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39. 向き合うべき過去

 一がその日リビングで話してくれたのは、二人が思い出したあの日の出来事だった。



 まず、人の姿に近いあの妖精、実稀曰く『精霊』は、長い時を生きてきた妖精が自らの姿を変化させたものだということを知った。


 そしてあの日実稀が見た真っ白な姿は、確かにあまり状態は良くなかったが、人のように死ぬことのない妖精にとっては単にエネルギー切れを表すものだったらしい。


「じゃあ、あの人はどうしてあんな風に砕け散ってしまったんですか?」


 実稀は驚きながら祖父に詰め寄る。一は困った顔で笑いながら言った。


「あれは仮の姿だからねえ。エネルギーが足りなくて、もうそれ以上あの姿ではいられなかったんだろう。」

「どうしてそのことをもっと早く教えてくれなかったんですか!?」


 一はそこで大きく息を吐き出した。


「実稀。お前のトラウマはあの妖精の仮の姿が割れてしまったことでできたものじゃない。星野さんにしてしまったことが原因だったんだ。」


 実稀はハッとして青ざめると、一から目を背けた。


「もしあの頃にこの事実を話していたら、お前はそれに安堵する代わりに星野さんのことを思い出し、もっと深く傷ついて立ち直れなかっただろう。だからそのことを忘れていてもらうためにも、この話をするつもりはなかったんだよ。」

「・・・」


 衣織は黙ってしまった実稀の手をぎゅっと握りしめてから一に問いかけた。


「ということはその妖精は生きているってことですか?」


 一は優しい笑みを浮かべると、ゆっくり頷いた。


「ええ、星野さん。生きていますよ。ほら、そこにいるじゃないですか。」

「え?え!?翠連ですか!?」


 衣織は勢いよく振り返り、後ろを楽しそうに飛び回る翠連の姿を確認する。


『イオリ、モウカケラナイネ。ヨカッタ!イオリガシアワセナラワタシモシアワセ!』


 翠連の声が鈴の音のように頭の中に心地よく響いていく。衣織はその場に空も近づいてきていることに気が付いた。


「そうだったんだ・・・じゃあ翠連は私のことをずっと知っていたんだね。」

『ウン。イオリ、イマ、シアワセ?』

「うん。」


 実稀が翠連に近寄る。翠連は差し出された実稀の手の上で羽を休めた。


「翠連、あの時は本当に申し訳なかった。俺は幼かったし愚かだった。死ななかったとはいえ、君を困らせた。ごめん。」


 頭を下げた実稀に、翠連は言った。


『ミキ』

「え?声が、聞こえる!?それに名前・・・なんで・・・」


 唖然とする彼に翠連は小さな手をちょこんとその手に載せて続けた。


『ミキノコト、オコッテナイヨ。ミキ、イオリ、シアワセナラソレデイイ。』

『ミキノイエ、マタイキタイ!イオリ、イッパイアソボウ!』


 翠連に便乗して空も話し出す。だが空の声は実稀には聞こえていなかった。


「翠連、ありがとう。衣織も、お祖父ちゃんも、本当にごめん。」


 そこから先は、誰も責めることも謝ることもなく、ただただ優しくお互いを思いやる時間だけが過ぎていった。




 一の家から帰る頃には、すでに日が落ちて外は真っ暗になっていた。街灯は小さなものが近くの道を照らしてはいるが、月も星も出ていないその日はいつもより外が暗く感じられた。


「あ、そういえば最後に一つお聞きしたいのですが、いいですか?」

「いいとも。何かな?」


 一は後ろに手を組んで微笑みながら言った。


「私にかけらを返せと言っていた男の人は何者だったんでしょうか?」

「・・・おそらく向こうの世界の別の妖精が、あの辺りに住んでいた波長の合う人を操っていたんだろう。あのかけらは持っているだけで周りに影響を及ぼす。こちらの世界の力を借りることを嫌がる者達もいるようでね。たぶんそうした思いを持つもの達が、君が持っていた大きなかけらを見つけて反応したんだろう。」

「じゃあ、もう追われることはないんでしょうか?」


 不安そうな衣織の肩を、実稀がそっと抱き寄せる。


「ははは。どうやら実稀がしっかり君を守るようだよ。それにもう星野さんの中にはかけらの気配を感じない。大丈夫だと思いますよ。」

「よかった!ありがとうございます!」


 ほっとした衣織は、つい無意識に実稀の手に自分の手を添えた。だが「仲がいいですねえ」と一に揶揄われるように言われ、パッと手を離す。


「ははは。さあ、今日はもう遅い。早く帰りなさい。実稀、次に来る時はいい報告を待っているよ。」

「・・・善処します。」


 顔を真っ赤にしているというレアな実稀の姿に驚きながら、衣織は彼の車に乗りこみ、一の家を後にした。



「衣織、さっき祖父はああ言ってたけど、念のため数日、安全だと分かるまでは俺の家にいてくれないか?」


 衣織はバッグの中からスマートフォンを取り出そうとしていた手を止め、運転席に座る実稀をじっと見つめた。


「それって、また同居、ってことですか?」

「あー、うん、いや、同棲、だな。」

「ふふふ!顔が真っ赤ですよ?」

「揶揄うな!」

「実稀さん。」

「なんだ?」

「会いたかった。」


 実稀は前を見たまま左手を衣織の手に重ねた。


「俺も。」

「同棲、してみようかな。」


 その瞬間急ブレーキがかかり、衣織は少し前のめりになる。


「うわ!びっくりした!急に止まったら危ないじゃないですか!」

「衣織、同棲してくれるのか!?」


 よく見ると信号が赤になっていた。後続車がいないことも確認し、安心してから実稀の方を向く。


「同居とどう違うんですか?」


 実稀の目が大きく開いた後、彼は顔を一気に綻ばせてはにかむように笑った。


「うちに来ればわかるよ。」


 衣織の顔にも明るい笑顔が広がっていく。そんな二人を後部座席で仲良く座っている妖精達が幸せそうに見つめていた。


『ミキ、シアワセ!』

『イオリモシアワセ!』


 二人は、今大切な人がこうして隣にいる幸せを噛み締めるように、握った手の温もりを確かめ合いながら実稀の家へと帰っていった。


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