23.プレゼント
「うわあ……この街がこんなに活気づく事ってあるんですねカレンさん!」
「一年に一回だけね……」
「ハッピーが! ハッピーが溢れています!」
私とハッピーが倒れて数ヶ月経った。私が危惧しているフードの少年関連の話はあの日以来一切聞かない。それでも油断はできない、のだが──
「久しぶりにみんなでお出かけハッピーです!」
「カレンさんと久しぶりのデート……!」
今日くらいはいいか、と私たちは何も考えずに遊びに出ていた。
今、私たちは太郎さんが開催する年に一度のお祭り──太郎フェスティバルに来ている。
豪華さを太郎さんは謳っているが、正直普通のお祭りだ。屋台がズラっと並んでいるだけ。申し訳程度に提灯が吊るされているけれど、数も少ない。
それでもこの寂れ廃れた街には似合わないほど活気付いていて、普段の静かさからは想像できないほど賑わっていた。
「何買います? 何食べます!? カレンさんお小遣いください!」
「私にもお小遣いください! カレンちゃん!」
居候二人が目を輝かせながら両手を差し出す。私は財布に入っているお金をテキトーに取り出し、テキトーに二人に分け与えた。
「じゃあ私ハッピー振りまいてきますね! ハピィィィィ!」
「迷子にならないでよ! もう……」
お小遣いを受け取ると同時に走り出すハッピー。それを呆れながら見るアムル。側から見たら仲の良い姉妹に見える。当然ハッピーが妹でアムルが姉。年齢はハッピーの方が上だけど。
「さて……カレンさん、どこ行きます?」
質問をしながら、アムルが私に抱きついてきた。
いつも通りだな、と思いながら私は何も答えず、そのまま歩きだす。
アムルもそのまま歩き始めた。右手にぎゅっとしがみ付きながら、辺りをキョロキョロ見渡している。
「あ、りんご飴ですって! 行きましょうカレンさん!」
「はいはい……」
私を引っ張るアムル。それに身を任せ、私たちはりんご飴の屋台へと向かった。
屋台は大きなテーブルと小さな屋根だけで出来ており、テーブルには無数のりんご飴が突き刺さっている。
屋台の前に立つと、背を向けながら座ってタバコを吸っていた店主がこちらに振り向いた。
「……おお、カレンと嬢ちゃんじゃねか。どした」
店主は私の知人──筋肉ヒゲダルマを略して──ヒダマだった。
「りんご飴ください!」
アムルが元気よく言いながら、お金を差し出す。
ヒダマはそれを受け取り、りんご飴を二本、こちらに差し出してきた。
それをアムルが受け取り、一本私に渡してきた。
「……普通」
一口齧り、私は呟く。
すごく美味しいわけでもないし、別に不味くもない。なんとも言えないというか、何も言う必要がない味。
「うっせ。そういえば、ハッピー嬢ちゃんはいるのか?」
私の感想を聞いたヒダマが不満そうに言い、ハッピーの所在を尋ねてきた。
「次あっち行きましょうカレンさん!」
「りょーかい」
「聞けよ!?」
アムルと私はそれを無視し、ヒダマの屋台を後にした。
私はわざと彼をスルーしたが、恐らくアムルは天然で無視した。この子、ヒダマに興味無さそうだし。
「色々ありますね……!」
目を輝かせながら、相も変わらずキョロキョロするアムル。
その姿が可愛らしくて、愛おしくて、つい頭を撫でようとしたが、それを抑えた。
アムルは私に抱きついたまま、どんどん進んでいく。
(去年はこんなに屋台あったかな……)
私は去年どうだったか思い出そうとする。
後少しで思い出せそう、と言うところで私は気づいた。
(……私、去年来てないや)
去年どころか、この祭りが初めて開催された時にしか行っていないのかもしれない。
持論だけれど、こういうイベントは誰かと一緒に来ないと凄くつまらないと思う。
歩く時間が多いから話し相手が欲しいし、正直屋台はどれもこれもしょうもないから、一人で見るだけだと呆れてしまって何も買わないで終わる。
セフレと来るなんて嫌だし、ヒダマは出店しているから一緒に回れないし回る気もない。それでヒダマ以外に友達、知人と呼べる人間はいなかった。
だから私は基本行かないのだ。お祭り系のイベントには。
(そっか……今年はアムルちゃんとハッピーちゃんがいるから)
なんとなく、私はアムルの顔をじっと見つめる。
その視線に気づいたアムルは、頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに首を傾げた。
「……あ! あそこにアクセサリー屋さんがありますよ!」
照れくささを飛ばすためか、急いで屋台を指差すアムル。
私たちはゆっくりと歩きながら、そこへ向かった。
「へえ……意外と可愛いものが多い……かも……」
テーブルに並べられたアクセサリーを見て、アムルがそう呟く。
確かに可愛いものも多い。けれど、ぱっと見安物ばかりなのに値段が高めだ。
それとも私の心が汚れているからそう見えるだけで、純真無垢なアムルから見たらどれもこれも豪華で素敵なアクセサリーなのだろうか?
私は、ふと目に入ったバングルを手にとる。真っ黒なバングルで、形は普通の円形で少し太め。少し大きめなピンク色のハートがチャームとして付いている。
(アムルちゃんに似合いそう……)
バングルを手に持ちながら、私はアムルを見た。
今日のアムルは髪型がポニーテール。服装は袖が短めで和服とゴスロリを混ぜたようなよくわからない黒い服。スカートの布が少し透けていて足がほんのちょっと見える。
全身黒色の少女アムル。そんな彼女に多分、このバングルは似合うだろう。
いや、似合うのかな? おしゃれには疎くてよくわからない。
もしかしたら、今のアムルの服装は彼女が完璧にコーディネートしたもので、余計なものを付けたくない。と思っているかのもしれない。
でもまあ、いいか。私はそう思い、店主にバングルの代金を払った。
「ん? 何買ったんですか? カレンさん」
興味ありげに問うアムル。私はバングルを右の手のひらに乗せ、彼女に見せる。
「へえ……いいですね!」
ニコッと笑うアムル。そんな彼女の右手を私はゆっくりと掴み、そのバングルを付けた。
「へ!? あ、え……カレンさん……!?」
「……えと、プレゼント」
少し大胆に行きすぎたか。慣れていないから距離感がうまく掴めない。恥ずかしい。
頬に熱を感じる。今、私は赤面しているのだろう。羞恥心を感じるし、頭の中は恥ずかしいでいっぱい。大馬鹿だ、私。
「う……嬉しいです! カレンさんからの初めてのプレゼント! 大事にします! 一生! 死ぬ直前まで! いえ! 死んだその後も気合いで!」
ぴょんぴょんその場で飛び跳ね、何故か少し涙目で、嬉しそうにはしゃぐアムル。
その姿を見て私は思わず微笑む。こんなに素直に喜んでくれると、さっきまでの自分のアホムーブも許せる。
(初めてのプレゼント……か)
アイスとかあげたような気もするけど、そういう事ではないのだろう。
とりあえず、喜んでくれてよかった。
「えっへへ……! これもう結婚指輪みたいなものですよね……! 結婚……結婚かぁ……! えへへへ……!」
「……結婚指輪ではないよ?」
バングルを見ながら、恍惚とした表情を見せるアムルに私は静かにツッコむ。
(そういえば……ハッピーちゃんは何してるのかな)
ふと、ハッピーの事が気になり、私は辺りを見渡す。
だが見当たらない。最初に走ってどこか行ってから見ていないような気がする。
ハッピーは今、何をしているんだろう?
*
「焼きそば美味しい……! ハッピーになりますね……!」
地面に座りながら、誰かにこの幸せを伝えるために、私は大声で言った。
今日はまさかのお祭り、ハッピーがたくさん集まる場所。とても居心地が良い。
「……ノーハッピーは見当たりませんね。良かったです!」
残り少ない焼きそばを一口で食べ、私はゆっくりと立ち上がり、背伸びした。
固まっていた身体が解放されるこの感覚、とてつもなくハッピー、って感じ。
そのまま私はポケットに手を突っ込んだ。残金を確認するためだ。
そこそこある。もう少し何か食べられそう。
美味しそうなものを探すため、私は歩き出した。
笑顔のおじさん、イチャつくカップル、楽しげな子供たち。誰も彼もが今、ハッピーに溢れている。
「いいですねぇ……ハピハピ……!」
上機嫌で歩く私。周りがハッピーだと、私は自分がここに居てもいいという自信を持てて嬉しい。
私が直接ハッピーにしなくても、ハッピーになっているのならそれで──
「……ん?」
一瞬頭が痛くなった。
考えていることを、忘れてしまった。
私は今何を言おうとしたのだろう? 思い出せない、いや、思い出したくない?
「……まあ、いいでしょう!」
私は考えることをやめた。忘れたということはどうでもいいこと、それに私は今ハッピーなので無問題。
お金をポケットの中でジャラジャラ鳴らしながら私は歩き続ける。
焼きそば、りんご飴、わたあめ、謎の生き物焼き、チョコがコーティングされた何か。色々あって迷ってしまう。
「……ハピ?」
ふと、目に入った屋台に私は少し驚く。
看板に書かれていたのは「アイス」という文字。私はそれに惹かれるように屋台へ向かう。
屋台の店主は俯いている女性。長く綺麗なロングストレートは手入れが甘いのか少しボサボサ、服装はオシャレに興味がないのかシンプルなシャツとスカート。
私は何となく、彼女に話しかけてみる。
「あの……」
すると、女性はゆっくりと顔を上げ、私を見て少し微笑み──
「──」
何かを言った。私はそれを聞き取れなかった。
「うぐっ……!?」
その時、急に頭痛が私を襲い始めた。
痛い、すごく痛い、痛すぎる。やだ、いやだ、ダメ、やだ。
思考が一定に保てない。何も考えたくない。痛い。
「……いやっ!」
思わず悲鳴を上げる。すると、何故か頭痛が治った。
「どーしましたぁ?」
誰かに話しかけられる。私はこのする方向へと向く。
すると、そこには、髪の毛が長く髭がモジャモジャな男性が立っていた。
「……あれ?」
私は思わず首を傾げる。さっきまではあそこに、女の人が居なかったっけ?
辺りを見渡し、先程まで居た女性を探すが、見つからない。
さっき頭痛がしたし、もしかしたらそれが原因で幻覚でも見ていたのかも。
「えっと……アイスください!」
「あいよ〜」
私は店主からアイスを受け取ると、すぐに封を開け、かぶりつく。
「……ん……おいし……い?」
よくわからない味だった。美味しいような、そうでもないような?
「……でも、冷たくて食べられるのでハッピーです!」
私は大声でそう叫び、アイスを一口齧った。




