11.もしかして今、ノーハッピー?
若干暗いリビング、現在時刻午前十二時半。私、アムルは例のハッピー女とテーブルを囲んでいた。
カレンさんは残念ながら不在。男の人と会うと言っていた。
今日初めて知ったのだが、カレンさんは男の人とそう言う関係を持っているらしい。付き合っていると言うわけではなく、身体だけを貸し合う的な、性的欲求だけを満たす的な、ああいう関係。
だから部屋にあんなに使い終わったゴムが落ちていたのか、と納得できた。本当は私だけ見ていて欲しいけど、そこに恋愛感情がないならまあいいかなと私は思う。異性とどう付き合うかは人の好きにすればいい。
と、必死に自分に言い聞かせている。正直に言えば全員と縁切って私と結婚して欲しい。
ぶっちゃけ複数の男の人とそういう関係持ってるとか、ちょっとだらしない人に見えるし。
「やる事なくて暇ですねー」
沈黙に耐えかねたのか、ハッピーが私に話しかけてきた。
私は彼女の方を見ず、わかりやすくそっぽを向き、テキトーに答える。
「暇だったら誰かしら助けに行ったら? 魔法少女なんでしょ?」
「そうですねぇ……アーちゃんも魔法少女ですよね、一緒に行きません?」
初対面の頃から変わらず、ニコニコ笑顔でそう言うハッピー。言ってる事も雰囲気も、魔法少女としては全く怪しくないのだが、私は彼女を疑っている。
人見知りだから、というわけではない。あまり深く関わってはいけない、そんな予感がするのだ。
言うほど人と触れ合ってきたわけじゃないから、自分ではそう思っていないだけで、実際には人見知りのコミュ障だから陽気なハッピーに恐怖を抱いてるのかもしれない。だとしたら私はすごく恥ずかしい人間だ。
私の返事を待っているのか、私があれこれ考えて黙っている間でもハッピーは私を変わらず笑顔で見つめてくる。
聞こえないように、大きく出ないように、ため息をついて、仕方なく彼女の目を見ながら言った。
「行かない。あとアーちゃんって呼ばないで。次そう呼んだらアムル流見敵必殺ビーム撃つから」
「えー……じゃあ結局どう呼べばいいんですか?」
笑顔から一転、不思議そうな顔をしながら、頭にはてなマークを実際に浮かばせながら、首を傾げるハッピー。
ずっと首を傾げている。もしかして、私が何か答えるまでこのまま首を傾げ続けるつもりなのだろうか。
「アーちゃんとアムルちゃん以外だったら何でもいいよ……あ、あとアムルンルンもダメ」
「じゃあアルティシアって呼びます!」
「誰!?」
「ダメですか? そしたら……アルティメットハッピー大魔神ハッピーダとか……?」
「あんた、アが頭文字なら何でもいいと思ってない?」
この女、思っていたよりも面倒くさいかもしれない。
素でやっていても、ハッピーキャラクターとして天然を演じていたとしても、面倒くさい。
このままじゃそのうち、アが消えるかもしれない。そしたらもう私は一体誰なのかわからなくなってくる。それはちょっと困る。
カレンさんからも変な目で見られるかもしれないし。
「……本当は嫌だけど、アムルちゃんでいいよもう」
「はい! じゃあアムルちゃんって呼びますね!」
「……はぁ」
今までの人生で、アムルちゃんと呼んでくれたのはカレンさんだけだったのに、と思わずため息をついてしまう。
なんかこう、特別な関係に見えるし、何よりちゃん付けで呼んでもらっていると甘えやすいし、カレンさんの“ちゃん“の発音が好きだったから。
それをこんな、ポッと出のハッピー女に穢されるなんて思いもしなかった。
(まあそんな意識してたのは私だけなんだろうけど……カレンさんにとっては私もポッと出の新キャラみたいなもんだし)
ちょっと鬱になってきた。DTだ。眠ってスッキリしたいけれど、寝るには早すぎる時間だし、全然眠くないから目を閉じてこんな風に延々とくだらない事考えてそうで嫌だ。
「……アムルちゃん、もしかして今、ノーハッピー?」
「……ノーハッピーって」
真面目な顔で、真剣な顔で、シリアスな顔で私を見つめてくるハッピー。
私が問いに答えずにいると、彼女は突然立ち上がり、私の目の前にやってきてその場に座った。
「私は魔法少女ハッピーです。人を幸せにする、そのためだけに存在しています。それ故、ハッピーじゃない人を見かけると我慢ができません! なのでアムルちゃん! 私があなたをハッピーにさせてみせます!」
自信満々に私をハッピーにする宣言をするハッピー。そんな彼女に向かって私は低い声で言った。
「じゃあ出てって」
「……びぇぇ」
(え嘘!? 泣いた!?)
多少本音も混ざっていたが、冗談交えて言ったつもりなのにハッピーがガチ泣きし始めてしまった。
とんでもない罪悪感が私を襲う。この状況、悪いのは100%私だ。
不機嫌な、不幸せな、不快そうな私を何とかしようと提案してくれた彼女に対し、私はなんて事をしてしまったのだろう。
謝らなければいけない。鼻を啜り始めたハッピーの両手を思わず手に取り、私は彼女の目を見て言う。
「ご、ごめんハッピー! 冗談だから! 冗談だから!」
「よし! じゃあこの家に残って、ハッピーにさせますねアムルちゃんを!」
「ほわ〜い?」
私が謝った瞬間、ハッピーは一瞬で泣き止み、真っ赤に腫れていた目もキラキラ元気なハッピーアイに変わっていた。
「安心してくださいアムルちゃん! 嘘泣きですから!」
「あんた……」
「誰かを、他人を幸せにするために何でもするのがこの魔法少女ハッピー! 手段は問いません! 許可は得ました、ハッピータイムの始まりです!」
「……そうですか」
もうツッコミを入れるのも面倒くさい。私は流されるままに生きることにした。
「さてはて! 私のハッピー計算によると……アムルちゃんの不幸せの原因はカレンさんの不在、それから性欲関係の欲求不満、そしてお金がない現状。この三つですね!」
自信満々に答えるハッピー。なんか詐欺師のやり方みたいな雰囲気を感じる。
後者二つなんて、割と誰にでも合いそうだし。
「最初の一つ以外間違ってるよ」
「カレンさんの不在……これはどうにもなりません待ちましょう」
私が間違いを指摘しても、ドヤ顔のまま人の話を聞かずに話を続けるハッピー。
何度指摘しても聞かなそうだし、面倒くさいし、ここから先は敢えて反応をせずに、ハッピーの批評を私は聞くことにした。
「二つ目は……じゃあアムルちゃん、寝室行きましょうか」
「なんで!?」
何故か恍惚として顔で、何故かゆっくりと、何故か寝室へと誘うハッピー。
頬を少し染めながら、彼女は私の顎を人差し指で触れる。
「カレンさんとした事がある、と言うことは女の子同士はウェルカムなんですよね……」
「お、落ち着いて落ち着いて落ち着いて! バカじゃないの!?」
彼女の人差し指から逃げるように、そして彼女自身から避けるように私は座ったまま後ろへ下がる。
そんな私を追いかけようと、ハッピーはゆっくりと立ち上がり、スカートの裾を両手で軽く持ち上げながら私を見てきた。
「大丈夫、恥ずかしいことではありません。人と触れ合い、体温を感じ、繋がるような感覚を得られお互いの体液で濡れ獣のように乱れ狂う。一見良くない事、神聖な事、大事なことのように見えますがそんな大した事じゃありません。やりたい時にやりたい人とテキトーにやって気持ちよくなってストレス解消すればいいんですよ。それが健康でハッピーな生活への第一歩なんです、アムルちゃん」
ハッピーはゆっくりと、本当にゆっくりと私に近づいてくる。
(……げ、もう壁!)
狭い部屋だからか、後ろに下がり続けることはできず、すぐに壁にぶつかってしまった。
これ以上逃げられない。ハッピーもそれを察したのか、その場で座り込み、私をじっと見つめる。
「いいんですよ? あなたの好きなようにしてくれていいんですよ……私はどんな人でもどんなプレイでも大丈夫ですから」
そう言って、私の口元へ自身の唇を近づけるハッピー。
私はそれを右手の手のひらでペシっと叩き、ハッピーの動きを止めた。
「……いや、無理だから」
ハッピーはきょとん、とした顔で首を傾げ、私の元から少し離れ、もう一度首を傾げる。
「はれ? 大抵の人はこれで堕ちて私に身を預け好き勝手に身体を使うのですが……もしかして私のハッピー分析が間違ってた?」
「だからそう言ってるじゃん……」
実際、彼女のハッピー分析とか言う意味不明な分析は間違っている。私は別に不幸せじゃないし、ノーハッピーとかいう状態じゃない。
不満はあるけれどそれは不幸ではない。私はカレンさんと一緒に過ごせているだけで、ものすごく幸せなのだから。
あのカレンさんと同じ部屋で寝て、同じご飯を食べて、同じ時間を過ごせているだけで嬉しいのだ。
「うーん……やっぱり魔法少女相手にはハッピー分析、上手くいかないみたいです……」
それにしてもこの女、魔法少女ハッピー。思っていた以上にヤバいやつかもしれない。
その人がこうすれば幸せになる、と思ったのならどんな手段でもそれを使って他人を幸せにしようとする危うさを感じる。
先ほどの私に対する行動もそうだ。確かに、ほんの少しだけカレンさんともう一度したい、と不満に思っていたが、それを見抜いて自身の身体を使って、私に溜まっている性欲を解放すれば私が幸せになれる。そう本気で思い込み、私を襲おうとした。
(もしも私が……欲求不満で誰でもいいからしたい、なんて状況だったらハッピーの言う通り、簡単に堕ちていたかも)
私はカレンさんとしたいのであって、ハッピーとしたいわけではない。つまり、溜まっている欲を解放したいのではなく、カレンさんと交る事で満たしたいのだ。
要するにセーフ。セーフだったわけだ。セーフ。
「それじゃあ三つめ……と行きたいのですが、私のアムルちゃんハッピーへの道は間違っているみたいなので、ここで残念ながら打ち切りです。はぁ……」
「そ、そんなに私をハッピーにしたかったの?」
「当たり前です。人を幸せにするのが私の存在理由、アイデンティティなんですから」
不満そうに、残念そうにため息をつき続けるハッピー。ちょっと見ていて面白い。そんでほんの少し可愛い。
仕方がない。私はゆっくり立ち上がり、テキトーにハッピーの頭をなんとなく撫でた。
撫でた理由は、可愛く見えたから。それだけ。
「私はカレンさんがいればハッピーだから、一緒にカレンさん待と?」
「ぐぬぬ……私がハッピーにできない人間をハッピーに出来るとは……流石はあのカレンさんですね……!」
「……なんか、凄いねあなた」




