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20.猶予期間

「さあさあさあアムルちゃん! どれを引きますか!? どれを取りますか!? どれを選びますか!?」

 ドヤ顔で、満面の笑みを浮かべながら、ハッピーが私を挑発する。

 彼女の持っているカードは二枚。ハートの八、もしくはジョーカー。

「んー……?」

 私はじっと見つめる。当然それでどちらがハートの八かはわからず、思わず首を傾げそうになる。

「いいですよたくさん考えて! 将棋じゃなくてもウェルカムです!」

「……むぅ」

 人差し指と中指をハサミのような形にして、二枚のカードの上を行ったり来たりさせる。

 それと同時にハッピーの顔を見るけど、彼女は全然表情を変えない。ずっと笑顔だ。

(狂気のポーカーフェイス……!)

 右のカードに指を向けながら、私は頭をできる限り全力で回転させる。

 絶対に負けたくない。特にハッピーには負けたくない。カレンさん相手なら寧ろ負けて尊厳破壊されたいほどだけど、ハッピーだけには嫌だ。

(考えてアムル……! ハッピーの表情を崩して、ヒントを得る方法が必ずある!)

 これまでのハッピーとの思い出を──本当はしたくないけどカレンさんを無理矢理絡めて──振り返り、彼女の一挙手一投足を観察し直す。

(……あ!)

 先日のチョコ戦争。その出来事を思い出したと同時に、私に勝利への道が開かれた。

 少し甘えるように、カレンさんに言うように、恥ずかしいけれど私はそれを意識しながら──

「……ジョーカー取れないとノーハッピーかも」

「左がジョーカーですよアムルちゃん!」

「ほいっ」

「あ!? ズルい……!」

 ハッピー自らに答えさせ、私は右のカードを取る。

 ブラフのためにジョーカーが欲しいと言ったけど、多分ハートの八が欲しいと言っても答えてくれたな。そう思いながら私は手持ちの二枚のカードを捨てた。

「アムルちゃんのいじわる……」

 頬を膨らませ、口をアヒルみたいにしながらブーブー文句を言い始めるハッピー。

 私はそれを笑いながら見て、立ち上がって勝利宣言。

「勝てばよかろうなの! えへへ……」

「まあ、アムルちゃんがそれでハッピーならいいんですけどねえ私は……」

 机の上に無造作に捨てられたカードを集めながら、ハッピーはそう呟いた。

 そんなハッピーを見て私は少し心配になる。この子、なんかそのうち悪い人に騙されそうだなって。

 例え自分が騙されても、色々屁理屈捏ねて自分は幸せで相手も幸せになった。とか言いそうだけど。

「次は何で遊びます?」

「え……えっと」

 カードをまとめて、机にトントンしながらハッピーが話しかけてきた。

 突然の提案に私は少し固まる。トランプ遊びはある程度やってしまったし、確実に勝てる方法に気づいてしまったから、ハッピーとの勝負は全てつまらなく感じてしまう。

「……外で誰かハッピーにしてくれば?」

「ナイスハッピーアイデアですねアムルちゃん!」

 私の提案に、両手をパンっと叩いて喜ぶハッピー。

 そのまま彼女は立ち上がり、私に手を差し出す。

「さあ行きましょ! アムルちゃんも!」

「うーん……」

 私は少しだけ悩んで、彼女の手を取った。

 今はカレンさんも居ないし、暇だからいっか、そう思って。

「アムルちゃんとデート! アムルちゃんとデート!」

 手を握りながら、ブンブン振り回してくるハッピー。

 私は空いてる手で彼女の頭をペシっと叩いた。

「ただのおでかけだからね……!」

「……カレンさんと出かける時はデートって言うのに?」

 不思議そうな顔をして、首が折れそうなほど傾げるハッピー。

「そりゃ……カレンさんとだもん!」

 私は至極当然の常識を彼女に教える。

「ズルい! 私ともデートしてください!」

 頬を膨らませながら、顔を近づけながら叫ぶハッピー。ちょっと唾が飛んできた。

「やだ!!」

 大声で私は否定する。するとハッピーは──

「そ、そんなに強く否定します……!?」

 珍しく驚いた顔で私を見ていた。



「いやっはっはっ! カレン良かったぜお前!」

 オールバック頭の馬鹿が私を見ながら大声で笑う。私は彼に背を向け、聞こえないように呟く。

「あっそ……」

 彼から貰ったお酒片手に、私は家路に着く、

 缶を開けるとそれなりにいい音、中の酒を一気に喉に流し込み、私はプハーと一息。

 固まっていた肩をぐるぐる回し、首を左右に振りゴキゴキさせ、両手を合わせバキバキ鳴らす。

「はあ……またアムルちゃんに怒られるかな」

 飲み終えた缶を空に放り投げ、ほんの少しカッコつけながら指先からビームを放ち、それを消滅させる。

 それとほぼ同時にあくびをして、ほんの少しつまずきそうになって、倒れないよう踏ん張って、また歩き始める。

 辺りを見渡しながら歩いていく。

 ぶつぶつ何かを呟きながら歩いている小汚い夫婦。

 道に座り込んで“あの女を恐れよ、奉れ、されば世界に終わりは訪れない"と書かれた白いボードを手に持ったホームレスのような人。

 明らかにやばい顔をしていて、顔が崩れ服がはだけている女性か男性か絶妙にわからない人。多分胸元が膨らんでいるから女性だ。

「はあ……」

 いつもと変わらない、汚らしい街だ。変わり映えのなさに私は思わずため息をつく。

 けれど、全く変わらない事に安心感を抱いている私もいる。

 変化を求めて、必死に行動する人もいるけれど、私はそんな事は出来ないし、したくない。

 何故安定を求めてはいけないのか、安寧を求めてはいけないのか、変化を求めるのか、進化を求めるのか。

 ずっと何も変わらずに、そのままダラダラ現状が続く事こそ最大の幸福だと言うのに。あくまで私の持論だけれど。

「……はあ」

 私は、小学校を卒業するのが嫌だった。クラスのみんなと離れ、慣れ親しんだ校舎から離れるのが嫌だった。

 その時、もうこれ以上何も卒業したくない。どこからも離れたくない。心の底からそう思った。

 けれど時間は流れて、そのまま中学生になって、またも時間が流れて、いつのまにか大人になっていて──

「……言うても最近、アムルちゃんとハッピーちゃんが来て私の生活変わったか」

 そう呟いて私は静かに笑う。言ってる事と思っていてることが全く合っていない。

 何も変化を求めずにテキトーに暮らしてそれを求めて現状に満足していたのに、それで充分だと感じ

、これ以上何もいらない、変わらないで欲しいと考えていたのに。大きく変化した今をそれなりに楽しんで受け入れて、変化した現状を今は変わらないで欲しいと思っている。

「……んえ?」

 頭がボーっとしてまともに考えられない。酒を飲んだせいか、寝不足なのか。今、何を考えて、何をしたくて、どう動きたいのか、何が言いたいのか、はっきりとしない。考えつかない。

 眠い。だるい。ほえほえってする。

(……酔ってるな)

 面倒くさい。考えるのはやめよう。

 要するに私は、何も考えずテキトーに生きたいんだ。多分。

 テキトーに生きられる環境なら、それでいいのだ。多分。

 一丁前に自分の生きる理由と暮らし方を正当化しようとするのが悪い。私は、考えるのをやめた。

「モモモモ……ラトリ! ラトリ!」

 テキトーに歩いていると、前方から奇声が聞こえた。

「ラトリアムムアリムリアラアラモラトリアムリトラ! モラモラモラモラ!」

 目の前にいたのは小さな鶏。の頭をしたバケモノ。

 小さな鶏の頭を支えるのは虎のような模様を持った身体、足だけ何故かゾウのような足。

「……汗かけば、酒抜けるかな」

 私はポケットに入ってる指輪を指に嵌め、そのまま地面を蹴り、バケモノの目の前に移動する。

「よっと……!」

 少し力を入れて、鶏頭を思いっきり蹴る。

 意外とそれは脆く、勢いよく鶏の頭は身体から離れ、吹っ飛んでいった。

「モラ……アム……」

 バケモノが最後にそう呟いた。ような気がした。

 頭が痛い。息が苦しい。急に動いたからか、脇腹も痛い。

「うぇ……変なことしなきゃ良かった……」

 思わず吐きそうになり、瞬時に口を手で押さえる。

 幸いえずきだけで済み、吐瀉物は出さずに吐き気は治った。

「……ふぅ。帰ろ」

 アムルとハッピーは今何をしているのだろうか?

 彼女たちの顔を一瞬だけ思い浮かべて、私は歩き出した。



「ありがとーハッピー」

「いえいえお安い御用です! バイならー」

 私とハッピーはトランプで遊び終えた後、一緒に外へおでかけしていた。

 ハッピーのハッピー布教活動に無理矢理付き合わされた私は、彼女の活躍を見ていた。

 あくまで見ているだけ。手伝ってはいない。

「……あなた、いつもこんな事してるの?」

 私はつい口に出し、ハッピーに問いかける。

 すると彼女は笑顔を浮かべながらサムズアップをし──

「ええ! 全人類常にハッピー状態! これが私の存在理由ですから!」

 すっごいドヤ顔で、言い切った。

「……ずいぶん大袈裟に言うのね」

 正直、私はハッピーに感心していた。

 この子は本当にすごい。少しでも困った人、彼女曰くノーハッピー状態の人がいたら、すぐに駆けつけ笑顔を取り戻させている。

 私やカレンさんと違って、本当に魔法少女という感じだ。私はともかく、カレンさんは昔こんな感じだったのだけれど。

「えっへへ……見直しました? アムぢゃ!?」

「へ!?」

 ドヤ顔で私を指差し挑発していたハッピーが急に前のめりになり倒れそうになる。

 私は彼女を支えようとするが、それをする前にハッピーはギリギリで踏ん張り、その場に立ち止まった。

「わ! ごめんなさいお姉さん!」

 すると、ハッピーの後ろから謝罪する声が聞こえた。

 頭を下げているのはパーカーを着た少年。手に紙のような何かを持っている。

 フードを深く被っていて顔は見えない。声色からして小学生くらいだろうか?

「い、いえいえ大丈夫ですよ〜」

 手を横に振り大丈夫アピールをするハッピー。

(……私だったらちょっと、怒鳴っちゃうかも)

 自分には無いハッピーの良さを見せつけられ、少しだけ惨めな気分になる。

 魔法少女かくあるべし、と言わんばかりのハッピーの一連のムーブには驚きを禁じえない。

「あれ?」

 私が彼女に感心していると、ハッピーは首を傾げながら、少年の持つ紙を指差す。

「お絵描きですか? 見せてくれると嬉しいです!」

「いいよー!」

(保育士とか向いてそうだな……)

 すぐに少年と仲良さげな雰囲気を出すハッピー。出会ってから数秒なのに、まるで近所のお姉さんのように親しげに少年と絡んでいる。

 その直後、ハッピーが突然、後ろに倒れるように姿勢を崩した。

「……ふぇ!?」

 私はすぐに彼女の元に向かい、丁寧に背中を支える。

「ど、どうしたのハッピー!?」

 目を閉じて、青ざめた顔をしているハッピー。返事はない、気絶しているみたいだ。

「ちょ……!? え……!?」

 思わず辺りを見渡してしまう。すぐに意味のない行動と気づき、私はハッピーを抱き抱えた。

「……そういえばさっきの子は?」

 ハッピーを抱き上げると同時に、私は先程までハッピーと仲良さげに話していた少年が消えている事に気づいた。

 あの子がハッピーに何かしたのだろうか? でもそんな身振りは一切無かった。気がする。

「……ん?」

 ハッピーをとりあえず家に連れて帰ろうと歩き出した瞬間、私は何かクシャクシャしたものを踏んだ。

 足を上げ、地面を見るとそこにはクシャクシャになった紙。絵のようなものが描かれている。

 それは、トンボと猫を混ぜた謎の生物、のように見える。

「……なにこれ?」

 私は首を傾げながら、小さく呟いた。

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