13.好きだよね? エッチ
──その時突然、私、アムルの目は覚めた。
何故かわからないが目が覚めた。兎にも角にも目が覚めた。とりあえず目が覚めた。
そして気づく。私、後ろから誰かに抱きつかれている、と。
動こうとしたら全然動けなかった。かなりの力だ。
まだ目がぼんやりしているが、目の前にハッピーがいるので、彼女ではない。
じゃあ考えれる人物は一人しかいない。というか、抱きつきかたと強さでなんとなく察してはいる。
(カカカカ、カレンさんに抱きつかれてる……!)
髪に顔を埋めながら、胸の辺りに手を回して、カレンさんが私を抱きしめている。
時折うなじにかかる、ほんの少し暖かい吐息と、小さな鼻息がこそばゆい。
私の心臓が早鐘を打っている。これはとんでもない事態だと打っている。
ドキドキする。カレンさんに抱きつかれるのはいつぶりだろうか? ようやく再会できたあの日以来だろうか?
(やばい……興奮する……抱きしめ返したい!)
何故、カレンさんが私を抱きしめているのかはわからない。昨日目覚めた時は抱きしめてなかったし、一昨日は何故か顔に足を乗せられていた。それはそれで良かったのだけれど。
もしかしてカレンさんはとんでもなく寝相が悪かったりするのだろうか?
(じゃあじゃあ悪い寝相がなんかこう上手い事わーってなって! 結果私を抱きしめて寝ている状態になったってこと!?)
「んー……」
「ひうぅ!?」
カレンさんが寝返りを打とうとする。その瞬間、私の胸の敏感な部分にちょうどよくカレンさんの手が触れ、思わず変な声を出してしまった。
てっきりそのまま手を離してしまうのかと思ったが、寝返りは途中で止まり、カレンさんは私を抱きしめたままだ。
触れられている。力強く抱きしめられている。自分の胸が彼女の手で押し潰されているのを感じる。
(誘っているんですかカレンさん……! でもでも寝てる時に襲うとか……あ、でもカレンさんも急に私を襲ったし? ここで私が襲っちゃえば貸し借りなしじゃない? いいよね別に、カレンさんって好きだよね? エッチ。それで私はカレンさんとのエッチが好き。じゃあ無問題? 無問題? 無問題だよね?)
起きたばかりだったのに、急激に脳が活性化し、色々な考えが浮かぶ。
最もらしい言い訳、行動に移るための理由づけ、それを色々考えて、考えて、考えて──
「……カレンさんが、悪いんですからね」
背中から抱きついているカレンさんに向け呟く。彼女は今どんな顔をしているのだろうか? 寝ているから寝顔か。
「アムルちゃん……」
すると、私がつぶやくとほぼ同時に、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
一瞬、ほんの一瞬だけカレンさんの声かと思った。けれど違う、私をカレンさん関係で誤魔化せると思っているのだろうか。
「アムルちゃん……」
(何故あなたが起きているのハッピー……!)
ニヤニヤした顔で、小さな声で呟きながら私を見ていたのはハッピーだった。ハッピーを常に求めているやばい女の子だ。
私が目を覚ました時に彼女は目を閉じていたはず。なんなら寝息まで立てていた。ハッピー、ハッピーって。
私が辛抱堪らずカレンさんを襲おうとしたその瞬間に目が覚めるなんて、なんて空気の読めない子なんだろう。
一番見られたくない相手に見られてしまった。
私は思わず大きなため息をついて、ハッピーを睨みつけ、小さな声で言う。
「なんで起きてるの……!」
「だってアムルちゃんがハァハァうるさいんですもん……」
ちょっと照れくさそうに、困ったような顔をしながら言うハッピー。
ハッピーを起こしてしまうほど、私はハァハァ言っていたのか。そう考えるとすごく恥ずかしくなってきた。
じっと見つめてくる彼女から目を逸らし、私は呟いた。
「うっさい」
「いえ、うるさかったのはアムルちゃんです」
「……うっさい」
私は何も悪くない、と言わんばかりに頬を膨らませながら私を睨みつけるハッピー。
確かに今回ハッピーは何も悪いことをしていない。多分、私が全部悪い。
だからこれ以上彼女を批判できず、私はひたすら彼女から目を背ける。
すると突然、ハッピーは立ち上がり、変わらずニヤニヤしながら私を見て言った。
「私、邪魔ですよね? ハッピーエスケープします! 今晩はお楽しみですねアムルちゃん! ではさらば!」
そういうと彼女は目にも止まらぬ速さで寝室を出て、隣の部屋で彼女が寝転ぶ音が聞こえた。
十秒ほど経つと、かなり小さいが、ハッピーハッピーと寝息が聞こえてきた。
「……はあぁ」
私は言語化できないほどの恥ずかしさに襲われ、顔が真っ赤になっているのを感じながら、ぎゅっと目を閉じた。
私、何をしていたんだろう。何を考えていたんだろう。バカなんじゃないかな? アホなんじゃないかな?
何が無問題、何が貸し借り無し、何がエッチ好き、だ。
ハッピーに見られた上にされた気遣いと、なおも止まぬ性的興奮で、私の情緒はぐちゃぐちゃだ。
「ハッピー……ハッピー……」
隣のリビングからハッピーのバカみたいな寝息が聞こえてきた。寝息までハッピーって一体全体どうなっているのだろう。
バカらしい、そう思うと同時に私は気づいた。邪魔者のハッピーは今、私たちと違う部屋で寝ている。寝息を立てているし、恐らく爆睡している。
(……もしかして今、大チャンス?)
私とハッピーの言い争いを経てもなおカレンさんは起きていない。変わらず私に抱きついたままだ。
つまり、カレンさんは爆睡してるってことだ。
胸がまたドキドキし始めた。額から汗が出てくる。ついでに言えば、今私は濡れている。ほんの少しだけど。
いろんな妄想が止まらない。あの日カレンさんとしたことがフラッシュバックしてくる。
その時、カレンさんの私を抱きしめる力がほんの少し緩んだ。その瞬間、私は本能で何かを察し、寝返りを打ちカレンさんの方へと向いた。
抱きつかれてはいるけれど、自由に動こうと思えば動ける程度の拘束力。右手も左手も両足も、全部私の思い通りに動かせる。
すぐ目の前にカレンさんの顔がある。閉じていても美しい目、ほんの少しだけ開いている艶やか唇、鼻毛の一本も見えない真っ直ぐな鼻、少しだけ湿っている髪、そこから漂う薔薇のような香り。
私は思わず唾を飲む。それとほぼ同時に、人差し指で彼女の頬を突いてみた。
柔らかく、滑らかで、弾力のある肌。綺麗な女性の肌のお手本みたいな印象を受ける。
寝ている。すぐ近くで息を乱して、頬をプニプニと触られても、カレンさんは寝ている。
もっと触りたい。体温を感じたい。何もかも知りたい。もっと見たい。
欲求が止まらない。考えうるありとあらゆる事をカレンさんに試してみたくなる。
頭が回らなくなってくる。我慢ができない、したい、したくてたまらない。
少しはだけたパジャマから見えている胸元の肌、少しだけ汗をかいて湿っている細い首、私の体に絡みついてくる両足。
その全てが淫靡な雰囲気を纏うカレンさん。私が感じているだけかもしれないが、兎にも角にも、私の理性を壊すのには十分だった。
ゆっくり、ゆっくりと、息を止めながら彼女の顔に私は自らの顔を近づける。
そのまま彼女の唇に、そっと自らの唇を近づけ──
「……何やってんだろ、私」
そこで正気に目覚めた。まるで王子様にキスをされて目覚めた気分だ、私はずっとよくわからないものに酔わされていた。
カレンさんに背を向け、大きなため息をつく。馬鹿馬鹿しい。私はカレンさんを好きにしたいんじゃなくて、カレンさんが大好きで、カレンさんに好きにされたいのだ。
あの日と同じように、彼女にリードされて、二人で乱れて──
私はなんとなく自分の唇に触れる。ほんの少しだけ、湿っている。
「……もう寝よう」
カレンさんに向き合うように振り返り、私は彼女を抱きしめ、胸元に顔を埋めながら目を閉じ──
「おやすみなさい……」
小さく、誰にも聞こえないくらい小さく、呟いた。
*
「……なんだ、しないんですね」
わざとらしく寝息を立て、寝ているふりをしていた私こと魔法少女ハッピーはそう呟く。
アムルちゃんのしたい事が終わったらしいので、私は彼女たちを起こさないよう忍足で寝室へと入る。
「午前四時までは廊下で、午前五時五十五分からは布団で寝るとハッピー……現在時刻午前六時ジャスト。ハッピーセーフですね」
誰に言うでもなく私は呟く。そして抱き合っている二人を見て──
「……二人ともよく寝てる。ハッピーなんですね。はあ……」
呆れたように私は言い、目を閉じた。




