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束の間の夢と共に

作者: 夜空タテハ

「はぁ……今週も起きられなかった……」

 目を開けて時計を見た瞬間、そんな言葉が出た。今日は土曜日。楽しみにしているアニメが朝に放送される日だ。最近の私の生きがいと言っても過言ではないレベルでどハマりしている作品。それなのに、朝に起きるのがキツすぎてリアルタイム視聴の時間に起きられない、ということが最近、多発している。

 それだけではない。日曜日の朝にも見たいアニメがあるが、それも朝に起きることができずに見られずにいる。

 マンガ雑誌も発売日に全部を読むのが体力的に厳しい時がある。アプリやウェブの更新に気付けなかった時もある。

 ここ最近の私のヲタク人生、こんなことばっかりだ。睡眠リズムに問題があり、以前から精神科に通い治療を受けているが、改善の余地は見られない。

 それが最近はますますひどくなり、いよいよそろそろ自分のヲタクとしての生は終わりなのかもしれないなんて思う。じゃあ、ヲタクじゃなくなったら私はどうなるんだろう?

 そんなこと、考えても答えは出ない。ヲタクじゃない自分なんて想像もできないくらい、私は根っからのヲタクなのだ。

 栄養を取れ、ちゃんと寝ろ、カフェインやお酒は控えろ……言われても、ちゃんと食べ物から栄養を取るって、現代の女性の独身生活ではなかなか難しい。カフェインを控えろと言われても紅茶が飲みたい欲求には抗えなくてノンカフェインの紅茶を買った。そこそこの値段で驚いた。お酒はもともと人付き合いで飲むことはあっても一人では飲まない人間だ。

 自分はいわゆる発達障害で、だから、身の回りのお世話を少ししてくれるくらいの支援者はいる。けど、何から何までやってもらえるわけでもない。

「身の回りのこと全部やってくれるような人がいればいいのになー」

 朝ごはんのトーストを齧りながら、そんなことを呟く。

 そんな都合のいい夢物語、自分に起きようはずもない。そんなことはわかっている。

 そんなくだらない考えは捨てて、部屋の片付けでもするか、と重たい腰を上げた時、ふっと目についたモノがあった。それは、いつの間にか机の上に置かれていた、とてもキレイな装飾が施された美しい香水瓶。

 なぜだか妙に惹かれる存在感がある。でも、香水なんて普段あまり使わないから使い方がわからなかった。いや、そもそもこんなところにこんな香水なんて置いた覚えはない。そもそも買った記憶がない。じゃあこれはどこから来てなんでここにあるんだろう?

 わからないことだらけだったが、その香水を使ってみたい、という気持ちが大きくなっていた。瓶の蓋を開けて、まず匂いをかいでみる。なんと言えばいいのかわからないが、甘くて柔らかい綿飴みたいな香りがした。首元に、シュっと、一吹きしてみる。

 柔らかい甘い香りが広がって、少し幸せな気分になった。と、思った瞬間、手に持っていた香水瓶が発光し出した。強い光を目に受けて、思わず眩しくて瓶を落としてしまう。瓶はなおも激しく発光し続けていて、目を向けていられない。

 少しずつ、光が弱まっていった。光がどんどん弱ってもうほとんどなくなった時、床に落ちた瓶を拾おうとして床を見た。少し探すと瓶はすぐ見つかったので、そちらに手を伸ばした。その瞬間、誰かの腕が視界に飛び込んできて、私の手首をグッと掴んだ。

「えっ?」

 驚いて振り向くと、道化師のコスプレみたいな格好をした大柄の人間が、私の手を掴んでいた。

「えっ……え? いや、待って、なに?!」

 語彙がないヲタクのような言葉しか出てこない。いや、自分はヲタクなんだから当然か。なんて思った。

「落ち着いてください、危害を加える気はありませんよ」

「いやいやいやいやいやいやいや、落ち着けるわけないでしょ! とりあえず離して?!」

「ああ、そうですね、いつまでも掴んだままですいません」

 仮面を付けた道化師のような格好をした男には、悪意はないようだ。それはわかった。

「貴方はなに? どうしてここにいるの?」

「私は……なんと申しましょうか、人々に幸せを届ける道化師でございます。どうしてここにいるのか……恐らくですが、そこの床に転がっている香水瓶の作用でしょう」

「は……はあ? 貴方、自分が何を言っているのかわかってる?」

「わかっていますよ。いえ、厳密には『恐らく』ですがね。私には到底、理解しきれない、超常のチカラで、ここに召喚された……という言い方になるでしょうかね。恐らくそういうことです」

「恐らくばっかりじゃん! なんもわかんないよ!」

「そう言われましても、私もハッキリとはわからないことだらけで、困ってるんですよねぇ。一つ言えるのは、貴方の願いが、私をここへ呼んだということです」

「私の願い?」

「そう、その香水瓶には、願いを叶えるチカラがあるのですよ」

「なんでそんなこと知ってるの?」

「私のいた国では有名な伝説ですから」

 淀みなく答える姿は、嘘は吐いていないように見えた。願いを叶える香水瓶……。もし、私の『願い』として彼が呼ばれたのだとしたら、彼を呼んだ私の『願い』とはなんなのか?

 私は少し考えた。『身の回りの世話を全部してくれる人間が欲しい』なんてぼやいていたことを思い出す。まさか、アレが『願い』として承認されて彼が呼ばれたのだろうか?

「大丈夫ですか? お嬢さん」

 少しのあいだ黙り込んだ私の顔を、男が心配そうに覗き込んでくる。彼の仮面が眼前に迫ってくると、少し不気味さがあった。

「大丈夫よ、……もし、私の願いのせいで貴方を巻き込んだのなら、ごめんなさい。……っていうか、まず、自己紹介だよね。私は立花サナ。サナって呼んでね」

「そうですか、よろしくお願いします、サナさん。私は……そうですね、レイラと名乗っておきましょう」

「なにその言い方、なんか含みがあるんだけど」

「私はしがない旅芸人、私の本当の名前なんて、私自身も含めて誰も知らないんですよ。ですから、私は行く先々で様々な名前を付けられます。サナさんが、呼びやすい名前を付けてくださっても構いませんよ?」

 小首をかしげて私に問いかける彼が、少しかわいく見えてきた。表情は仮面で隠れてわからないけれど。

「レイラでいいよ。……ねえ、それより、その仮面、取ってくれない? ちょっと不気味……」

「えぇ、この仮面は大事な商売道具なんですよ? 不気味だなんて」

「うっ、ごめん」

「いえ、たまに言われますから」

「言われるんだ……」

 私が反応に困っているあいだに、彼は仮面を外して横にあった棚の上に置いた。

 レイラの素顔は、キレイに整った顔面のパワーに眩しさを感じるくらいの美形だった。

「……ねえ、レイラ」

「なんですか?」

「貴方、顔がキレイ、隠すのはもったいないってよく言われない?」

「……言われますよ。そう言われるのが嫌で、仮面を付けたんですけどね」

「……嫌なの?」

「まあ……でも、サナさんに顔を見せるのが嫌なわけではありませんよ。なぜでしょうね、どうしてか、サナさんには見せてもいい気がして……」

「そう……」

「さて、サナさん」

 レイラが声色を変えて言うから、私は少し身構える。

「これからどうしますか?」

 レイラの質問に、私は答える解を持ち合わせていなかった。

「どうする……って、言われても〜……」

「私は自分がサナさんの願いに呼ばれてここに来たのだということはわかりますが、それしかわかりません。ここがどういう世界で、サナさんは普段どんな生活をしているのか、教えてくれませんか?」

「いや……そのぉ〜……人にはプライバシーというものがあって〜……」

「プライバシー? なんですか、それは?」

 レイラに問われ、私は言葉に詰まる。

「プライバシーっていうのは……その、えっとぉ……? なにって言われると、なんだろう? とにかく、私のことあんまりちょと言えないことが多いっていうか……」

 独身ヲタク女子の生活を晒すのは恥だという感情は自分にも少しある。ヲタ活のことはレイラに知られたくはなかった。

「では、私がサナさんのどういう願いでここに呼ばれてきたのか、それはわかりますか?」

「それは……その……言いづらいというか……」

「わかるんですね?」

「……身の回りの世話をしてくれる人がいてほしいな、って、思ったの。最近、本当に色んなことがどうしようもなくて困ってるから……だから……」

「なるほど、それでサナさんの世話係として私が呼ばれたわけですね」

「でも、それにしたって、呼ぶならもっとメイドとか執事とか〜、なんかあるでしょ?! なんでピエロなの?!」

「ピエロではなく、道化師です。こちらの世界にも、メイドや執事という概念はあるんですね?」

「あっ……あるっちゃあるけど、多分レイラが思ってるのと違うと思う」

「と、いうと?」

「レイラは知らなくていいことだよ。気にしないで」

「そうですか……」

 レイラは少し考え込むように、腕組をして俯いた。

「とりあえず、もし香水瓶が叶えたサナさんの願いがサナさんの思う通り身の回りの世話なら、私がサナさんの身の回りの世話をすればいいんですね」

「……もし? そうじゃない可能性もあると思ってるの?」

「そうですね。サナさんの言う通り、私がわざわざ呼ばれた理由がわかりませんから……。私も一通りの家事はできるつもりですが、職人ではないですからね」

「それは、そうよね……」

「まあ、じっくり考えていきましょう。まずは何をすればいいですか?」

 問われて、慌ててレイラに何をしてもらうのがいいのか考える。

「とりあえず、部屋の掃除とご飯の用意かな……」

「わかりました。じゃあ掃除からしますね」

「……一応、聞くんだけど、こっちの世界の道具のこと、どれくらいわかる?」

「……一から教えていただけないといけないかもしれませんね」

「だよねー……。わかった、じゃあ、教えながら一緒にやろう」

「はい」

 そういうわけで、レイラと一緒に部屋の片付けをした。レイラには初めて見るものばかりのようで、教えるのも一苦労だった。

 一通り終えて、お茶を淹れて一息つく。

「……こちらの世界は、すごいですね」

 しみじみと言うレイラに、私はなんと返せばいいのかわからなかった。

「レイラの世界って、どんな感じ? 魔法とか使えちゃったりする?」

「魔法が、この世界にもあるんですか?」

「いや、この世界では、魔法はファンタジー……って言ってわかるのかな、あのね、えっと、フィクション……なんて言ってももっとわかんないよね、この世界では、魔法は実在しない架空の技術ってことになってるの、物語の中だけにしか存在しない、特別なチカラ、みたいな……」

「そうなんですね。でも、電気なんて、僕からしたら魔法よりすごいですけど……」

「いやいや、私から見たら魔法の方がよっぽどすごいよ。ちなみに、どんな魔法が使えるの?」

「こちらの世界での電気とだいたい使い方は同じですよ。火をつけたり、水を凍らせたり、離れた場所で会話をしたり、色んなことに使えます」

「ふーん……そういう感じなんだ……。じゃ、休憩はここまでにして、お昼ご飯の用意しよっか」

「はい。何が食べたいですか? せっかくですから、サナさんの食べたいものをご用意しますよ、サナさんの身の回りのお世話をするために呼ばれたんですから……」

「本当に? ありがとう! ……あ、そういえば」

「どうしましたか?」

「食材が冷蔵庫に入ってないかも……」

「冷蔵庫?」

「食材とかを安全に保管しておくためのもので〜……って、今はそんなことどうでもよくて! 食材を買いに行かなくちゃ」

「では、お供しますよ」

「……その格好で外に出る気?」

「まずいですか?」

 キョトンとするレイラの顔はほんのりかわいいように見えるが、服装は道化師である。街中でコスプレしていると通報されてはたまらない。

「その格好で外に出るのは、ちょっと……ダメかな……。食材の買い出しは私がやってくるから、レイラはそのあいだに、お風呂の準備とかしといて…………お風呂の準備も、教えた方がいい? よね……」

「そうですね、教えてくださらないと、よくわかりません」

「うん、そうだよね、わかった」

 そうしてサッサとレイラにお風呂の準備の仕方を教えて、食材の買い出しに出かける。

 買い出しから戻ると、レイラは窓際でぼんやりと外を眺めていた。

「レイラ? どうかした?」

「あぁ、おかえりなさい、サナさん。いえ、大したことではないですが、……この世界の空はこんな色なんだなぁ、と思いまして……眺めておりました」

「……レイラの世界の空は、どんな色なの?」

「毒々しくて禍々しい、どんよりとした色ですよ」

「……空が……?」

「まあ、そんなことはいいじゃないですか。食材を買ってきたんでしょう? 何を作るんですか? ああ、いや、サナさんの身の回りの世話をするのが私の役割なんですから、私が作るんですよね。私に何を作ってほしいんですか?」

「オムライスよ」

「おむ、らいす、とは……?」

 ポカンと口を開くレイラに、オムライスとはどんな料理なのかを教える。

「まあ、実際にやってみる方が早いでしょ。やりながら教えるから、おいしいの、作ってね」

「任せてください。料理の腕には、少々、自信があります」

 そして二人でキッチンに移動して、私がレイラに都度なにをするのか教えながら、オムライスを作る。

「できた〜!」

「できましたね」

 完成したオムライスをお皿に盛り付けて、プチトマトとブロッコリーを添える。私の中では、これがオムライスの最高のスタイル。

 それを二人で一緒に机に持っていって、椅子に座る。

「あ、そういえば、レイラ、スプーンの使い方はわかる?」

「そうですね……似たような食器を使ったことはあります。多分、大丈夫です」

「そっか。ならよかった。じゃあ、いただきます」

 私が合掌したのを見て、レイラはキョトンとした顔をする。

「サナさん、それは?」

「これはね、食事をする前の、私の国での挨拶」

「そうなんですか。では、私も。いただきます」

「じゃあ、食べようか」

「はい」

 そう言って、私達はオムライスを口に運ぶ。

「お、おいしい〜!」

 オムライスを一口、食べた途端、私は思わずそう口にしていた。

「サナさんに喜んでもらえて、よかったです」

 レイラはそう言って笑っている。

「冗談じゃなく、今まで食べたどのオムライスよりもおいしいよ〜!」

 本当においしくて、私はバクバクと勢いよく完食した。

 レイラは、初めてのスプーンに少し苦戦している様子だったが、キレイに行儀良く完食した。

「おいしかったね〜」

 上機嫌に言う私を見て、レイラは満足げに頷く。

「サナさんがそんなに言ってくれて、嬉しいですよ」

「だって本当においしかったから! 毎日でも食べたいくらい! ああー、でも、どうせなら他のお料理も挑戦してほしいよね! ハンバーグとか〜、ギョウザとか〜、おいしいもの色々と作ってもらって食べたいなぁ」

「ハンバーグ……? よくわかりませんが、こちらの世界にいるあいだはサナさんのためにがんばりますよ」

「ありがとう、レイラ!」

「いえいえ、サナさんのために呼ばれた身ですから」

 優しく笑うレイラに、つい、甘えたくなった。

「……私のためなら、なんでもしてくれる?」

「もちろんですよ」

「……じゃあ、その……頭を撫でてほしいんだけど」

 まずは軽い願いから……と思って口にしたが、口にしてみたら思っていたより恥ずかしいかもしれないとも思った。

「そんなことでいいんですか?」

「だ、だって、その……大人になると、誰かに頭を撫でて褒めてもらえることなんて、ないから……だから、その、そういうのしてほしいなって、思って」

「わかりました」

 レイラの手が私の頭に伸びる。優しい温度が、頭皮から伝わってきた。

「サナさんはがんばっています。偉いです。毎日がんばって生きていて、本当にとても偉永です。大丈夫ですよ」

 そう言いながら、レイラは私の頭を優しく撫でる。そんなレイラと目が合って、私はどうしようもなく恥ずかしい気持ちになりながら、幸せでいっぱいだった。レイラの目を見つめていると、とても気持ちが高ぶって、抑えられなくなっていて……。

「ねぇ、レイラ」

「なんですか?」

「キスして?」

「キス? ……ですか?」

「……もしかして、キスがわからないとは言わないよね?」

「そういうわけじゃないですが……いきなり、キスをせがむなんて、その……はしたないですよ、サナさん」

「……私だって、誰にでもこんなこと言うわけじゃないよ? レイラだから言ってるんだよ」

 私は真剣な目で言う。レイラは、私のそんな視線を受けて、気持ちが固まったようだった。

「……わかりました。なんでもする、って、言いましたからね。しますよ」

 言いながらレイラが私の顎に手を伸ばした。少し上を向かせられて、至近距離で目が合う。

 唇が重なって、静寂が訪れた。

 そのまま、どれくらいの時間そうしていたのか、一瞬だったような、数秒間じっくりだったような、幸せで感覚がおかしくなる。

「今日に初めて出会った相手に、キスだなんて」

「不満?」

 私が聞くと、レイラは首を横に振る。

「……なぜだか、サナさんと、初めて会った気がしないんです。もしかしたら、前世で会っているのかもしれませんね」

「……どうしてそう思うの?」

「私の国の伝説にあるんです。前世で想い合った恋人同士が悲劇の別れに見舞われた時、別々の世界に生まれ変わって、いつの日か魔法のチカラで再会することができる、と……」

「……つまり、前世で私達は恋人同士で、なにかがあって、別々に生まれ変わって……今こうして。香水瓶の魔法のおかげで出会えたってわけ?」

「そういうことになりますね」

「そっかぁ……」

 私は、しみじみと頷いて、レイラの顔を見つめる。

「ねぇ、レイラ」

「なんです?」

「ハグしよっか」

「ハグ?」

「抱きしめる、ってこと」

「なんで、いきなり」

「……だって、なんでもしてくれるんでしょ?」

 私が言うと、レイラは少し照れくさそうにしながら、腕を広げた。

 私はそんなレイラに体に思いっきり抱きついた。力いっぱい思いっきり抱きついたものだから、レイラは驚いたようで支えきれなくて、後ろにあったベッドの上に二人とも倒れてしまった。

「アタタ……ごめん、レイラ、大丈夫?」

「びっくりしました……けど、大丈夫ですよ、サナさん」

 そう答えるレイラの足先が、うっすらと光を帯びながら透明になっていくのが目に飛び込んできた。

「れ、レイラ! 足!」

「足……?」

 私が叫ぶと、レイラは足を見て状態を確認した。

「……どうやら、時間のようですね」

「時間?」

「香水瓶の魔法の効果時間が切れたんですよ」

 そう言って笑うレイラの姿を、私は涙目で見つめていた。

「そんな、せっかく出会えたのに、もうお別れなの?!」

「そうですね……。でも、こうして出会うことができて、よかったです。泣かないでください、サナさん」

「泣くに決まってるでしょ、バカァ!」

 言いながら、私はレイラの胸をドンドンと叩く。レイラの姿は、もう半分以上、見えなくなっていた。

「そうだ、コレを最後に、サナさんに渡しておきます」

 レイラがそう言いながら私に手渡してきたのは、美しい装飾がされた栞だった。

「香水瓶の効果が切れても残るのか、約束はできませんが……もし香水瓶の効果が切れても残っていたら、コレを、大事にしてください。きっと、約束ですよ。それから、私がいなくても、部屋の片付けもちゃんとして、ご飯をしっかり食べて栄養を取ってくださいね。自分のことを、大事にしてあげてください。自分のことを大事にするって、とっても大切なことです」

「……わかった、大事にする。色んなこと、ちゃんとする……。ねぇ、いつか、いつの日かわからないけど、また会える?」

「……約束はできません」

 首を横に振るレイラに、私は泣きじゃくりながら言葉を投げる。

「行かないでよぉ……やだよ、一緒にいてよ」

「サナさん」

 レイラの自愛に満ち溢れた声を受けて、顔を上げる。

「私の愛しいサナさん……どうか自分を大切に、しっかり生きてください。大丈夫。離れていても、私は貴方のことを想っています」

 そう言った後、レイラは優しく私の口を塞いだ。私はただそれを受け入れて、静かに目を閉じて、レイラの温もりを感じていた。

 少しして、温もりが消え去るのと同時に目を開けた。そこには誰もいなかった。私の手の中には、レイラから貰った栞があった。

 私はその栞を、そっと優しく撫でる。

「ありがとう、レイラ」

 呟いた言葉が、いつか届くことを願った。


〈了〉

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