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19.これでおあいこですから

「……ふわぁ。眠い」

「よおカレン! 今夜一発どうだ?」

「無理。忙しいから」

 腰を振りながらへらへらしてる馬鹿に中指を立て、舌打ち。

 目を擦りながら、大きなあくびをしながら、私はお酒片手に夜の街を歩いている。

 夜の街というのは比喩じゃなくて、夜になった街、という事。

「……少ないなあ」

 飲み終えた缶を空に放り投げ、それを指差し先端からビームを放ち消し去る。

 魔法を使うと多少だが体力を持っていかれる。はあ、と私は大きくため息をついた。

 目的地までまだ遠い。もう一度あくびをして、目を擦る。

「流石に夜は寒いですね……もうちょっと厚着してくればよかったかも」

「……なんでいるの?」

 聞き慣れた声が後ろから聞こえた。声の主はわかっているので、振り返らず問いかける。

「カレンさんが外に出ていくのが見えたからついて来ちゃいました。あ、ハッピーは幸せそうに寝てますよ」

「……そ」

 私はそれ以上何も言わず、頭をボリボリ掻いて歩き続ける。

「寒いのでその……抱きついても、いいですか?」

 私の横に早足でやってきて、少し覗き込むように、上目遣いで私を見ながら呟くアムル。

「いーよー……」

 いつもの事だし、私はアムルをガッカリさせないよう心の中でため息をついた。

 ぎゅっ、と右腕に圧迫感。いつもよりほんの少しだけ強い。

「どこ行くんですか?」

「ちょっとね……」

 それ以上私は何も言わず、アムルも私が会話する気分じゃないと察してくれたのか、黙ってしまった。

 二人仲良く歩く夜道、時折吹く風が妙に心地いい。

 ふと、目に入ったのは真夜中にも関わらず明かりが灯っている小さな建物。私はそれに向かい、歩き始める。

 目の前にやってきて、一度立ち止まり、深呼吸してから小さな窪みに手を引っ掛け横にスライドさせた。

「……らっしゃい」

 髪を伸ばしに伸ばし、髭はモジャモジャで、一見小汚く見える店員がこちらを一瞥し、小さな声で来店を歓迎してくれた。

「ここ……どんなお店なんですか?」

 アムルが首を傾げながら聞いてくる。

「えっとね……何でも屋みたいな?」

「へー……」

 正直に言うと、ここがどういうコンセプトの店なのか私にはわからなかった。

 変なおもちゃがあったり、本物の武器が置いてあったり、かと思ったら食料が売っていたりもする。とりあえず品物になるものを片っ端から並べている印象を覚える変な店。

 よく言えば個性的、悪く言えば意味がわからない店だ。

 私は店内を物色せず、奥に置かれている小さめな冷蔵庫へと真っ直ぐに向かった。

 ゆっくりと冷蔵庫を開け、中に入っているアイスを確認し、一旦閉めた。

 頭にはてなマークを浮かべているアムルを見て、私は彼女に問う。

「アムルちゃん食べる? アイス」

「買ってくれるんですか……! 食べます!」

 目を輝かせながら、嬉しそうに抱きつく力を強めるアムル。

(多分……私が買ったものならなんでも喜んでくれるな。この子)

 そんなアムルを見て少しだけ懐かしい気分になり、再び冷蔵庫を開け中からアイスを取り出す。

 それを持って店員の待つレジへ。机の上に無造作にアイスを置くと、店員は瞬時にポケットから電卓を取り出し、指を素早く動かし始めた。

 打ち終えると、電卓に表示された数字をこちらに見せつけてくる。私はそれを確認し、またも無造作に机の上にお金を置いて、アイスを手にとる。

「あざしたー」

 店員のやる気のない感謝の言葉を聞きながら、私とアムルは店を出る。

 アムルにアイスを一つ渡す。彼女は嬉しそうに貰った瞬間に封を開け、水色をした棒アイスに意気揚々とかぶりつく。

 シャリシャリと口を鳴らしながら一口、また一口とアイスを口に含むアムル。

 最初は輝いていた目はだんだん輝きを失い、口を動かす頻度も落ちていく。

「あんま……美味しくないですね」

「昔はちゃんとしたメーカーが作ってたから美味しかったんだけどね……」

 アムルの意見に同意しながら、私も封を開け、アイスを一口。

(絶妙に美味しくない……)

 美味しくないなあ、と思いながら私とアムルはアイスを食べ進めていく。

「これが食べたくて……夜中に出かけたんですか?」

 頭の上にはてなマークを実際に三つほど出しながら、首を傾げ私を覗き込んでくるアムル。

「ん……? まあね」

 私は小さな声で答えながら、頷く。

「この街じゃアイス、あそこの店でしか買えないんだ。それで夜中にしか営業してないから……」

「へー……」

 あまり興味なさげに感想を漏らすアムル。この子は表情を素直に変えるから、今何を思っているのかがわかりやすい。

「私はてっきり、また男の人とエッチをしに行くんじゃって思ってました。だから付いてきて最悪の場合は止めようかな……って」

 食べ終えたアイスの棒を口に咥えながら喋るアムル。

「……えへへ。なんか、エモい雰囲気ですね私たち」

「……ん? うん……」

 聞き慣れない単語に一瞬戸惑うが、なんとなく私は頷く。

 二人でアイスの棒を咥えながら、何も喋らず、歩き続ける。

「……側から見たら恋人同士、カップルに見えてないかなぁ」

 キョロキョロと辺りを見渡しながらそう呟くアムル。咥えている棒アイスの先端から、彼女のよだれが一滴、地面に落ちた。

 それに気づいたアムルは「やば!」と言ってポケットからティッシュを取り出し、咥えていた棒を包み、ポケットの中に入れた。

 子供らしい彼女の一挙手一投足を見ていると、つい微笑みたくなる。

 それを我慢しながら、自分は涎を垂らさないようにしようと意識しながら、歩き続けた。

(二人で棒アイス……か。あの子、今元気にしてるかな?)

 私は苦笑する。年の差がある女の子二人で棒アイスを食べながら歩いていても、それは仲の良い友達か姉妹にしか見えず、流石にカップル判定はされないだろう、と。

 昔仲の良かった友達のことを思い出す。彼女も何か、似たようなことを言っていた気がする。

「……カレンさん。笑わないでくださいよ」

「ん? いーじゃん……」

 頬を膨らませながら、柔い目つきで睨んでくるアムル。

 その姿が愛おしく見え、思わず彼女を撫でてしまう。

「……誤魔化さないでください」

「撫でたかったから、撫でただけだよ」

 アムルが不満そうにするので撫でるのをやめた。すると彼女は更に不満そうな顔になった。

 面倒くさいなこの子。私はそれ以上彼女を撫でず、抱きつかれたまま歩き続ける。

 ふと夜空を見ると、珍しく星が綺麗に瞬いていた。星を見たのは何年振りだろう。

 私が見上げているのが気になったのか、アムルもゆっくりと顔を上げる。

 それとほぼ同時に、彼女の私に抱きつく力がほんの少し強くなった。

「なんかロマンティック……」

 囁くように、誰にも聞こえにように。あるいは私たちにしか聞こえないように、普段の元気さと騒々しさからはイメージできない、優しく温かい声でアムルはそう呟いた。

 なんか、変な雰囲気だ。心がポカポカするというか、ジーンと来るというか。

 こんな感情久しぶりに抱いた気がする。仲の良い誰かと、他愛ない話をしているだけなのに、やけにドキドキして、感情を激しく揺さぶれるようなこの感じ。

(これがさっきアムルちゃんが言っていた……エモいってやつ?)

 静かな時間が流れる。静寂が私たちを包む。心地よい沈黙が時間を無限に感じさせる。

(ずっとこんな風に暮らせていたらな……)

 ほんの少しだけ悲しい感情を抱いて、アムルと一緒にいるはずなのに寂しく感じて。ちょっとだけ泣きたくなる。

「私、アムルちゃんと会えて良かったよ……」

「……ぴょ?」

 つい口に出してしまった言葉。それを聞いたアムルは何故か、ヒヨコみたいな鳴き声を出した。

 アムルってヒヨコだったっけ? それを確認するため、視線を彼女に向ける。

 するとアムルは見たこともないくらい真っ赤になっていて、頭から文字通り湯気を出していて、全身がプルプル震えている。

「こ、こここ……告白ですよね? 今の……!」

 ものすごくプルプル震えながら、私を指差すアムル。

 告白と言えば告白だけれど、多分この子は愛の告白と勘違いしているんだろうな。

 吹き出しそうになるのを我慢し、もう少しこの子で遊んでみよう。そう考え私は彼女の顎に人差し指で触れ──

「……そうだよ?」

 かっこいい声が出るように意識して、アムルの耳元で囁いた。

 昔読んだ何かの漫画のイケメンの真似。アムルが好いている私がやった、と言うのもあり、アムルには効果抜群だったみたいで、これ以上赤くならないと思っていた彼女は更にその倍赤くなった。

「カカカカカカカ……!」

 壊れたおもちゃのように、カを連発し続けるアムル。

 プルプルがブルブルに変わり、口をすごい勢いでパクパクさせながら、抱きしめる力が強くなっていく。

 このままじゃ彼女は恥ずか死、あるいは嬉死、もしくは爆死しそうだったので、そろそろ誤解を解こうと私は──

「……!?」

 誤解を解こうとした瞬間、目の前にアムルが現れた。

 大きく輝く目は今は閉じていて、綺麗で長いまつ毛が風に揺れている。

 そして唇に何かが触れている。わかっている、それは一度味わったことのある甘い唇。

 シンプルなキス。舌を口に入れることはせず、ただお互いの唇をくっ付けただけのバードキス。

 アイスを食べた後だから、ほんの少しだけ冷たく感じる。が、それを意識させないほどに柔らかい唇はアムルの味と熱を私に伝えてくる。

 触れ合っていたのは一秒にも満たないほど短く、私に抱きついていたアムルはキスを終えると、足早に背中を向けながら去っていった。

 一歩、二歩、三歩と離れたところで彼女は振り向き──

「……カレンさん! 私をからかったでしょ! これでおあいこですから!」

 未だ顔を真っ赤にしたままのアムルは、勢いよく私を指差し、勝ち誇るように言った。

「……へ?」

 思わず己の唇に触れる。まだほんの少し、アムルの味と熱が残っている。ような気がする。

 突然の出来事にうまく対応できなかった。からかっていると思っていたら、いつの間にか揶揄われていた。

 私が何も言えずにいると、少し頬を膨らませながらゆっくりとこちらにアムルが向かってきた。

 そしていつも通り、ぎゅっと右腕に抱きつくと、覗き込むように下から私の顔を見つめ──

「……帰りましょう、カレンさん」

「……うん。そうしようか」

 私は呟くようにアムルに答え、二人で歩き始める。

「……えへへ」

 嬉そうに微笑むアムル。その笑顔は、今まで見た笑顔で最もハッピーな感じ。

「……」

 私はもう一度自分の唇に指で触れ、それと同時に夜空を見上げる。

 瞬いていた星はいつの間にか、綺麗に消えていた。

「……カレンさん。これで私たち、相思相愛ですか?」

「私はアムルちゃんのこと好きだけど、恋愛対象ではないよ?」

「う……やっぱりですか……」

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