表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/53

18.魔法少女とチョコレート

「おいカレン……てめぇ腕落ちてねえだろうな」

「誰に言ってんの筋肉ヒゲダルマ……略してヒダマ」

「筋肉はどこに行った……!?」

 空がどんよりとした鉛色で、絶妙に湿度が高い、なるべく外にいたくない環境。

 私、徒爾カレンは筋肉ヒゲダルマと、アムルと、ハッピーと共に居た。

 普段あまり人がいないこの街。今日は珍しく、たくさんの人が街にある大きい広場に集まっていた。

「うう……キツイ……」

 汗をダラダラに垂らしながら、首にかけたタオルでひたすらそれを拭き取っているアムル。

「何が始まるんですか!? 第三次ハッピーフェスティバルですか!?」

 目を輝かせながら、謎のハッピーダンスを踊っているハッピー。

「ふうぅ……!」

 俺は準備万端だぞ、とアピールするように、大きな身体全体を使ってこれみよがしに準備運動をし続けるヒダマ。

「なんだこのパーティ……」

 私は静かにそう呟いた。ヒダマ以外女性なので、側から見たら彼のハーレムに見えているのかもしれない。

(おええ……)

 そんな事を考えていたら吐き気がした。もう一度、おええと心の中でえずく。

 それとほぼ同時に、マイクの割れるような音が広場に響く。すると突然、マイクテスマイクテスと男の声。

「皆様お待たせしました! 年に一度訪れる貴重なイベントまもなく開催! 進行は私! みんなのマスターオブセレモニー! 太郎が担当いたします!」

 いつの間にか広場の真ん中に現れたのは僕らの太郎さん。今日も太郎さんって感じだ。

「誰……?」

「誰ですかぁ?」

 アムルとハッピーが同時に首を傾げる。ヒダマはそれを鼻で笑い、私はそんな彼を見てため息をついた。

「嬢ちゃんたち。アムルと……ハッピーだったか? この街に住むなら太郎さんの事知らねえとやっていけねぇぜ?」

「来たばっかりなんだから知らなくて当然でしょ? 太郎さんのことは」

 なおも首を傾げ続けるアムルとハッピー。面倒くさいので一々説明はせずに、私はそのまま黙った。

「今しばらくお待ちください! 太郎エスケープ!」

 太郎さんがその場から立ち去ると、大勢の拍手が彼を見送る。当然、私も拍手をした。

「は、拍手しとく……? ハッピー?」

「します! パチパチパチ!」

 アムルとハッピーも遅れて拍手をする。ハッピーは笑顔だが、アムルはずっと困惑したような顔をしている。

 太郎さんが立ち去ってから数分。辺りはザワザワとし始める。暇だからみんな雑談をしているらしい。

 私が飲み物を飲みながらボケーとしていると、突然、後ろから服の裾を引っ張られた。

 振り返るとそこにいたのはアムル。私が彼女を見た瞬間、何故か彼女は後ろから私に抱きついてきた。

「……暇です。すごく」

「そだねー」

 耳元で不満を囁くアムルに対し、私はテキトーに返事をする。

 そういえばハッピーは何をしているんだろう。辺りを見渡すと、にこやか笑顔で人に話しかけまくっているハッピーを見つけた。

「ハッピー……またノーハッピーがなんとか、って言ってるのかな?」

「……ま、いいんじゃない? 相手がどう思っているかは知らないけど、ハッピーちゃん楽しそうだし」

「……ちゃんと、ハッピーちゃんって呼ぶんですね」

 ほんの少しアムルの私を抱きしめる力が強くなる。腰が、ちょっと痛い。

「ふう……全員ハッピーである事を確認してきました!」

 なにかやりきった顔でハッピーが額の汗を拭いながら帰ってくる。アムルのついたため息が、私のうなじをくすぐる。

「あんまり迷惑かけないでよ? 私たちが変人集団に見えるから」

 アムルがそう言うと、ハッピーは何故かその場で立ち止まり、ヒダマ、私とアムル、交互に見ると微笑みながら──

「私が居ても居なくてもそうだと思います!」

「……そうかも」

 再びため息をつくアムル。大きなため息だったのでこそばゆく、思わず声を出して笑いそうになってしまった。

 そんな感じの談笑を続けて数分。私たちの元にドクロの仮面を被った真っ黒な服を着た謎の生物がやってきた。

 手にはかぼちゃ型のバスケットが複数。顔が見えないのに彼──彼女?──が笑みを浮かべているのがわかった。

「どうぞー!」

 見た目とは裏腹に、とても楽しげな、甲高い声で声を発するドクロ仮面。声からして恐らく女性。どうでもいいけど。

 ヒダマ、ハッピー、私と順に手に持っているバスケットを渡してくる。

「はいアムルちゃん」

 私に抱きついているせいで手を伸ばせなかったアムルの分は私が受け取り、ドクロ仮面が去ると同時に彼女に渡した。

「……これなんですか? カレンさん」

 それを受け取り首を傾げるアムル。言うのが面倒くさいので私は何も言わずに、バスケットの中に入っている物──グラシン紙に包まれたチョコレートを手に取り見せる。

「チョコ……? ですか?」

「これをね──」

「嬢ちゃん! 今からこれが戦争の火種になるんだよ……! 誰が敵か味方かわからなくなるほどの大戦争のな!」

「ふえ!?」

 私が珍しく説明しようと思っていたのに、割って入ったヒダマが自信満々に言う。

 突然話しかけられたアムルもびっくりしたのか、少し震え始めた。

 あのバカヒダマ。私はため息をついて、チョコをバスケットの中に戻した。

「お待たせ致しました皆さん! 太郎です!」

 大きな声が広場に響く。マイクを手にして現れたのは太郎さん。

 身振り手振りをしながら、マイクさんは喋り始めた。

「毎年恒例チョコ合戦! 事前に応募してくれたグループ、つまり今ここにいる皆さんは総勢三百人脅威の八十組! 例年以上に盛り上がっております!」

 大きな歓声を上げる人々。私の隣でも、ヒダマが熊みたいな鳴き声を出しながら右手を挙げて飛び跳ねている。

「ルールは簡単! 皆さんにお配りしたチョコレート! それを最後まで多く持っていた人の勝ち! 相手を襲い奪ったり、勝手に相手のチョコを食べるのもよし! とにかく人を殺さない大怪我させない! これだけ守ればオッケーです!」

 それを聞いた瞬間、歓声で沸いていた会場は急に静かになる。その代わり、手を鳴らしたり首を鳴らしたり、ゴキゴキバキバキという痛そうな音が広場を包み始めた。

「制限時間は三十分です! では……!」

 太郎さんが右手を振り上げる。それとほぼ同時に、アムルとハッピーを除く全員が構える。無論私も、臨戦態勢に入る。

「二人とも、魔法は使っちゃダメだからね」

「わかりました! ハッピーパワーを使います!」

「……えー」

 誰もが──アムルとハッピーを除く──喋らず、動かず、息すら止めて。集中して相手の目や体を見て様子を見ている。

 全員に沈黙が流れる、流れ続ける。

 瞬間、太郎さんが大きく目を見開き、さらに高く手を振り上げ──

「それでは! チョコレートファイト、レディ……ゴオオオオオオ!!!」

 太郎さんが勢いよく手を振り下げ、そしてまた両手を大きく上に振り上げる。それと同時に全員が拳を握りながらものすごい勢いで走り出した。

「カレン! お前はいつも通りやれ! 俺もいつも通りやる! 嬢ちゃん二人は初心者だから二人で常に一緒にいてチョコを取られないことだけを考えろ!」

 ヒダマが偉そうに指示してくる。アムルとハッピー、二人初心者がいるからって調子に乗ってるな。

「やだ! 私カレンさんと一緒にいる!」

 すると、アムルが大声でヒダマの命令を拒否した。

「嬢ちゃん!?」

「ハピイイイイイイイ!」

 その後ろで、奇声を上げながらハッピーが走り去っていった。

「ハッピー嬢ちゃん!? 独断専行はやめろ!」

「ぷっ……誰も話聞いてないね」

「笑うなカレン! クソ……! 仕方ねえ! 俺たちでカバーするぞカレン!」

「じゃあ行こっか、アムルちゃん」

「はい!」

「無視すんなよ!?」

 うるさいヒダマは無視し、アムルに抱きつかれたまま私たちは彼から離れる。

「ヒャッハー! チョコ寄越しな!」

 突然目の前に現れるモヒカン男。手にはバットを持っていて、こちらに向け勢いよく振るう。

 私は走るスピードを少し上げ、バットがやってくるよりも早くそれに向かい、右手で全力を込めて掴み握り締め、バットを砕いた。

「ちょ……!」

 驚いたモヒカン男。その隙をアムルが見逃さず、私に抱きついたまま回転し勢いよく彼を蹴り飛ばした。

「ラブラブキック!」

 明らかに今考えた必殺技名を叫ぶアムル。しかも蹴り終えた後に。

「よし! チョコを回収しましょうカレンさん!」

 意外とやる気満々のアムル。その姿を見て思わず、軽く吹き出してしまった。

 ていうか何故彼女はまだ私に抱きついているのだろうか? 抱かれるのには慣れているから不都合は無いが。

「すごいコンビネーションでしたね私たち! 初めての共同作業! 嬉しいです!」

 アムルの私を抱きしめる力が強くなる。あまりに強く、骨が軋む音がした。

「つ、強い強い強い……!」

 急いでアムルの柔らかな二の腕を手でペシペシ叩き、降参を彼女に伝える。

「あ、ごめんなさい!」

 やりすぎた、そう察してくれたのかアムルはすぐに力を緩めた。抱きつきは続いているが。

「ハッピーちゃんはどこかな……」

 襲いかかってくる輩を適当に向かい打ちながら、私は辺りを見渡す。

「あ、いましたよカレンさん」

 私よりも先にアムルがハッピーを見つけ、彼女のいる方へ指を差す。

 アムルが指差す方へ見ると、確かにハッピーがいた。何故か長蛇の列が彼女にできている。

「チョコくれよ! ハッピーになれんだ!」

「はいどーぞ! はい次の人!」

 ハッピーは言葉巧みに騙され、守るべきチョコを笑顔で敵に配っていた。

「何やってるのハッピー……!」

「まあ、ハッピーちゃんらしいんじゃない……?」

「うぅ……もう!」

 小さく唸ったかと思うと、突然アムルは私から離れた。

「ハッピーとヒダ……オ? マ? さんがいれば私はカレンさんとラブラブしたまま勝てると思ったのに……!」

 小さく、されど力強く、アムルは何かを呟く。

 そして私の方を向き──

「カレンさん! 本当は嫌ですけど私! 本気出してきます! カレンさんもマジでチョコ取りに行ってください!」

 目に炎を宿しながらアムルは叫んだ。何故か彼女は急に、熱血キャラのようにキャラ変していた。

「流派アムルゥ不敗は! いまだ負けを知らぬからこその名! あの馬鹿ものハッピーのせいで負けるわけには……いかないんです!」

(そんな流派、今まで聞いたことないんだけど……)

 右の拳を握りしめ、両足に力を入れ、謎のポーズをしながら、こっそりと魔法を使い背景を爆発させるアムル。

(アムルちゃんって……時折情緒が不安定すぎるよね)

 私は苦笑しながら、彼女に同意を示すために軽く頷き、後ろから来るバカを薙ぎ払いながら構える。

「まあ、私も勝ちたいから全力出すけど……!」

 一瞬だけ目を閉じて、私は精神統一する。

──目を開く。それと同時に地面を蹴り、目の前にいた馬鹿っぽい男と女の足を己の足で払った。

「わっ!?」

「えっ!?」

 姿勢を崩したその瞬間を逃さず、私はチョコを瞬時に回収する。

「残り時間は……二十五分ね。これならハッピーちゃんの分も補えるかも」

 辺りを見渡す。まだ立っている者は多く、チョコも無事なものが多いらしい。

 コイツら全員倒せば、多分私たちの勝ちだ。

「ハッピー! 合体技使うよ!」

「アムルちゃん!? わかりましたぁ!」

 急にアムルとハッピーの叫ぶ声が聞こえた。声のした方を見るとアムル自らハッピーの手を取っている。

(あんなに共闘嫌がっていたのに……本気なんだ、アムルちゃん)

 ハッピーの手を取ったアムルは、そのまま彼女を空に投げ、両手をうまく使って回転させ始めた。回転させ始めた!?

「ハピィィィィイイイイイイ!?」

 悲鳴を上げながら回転スピードを増していくハッピー。顔だけを残し、まるで球体のような残像を作り出している。

「撃つよ! 撃つよハッピー!」

「ハピイ!?」

「超級魔法少女弾!!!」

「ハピィィィィイイイイイイ!」

 どういう原理か不明だが、回転しまくって球体のようになったハッピーを、アムルが勢いよく放つ。

 ハッピーはそのまま参加者たちに体当たり。そしてアムルは荒ぶる鷹のポーズをし──

 近くにいた男を正拳突き。

 急に可愛らしいスカートを破り、それを頭に巻いて。

 目にも止まらぬラッシュ攻撃を周りの人達にお見舞いし──

「見てカレンさん! 私は今、赤く燃えているぅう!」

 左手を引き、右手を正拳突きのように伸ばし、片膝を曲げ右足を伸ばし浅い伸脚のようなポーズをした。

「……あはは。気合い入ってるね、アムルちゃん」

 思わず苦笑する。この子、こんな変な子だったけ?

 お祭りだから気分が高揚して変になっているんだろうな、と私は解釈した。

 とりあえず、アムルちゃんも本気を出しているらしいし、私も変になった彼女ばかりを見ていないで、ちゃんとチョコを集めなくては彼女の本気に失礼だ。

 そう思い私は息を吸って、吐いて。吐くと同時に辺りを見渡す。

「おえええええええ……」

「……ハッピーちゃん」

 たまたま目に入ったハッピーが、吐いていた。キラキラした何かを。

 体内に溜まっていたハッピーでも吐いているのだろうか? 多分魔法を使って吐瀉物をキラキラしたものに見えるよう誤魔化しているのだろうけど。

 私は彼女の元に行き、背中を摩りながら言う。

「ハッピーちゃんはここで休んでいて。私たちでチョコをここに集めるから。それを守ってね」

「ハピィィ……」

 力無さげに答えるハッピー。私が離れたと同時に、ハッピーはまたハッピーを吐き出した。

「オラァ! オラァ! オラァ! オラァ! お菓子を寄越しな! 寄越さねぇなら……悪戯じゃすまねえぞオラァ!」

 突然、獣のような怒声が後ろから聞こえる。振り向くとそこにいたのは顔を真っ赤にして暴れているヒダマ。

「アムル! てぇぇん! きょおおおお! 拳!」

 私が振り向いたと同時に、アムルが謎の必殺技を叫び始めた。

「おえええええ……」

 アムルの必殺技に気づいた瞬間、ハッピーのえずきが大きくなる。

「オラァ! オラァ! トリックオラァ! トリートォラァ!」

 それとほぼ同時に、ヒダマがまたも怒声をあげた。

 みんな本気で戦っている。アムルは謎の技で、ハッピーは吐き気と、ヒダマはなんかシンプルに。

「……よし。私も行こう」

 腕をパキッと鳴らして、私は地面を蹴った。

「二人とも、集めたチョコはハッピーに。彼女今動けないから、とりあえずそこに集めておこ」

「わかったぜ!」

 白い歯を見せながらサムズアップするヒダマ。

「はいカレンさん! ビシィ!」

 何故か敬礼をするアムル。

「なんか……チーム戦って感じするね」

 私は少しだけ笑みを浮かべ、目の前にいた男を殴った。

「オラァ!」

 ヒダマが敵からチョコを奪う。

「カレンさん大好キック!」

 アムルも同じように、そして私も。

「……あは」

 勝てる。この三人なら、勝てる──



「というわけで今年の優勝はこのチーム! お魚大好きグループです!」

 太郎さんが優勝したチームの名を叫ぶ。それと同時にたくさんの鳴き声と歓声が上がった。

「クソ……! 俺たち筋肉withガールはまた負けた……!」

「ガァレンさぁぁぁんぅ……私ぃあんなに頑張っだのにぃ……」

「うぅ……まだ吐き気がします……」

 ヒダマは男泣き、アムルは私に抱きついてガチ泣き、ハッピーは苦しそうに涙目を浮かべている。

 私の所属チーム、筋肉withガール──今年は女の子がたくさんいるから筋肉withガールズと言うべき──は今年も負けてしまった。

 お魚大好きチーム、完全にノーマークだった。どうやってあんなにチョコを集めたのだろう。

 泣いている三人を、アムルを除き放っておいて、私は結果発表を見に行った。

 アムルちゃんを背中に乗せながら、私は人を掻き分け進む。

 着いた場所にはとても大きなボードの前。そこに大きな紙が貼られ順位と集めた個数が書かれている。

「ふんふんふんふん……?」

 上から順に見ていく。しかし、中々名前が出てこない。

 おかしい。あんなに集めたのに。少なくとも下位では無いはず。

 私とヒダマとアムルで必死に集め、吐き気で動けないハッピーに守ってもらう作戦だったはず。

「……ハッピーちゃんに、守ってもらう?」

 思い出す。よく思い出す。

 私たちはチョコを手に入れるたびにハッピーの元に赴き、そこに置かれているそれぞれのバスケットにチョコを入れていったはずだ。

 それは間違いない。私も何度も入れたし、ヒダマとアムルが入れているのも見た。

 入れたらすぐにチョコを取りに行ったので、中はちゃんと確認してなかったけど。

 そこで私は察した。

「……はあ」

 私は思わずため息をつく。ボードに貼られた紙の下部、最下位に書かれているチームの名前。それは当然、筋肉withガールだった。

「うぴぃ」

 アムルの小さく短い悲鳴が聞こえた。抱きつく力が急に抜けて落ちそうになるので、私は急いで彼女を支える。

 多分アムルは気絶した。あんなに頑張ったのに最下位、気合を入れていたアムルはとてもショックだったのだろう。

「……はあ」

 もう一度ため息をつき、アムルのそこそこ重い体重を感じながら、私はヒダマとハッピーの元へと戻った。

 ヒダマはすでに泣き終え、来年のためにと叫びながら腕立て伏せをしている。

 ハッピーは時折えずきながら、小さく何かを呟いていた。

「おえ……でも……色々な人をハッピーにできたぁ……おえ」

「……全く」

 私はまたもため息をつく。呆れた、というよりしょうがないなぁ、と。

「じゃあ私たち帰るからね」

「ん……? おお、じゃあな」

 腕立て伏せをしながら、顔だけこちらに向けてくるヒダマ。さっきまで男泣きをしていたのに、目は全く腫れていない。

 私はアムルを背中に乗せたまま慎重にしゃがみ、ハッピーに向かって手を差し出した。

「ハッピーちゃん、抱きつける?」

「ハピィ……」

 弱々しい鳴き声を出しながら、ゆっくりと私の首に手をかけ、脚を絡ませ、抱きつくハッピー。

 前面はハッピーに抱きつかれ、背中には気絶したアムル。

 流石に重く感じる。特にアムルが。

「大丈夫か? カレン。一人持つか?」

 それを見て心配してくれたのか、ヒダマはいつのまにか立ち上がっており、私に手を差し出している。

「へーき……じゃね、ヒダマ」

 私はそれを断り首を左右に振ると、ヒダマは呆れたように笑い──

「無理すんなよ」

 それだけ言って一瞬手を振ると、ヒダマはすぐに腕立て伏せを再開した。

「……帰るか」

 身体全体を使って、一度アムルを上に上げてから私は、ゆっくりと歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ