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5. 特別な贈り物

 高級焼肉店での歓迎会は思っていた以上に盛り上がった。衣織はこんな美味しい焼肉食べたことないですぅと叫び、実稀から「うるさい」と軽いチョップを食らう。叱られてからは黙々と肉を焼き、焼き方を褒められていい気分になりながら、シメのご飯ものまでしっかり平らげた。


「星野・・・食べ過ぎじゃないのか?」

「えー、いいじゃん!食べっぷりのいい女の子って俺、好きだな。」


 諒は爽やかにそう語りながら手を伸ばして烏龍茶を持つ衣織の手に触れようとする。衣織はすかさず手を引っ込めた。


「触らないでください、変態セクハラ社員。」

「えっ?変態が追加されたんだけど!?」

「次やったら『キモい』も付けますから!」

「えー。」

「・・・はあ。」


 そんな賑やかな一次会が終了し、衣織はお腹も幸せもいっぱいになって店を出た。



 だが問題は二次会に突入してから発生した。


「ねえ、俺も『ザル』だけど、もしかして衣織ちゃんって『ワク』?」

「あはは。飲んでも飲んでも酔わないんですよね。もったいないから今日みたいに飲み放題以外ではほぼお酒は飲まないんです。それよりこの方、大丈夫ですか?」


 衣織が自分の横を見ると、座敷の畳の上にへばりつくように倒れている店主の残骸がそこにいた。


「そいつは酒にのまれるタイプ。全く飲めないわけじゃないけど、飲むと寝るか泣くかキス魔になる。」

「・・・そいつは厄介ですね。」


 実稀は座布団の上に突っ伏したままピクリとも動かない。顔色は悪くないので、寝ているだけなのだろう。


「だよねー。まあ寝ちゃう日はそれ以外の二つは滅多にしないから心配ないよ。でも寝ない日は泣いているあいつに何度襲われたことか。俺のこの唇は可愛い女の子のためだけに空けてあるのにさあ。」

「はあ左様ですか。」

「衣織ちゃん、冷たいなあ。」


 そんなくだらない話をしつつ諒と二人で時間いっぱいまで飲み明かし、何とか実稀を起こしてその居酒屋を出た。



「じゃあ俺、この後予定あるから実稀をよろしく。タクシーの運転手さんにこの住所を言って。」


 諒はそう言うと、住所が書かれたメモを衣織に手渡し、じゃあねーと言ってさっさと一人でどこかへ行ってしまった。


「ええ!?ちょっと、諒さん!?」


 残された衣織は大きなため息をつき、渋々タクシーを捕まえて実稀を無理やり後部座席に突っ込んだ。体を半分車に入れたまま運転手に住所の紙を渡し外に出ようとしたその時、ぐいっと服を引っ張られ、倒れかけて座席に手をつく。


「ちょっと桐生さん、しっかりしてください!」

「してる。」

「じゃあ手を離してくれませんか?」

「うーん。」

「あ、また寝た!?」


 結局彼が衣織の服を掴んだまま寝てしまったので、強制的に彼の家まで送り届けさせられることになった。



 十五分ほどで目的地に到着すると、どうにか実稀を叩き起こしてタクシーを降り、お金を払った。その隙に、目を覚ました実稀はマンションのエントランスにある花壇のような場所に座り込む。


「うわ、大きいマンション。この副業金持ちめ。・・・ちょっと桐生さん、自分で部屋に帰れますか?」

「帰れる。」

「そうですか。じゃあ私は歩いて帰りますんで。これで。」


 そう言って歩き始めると再び服を掴まれた。


「おっと!桐生さんいい加減に」


 怒った顔で振り向くと、目の前に花壇から立ち上がった実稀の顔が迫っていた。不覚にも「綺麗な顔だな」と思ってしまって一瞬判断が遅れる。


 半分目を閉じた実稀の顔が、衣織の顔に接近する。


「ふお!?」


 いつものように変な声が出るも、どうにか顔を伏せて実稀の唇を避けた。だがあと少しのところで避けきれず、衣織の額にその唇が掠る。


「ちょっと!?」


 怒りと混乱で思わず実稀の体を両手で突き放すと、彼はゆらゆらとその場で揺れてから衣織の方に戻ってくる。


「いおりい、おれはかえる。」

「はあ、このダメ店主!桐生さん、早く部屋に帰って寝てください。もう二度と一緒にお酒は飲みませんからね!」

「みき」

「はい?」

「みきだろ、いおり」


 自分が酔わないからこそ酔っ払いの気持ちはよくわからない。衣織は仕方ないという風にため息をつきながら実稀の背中を押した。


「・・・はあ。実稀さん、これでいいですか?じゃあ私帰りますから。ほら、中に入ってください。」

「うん。おやすみぃ。」


 そう言うと実稀はふわっと嬉しそうな笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振りマンションに入っていく。足元はおぼつかなかったが目はかなり覚めたようだったので、衣織は疲れたと呟きながら足早に帰宅した。




 翌日の木曜日、店は定休日だったので、衣織は自宅で溜まっていた家事を済ませてから買い物に出かけた。


「昨日はお肉いっぱい食べたから、今日はお魚にしよう。」


 昨日の幸せの余韻を楽しみながら、近所のスーパーに買い出しに行く。歩いて十分ほどの距離にある値段が手頃なそのスーパーは、衣織の行きつけの店だ。


 慣れたルートで必要な棚を見て周り、魚のパックを手に取ったところで「星野」と名前を呼ばれて振り返った。


「え、桐生さん!?」


 実稀は若干疲れた顔で片手を軽く上げて立っている。もう片方の手にはペットボトルのお茶が握られていた。よく見ると髪の毛には寝癖が付いていたがそれは黙っておくことにする。


「買い物か?」

「はい。ここ、家から近いので。」

「そうか。」

「・・・」

「・・・」


 なぜか魚コーナーの前で二人で無言になる。後ろから女性の買い物客がやってきたので、衣織は慌ててそこを離れた。実稀も流されるように一緒に移動する。


(え、なんでまだ一緒にいるのこの人?)


「えっと、何か?」

「あー、その、昨日俺、星野に何か迷惑をかけたんじゃないかと・・・思って・・・」


(なるほど、酒癖の悪さは自覚があるのか)


 口ごもる実稀ににっこりと微笑み、優しく答えた。


「危うくキス魔の犠牲になるところでした!」

「もっ、申し訳ない!」


 実稀が青ざめながら頭を下げる。


「いえいえ、未遂ですから。酔ってたみたいですし。なのでまあ昨日のことは忘れてください。それじゃあ。」

「ああ、すまなかった。・・・星野。」


 衣織は再び名前を呼ばれて立ち止まる。


「何ですか?」

「これ、お詫びに。」


 そう言って実稀はポケットから何か小さな箱を取り出し、衣織に渡した。


「え?チョコですか?」

「そんなしょぼいお詫びを俺がすると思うか?まあ、気に入らなかったら店に置いといてくれ。」

「え、ちょっとあの・・・あら行っちゃった。」


 実稀は言うだけ言うと、さっさとそこを離れレジに向かって歩いていった。衣織はあまり人が通らない場所まで移動すると、早速その箱を開けてみる。すると中から小さな石が散りばめられた、手のひらサイズの美しいオルゴールが現れた。


「うわあ、可愛い!あ、あの緑の石も入ってる!え、じゃあこれ結構高価なものなんじゃ・・・?」


 衣織は慌てて実稀の姿を探したが、もうどこにもその姿は見えなかった。


「ふふ、実はいい人だったんだな〜。」


 思わぬ展開でもらってしまった素敵な贈り物は、急いで帰宅した衣織によって、家の中でも一番目立つ場所に飾られることになった。


 だがご機嫌でそれを飾ってからふと気付く。なぜあの時実稀はあのスーパーに居たのだろうか?


(桐生さんのマンションって、全然違う方向だったよね?しかもあの近くには別の大きいスーパーがあるはず・・・てことはまさか、お詫びのためだけに私の家から尾行してきたとか!?)


 そのことに気が付いて一瞬身震いする。


「うわあ、変態セクハラ社員とストーカー店主!?」


 衣織は頭を抱えながらしばらく考えこむ。お詫びの品を返そうかどうか迷ったが、まあオルゴールに罪は無いかと割り切り、気持ちを切り替えて夕飯を作り始めた。


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