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5、僕が……変身?

 青野香澄は、微かに目を伏せると言葉を続けた。

「萌のお父さんは刑事でね……二年前、殺人犯を追いつめて、逮捕しようとした。けど、犯人は人質をとろうとして無関係の人に襲いかかり、それを庇おうとしたお父さんは犯人に刺されたの。それでもお父さんは懸命に犯人を取り押さえたのだけど、その時の傷が原因で、お父さんは殉職したのよ」

 ……いや、そんな重い話されても…。僕、どんな顔したらいいの?


「昔から萌は正義感の強い子だったけど、それ以来その傾向はより強くなったわ。誰かが理不尽な事で傷つく。――そういう事に、凄く敏感になった。ミトラスターとしての今までの戦いの中で、傷ついた人もいたし……。多分、貴方が戦いの中で傷つくのを恐れて、仲間に入らなくてもいいって態度をとってるんだと思うの」

「僕が……戦いを望んでないから?」

 青野香澄は微かに笑って頷いた。


「けど、私たちは本当は戦力を必要としてる。もし貴方の気が変わらなかったら、いつでも言って。それだけ言いに来たの」

 そう言うと、青野香澄は席を立った。僕はその背中に追いかけるように声をかけた。

「気が変わると、思ってる?」

 ドアから出ようとした青野香澄は、振り向きざまに微笑した。

「選ばれたからには……可能性はゼロじゃないから」

 青野香澄はそう言うと、夕陽を浴びながら去っていった。


 それから数日はいつもと変わらない日々が過ぎた。僕は八木とバカ話ししたり、先生に怒られたりして、僕は特撮部の部室で特撮研究をしたりしていた。

 けど、気になっていた。紅道萌たちのことが。

 そしてある日、授業終わりと同時に、廊下をかける二人を僕は見た。紅道萌と青野香澄。二人とも必死な顔で走っていた。

 きっと、またアングラムが現れたに違いない。

 僕はそう直感すると、思わず彼女たちの後を追っていた。


 彼女たちは校門を出て街へ出ていく。凄い勢いで走るのになんとかついて行くと、行く先から悲鳴っぽい声が聞こえてくる。彼女たちは顔を見合わせると、さらに速度を上げた。

 行く先は中央公園だった。そこで蟻人間とも言うべき怪物が、手にしたスコップ状の武器で公園の木をなぎ倒し、ベンチを破壊している。

「先生、着いたわ!」

 萌はアリ人間の前に立ちはだかると、左手のブレスレットに呼びかけた。と、次の瞬間、上空が急に明るくなる。

「あれは…バーティカル・ディメンジョン?」

 かなり遠くから飛来したと思われる光弾が、上空で弾けて広がる。そこからあの、空間が歪む感触を辺りが覆った。


 萌と香澄が光に包まれながら走っていく。その光が消えた時には、既に光衣降臨していた。

「ヤアッ」

 剣で打ちかかるレッドに、杖を突き込むブルー。アリグラモットはスコップでレッドの攻撃を受けたが、杖の攻撃を脇腹に喰らった。

 その瞬間。アリの身体が突然、細かく震動したかと思うと、その身体が二体に分離した。

「え?」

 レッドが声を上げる。が、分裂はそれだけでは終わらなかった。四体、八体、十六体――後はもう、数えきれない。

「何これ!」

「気をつけて、萌!」

 レッドとブルーはその軍勢に押されるように後退する。その前から横から背後から、アリの軍勢が襲い掛かっていた。


 レッドは打ちかかって来る敵を、次々を打ち据えていた。一体一体は弱いらしく、一打受けると消えていく。しかし数が多すぎて終わりがない。

 ブルーの方は何を思ったか、敢えて杖を消した。そして向かってくるアリを、くるくると回転するような動きで、次々と投げ飛ばしている。投げられたアリは消えていくが、やはりこちらも終わりがない。

「キリがないわ!」

 レッドが声を上げた。明らかに、その声は切羽詰まっている。

 次第にアリのスコップ攻撃が、レッドの身体を捉えるようになった。肩を打たれ、足を打たれ、腹を打たれる。その度にレッドは、痛む様子も見せず反撃していた。


“ただしミトラスターの受けたダメージがなくなるわけじゃないけど”

 白川先生の言葉が甦ってきた。あれが本当なら、今、紅道萌は相当な痛みを受け続けているはずだ。

“けど、私たちは本当は戦力を必要としてる”

 青野香澄は、あの時そう言った。

 僕が必要とされてる。きっと、そうなのだ。

 けど僕はーー恐くてただ、隠れて震えてるだけの臆病者だ。

 強くて、勇気がある君たちと、一緒に戦うなんて到底できない、とんだチキンの役立たずなんだ……


 俯いた自分が、泣いてるのが判った。

 そうだ…あの日も僕は、こうやって、自分の臆病さを屈辱に感じて泣いたんだ。夜に、腫れて痛む顔を枕に埋めて、声が聞こえないように歯を喰いしばって泣いたんだ。

 あの時、僕は何を想った?

 どんなに蹴られても、謝ったりしなければよかったと……そう、思ったんじゃなかったのか?


 たとえ殺されても…一発でいいから殴り返せばよかったとーー

 

 ――泣きながら、そう拳を握りしめたんじゃなかったのか?


「うわあああああああっ!」

 熱くなった僕の身体は、勝手に飛び出していた。

 そして後ろからレッドに襲いかかろうとしていた、アリに体当たりを喰らわせていた。

「ギッ」

 小さな呻き声をあげて、アリが少しだけ押され飛ぶ。レッドが異変に気付いて、僕の方を振り返った。

「――あんた…どうして来たの?」


 どうして? そんなの、僕にも判らない。けど…ここで何か、かっこいい事言わなくちゃ。

「借りをーー返しに来ただけさ」

 僕はそう言いながら、親指を立てて見せた。

 紅道萌が、バイザーの奥で目を丸くしたのが判る、けど、その後に微笑みが洩れた。

「――桃井くん!」

 声がして振り返ると、僕は青野香澄の投げた物をキャッチした。

 腕時計型のーー恐らく変身アイテムだ。

「貴方が来たら渡してってーー先生が」

 ブルーがそう言って微笑みを見せる。僕はチェンジャーを腕に嵌めた。変身だ!


 …いや、ただ変身したのでは特撮オタクの名が廃る。ここはーー変身ポーズだ!

「ムンッ」

 僕は左拳を腰につけつつ、右手刀を上に伸ばした。そのまま右手を内向きに回転させ、外側に水平になったところで左手のチェンジャーにタッチさせる。

「光衣降臨!」

 僕の身体が眩く光る。そしてーー

「…変身した?」

 僕は自分の手や身体を見て確認した。


 白地にピンク…いや、厳密に言うと、僕の好きな色、オレンジピンクのラインが入ったスーツを着ている。

「え? 僕、ピンクなの?」

 思わず、声が洩れた。

「桃井、後ろ!」

 レッドの声に振り向くと、アリが僕に向かってきていた。

「うわわわっ」

 慌てて手を振り回す。すると拳にアリの顔が当たり、アリの身体が驚くほど吹っ飛んだ。

「お…おぉ……」

 僕は自分の力に感心した。


 しかし形勢はなんら変わることがない。というのも、相手の数が多すぎて、僕一人が加わったくらいでは状況が変わらなかったからだ。

「桃井! あんた、来ても役に立ってないじゃない!」

 レッドの声がする。…無理もない。厳密に言うと、大分、痛めつけられて動きが鈍くなり、二人に助けられてる有様だ。

「桃井君、何か秘密の力とかないんですか?」

 ブルーの声が響く。そんな事言われても…

“ミトラスターの能力は、意志とイメージ力に大きく左右される”

 ふと、白川先生の言葉が脳裏によぎった。


 イメージの力?

 そりゃ、妄想力じゃないんですか?

 ――ならば

「レッド、剣に炎をまとうんだ!」

 僕の声を聴いたレッドが、戸惑ったように動きを止める。

「炎?」

「そう。レッドと言えば、ファイア! 君は炎の剣を使うんだ!」

「…そんな事できないわ」

「できる!」

 僕は大声で断言した。


「ミトラス因子は意志とイメージを力にする。きっとできるはずだ。――いや、君ならできる!」

 僕の断言に、レッドがたじろいだ。が、気を取りなおすと、剣をぐっと構え直した。息をスーッと吸い込む。

「ヤアアアアアアッ!」

 裂帛の気合。すると次の瞬間、その赤い剣から真紅の穂のが揺らめき出した。

「できた! 次は?」

「次は横なぎに、炎を払う。アリをーー全滅させるつもりで!」

「OK」

「ちょっと待って!」

 イメージ、イメージが大事なんだよな。技の名前が必要だよ。


「剣を払う時、『フレイム・スラッシュ』を技の名前を叫べ!」

「なにそれ?」

「いいから、気合を入れるんだ!」

 僕の声に押されてか、レッドは脇に剣を構えると、気合一閃、剣を払った。

「フレイム・スラッシュ!」

 巨大な炎の波が、アリの大群を水平方向に襲った。辺り一帯が爆発炎上し、アリの姿は一体残らず消えた。

「やった!」

「フゥ……」

 レッドがため息をつきながら、変身を解除する。少し汗をかいた、紅道萌の顔が出てきた。


「凄いわ、萌。――桃井君のおかげね」

 青野香澄も変身を解きながら微笑む。僕も変身を解きながら、二人に言った。

「これで僕も、仲間になれるかな?」

 紅道萌が、怪訝そうな顔をしてみせた。

「けど、あんた全然、戦えてなかったわよね」

「けど、けどさ。僕の助言のおかげで敵を倒せたんだよ。大体さ、君たちにはもっとヒーローとしての戦い方の学習が必要だと思うよ」

「それを桃井君がレクチャーしてくれるわけ?」

 青野香澄の言葉に、僕はうんうんと頷く。


「仕方ないわね…まあ、じゃあ仲間ってことで」

 そう言うと、萌は笑ってみせた。僕はガッツポーズを作って、二人に言った。

「やった! じゃあ、僕はミトラ・オレンジピンクってことで」

「…なんでオレンジピンクなの? ピンクでいいじゃない」

「だって、厳密にはピンクじゃないから」

「長くて面倒だわ。ピンクで十分よ」

「ピンクで決定ね」

 香澄の言葉を最後に、二人が歩きだす。僕はその後をおっかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。これからの事をさ、もっとよく相談しようよーー」

 僕の声を聴いてるのか聴いてないのか… 

 ともかくも僕は、二人ともに戦う日々が始まった。


                                  完

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