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22.そろそろ起きなきゃ

「……レン」

 私の名前を呼ぶ声がする。

「……カレン」

 誰の声? どんな声? 聴いたことのある声。聞き馴染みのある声。

 ここはどこ? 見えているようで、何も見えていない真っ白な空間のように感じる不思議な場所。ここはどこ? 

 確かに脳は動いているのに、体を動かそうと意識しているのに、意思に反して四肢は動かない。

「……カレン」

 また私を呼ぶ声。誰の声? この声は──

「……ル……」

 声の主の名前を呼ぼうとする。声に出そうとする。無意識に、自然と動いた口で──

「……あ」

 目が覚めた。目覚めた。私はどうやら寝ていたらしい。

 雑に敷かれた布団の上で、汗だくになりながら、少し圧迫感を感じながら、私は起きあがろうとする。

「……っ」

 頭が痛い。ほんの少しだけれど、頭が痛い。

 耐えられないほどではないが、つい押さたくなる。私は右手を──

「……アムル、ちゃん?」

 右手を動かそうとしたら、それにアムルが抱きついて寝ていた。

 何故か目を真っ赤に腫らしながら、ぎゅっと私の右腕に抱きついている。

「……ふぇ? あ! カレンさん!」

 私が右手を動かそうとしたからなのか、それに反応してアムルは大きく目を見開き、瞬時に起き上がる。

 そして笑顔を浮かべながら、目に涙を浮かべながら、勢いよく両手を広げ、全身で抱きついてきた。

「よかった! カレンさんカレンさんカレンさん!」

「……えと。おはよう?」

 私は首を傾げながら朝の挨拶を口にする。

 それを聴いたアムルは嬉しそうに頷きながら「おはようございます!」と返事をした。



「……三日間も?」

「そうなんです。カレンさん、三日も倒れていたんですよ?」

「……へえ」

 テーブルを囲い、私はアムルからどんな状態だったのかを聞いた。

 アムルが帰ってきたら私が発狂していたこと、それからすぐに気絶し三日寝込んでいたこと。そして今日ようやく目を覚ましたこと。

(……恥ずかしいな)

 アムルに何があったのか問われたが、私は“わからない“と答えた。

 本当は何があったのか知っている。端的に言えば鬱が限界に達した、ということ。

 以前犯した罪で自己嫌悪に浸りそのまま発狂して三日間気絶。そんなこと、恥ずかしくて言えない。

 それと、アムルにはそんな私を知ってほしくない。という気持ちもあった。

「……本当に何もわからないんですか?」

 じっと、疑うように私を見つめるアムル。私は彼女から逃れるように、顔を背け、話を逸らすための話題を考える。

「……そういえば、ハッピーちゃんは?」

「あ……そうだカレンさん! ハッピーも大変だったんですよ!?」

「……へ?」

 アムルは体を乗り出して、大声で叫ぶ。

 私は思わず首を傾げる。思い浮かんだのは、気絶している私を変な方法でハッピーにしようとするハッピーを、必死の形相でアムルが抑えている姿。

 簡単に想像できてつい笑みが溢れる。そんな私とは対照的に、アムルは真面目な顔で話し始めた。

「実はカレンさんが倒れたあの日、ハッピーも突然道端で気絶したんですよ」

「……え?」

 聞かされたのは想像とはまるっきり違う話。ハッピーが倒れた? 私が発狂してしまったあの日に?

「ハッピーはカレンさんと違ってすぐに回復したんですけど……」

 アムルが俯く。それからしばらく沈黙が続き、数分後、ようやく彼女は話を続けた。

「なんか前よりおかしくなったというか……気絶する前後で相手をハッピーにしようとする気合いが違うと言うか……」

 顎に人差し指を添えながら、曖昧な喋りで話し続けるアムル。

「なんかちょっと……怖いんですよね……」

「……ハッピーちゃんは今、どこにいるの?」

「え、えっと……」

 アムルはゆっくりと振り返り、玄関の扉を指差す。

「私は休んで! って何回も止めたんですけど……言うこと聞かなくて今日も今さっき外に……」

 私は考える。アムルの話しか聞いていないから詳しいことはわからないが、ハッピーに何か変なことが起きているのは確かなようだ。

 単純に考えるなら、錯乱状態。相当なショックを受けて情緒がおかしくなっているのかもしれない。あの時の私のように。

 突然道端で気絶した、とも言っていた。その原因がわかれば、ハッピーがおかしくなった理由もわかるかもしれない。

「アムルちゃん。ハッピーが気絶した理由に心当たりない?」

「え? ええと……」

 私が問うと、アムルは唸り声を上げながら必死に考え始めた。頭上から少し湯気が出ている。

 数分が経つ。その時、アムルの頭上から出ていた湯気は電球のような形に変わり光輝く。それと同時にアムルの顔も何か思い出したような顔になった。

「そう言えば! ハッピーが気絶する前男の子に会ったんですよ!」

「……男の子?」

「はい! 確か……結構小さくて、パーカーを着ていました。それで……顔はフードでよく見えなかったかな?」

 それを聞いた瞬間、私は思わず机を強く叩いた。

「へぇ!?」

 震える。体が震えている。すごく、激しく、恐ろしく──

 必死に止めようとしても体の震えは止まらない。怒りと、恐怖で出来たこの震え。私にはどうすることもできない。自制できない。

 脳裏に浮かぶのはあの子の笑顔。狂気的で、可愛らしくて、怖い笑顔。

 私が今まで関わってきた人間で一番恐ろしく、恐怖を覚える人物。

 同時に思い浮かぶのはあの時の地獄絵図。私はそれを思い出さないように必死で首を振り、それを頭の中から消し去った。

「……最悪」

 私はゆっくりと立ち上がり、背伸びしながら、ぐっと拳を握りパキパキと手を鳴らす。

「カ……カレンさん?」

 アムルが首を傾げながら、心配そうに私を見てくる。

 握りしめた拳を解き、彼女を見て私は作り笑い。

「ちょっとお留守番しててねアムルちゃん。私、ハッピーを迎えに行ってくる」

「え!? いや! ダメです! カレンさんが行くなら私が行きます! そんな状態で動いちゃダメです!」

 怒りながら、心配そうに私を怒鳴るアムル。とても有難いけれど万が一、フードの子供が“フードの少年“なら彼女を巻き込むわけにはいかない。

 乱れた服装を適当に整え、ポケットに指輪があることを確認。私はアムルの頭を軽く二、三回叩き、笑みを浮かべる。

「大丈夫だって。すぐにハッピーと一緒に帰ってくるから」

 しかし、いつもは微笑みデレデレするチョロアムルが珍しく表情を変えず、私を睨みつけながら抱きしめてきた。

「……頼れる大人、みたいな雰囲気出してますけどダメですから。全然頼れませんから。どうしても行くなら私も行きます。保護者同伴じゃなきゃダメです」

「保護者って……」

 真面目な顔で、シリアスな顔で、睨みつけながら私を抱きしめてくるアムル。

 正直、このままアムルと一緒に行きたい。けれど、これだけ私のことを想ってくれる彼女を巻き込みたくないはない。

 もしもアムルが見た男の子が、私の知っている"フードの少年"ならばアムルはきっと──

「……っ」

 嫌な想像が脳裏に浮かんだ。虚な目で、息をしていないアムルの姿が。

「ごめんアムルちゃん。ちゃんとお留守番してて」

「じゃあカレンさんもお留守番です。ハッピーなら無事に帰ってきますよ? ここ数日もそうだったんですから。せめて教えてください! なんで急にそんなに慌てているんですか!? 言ってくれないとわかりません!」

「……っ」

 私が彼女を無理矢理引き剥がそうとした時、扉が勢いよく開いた。

「私のことで揉め事ですかー?」

「あ、ハッピー……」

「……ハッピーちゃん?」

 素敵な笑顔を浮かべながら、ハッピーが帰ってきた。

「いやー大変でしたよ。兎にも角にもみんなハッピーって事で今日も安心です!」

「もうぅ……! 心配させて!」

 アムルが私から離れる。それとほぼ同時に私は、ハッピーの元に向かい、彼女の肩を掴んだ。

「ハピィ!?」

「……フードを深く被った子供と会ったの?」

 力強い声で私は問いただす。するとハッピーは首を傾げながら──

「……さあ?」

 と、笑いながら答えた。

「…….そう」

 私はとりあえず安心して、思わずため息をついた。

 ハッピーは無事に帰ってきたし、パーカーを着ている少年なんてこの世界に何百人も居るだろうし、気のせいなのだろう。

 あの子が、生きているわけがないんだし。

 ハッピーの肩から手を離し、私は少し離れてから、床に座り込んだ。

「……カレンちゃん起きたんですね」

「ん? そう……ちょっと前にね」

 私は頭を押さえながら、項垂れる。

 頭の中で考えるのは、自分にとって最良である妄想。

 フードの子供はアムルの見間違い。フードの子供は単純に似ていただけ。ハッピーは少なくとも三日は無事だったのだからこれから先も無事。何も起きない。何も起こらない。誰も危なくない。危険じゃない。死なない。いなくならない。

「……ッ!」

 嫌な妄想が脳裏に浮かぶ。アイツは生きている。まだ準備段階。私が起きるのを待っていただけ。日常は崩れ、壊され、誰もが危なく、死ぬ。

「……はあ」

 こめかみの辺りがズキズキと痛み始める。私はその部分を力強く、爪が食い込むほどに手で押さえる。

「カレンさん……?」

 ふと、アムルの私を心配する声が聞こえてきた。

 私は瞬時に手を離し、何事もなかったかのように、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、ふらふらと足どり悪くハッピーとアムルの元へ向かい、彼女たちの肩をがっしりと掴んだ。

 言わなくてはいけない。せめて、これだけは言わないと。

「二人とも……もし、パーカーを着ていて、フードを深く被った少年を見たらすぐに逃げて。そして私に伝えて。お願い」

 アムルは首を傾げる。そして、あざとく人差し指を顎に当て──

「それってさっき私が話した子ですか……?」

 私は力強く頷く。

「わ、わかりました。気をつけます!」

 アムルは何故か、ビシィと敬礼のポーズを取りながら言った。

 それに対してハッピーは何も言わずに、上の空という感じでぼーっとしている。

「こらハッピー。ちゃんと返事して」

 そんなハッピーを、アムルが軽く頭を叩いた。

 すると、ほんの少しだけ目を見開き、ハッピーはキョロキョロと辺りを見渡す。

「えと……すみません。ボーッとしていました。でも大丈夫です聞いてましたから! フードの子供に気をつけろ、ですよね? 了解です!」

 慌てるように、そして何故かアムルの方を見ながらそう答えるハッピー。

 彼女を見てアムルがため息をつく。私も思わず出しそうになったが、なんとか抑える。

 そして、誰にも聞こえないように、私は呟いた。

「……やだな」

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