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40. 創りだす未来

 それからの二人は、いつも通りの生活に戻った。数日は実稀の家で様子を見ていたが、例の男性ももう姿を現わさなくなっていたので、衣織は自分のアパートに戻り店で再び働き始めた。そして実稀も諒も、普段通りの仕事を再開した。


 それからしばらくは時々三上の働く食堂に行ったり、晴人が店に顔を出したり、そんな何でもない日常が戻ってきて、衣織にも以前の明るさが徐々に戻ってきているのを感じていた。



「衣織ちゃんおはよう!今日もいい天気だね〜」


 諒は今日も衣織の肩に腕を載せ、にこにこと微笑みながら挨拶をする。


「ほら諒!手をどけろ。またセクハラって言われるぞ。」

「何だよちょっとくらい!衣織ちゃんと俺との仲じゃん。今さらだよね、衣織ちゃん!」


 衣織は肩に密着している腕をポイっと放り投げると、「変態セクハラ社員、じじくさいこと言ってないで仕事してください」とにべもなく言い返す。


「ええ!?じじくさいって、酷くない!?俺まだギリ二十代よ?」

「いいから仕事しろ。お前の業務がかなり溜まってるんだよ。」


 諒はふてくされたように口を窄めると、はいはいと言いながら奥の部屋に入っていった。すると今度は実稀がゆっくりと衣織に近付く。


「衣織。」

「はい?」

「明日定休日だろ。今夜、出かけないか?」

「もう、諒さんを仕事だって追い払っておいて、自分はここでプライベートな話をするんですか?」


 実稀はニヤリと笑うと衣織の耳元で囁くように言った。


「俺はいいんだよ。なあ、今夜会える?」

「・・・はい。」

「よかった。じゃあ、後で家に迎えに行く。」

「わかりました。」


 すると今度は衣織から少し離れ、にっこりと優しい笑みを浮かべた。


「それと星野。」

「うっ、な、何ですか?」

「今日はずいぶん手を抜いてるなあ。修理したキャビネットの下にこんなに埃が・・・」

「ひいい!?す、すぐに確認します!!もう、この掃除の鬼!!」


 実稀はその言葉を気にする様子もなく、早く行ってこいと言わんばかりに手を振って自分の仕事に戻っていく。


(まあいいか。こうしてまた店で働けるだけでも幸せなことだよね)


 衣織は掃除用具を再び引っ張り出し、店の中を隅々までチェックしていった。




 そしてその日の夜、実稀に連れられ車に乗って到着した場所は、小さな洋食屋さんだった。レトロな雰囲気のその店は、温かくて優しい空気が満ちた素敵なお店だった。


 奥まった席に案内され、二人で飲み物と料理を注文する。


「俺は飲まないけど衣織は飲んでいいよ?」

「ううん、いいんです。それより料理を楽しみたい!」

「ここは最高に美味しいから。期待してて。」

「はい!」


 そうして二人は食事を終えると、実稀が気を利かせて選んでくれたデザートとコーヒーを待った。


 その間に、躊躇いながら実稀が話し始める。


「衣織・・・この間のこと、なかなかゆっくり話せなくてごめんな。」


 衣織はゆっくりと首を横に振った。


「もういいんです。私にとってあの出来事はもう過去のことですし、むしろ結果的に、両親のことで辛かったはずの時期にその辛さを和らげてくれることになったんですから。だからもう気にしないでください。この話はもう終わりです!」


 実稀はうん、と言いながらも俯いている。その時、ウエイトレスがデザートとコーヒーを持って現れ、テーブルにそっとそれらを置いて去っていく。


「いい香り!このタルトも美味しそうですね!」

「なあ衣織。」

「はい?」

「もし嫌じゃなければ、俺と、本格的に同棲しないか?」


 実稀のその言葉を理解するまでに、一、二分かかる。


 そして彼の少しだけ不安そうな笑顔を見つめる。


「実稀さん・・・」

「うん?」

「私、掃除苦手ですけど、いいですか?」

「・・・ぶはっ」


 噴き出したかと思うとそのままお腹を抱えて笑い始めた実稀を「お店の中なのに」とオロオロしながら見守っていると、笑いをどうにか抑えた彼が衣織の目をまっすぐに見て言った。


「いいよ。言っただろ?仕事以外では甘やかすって。家ではいっぱい俺に甘えてなさい。」

「うう、実稀さんずるい!そんなこと言われたら断れないじゃないですか!」

「断れなくしてるんだよ。」

「・・・もう。」


 その小さなテーブルに、優しく甘い時間が流れていく。


 未来は何一つ決まっていないし、時にはあの幼かった頃の実稀のように感情をぶつけあって苦しい思いをする時もあるかもしれない。


 それでも衣織は目の前にいるこの人と再び出会い、小さな妖精達と出会い、優しい友人達にも巡り会えた。


(先のことは何もわからないけど、この人と歩いてみよう)


 今こうして優しい目を向けてくれている実稀もまた同じように考えてくれているような気がして、衣織の胸はいっぱいになっていく。


「ほら、泣くなよ。俺の方が泣きたいくらい嬉しいんだから、つられちゃうだろ?」

「ふふ!つられていいですよ?」

「人前で泣かす気なのか!?」

「それもまたおつな・・・」

「さては俺の反応を見て楽しんでるな!」

「あはは!」


 衣織は、頬に流れたその涙が、これまでの辛かったことを全て洗い流してくれたような気がした。


 そして、ここからは、二人の新しい生活が始まっていく。


「実稀さん、大好き。」

「うん。俺も。」


 テーブルの上で自然と重なり合っていく手の温もりをしっかりと心に刻み、衣織は大好き人と、美味しいデザートとコーヒーを楽しんで、まだ見ぬ未来を楽しく思い描いていった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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