、私は首を傾げる。

 もう数ヶ月はアムルちゃんたちと暮らしているとはいえ、正直この街についてはあまり詳しくない。だって何もないんだもんこの街。

「うーん……」

 公園らしき場所は見当たらない。どこを見ても廃墟、廃屋。

「……やっぱり気のせいだったのかな?」

 もし、アムルちゃんが起きていたら大変だし、帰ろうかな。

 そう思い、私は振り返った──

「……え?」

 その瞬間、誰かが私の服の裾を引っ張った。

 さっきまで向いていた方向へ振り返る。そこには小さい男の子がいた。私の服を軽く引っ張りながら俯いている。

 シャツと長ズボン。ごく普通の格好。カレンちゃんが言っていたフードの少年ではない。じゃあ特に問題はないはず。

「どうしたんですか?」

 私は彼に話しかける。すると少年はゆっくりと顔をあげ、ニコッと笑った。

「公園を探しているんでしょ? あっちだよ」

 ニコニコと笑いながら少年が指差す。そこには確かに、公園のように見える場所があった。

「どうして私が公園を探してるって……?」

 お礼よりも先に、私は少年に疑問を投げかけた。

 すると少年はおかしそうに笑い、私を指で差して──

「だってさっき言ってたよ? 公園はどこだろうって」

「……確かに言ったかも」

 そういえば独り言で言った気がする。それを聞いて、親切な彼は公園の場所を教えてくれたのか。

「ありがとうございます! でも、もう遅い時間ですから帰った方がいいですよ?」

 私はお礼を言うと同時に注意喚起。それを聞いた少年は元気よく返事をして、走って去っていった。

「……行ってみましょうか」

 じっと、公園を見つめる。

 人の話し声は聞こえてこない。誰もいなさそうな深夜の公園。そこに向かって、私はゆっくりと歩き始める。

 歩くたびに、心臓が高鳴る。ドクンドクンと身体全体で動きを感じるほど、暴れている。

 あのハッピーを求める声は現実のものなのか、それとも──

「……ふう」

 公園に着いた私は、その場で立ち止まり、一息つく。

 辺りを見渡す。しかし、誰もいなさそうだった。

「……やっぱり、幻聴だったのでしょうか?」

 私は一人でそう呟く。

 よくよく考えてみれば、カレンちゃんの家からかなり離れている公園から声が聞こえてくるわけがなかった。

 声の主がわざわざカレンちゃんの家の前に来て、私に助けて欲しいから公園に来て、と言った可能性はまだあるけれど。

「……あ」

 しばらくキョロキョロしていると、ベンチを見つけた。公園には街灯が一つもないので気づかなかった。

 誰かが座っているように見える。あの人なのだろうか? 私を呼んだのは。

 ゆっくりと、一歩一歩慎重に歩き、私はベンチへと向かった。

(……女の人?)

 ベンチに着くと、そこに座っていたのは長い髪の女性。酷く俯いている。

 なんの柄もないシンプルなシャツに、学校の制服のようなスカート。少しボサボサではあるが、綺麗で艶やかな髪。顔は俯いてるから見えない。

 ぱっと見は普通の女の子だった。普通の、やけに目を引く、綺麗な女の子。

 彼女は私に気付かぬまま、何かをとり出して、封を開けた。

 そこから出てきたのは、水色の棒アイス。おそらく、ソーダ味。

「……食べる?」

 すると、女性は私に向けアイスを差し出してきた。

「あ、はい……」

 なんとなく断れず、アイスを受け取る。すると女性がベンチの空いている部分をポンポン叩いてきた。恐らく、ここに座ってと言いたいのだろう。

 私は彼女の指示通りにベンチに座る。そして、アイスを一口齧った。

「あ……美味しい……!」

 そのアイスはまさに絶品。と言うほどではなかったけれど美味しい。

 お祭りで食べたアイスが微妙だったから、余計美味しく感じているのかもしれない。と私は思わず苦笑する。

 まあ、けれど結局は美味しいのだから、別になんでもいいや。

 私がもう一口齧ると、隣からもアイスを齧る音がした。

 横を見ると、いつの間にか自分の分のアイスを手にしていた女性が、ゆっくりと、美味しそうにアイスを食べていた。

 私もそれに続いて、どんどんアイスを食べ進めていく。

 会話はない。ただシャリシャリとか、そういったアイスを食べる音が聞こえるだけ。

「……ふう、美味しかったです」

 アイスを食べ終え、私は一息つく。

 食べ終えたアイスの棒は咥えたまま、私は彼女のアイスを食べる様子を見ていた。

 数秒後、女性もアイスを食べ終えた。それとほぼ同時に、彼女は立ち上がる。

 相変わらず俯いていて、長い髪が邪魔しているのもあって顔は見えない。

 立ち上がった女性は、手に持ったアイス棒を鉛筆のようにくるくると回しながら──

「……なんだか、久しぶりだね。こう言うのも」

 優しい声色で、話を始めた。

「そうなんですね……」

 誰かとの思い出話だろうか? 私はとりあえず、相槌を打つ。

「あの日もさ、私、アイスを食べていたんだよ。この街ほど静かじゃないけど……誰もいなかったのを覚えてる」

「へえ……」

 相槌を、打つ。

「毎週土曜日だっけ、日曜日だっけ。とりあえず休日に公園に集まってさ、色々なお喋りをしたよね……楽しかったなぁ」

「……仲が良かったんですね」

 相槌を、打つ。

「あんなに小さかった……年齢はそんなに変わらないけど、私から見たらとても小さかったあなたが、私と同じ制服を見せてくれた時、つい感動しちゃったよ」

「……あなた、ですか?」

 相槌を、打つ。

 私は、少し変な気分だった。

 私はこの人を知らない。なのにこの人はまるで、私との思い出を振り返るように話している。自分の思い出を。

 誰かと勘違いしているのだろうか? 訂正した方がいいのか、迷う。

「……ちょっと歩かない? まだ余裕あるみたいだから」

「……えと、いいですよ?」

 微妙に言っている事がわからなかった。まだ余裕があるって、どう言う事?

 とりあえず私は立ち上がる。そして、彼女の横へ向かう。

 すると、女性はゆっくりと顔を上げた。顔が、見えた。

 どこかで見たことあるような、別にないような、綺麗な顔。どこかの芸能人と似てるとかかな? 見覚えがあるようでない。

 女性は私と目が合うと、にっこりと笑いながら、歩き始めた。

 私もそれに続いて、彼女の横を歩く。

「最近どうだった?」

 脈絡もなく聞いてくる女性。私は少し考えてから、答える。

「……ハッピーでした」

 そう答えると、少し悲しそうな顔を女性はする。

 それ以上は何も言わずに、彼女は歩き続ける。

 沈黙、静寂。風の音もなく、虫の声も聞こえず、誰かの話し声もしない。

 まるで、世界に私と女性の二人っきり。真っ暗な公園を私たちは、何も喋らずに歩き続ける。

「……何が好き?」

 突然、女性が口を開き、私に質問をした。

「ハッピーな事が好きです」

 私は答える。女性は苦笑いをしながら──

「えっと、聞き方が悪かったね。ごめん。食べ物で何が好き?」

 変わらず優しい声音で尋ねてくる女性。私は色々なものを脳裏に浮かべながら──

「焼きそば、ですかね」

 昨日お祭りで食べた焼きそばを思い出し、それが好きだと答えた。

「……ふーん」

 不満そうに、だけどそれを感じさせないように、女性はそう呟いた。

 その後はまた会話がなくて、延々と公園を歩き続けた。

 やがて、私たちが座っていたベンチが見えてきた。どうやら、公園を一周してしまったみたい。

 それでも女性は歩みを止めず、進み続ける。

「……好きな教科は、何だっけ?」

 小さく、聞き取りづらい声で女性は呟く。

「えっと……教科?」

 恐らく独り言ではなく、私に対する質問なので一応答える。質問の意味はよくわからなかったから、質問を質問で返してしまったけど。

 しかし、女性からの返事は無く、そのまま黙って彼女は歩き続けた。

 何も喋らず、吐息すら聞こえず、とても静かな時間が私たちに流れ続ける。

 真っ暗で、ほとんど何も見えない公園。そこを静かにぐるぐる回り続けるのは、変な気分になる。

「将来の夢とか……ある?」

 またも唐突に問いかけてくる女性。当然、私はそれに答える。

「特には、ないです」

 それを私が言った瞬間、鼻を啜る音がした。気がした。

 女性はやはり、それ以上は何も言わずに歩き続ける。

 ずっと、公園を、延々と、永遠と、歩き続ける。

 しばらくして、またベンチが見えてきた。

 彼女はそれを一瞥すると、特に反応は見せず、歩き続ける。

 いつまで続くんだろう。そう思いながらも私は、彼女の後を追いかける。

 私の推測では、この女性は寂しがりやで、誰かにかまってほしかった。話を聞いて欲しかったのだと思う。

 だから私を呼んで、ずっとお話しできるように公園を歩き続けているのだと思う。

 もしかして地縛霊とか? とりあえず、不思議な雰囲気ではある。

「好きな人は……?」

 また質問。ずっとこれの繰り返しだ。

 歩いて、歩いて、歩いて。質問してきて、私が答えて、それには何も反応を示さず、また歩く。

 別にいいけど、目的がいまいち見えなくて不安な気持ちになる。

 そして、彼女は今明らかにハッピーではなく、ノーハッピー状態だというのが気になって仕方ない。

 彼女は私が答えるたびに、必死に隠そうとはしているけれど、明らかに不満を抱いている。

 それってつまり、私が彼女の望む答えを出せていなくて、だから理想の答えを得られず不満を抱いているわけで──

 私は彼女を、幸せにできていない。

「好きな人は……?」

 色々と考えていると、女性はまた同じ質問をしてきた。

 じっと見つめてきている。綺麗な目で私を見つめている。

 危ない、いけない、答えていなかった。私は急いで好きな人を思い浮かべる。

「……アムルちゃんと、カレンちゃんです」

 そう答えると、女性はプイッとそっぽを向いてしまった。それと同時に、ギリリと歯軋りをしたような音もした。

 どうやらまた不正解らしい。私はつい、項垂れてしまう。

 幸せにできていない、ハッピーにできていない。

 彼女はハッピーじゃない、私と居るのにハッピーじゃない。

 動悸がひどい。呼吸も整わない。

 不安な気持ちに襲われる。それと同時に、酷い頭痛が私を襲う。

 私はすぐ隣にいる女性をハッピーにできていない。

 私は魔法女性ハッピー。私の周りにいる人はみんなハッピー、だから私が存在できるわけで、誰かがノーハッピーだと私は──

「……ハピ……!」

 つい、頭を押さえてしまう。痛い、すごく痛い、頭が痛い。

 その時、鋭い視線を感じた。辺りを見渡すと、私を見ていたのは例の女性。

 じっと見つめてきている。さっきまでと違い、睨みつけるように見つめている。

 それと、暗くて表情がよく見えないけど、微笑んでいるように見える。

 もしかして、今彼女は、ハッピー?

 そう思うと、頭痛が治ってきた。

 痛くない、先程までの泣き叫びたくなる頭痛は、まるっきし姿を消してしまった。

「……ふう。えと、気にしないでくださいね」

 私がそう言うと、女性はそっぽを向き、歩き始めた。

 彼女と私が出会ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 何分? 何十分? もしかして数時間?

 いつまで経っても終わらない散歩。私たちは、歩き続ける。

 しばらく歩き続けると、見えてきたのは三度目になるベンチ。

 すると意外なことに、女性はゆっくりとベンチへ向かい、そこに腰を下ろした。

 私もそれに続いてベンチへ向かい、彼女の隣に腰を下ろす。

「……はあ」

 女性がため息をつく。疲れているのか、それとも私に呆れているのか。

 私はどう反応すればいいのかわからない。彼女の期待に応えられていないのはわかる。だけど、彼女が私に期待する事がわからない。

 頭を動かす。脳を回転させる。ありとあらゆるハッピー事例を脳内で処理し、最適な対処法を考える。

 それでも思いつかない。何をすればいいのかわからない。

 私は不安を覚えて、チラッと彼女を見る。

(……え?)

 その時、私は違和感を覚えた。

 頭が痛くなる。先の頭痛ほどではないが、ズキズキと痛み始める。

 その原因は矛盾。気づいてしまった真実に対する嫌悪感、それと抵抗。

 どうして? なんで? 私の脳内を疑問が満たす。

(……私、あの人のこと、知りたくない? 見たくない? 認めたく……ない?)

 そんなわけがない。私は魔法少女ハッピー。全人類の幸福を望み、全人類の幸せのために存在する幸せガール。

 なのに、目の前で不幸な雰囲気を出している彼女を見て、彼女の存在を認めたくないなどと、思うはずがない。

 違う。思ってはいる。不幸な彼女を認めず、幸せな彼女を認めたい。

 でもそれとは違う。理由はわからないけれど、彼女の存在自体を──

「……ねえ」

 その時、優しい声色だった女性は低く悍ましい声で、私に話しかけてきた。

 それを聞いて私は思わずビクッとなる。女性は身体を揺らしながらゆっくりとこちらに手を伸ばし、私の肩を強く掴んでくる。

「いたっ……!」

 思わず悲鳴を上げてしまう。そんな私を見ながら彼女は──

「パパとママどっちが好き? 晴れと雨どっちが好き? お肉とお魚どっちが好き? 犬と猫どっちが好き? セクシーなのとキュートなのどっちが好き? 男の子と女の子どっちが好き? 野球とサッカーどっちが好き? 好きな絵は? 好きなアニメは? 好きなテレビは? 好きな絵本は? 好きな芸能人は? 好きなキャラクターは? 好きな動物は? 好きなスポーツは? 好きなアイドルは? 学校は好き? 先生は好き? 友達は好き? おじいちゃんは好き? おばあちゃんは好き? この世界は好き? 私のこと、好き?」

 鬼の形相をしながら、私に語りかけてきた。

 低く、小さくて、だけど高く、大きな声で。笑っていなくて、凍っているような目で。優しく触れているけれど、力強くて。とても速いはずなのに、一言一句丁寧に聞こえて──

「答えて。答えてよ。答えるよね。答えないと。いつものように。笑いながら。元気よく。笑顔で。可愛らしく。ニコニコと。身振り手振りを付けて。激しく。美しく。優しく。丁寧に。じっくりと。ゆっくりと。静かに。確実に。伝えて。今すぐ。その声で。口から。喉から。私に。いつも通り。あなたのことを。あなたの好きなことを。あなたの全てを」

 子供をあやすように、耳の遠い老人に説明するように、恨みをぶつけるように──

 彼女は呟く。呟き続ける。

 彼女は目の前にいるのに、何故か耳元で聞こえる。

 何も答えられない。勢いに押されて、押されすぎて、どう反応すればいいのかわからない。うまく反応できない。

 怖い。わからない。怖い。わからない。今、何が起きているのかわからない。

 兎にも角にも答えないと、答えないとダメだ。彼女の質問に的確に答えなければダメだ。

 そう思っているのに、私は何故か──

 答えたくない。と思ってしまっている。

「好きな食べ物はハンバーグ。好きな教科は国語。将来の夢はしあわせガール。好きな人は青柳瑠璃。ママよりもパパが好き。雨よりも晴れが好き。お魚よりお肉が好き。犬より猫が好き。キュートなのよりセクシーなのが好き。男の子より女の子が好き。野球よりサッカーが好き。自分の描いた絵が好き。しあわせガールが好き。しあわせガールのアニメが好き。しあわせガールが好き。川井河子が好き。しあわせガールが好き。うさぎさんが好き。ドッジボールが好き。愛愛金子が好き。学校は好き。先生は好き。友達は好き。おじいちゃんは好き。おばあちゃんは好き。この世界は好き」

 怒涛の勢いで語りかけてくる女性。そして、私の顎を人差し指でゆっくりと持ち上げ──

「私のことが……好き」

 そう言って、人差し指を弾き、私の顎を軽く叩く。

 そのままゆらゆらと身体を動かしながら、彼女はゆっくりと立ち上がり──

 ビシッと、勢いよく私を指差す。

 私を差した指はプルプルと震えている。怒りなのか、恐怖なのかはわからない。

「あなたは違う……あなたじゃ私を幸せにできない。あなたが私を幸せにしようとしても無駄。たとえ幸せにできたとしても、それはある意味不幸。そんなの求めてない、必要としていない、いらない。あなたが私を幸せにできると思わないで! 烏滸がましい……!」

 ぶつぶつと呟き始める。

 その言葉は、私を否定する言葉。私の存在を、否定する言葉。

 聞いていると悲しくなる。泣きたくなる。あまりにも、酷すぎる言葉。

「……うぅ」

 私は、何も言えなかった。

 豹変した彼女は、とても同じ人物とは思えないほどに怖く、恐ろしい。

 あんなにも優しい声色で、あんなにも優しい笑顔で、私に話しかけていた女性はもう、いない。

「うぐぐぐ……! ぐっ……ぎ……ぐ……! がっ……!」

 すると突然、女性は頭を押さえながら、呻き始める。

 この世の全てを呪うように。怒りを私にぶつけるように。自分を押さえ付けるように。必死に何かを求めるように。

 地面に膝をついて、身体をブルブルと震わせ、口をパクパクさせながら、額に汗をびっしょりとかき──

「まだ……まだダメ……まだ耐えなきゃ……ダメ……! ここでなっちゃ……得られない……! 得たい……手に入れたい……貰いたい……欲しい……どうしても……!」

 頭を掻きむしる女性。爪を食い込ませ、勢いよく動かしているからか、こめかみから血が流れ始めていた。

 私はそれを止めようとして立ち上がり、女性の元へ向かい、手を差し出そうと──

「触らないで!」

 手を差し出そうとしたら、それを勢いよく振られた彼女の手で弾かれた。

「あなたは違う……! あなたなんて求めてない……! そこに居て……だけど……あなたはどこかに行って!」

 目を血走らせながら、女性は私を睨みつけてくる。言ってることが支離滅裂だ。

 あまりの目力に私は何も言えぬまま、一歩後退る。

「私は……私は……みゆちゃんに……幸せにして欲しいの……!」

 ゆらゆらと、ふらふらと、安定しないまま立ち上がる女性。

 空を見上げながら彼女は、叫び続ける。

「何が魔法少女!? 何が魔法少女ハッピー!? 意味がわからない……聞いたこともない……! 違うでしょ……! あなたはしあわせガールでしょ……! 違う……絶対に違う……認めない……! 認めない!」

 その時、彼女は突然勢いよく地面を蹴り、私の目の前にやってきた。

 そして、勢いそのままに私の肩を掴み、じっと目を見つめながら、彼女は叫ぶ。

「私を……しあわせにしてよ……! みゆちゃん……!」

 目から涙をこぼしながら、そう訴える女性。

「……瑠璃……お姉ちゃ……ん……?」

 私は思わず、呟く。

 知らない人の名前を呟いた瞬間、私の意識は──


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