16.諦めた方が楽だよ……?
「……ふわぁ」
何もなくて、やることがなくて、私はついあくびをする。
暗めの部屋、窓を打つ雨の音、本を捲るページ、何かを書く音。狭い部屋で私は退屈していた。
本を捲るのはアムル。見たこともない本を眼鏡をかけながら読んでいる。メガネは本人曰く伊達メガネ。
ちなみに今日の髪型は付け根がふわふわしているサイドテール。毎日髪型を変えている気がするけれど、面倒くさくないのかな?
何かをカリカリ書いているのはハッピー。ちょっと覗き込むと、文字がいっぱい書いてあってクラクラした。
二人とも普段の騒々しさと打って変わって、静かに過ごしている。
「……外は雨だしなぁ」
誰かに反応して欲しくて、どちらかに反応して欲しくて、私はわざとらしく呟く。
すると、アムルはそーですねとテキトーに返事をし、ハッピーにはガン無視された。
「……」
私は何も言わずにアムルを見る。普段は少し鬱陶しいくらいラブコールをしてくれるのに、今日に限って本に集中している。
暇だなあ。私は思わずため息をつき、その場に寝っ転がった。
(まあ……静かだし、眠いし、安眠求めて寝よっかな)
すると謀ったのか偶然なのか。私が寝るために目を閉じたのと同時に、ハッピーが勢いよく立ち上がる音がした。
ゆっくりと目を開く、ハッピーはドヤ顔で私とアムルの二人を見ている。
「ふふふ……お待たせしました! さあ二人とも、これをどうぞ!」
ハッピーが笑顔で、私とアムルに向け紙を差し出す。先程までハッピーが必死に書いていたものだろうか?
私はゆっくりと起き上がり、右手でそれを受け取った。
「アムルちゃーん! アムルちゃーん!」
「……うっさい」
すぐに受け取った私とは違い、本を読んだままハッピーから体全体を背けるアムル。その瞬間、ハッピーは目にも止まらぬ素早さでアムルの眼前に移動し、瞬時に本を取り上げ、自身の持つ紙を渡した。
「ちょっと!」
「大丈夫です! ハッピーしおりを挟んであるのでちゃんと続きから読めます! お願いですアムルちゃん! すぐにお話し終わるので!」
「……はあ」
最初は反抗していたアムルも、するだけ無駄だと思い始めたのか、最近はハッピーの要求に対して素直に応じるようになっていた。
「……なにこれ?」
眼鏡をつけたまま、目を細め紙を見るアムル。首を傾げながらはてなマークを浮かべている。
(……そういえば受け取ったけど、見てなかった)
アムルの事ばかりを見ていて、肝心のハッピーから貰った紙を一ミリも見ていなかった。私はすぐに目を通す。
そこに書かれていたのは──
「ハッピー、右矢印、ハッピーちゃん。アムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドー(以下略)、右矢印、アムル……? なにこれ?」
それだけ書いてあった。あんなにカリカリカリカリ鳴らしていたのに、それしか書いてなかった。
「ちょっと! 以下略って何!? 私の名前はアムル・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレなの! ていうかこれなんなの!?」
頭に浮かべるのをはてなマークから怒りマークに変え、アムルがブーブー叫んでいる。
そんな怒声に怯まず、ハッピーはにこやか笑顔で説明を始める。
「私たちの呼称一覧です! ちなみに私のはこんな感じです! カレンさんをカレンちゃん、アムルちゃんはそのままアムルちゃんと呼ぶことになっています! 適用されるのは明日から! お願いしますね!」
「馬鹿なの?」
「なるほどねぇ……」
ハッピーの説明で理解できた。ということは私はハッピーのことをハッピーちゃん、と明日から呼ばないといけないのか。
今更変えるのも面倒くさいけれど、何か意見したらそっちの方が面倒くさくなりそうだし、とりあえず私は受け入れた。
隣に居るアムルは顔を真っ赤にして、青筋を立てながらハッピーを睨みつけているけれど。
「なんで急にこんなことしようとするの!? ていうか各々好きな呼び方でいいじゃん! なんでハッピーが決めるの!?」
「何故今更呼称を決めるのか……それは先日! 私たち初の共闘を経験したじゃないですか! アニメとか漫画だとこれを境に関係が深まっていくんです!」
ハッピーが身振り手振りをしながら、芝居がかったように派手に語る。
それに気圧されてしまったのか、ちょっと驚いた顔でアムルは口を動かす。
「そういうのって自主的にやって……そういうセリフが出て……あ、この二人仲良くなったな……ってエモさを感じるものじゃないの?」
「ハッピー! ハッピー!」
「聞きなさいよ!?」
無視したのかたまたまそう見えただけなのか、アムルの意見をガン無視して踊り出すハッピー。
それを見て怖くなったのか、アムルは私に抱きついてきて、じっと上目遣いでこちらを見てくる。
「カレンさん……私、全然ついていけないんですけど」
私もついていけていないよ、そう言ってあげようと思ったけれど、私は思わずため息をつき、アムルの肩をポンと叩く。
「諦めた方が楽だよ……?」
「カレンさん……!」
ダメ人間を見るかのような顔で私を見るアムル。でも、いちいち反抗するより全て諦めて受け入れた方が楽だと思う。
ここ数年、私はそうやって生きてきた。実際、色々考えて生きていたあの頃よりも少しストレスフリーに生きている。
大人になるってこういう事なのかな、ふとそう思ったけれど、すぐにそれは違うなと首を左右に振った。
「とにかく私はやらないからねハッピー! ハッピーをハッピーたんとかアホみたいだし、カレンさんをカレンなんて! 呼び捨てできるわけないでしょ!」
「えぇ……一所懸命、いえ一生懸命に考えたのに」
頬を膨らませ、唇を尖らせ、ブーと鳴くハッピー。
同じく頬を膨らませながら、ハッピーを睨みつけるアムル。
いつも通りうるさくなってきて、面倒くさくなってきて、私は二人の会話には混じらずその場で寝っ転がる。
(うるさいと嫌で……静かすぎるのも嫌。人生ってうまくいかないね)
急に人生を嘆きながら、私はゆっくりと目を閉じた──
「じゃあ一回だけ! 今ここで一回だけハッピーたんって呼んでください!」
「やーだー! ちゃんならまだしも、たんとか意味わかんないしやだ!」
「え……“ちゃん“なら良いんですか!?」
「やだ!」
「なんでぇ!?」
(……うるさい)




