2、ミトラスター…って?
二人の少女が向かった先は、中庭だった。花壇の真ん中に、何かその場にそぐわないものが立っている。
「あーーあれは…?」
顔から突き出た二本の大きな牙。頭部には二本の長い触角がU字を描いている。人型なのに節だらけの身体が連なった先には、尻尾のように二本の棘が伸びていた。
「……ハサミムシ…人間?」
「グラモットーーアングラムの手先よ」
横から白川先生が解説する。が、まったく意味が判らない。
「ガアアアッ」
そんな事もお構いなしに、ハサミムシ人間は雄叫びを上げて両手を掲げた。その両手の先もーー何故かハサミムシの棘になっている。
「…あれじゃあ、物も掴めませんね」
その必要がない、という事は次の瞬間に判った。
「ガアアッ!」
ハサミムシ人間は棘のついた両手を振り回し、前に出た少女二人に襲いかかろうとする。あれなら、物を掴む必要がない。
「先生、お願い!」
ポニーテルが振り返って声を上げた。先生が頷く。
先生はあのスピードガンみたいなものを手に持つと、それを上に向けた。
「バーティカル・ディメンジョン!」
瞬間、光弾が銃から放たれた。その光は上空まで駆け上り、空中で無数の光となって砕け散る。その光が筋を描いて、辺りの広域空間をドーム状に包んだ。
一瞬、僕の視界の中で空間がぐらりと歪んだ気がした。さっきまでと変わらないーーけど、何かが違う空間に辺りが変わったのが判った。
「行くわよ、香澄」
「OK」
ポニーテールの声に、眼鏡の子が頷く。
二人は左手首の時計を、胸の前で右手指で触れた。
「光衣降臨!」
二人の身体が光に包まれる。と、次の瞬間には姿を変えた二人が立っていた。
白地のピッタリとしたスーツに、目を隠すような大きなバイザー。ポニーテールの方は髪が紅く、バイザーも赤の透明だ。ホワイト地のスーツには赤のラインが入っている。
対するショートカット眼鏡の方は青のバイザーに、青のラインだ。
「こ、これはーー」
僕は驚きを隠しきれず、白川先生を振り返る。白川先生は意味ありげな微笑を浮かべた。
「光の戦使、ミトラスターよ」
「戦士?」
「いいえ、戦いの使い」
こ、こんなーー
驚いて物も言えない僕の前で、二人とハサミムシの戦いが繰り広げられていた。
レッドの方はいつの間にか剣を持っている。日本刀型だが、刀身は赤いクリスタルのように光っている。対してブルーの方は青くて長い棒を持っていた。
ハサミムシがレッドに襲い掛かる。手のハサミを振り上げて斬りかかるが、レッドはそれを跳び退いて躱す。するとレッドの背後にあった樹木が、真っ二つになって倒れた。
「うわっ! 凄い切れ味じゃないですか!」
「そうね、斬られるとかなり危険だわ」
「危険じゃなくて、死んじゃいますよ!」
僕が声をあげた時、ハサミムシはさらにレッドに襲い掛かった。レッドが今度はハサミを剣で受け止める。と次の瞬間、急に身を翻して、尾のハサミを振り回した。
「くっ」
ハサミがレッドの横腹を直撃し、レッドが微かに呻き声をあげる。
「真っ二つーー」
かと思いきや、レッドは身体ごと吹っ飛ばされたものの、身体はつながっていた。
「ミトラスターは全身を対衝撃フィールドに包まれているの。とは言うものの、吸収できなかった衝撃は内部にダメージとして伝わるわ。今ので、ボディパンチを喰らったくらいには感じてるはずね」
白川先生が冷静に解説してくれる。いや、そんな落ち着いてる場合なんですか?
「萌、大丈夫?」
ブルーが声をあげた。レッドがそれに応えた。
「大丈夫。けど、攻撃の手が三つもあるなんて厄介だわ」
「判った、後ろを封じるわ」
ブルーは大きくジャンプすると、空中で回転してハサミムシの背後に廻った。
「グ…グルルル……」
ハサミムシが慌てたように周囲を見回す。レッドは剣を構えて、じりじりとハサミムシに近づいた。
と、ブルーが背後から棒を、ハサミムシの背後のハサミにはすかいになるように差し込む。そのまま抑え込むと、ブルーは声を上げた。
「今よ、萌!」
「ヤアアアアッ」
レッドが気勢をあげると、大きく剣を振りかぶって突っ込んでいく。ハサミムシは動こうとするが、ブルーに動きを封じられて動けない。ハサミムシは反撃をするように、突っ込んできたレッドに向かって両手のハサミを突き出した。
「面ッ!」
レッドが大きく踏み込んで、剣で斬りつける。その刀身は出されたハサミを切り割り、ハサミムシの頭部も斬りぬいて身体を通過した。
ハサミムシの身体が二つに割れ、その傷口から閃光がほとばしる。次の瞬間、ハサミムシは轟音とともに爆発した。
「やった!」
僕は思わず声を上げた。
爆発の煙がたなびいて消えると、そこには1人の男子生徒が倒れている。
「あ、あれはーー」
「操られてグラモットにされた生徒ね。大丈夫、この記憶は残らないから」
戦いを終えた二人の少女が、僕と先生のもとに歩み寄ってきた。変身を解除する。
「じゃあ、ディメンジョンを解除するわね」
先生はそう言うと、手にした銃のレバーをどこかいじった。と、一瞬、視界がぐらついて何かが起きる。
見ると、ハサミムシに切られた木が元に戻っていた。
「え? 直った?」
「現実次元をバーティカル・ディメンジョンに換装してたからね。基本的に破壊ダメージは、次元を戻せば元に戻る。――ただしミトラスターの受けたダメージがなくなるわけじゃないけど」
白川先生は、あっさりと大変な事を言う。
「え? という事はーー彼女たちがこの戦いで負傷したら、その傷は残るという事ですか?」
「そうよ。ホント、痛いんだから」
そう言いながら、ポニーテールが横腹をさすって痛そうな顔をみせた。
「まあ、急な自己紹介になるけど、あたしは紅道萌」
ポニーテールの子はそう言うと、僕に言った。
「――で、キミにできると思う? ミトラスター」
そう言って、萌は僕の眼を見つめた。
『僕ピン』メモ
桃井新平…名浪高校一年C組。特撮オタクで特撮研究部員。父親はサラリーマンで母はパートタイマー。二歳下の妹の佳子は、兄を気持ち悪がっている。
紅道萌…一年A組。剣道部に大会の際には呼ばれるが、普段は警察道場で稽古している。
青野香澄…一年A組。検事で合気道家の父に習い、合気道を心得ている。
白川博子…名浪高校の保険医。
八木直行…一年C組。新平の友人。美少女アニメ、美少女ゲーム、美少女漫画のオタク。悪い奴ではない。