4、紅道萌って、どんな娘?
お気に召したらブックマークしていただけると幸いです。執筆の励みになります。
「無理ってーー」
僕の言葉を聞いた白川先生は、眼鏡の奥の眼を丸くした。二人の少女は冷めたような眼でこちらを見ている。
「……無理です、僕には。そりゃあ、ヒーローに憧れはあるけど…現実に戦うなんて、とても恐くてーーだって、痛みがあるって事は、下手したら死ぬ可能性もあるって事でしょう?」
僕の問いに、白河先生は一瞬の間のあと答えた。
「…そうね、否定はできないわ。絶対、安全とも言えない」
「暴力事って、苦手なんです。第一、僕みたいのが役に立つとは到底思えない」
「――そうね」
僕の言葉を追うように、紅道萌が口を開いた。
「やっぱり、このコにはちょっと無理だよ先生。他を当たろう」
「けど…ミトラス因子を持つ人間は、そう簡単には見つからないわ」
白川先生は、困り顔を見せる。
「そんな事言っても、戦いたくない人は無理強いできないでしょ。望んでもないのに危険な目に合わせるのは……ちょっと違うと思う」
萌は強い意志を持った眼差しで、はっきりとそう言った。
「先生、私も萌に賛成です」
青野香澄がそう口にする。白川先生は美しい顔に、困った表情を浮かべため息をついてみせた。
「そうね…あなたたちがそう言うのなら仕方ないわ。――桃井くん、妙な事に巻きこんじゃってごめんなさいね。記憶消したりとかはしないけど、この事は誰にも言わないで」
そんな困り顔の微笑を見せられたら、断れる訳がない。
「判りました。絶対、喋りませんから」
「そ、ありがと。時間とらせたわね、帰っていいわよ」
「…そうですか。それじゃあ」
そう言うと、僕は三人を残して保険室を後にした。
翌日、僕は八木と『ふれん堂』へ行く約束をしていた。最寄り駅から出ても八木の姿が見当たらない。まだ早かったので、近くの本屋にでもいるかと思い、歩を進めたところだった。不意に、横の路地から声がした。
「――なあ、お前、人にぶつかってゴメンだけじゃ済まない事くらい判るよな?」
恐る恐る見ると、素行の悪そうな格好の連中が数人、暗い路地のところで誰かを囲んでいる。きっと奥には連中に捕まった哀れな犠牲者がいるんだろう。可哀そうに。きっと有り金を取られるか、買い物の決済をやらされるんだろう。
申し訳ないけど、僕には無関係の人だ。このまま通り過ぎよう。
そう思ってチラ見しながら、歩き出した時、奥の人物の顔が見えた。
「八木――」
僕の声に、八木が気づいて目を向けた。鞄をしっかりと抱きしめた八木の顔は、今にも泣きそうな表情になっている。
「ん、なに? 友達? いいねえ、お前も仲良くしようよ」
連中の中の1人が歩いてきた。
逃げなきゃ。けど、逃げたら八木が。けど、逃げなくても、八木が被害にあう事は変わりがなく、ただ僕の被害が増えるだけだ。
そんな事を考えてる間、僕の足はすくんで一歩も動けなかった。
傍に来た男ががっしりと僕と肩を組む。
「なあ、連帯責任って言葉、知ってるよな?」
男が薄ら笑いを浮かべながら、僕の顔に顔を寄せてきた。
僕はそんなにお金は持ってない。けど、八木は心待ちにしていた『美少女歌唱SWATセイレーン』のフィギュアを買うために、必死に貯めた貯金を持ってるはずだ。八木の必死の思いが、こいつらの遊ぶ金に消えるのか? 八木の小さな純情が、少しくらい報われてもいいんじゃないのか?
僕はそんな思いで八木を見ながら歩いた。八木はもう半泣きになっている。自分のこの後の運命が判っているのだ。
男が僕をそのまま奥へ連れ込もうとした時、不意に背後から声がした。
「待ちなさい!」
…聴いたことある声だ。そう思って振り返ると、やはり紅道萌だった。
「何してるの、あんた達」
紅道萌は竹刀袋を肩にかけた格好で、張りのある声をあげた。
「お前に、関係ねえよ。なあ?」
男はせせら笑いを浮かべると、僕を再び奥へ歩かせる。しかし、その背後から再び萌の声がした。
「待ちなさいって言ってるでしょう!」
少し奥まで入ってきた萌に、男たちが眼を向けた。四人と八木、それに僕。
「なんだ、でけぇ声出すんじゃねえよ」
僕と肩を組んでた男が、僕から離れて不機嫌な声を出した。
「でかい声? あたしのでかい声は、こんなもんじゃないわ」
萌はそう言うと、すーっと息を吸い込んだ。
「ヤアアアアアアッ!」
驚くほどの爆音で、萌が気勢を上げる。男が泡を喰ったように、手を出して萌の口を塞ごうと駆け寄った。その瞬間。
「ヤァァッ!」
萌は強く踏み込むと、縦拳で向かってきた男の顔面を打ち抜いた。直撃をくらった男が、衝撃でひっくり返って背中から落ちる。八木を捕まえていた男が、驚きの声をあげた。
「――な、なんだってんだ、このアマ!」
「そっちが手を出そうとしたから、防御しただけよ。見てたわよね?」
萌はそう言うと、僕と八木を見た。僕と八木は、うんうんと頷く。
「う……む…」
ひっくり返った男が、小さい呻き声をあげながら身体を起こした。どうやら、かなりの衝撃だったらしい。
ふと見ると、表の通りから覗き込む顔が増えている。
「おい! 行くぞ!」
男の1人が声を上げると、他の連中がそれに従った。誰もいなくなると、八木が萌に礼を言った。
「あの…ありがとう」
「ううん、なんでもないわ」
萌は愛らしい微笑で返した。そして手を振り、去る気配を見せる。その刹那、僅かに僕の方を見た。
その視線は、冷たさとか軽蔑ではなく、むしろ失望。あるいは、再確認した諦め、だった。
変身しなくても、あの娘はヒーローなんだな……
僕は翌日の放課後、たった一人の特撮部の部室でそんな物思いにふけった。
ますます、僕の出る幕なぞない。たかが人間の不良にビビる僕が、怪物と戦って皆さんを守るなんて、どうにも無理な話しだ。やっぱり断って正解だったんだ。僕みたいなビビリが入ったって、足手まといになるばかりだ。
僕は壁にあるヒーローフィギュアを見て、ため息をついた。
「現実は、そう格好よくはいかないよ……」
そう思わず心の声が洩れた瞬間、部室のドアをノックする音がした。
「あ、どうぞ」
入ってきたのは眼鏡でショートカットの美人、青野香澄だった
「どうも。私の事、覚えてるかしら?」
「も、もちろんですけど」
僕は緊張しながら答えた。
「少し話す時間、あるかしら?」
僕はうんうんと頷いた。
青野香澄はドアを閉めると、僕の斜めの席に腰を降ろした。部室内を見回す。
「貴方、こういうヒーロー物が好きなの?」
「ええ、まあ」
「私たちの戦い、どう見えたかしら?」
香澄は真面目な表情で、眼鏡の奥の眼を向けてきた。
「ど、どうって?」
「私たち、強く見えた?」
「うん。凄く。とても」
僕は思った通りを答える。
「そう。けど、そう見えても私たち、実は最近、苦戦してるの。萌はああいう性格だから弱音を吐かないけど、本当は一人でも仲間が欲しいのが本音なのよ」
「だけど、紅道さんは、僕なんか必要ないって感じだったけど」
香澄は少し寂し気な微笑を浮かべた。
「それは、多分恐がってるから」
「恐がる? 紅道さんが、何を?」
青野香澄が、そう問うた僕を見つめた。
「巻き込んだ人がーー傷つくのを」
『僕ピン』メモ
桃井新平…名浪高校一年C組。特撮オタクで特撮研究部員。父親はサラリーマンで母はパートタイマー。二歳下の妹の佳子は、兄を気持ち悪がっている。
紅道萌…一年A組。剣道部に大会の際には呼ばれるが、普段は警察道場で稽古している。普段から髪はポニーテールにしている。
青野香澄…一年A組。検事で合気道家の父に習い、合気道を心得ている。成績優秀で、物事には厳密さにこだわり、理路整然と考えることを好む。
白川博子…名浪高校の保険医。脚が長いナイスボディの持ち主だが、萌たちミトラスターを導いてきた異星人。光の趨勢アフラ・マズディアの使者で、地球を闇の深淵アングラムから守ろうとしている。
八木直行…一年C組。新平の友人。美少女アニメ、美少女ゲーム、美少女漫画のオタク。悪い奴ではない。
ミトラスター…宇宙線のように降り注ぐミトラス因子を体内に蓄積できる者が変身した姿。ミトラス因子は、ただの物質であるものに『意志』が宿る原因となった神秘因子。宇宙の創生と関わるという説もある。ミトラス因子は意志に共鳴するため、本人の意思とイメージ力に大きく影響を受ける。