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昼間でも薄暗い安宿の部屋に戻り、アランは思わずといった風にため息をついた。

思い返せば、一人旅は気が楽だった…。

誰に気をつかうでもなく、全て自分のペースで行えたが、今後は…。


何だかめんどくさいことになってしまったなあ…と昼間でも薄暗い安宿の一室でうなだれていれば、新しい服に着替えたグレイが部屋にやってきた。

清潔な衣服を着、長いマントを羽織った姿はなかなか様になっている。

身長も高く、少々線が細いが、今後十分な食事を与えれば、男手として頼りになるかもしれない。

相変わらず容姿は恐ろしいほど端麗で、直視するのが少し恐ろしい程だ。

特に、暗い紫の瞳は不思議な虹彩を放っており、白銀の髪と相まって気品に溢れた静かな迫力すら感じる。


街中では、マントについているフードを被ってもらった方がよさそうだ。

このままでは、待ちゆく人々の視線を全て掻っ攫って、注目の的になりそうである。

しかしながら、石鹸で軽く洗ったくらいでは身に沁みついた吐しゃ物や血、泥の匂いは完全に消せなかったようで、グレイから弱くなったものの鼻を衝く異臭がした。


「それでは最後に香油を髪に塗りましょう。これをつければ宿の主人も文句はないでしょうから。」


そういって香油の入った深い青の瓶をグレイに手渡した。

グレイが香油を髪に軽く塗り込むと、落ち着いた爽やかな香りがふわりと室内に広がった。


ようやくグレイの身支度が終わった頃には、既に陽が傾き始めていた。

あともう少しすれば、宿の一階にある食堂は夕食を食べる客で溢れかえってしまうだろう。


「それでは、夕飯にしましょうか。一階の食堂に行きましょう。」

そうグレイに言えば、アランの後ろを静かについてきた。グレイの無表情にも慣れてきたが、本当に何を考え、何を感じているのか読み取れない。


一階の食堂につけば、まだ人はまばらで席が空いている。

そういえば、奴隷はどこで食事をするのだろうかと、ふと食堂を見渡せば、壁際に立っているものや、主人の足元で床に置かれた食事を這いつくばって食べるものなど様々だ。


やっぱり、同じテーブルで食べている奴隷はいないのか‥‥。

どうしたものか、と考えていると、食堂の奥側から宿の主人がやってきた。

「夕飯ですか?今日は良い魔物の肉が入ったので、肉を使ったスープがメインですが。」


「じゃあ、それを2人前ください。部屋で食べても大丈夫でしょうか?」


「構いませんよ。用意するので少々お待ちを。」

そう言うと、宿の主人はそそくさと厨房に戻り、支度を始めてくれた。


グレイは、いつの間にか食堂の壁際に他の奴隷と同じように無表情で並んで立っていた。しかし、身綺麗になったせいで、妙に悪目立ちしている。


アランは慌ててグレイを手招きすると、さっとフードを深めに被せて、近くにいるように、と静かに伝えた。


もう少し気を引き締めないと、この異常に美しい奴隷欲しさに、本当に面倒なことに巻き込まれるかもしれない、と冷や汗をかいていれば、程なくして、夕飯が運ばれてきた。


ありがとうございます、と礼を伝えて、部屋まで食事を運ぶ。


薄暗い自分たちの部屋に戻り、部屋に灯りを灯して

小さな机にギリギリ2人分の食事を並べた。

食事を運び終えると、グレイは当たり前のように部屋から出て廊下の壁を背に無言で立っている。


うーん、どうしたものか‥‥。

何度目か分からない、頭を抱えたくなるような気持ちに蓋をして、アランは、とにかく先に食事を済ませてしまおう、と考えた。

狭い部屋にある小さなテーブルでは、とても2人で食事できるスペースがないのも事実だったからだ。


宿の主人が用意してくれた温かいスープは想像よりも肉がたっぷり入っていた。わくわくしながら、木製のスプーンで掬って口に入れれば、癖のある魔物の肉は煙で燻されていて味わい深く、なかなか食べ応えがある。

固い黒パンもスープに浸せば、食べやすくなった。

黙々と食べ進めながら、今晩はどう過ごそうか、と考える。


食べ終えた食器を片しながら、残ったもう一人分の食事をテーブルの中央に置き直すと、アランはグレイを呼んだ。


「グレイさん。私はもう食べ終えたので、どうぞお食べください。

グレイさんにとっては急な話で申し訳ないのですが、

もうすぐ、私はこの街を出て次の街まで旅をする予定なんです。私はこう見えても一応、旅商人のような者ですから。

詳しい話は、また明日話しましょう。

今日は、この部屋で休んでください。

ベッドも使ってくださいね。

私は、森に色々と置いてきているので、旅の準備がてら様子を見てきます。

ここに戻ってくるのは‥‥恐らく明日の朝くらいになるかと思います。

とにかく、今日はお疲れでしょうから、食事をしたら休んでくださいね。」


そう言えば、グレイの暗い紫の瞳がふわりとアランへと持ち上がった。

しかし、一向に部屋に入ってくる気配はない。


暗い紫の瞳は、依然としてアランの方を向いている。

アランは戸惑いながらも、手招きをしてグレイをそばに呼んだ。


「はい。もう少し私に近づいて、ここに座ってください。」


グレイは近くには来たものの、その暗い紫の瞳はまた下に伏せられ、やはり何を考えているのかわからない。


「えー‥と、じゃあ、私はもう行きますが、食事を済ませて、ベッドで寝ていてくださいね。」


アラン自身、どうグレイに接すればいいのが全然分からず、おっかなびっくり、と言った感じでそう告げると、逃げるように宿を後にした。


残されたグレイは、暫くじっと食事を見つめていた。


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