番外③:瑠璃とアイス
客数の少ないコンビニ。アイスコーナーの前で、一人の少女──青柳瑠璃が顎に手を添えて唸っていた。
「……うん」
誰かと会話するように、ポツリと呟く瑠璃。
「今日は……今日も、ボリパリ君かな」
誰に聞かせるでもなく、一人呟く瑠璃。
右手だけでアイスの袋を手に取り、軽い足取りでレジへと向かう。
雑に机の上にアイスを置き、タッチパネルで支払い法を選び、現金を取り出しそれを指定の場所に置く。そして、買い物終了。
店員のやる気なさげな「あざしたー」を聞き流しながら、瑠璃は慣れた手つきでアイスの袋を開ける。
人目を気にせず、開けたとほぼ同時にアイスを一口。瑠璃の表情は少し柔らかくなった。
「……ん? あー! 瑠璃お姉ちゃん!」
「んへ?」
突然、瑠璃の名を呼ぶ甲高い声。瑠璃はこの声に聞き覚えがあった。
声のした方へ向くと、小さな身体を一生懸命に大きく動かして手を振っている小学生くらいの少女──薄幸みゆが笑顔で立っていた。
みゆがいるのは向かいの道路。瑠璃はみゆに手を振りながら、アイスを一口齧る。
その時、信号が赤から青に変わった。みゆはそれを確認するとすぐに走り出し、瑠璃の元へやってくる。
「まさか平日に会えるなんて……偶然! 何してたの!?」
目をキラキラと輝かせながら、ぴょんぴょん跳ねながら、瑠璃を見つめるみゆ。
「んっとね……アイス買いに来たの」
瑠璃は手に持ったアイスを指差しながらみゆに説明する。みゆはそれを聞いてさらに目を輝かせる。
「ボリパリ君だ! えっへへ……えへへ……」
すると、急にみゆはニヤつき始めた。えはえへ言いながらもじもじとしている。
瑠璃はそれを見て思わず首を傾げる。もしかして彼女もボリパリ君が好きなのだろうか、と推測する。
「見て見てこれ! 当たり棒なの!」
ドヤ顔で、ニッコニコで、どこからともなく取り出したアイスの棒を瑠璃に見せつけるみゆ。
瑠璃は思わず「おお〜」と声に出しながら感心する。
瑠璃を驚かせた、瑠璃が凄いと思っている。そう感じたみゆは最大限の笑みを浮かべながら、思わず彼女に抱きつく。
「すっごいでしょ! すごいでしょ!」
「うん……すごいね」
抱きついてくるみゆの頭を撫でながら、瑠璃はアイスを一口。
瑠璃の持つ棒の先端が見えてくる。みゆのとは違い、何も文字が書かれていない。
またハズレか。瑠璃は心の中だけでため息をついた。
*
瑠璃とみゆは一緒に歩きながら、いつもの公園へと向かっていた。
みゆは食べかけのアイスを齧っている。欲しそうに見ていたから瑠璃が彼女にあげた食べかけのアイス。食べかけというのは気にせずに嬉しそうに食べるみゆを見て、瑠璃はほんの少しだけ癒されていた。
それと同時に、家にいる弟のことを思い出す。生意気で、いつも勝手に私のアイスを食べる危険人物。
みゆちゃんが本当の妹だったら良いのに。心の中だけで、瑠璃はそう呟いた。
「友達が言ってたんだけどね! 女の子同士で遊ぶことをデートって言うんだって! 今私、瑠璃お姉ちゃんとデートしてるんだよ!」
「へえ……」
瑠璃は曖昧な返事をする。瑠璃の中ではデートという単語はカップルが遊ぶときに使う言葉。なので、イマイチ腑に落ちない様子で返事をした。
そういえば少し前に、似たような話を聞いた気がする。何となく髪をいじりながら、瑠璃はここ一週間友達とどんな話をしていたかを思い出す。
(カップルに見えるかな……的なことを言ってたような……)
「そういえば瑠璃お姉ちゃんってアイス好きなの? よく食べてるよね」
突然話しかけられ、瑠璃は一瞬固まる。
そして、隣にいるみゆが何を言ったのか頭の中で考え始める。
(今なんて言ってた……? えっと……あ、アイスが好きかどうか、か)
必死に考え、思い出し、みゆの言っていたことがわかると、瑠璃は笑みを浮かべながら答えた。
「大好きだよ。たまに夜中でも食べたくなって買いに行くくらい」
「へーやっぱり! 好きなアイスはボリパリ君のソーダ?」
首を傾げながら、食べ終えたアイスの棒を口に咥えているみゆ。
瑠璃はそんな彼女の頭を撫でながら「うん」と、答えた。
それから二人は他愛のない話をして、し続けて、やがて空が赤く染められてきた。
そんな空を見た瑠璃は少しあくびをして、時間の流れの速さに驚く。
「もうすぐ暗くなりそうだし……帰ろうか、みゆちゃん」
それを聞いたみゆは残念そうに項垂れる。数秒間沈黙が続く。やがてゆっくりとみゆは顔を上げ、ポケットの中を真探り始める。
そして中に入っていた当たり棒を取り出すと、瑠璃の前に差し出した。
「ん……?」
急に、再び当たり棒を自慢され、その意図が分からず思わず首を傾げてしまう瑠璃。
みゆはニコニコしながら、瑠璃の目の前へと当たり棒を持ってくる。
「今日アイス貰ったから、これあげる! 交換♪」
「……いいの?」
「うん!」
みゆが差し出した当たり棒を丁寧に受け取る瑠璃。よく見ると、下の方に汚く小さな文字で”みゆ”と書かれていた。
「本当にいいの? 宝物だったりしない?」
名前が書いてある、という事はかなり長い間大切に取ってあった棒なのでは? と瑠璃は推測し、本当に渡してもいいのかとみゆに問う。
「うん! 瑠璃お姉ちゃんに持っていてもらいたいの!」
「……そ」
それ以上は何も言わずに、みゆの好意を瑠璃は素直に受け取った。
折れないように、慎重にポケットの中に当たり棒をしまい、微笑みながら瑠璃はみゆを見る。
「ありがとう、みゆちゃん」
「……うん!」
二人は手を繋ぎながら、ゆっくりと歩き続ける。
*
「……ふふ」
家に帰った瑠璃は、自分の部屋に戻るとポケットの中に入っているアイスの棒を取り出し、机の上に置いた。
そしてマーカーを取り出し、ひらがなで”るり”と自分の名前を書く。
満足げに笑う瑠璃。自分の名前とみゆの名前が書かれた当たり棒を右手で持ち、クルクルと回しながらため息をつく。
「……大切に閉まっておこ。いや、お守りにでもして持ち歩こうかな」
思わず小さく笑ってしまう瑠璃。ただの当たり棒がお守りだなんて、少しおかしい。
「……ふふ」
瑠璃にとってこの当たり棒は初めてみゆから貰った物だった。それが何となく嬉しくて、瑠璃はウキウキ気分が止まらない。
「……えへへ」
小さな笑い声を出しながら、瑠璃は当たり棒をくるくると回し続け、それを見つめ続けた。
*
「……もう! ハッピーもカレンさんも寝相悪いんだから!」
朝の午前七時半。いつも通りアムルは一人だけ早起きをした。
わけのわからないポーズをしながら抱き合っている二人を見て、嫉妬心を覚えながらアムルは不満を口にする。
ふと、彼女の視線に入ったのはアイスの棒。
(……ん?)
それは、ハッピーのパジャマのポケットから出ていた。
ゴミを捨てないでポケットの中に入れっぱなしで寝たのかこの子は。と呆れながら、アムルはそれを取り出す。
「……なにこれ?」
それは、普通のアイス棒ではなかった。
”当たり”とかなり薄い字で書かれており、その下には”ゆ”と”るり”と、汚れてかすんだ文字が書かれていた。
そして、黒茶色のシミが所々に出来ている。
思わずアムルは首を傾げる。これは何なのだろう。形状はよくあるアイスの棒そのものだが、情報量がやけに多い。
そして察する。理由はわからないが、多分これはハッピーの大切な物なのだろう、と。
(勝手に見てごめんね……)
ハッピーを起こさないように、アムルはアイスの棒をポケットに戻した。
「まあ、それはそれとして……」
一回咳払いをしてから、アムルは大きく息を吸い──
「二人とも起きなさーい!」
と、大声で叫んだ。




