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 「なんか変な音がすると思ったら」

 「たき火アプリ」

 へらへらとぼくは笑う。スマホアプリから不定期に火花が弾ける音に敏感になったマスターは大仰に肩をすくめた。

 「ここら辺、火事は洒落になんないのよ。肝が冷えたわっ」

 「でもこれ癒し系だよ?」

 会話が微妙にかみ合わないのはアルコールのせいだろう、マスターはこの酒と性の溢れる街に勤務しているので、この頓珍漢な会話には慣れている。だがあらゆる店がひしめき、詰め込まれた街においては火事は冗談では済まされない。行政に見つかり、マスコミに騒がれ、火事への対策を外野から騒ぎ立てられると、対岸の火事の不始末を対岸の向こうから責め立てられている気がする。外野であるからこそ、気楽なのだ。

 江戸時代に不倫や放火の処刑が見せしめであった事を考えると、民衆の罪人を責め立てる気質は現代にだって受け継がれている。そんな話をかいつまんで口語で、詩人のぼくに話すと、ぼくはへらへら笑うだけだった。マスターは骨折り損のような気がしたが、この街では基本的にこんな話はゲロに混ざって地面に滴る。それを知っているから、傷つかない。


 「あのね、こーいう店で出火でもしたら、そんでけが人でも出たらヤバいのよ。店に来るんだったら、そういうマナーは大事にしてちょうだい」

 「あははは、マスターって真面目な話するとすぐ分かるねえ」

 「ぶっ飛ばすわよ。アタシはこう見えて柔道やってたんだから」

 「あははー。柔道ならだめでょ、ひとをきずつけたら」

 「ろれつ回ってないじゃないのっ」

 「マスターはぁ、なんでえ酔わないの?」

 本質を突かれた気がしたが、その本質も素面に近い客から何度も突かれている場所だ。慣れた。


 「この街で働く人間はね、みーんな酔わないように特殊な訓練を受けるの。特殊部隊の超精鋭、超エリート部隊なのよ、アタシ達は」

 「あははは!あははは!」

 何がおかしいのか、ぼくはにこにこと笑って手を叩いて喜んでいる。


 この街ではそうだ、みんな行きずりの街だと思っているから、したり顔でこちらを論破せんとしたり窘めたり興味津々に尊厳を踏みにじり、その一連の行為込みですべてがエンターテイメントだとでも思っている。こちとら生きている人間なのだから、その迷惑な行為にこちらが知っていないとでも思っているのか、キャバ嬢もホストもオカマも、みんなバカなフリをして飯の食いっぱぐれが無いようにしてるんだ。そんなものを分からないで、この街を歩かないで欲しいというのが本音だが、そんな底辺客でも金を落とすから”お客様”だ。

 そんな話を大学生の時の友人に話したら、接客業の彼女は大いに共感してくれた。どいつもこいつも、と大いに盛り上がったけれど、従事者がグチを言い合ったところで、底辺客はなぜか途切れることがない。神様はどうしても客の層というものを、一定数変動させるつもりが無いようだ。


 「クソ客よね。人が嫌がることして」

 「ごめんって~。ほら消した、消したから~あはは」

 「その焚き火アプリ、いつも使ってんの?」

 「そう~一度も本物って、見たことないんだけどね~」

 平日の夜、多少時化ているこの時間帯にはこの詩人のぼくと二人だけだ。

 「眠れない時とか?」

 「ん~ぼく、いっつも眠れるから」

 「羨ましい特技ね。じゃあリラックスしたい時とか」

 「ぼくぅ、いっつもリラックスしりゅう」

 カウンターに突っ伏しているぼくは顔が潰れているので、口調が潰れて赤子のようになっている。


 「あんたねえ、じゃあいつ使うのよ?!」

 「流行ってるから入れたのぉ」

 「もう終わってるわよ、キャンプブームも!」

 「えーーーもう~~~?」

 「知り合いのリサイクルショップの店長が言ってんのよ、めっちゃキャンプ用品が売られにくるんだって。もう一時的ブームは終わってんのよ」

 「そっかーーーー。でもぼく、キャンプは行かないな」

 「行かないなら悲しむなっ」

 酔っぱらいとの会話でも、得られるものはある。多少語気を強め、他の客への怒りを乗せても酔っぱらいの記憶には残らないのだ。だから好き勝手に罵詈雑言をテンション高く言ってやっても、酔っぱらい達は聞いていなければただのショーだと思ってくれる。接客業としては意識が低いが、こんなガス抜きも必要なのだ。くどいようだが、ここで客の相手をしているのは生きている人間なのだから。

 「まったくもう。そう言えば焚き火か、昔高校生の時に行ったわね・・・友達と」

 「え、キャンプ?」

 「そうよ。アタシがもうこの性を自認した頃に、男友達とね・・・。あれはもう遠い昔のお話・・・」」

 「長くなるらいいや!」

 「あんたねぇっ」

 いにしえのマスターがまだマスターではない時、焚き火に当たる友達の顔を性的対象だと気付いてしまって、急激に社会性と普通という仮面が剥がれた気がした。その話を今この酔っぱらいにするには、まだ酒が回りすぎている。からんからんとドアベルが鳴った。ぼくは酔いが回ったのか突っ伏している。いにしえの話はまた今度だ、マスターは新しい客に向かって笑顔を作った。


一行作家より:夜更けに・メッキのはがれた仮面を・たき火の前で・予約しました。

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