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27. 秘密のパーティー

 あのコンビニでの別れの日から、衣織は諒との連絡が一切取れなくなった。店には『しばらく仕事を休む』とだけ連絡が来たようで、実稀もそれ以降ほぼ連絡が取れていないらしかった。


「はあ。」


 店での業務はいつも通りに進めていたが、諒の代わりに地下で妖精達の要望を聞く仕事だけが衣織の新たな業務として追加された。一人で地下室にいると次第に気持ちも暗くなり、諒とのあの日の会話が脳裏に蘇り、さらに落ち込んでいく。


 その日はいつも諒がやっていた時間に地下に入りそこで三十分以上待っていたが、結局妖精は一人も現れず、衣織は諦めて上の部屋へと戻っていった。



「星野、ちょっといいか?」


 階段の途中で実稀から呼ばれて上を見上げると、彼が何やら大きな箱を持って立っているのが見えた。


「どうしたんですか?」


 その箱を見ながら階段をのぼりきると、彼がニヤッと笑いながら箱を衣織に手渡した。


「今夜、ここでヒミツのパーティー、しないか?」

「え?」


 大きな箱を両手で受け取ると、上からそれを確認する。大きさからするとアレかな?と思いながら、それを一旦机の上に置いた。


「もしかしてこれってケーキですか?」

「正解。ついでにピザも注文しといた。どうする?」

「じゃあ、参加します。でもヒミツってどういうことですか?」

「それは来てからのお楽しみだ。せっかくだから着替えてこいよ。それなりに可愛い服で。」


 衣織は目を丸くした。


「可愛い服って・・・」

「パーティーなんだからその方が楽しめるだろ?」

「それはまあ、そうかもしれないですけど・・・」


 諒がいなくなってから、衣織はなんとなく一人で何かを楽しむことに抵抗を感じてしまい、最近は淡々と職場と家を往復するだけの日常を過ごす毎日だった。だからこの時も誘われたとはいえあまり浮かれてしまうような状況は作りたくないと思っていた。


(諒さん、今頃何してるんだろう・・・)


 そんな衣織の気持ちを察したのか、実稀は久々に衣織の頭にそっと手を載せて言った。


「ほら、そんな暗い顔するな。あいつが帰ってきた時元気で迎えてやりたいだろ?だから今夜くらいは全力で楽しんだっていいんじゃないか?」

「実稀さん・・・」


 そしてその手は、そっと衣織の頬に触れた。


「それに衣織には今日は笑顔でいて欲しいんだ。俺のために。」


 その手と瞳に映る何かが、衣織の心を強く揺さぶっていく。


「あ、あの、わかりましたから、手を・・・」


 実稀は動揺する衣織の顔を見ながらフッと笑うと、その頬から手を離した。


「じゃあ夜七時に店に集合な。」

「あ、はい。」


 実稀がケーキを冷蔵庫にしまうのを見届けると、衣織も気持ちを切り替え、いつもの業務へと戻っていった。




 夜七時、着替えを済ませて再び店に赴くと、ドアの中がいつもと違う灯りに照らされているのに気付いた。


 一瞬ろうそくの光かと思ったがさすがに本物は危険だからか、よく見るとそれはLEDのろうそく形のランプのようだった。ゆらゆらとまるで本物の炎のように揺れる光がいくつも店の中に並べられ、いつも以上に店の雰囲気を特別なものにしていた。


「綺麗・・・ヒミツのパーティーをこんな素敵な場所でできるなんて!」


 ドアを開け中に入り、うっとりと店の中を見渡していると、奥の部屋からグレーのスーツをラフに着こなした実稀がドアを開けて現れた。その姿が仄かなランプの光に照らされ、その陰影の美しさに目を惹きつけられる。そして実稀の目が衣織をとらえた瞬間、心臓が一気に早鐘を打ち始めた。


(うわ、どうしよう、めちゃくちゃかっこいい・・・はっ、駄目だ!見惚れてる場合じゃなかった!!)


「あの、こんばんは。」

「なんだ、ずいぶん畏まってるな。・・・その服、似合ってる。すごく可愛い。」


 まさかあの実稀から『可愛い』なんて言葉が聞けるとは思いもしなかった衣織は、驚きすぎて口を開けたまましばらく彼を凝視していた。


「実稀さん、ですよね?偽者とかじゃないですよね!?」


 実稀はその言葉で一気に不機嫌そうな様子に変わる。


「おい、まるで俺がそういうことを言わない男みたいじゃないか!」

「え、違うんですか?」

「ほーしーのー?」

「うわあ、ごめんなさい!冗談ですってば!」


 実稀が衣織の頭をくしゃくしゃっと撫で、衣織はそれを防ごうと手をパタパタと動かした。そんな風に二人でふざけ合っている時間が楽しくて、衣織はついはしゃいでしまう。


「あ、そういえば他の方って誰が来るんですか?」

「ん?俺達二人だけだけど?」

「え?」

「ああ、あと妖精達が来るな。だからヒミツのパーティって言っただろ?」

「ええっ!?」


 まさか二人っきりとは思わず、今度こそ衣織は驚きすぎて固まってしまった。そんな衣織を見て苦笑しながら実稀はその手をそっと握り、いつもとは違う場所に置いてある椅子に座らせた。


「衣織、来てくれてありがとう。今だけは諒のことを忘れて俺のためだけに楽しんで欲しい。今日は、俺の誕生日だから。」

「え!?実稀さんのお誕生日だったんですか!?うそ!私知らなかったからプレゼントも何も用意してなくて・・・」


 慌て始めた衣織に、実稀は笑って言った。


「教えてなかったんだから気にするな。来てくれただけで嬉しい。そうだ、妖精達も呼ぼうか。」


 そう言うと彼は奥の部屋のドアを開け、以前諒がやっていたように指笛を鳴らした。


 すると暗くなっていた奥の部屋から、キラキラとした様々な色の光が溢れ始めた。そしてあっという間に十人程の妖精達が店の中に集まり、LEDのろうそくの上に新たな色をつけて輝き始めた。


「すごい、本当に綺麗!妖精さん達がこんな風にお祝いしてくれるなんて、最高ですね!!」

「ああ。これが俺の毎年密かにやってる誕生日パーティーなんだ。今日は一人追加でお招きしたけど。」


 衣織はすっと真顔に戻り、実稀の方に体全体を向けて尋ねた。


「ずっと、一人で誕生日パーティーしてたんですか?毎年?」


 突然真面目な顔で問いかけられた実稀は、その勢いに圧倒されたように一瞬身を引いて両手を上げた。


「なんだ突然?まあ、大人になってからはそうだな。特に一緒に祝う人もいなかったし。」

「・・・諒さんは?」

「あいつは今は衣織一筋だけど、前は結構遊んでたんだよ。基本夜は女の子と一緒だったから誘っても断られてたと思うぞ。それにまあ男二人ってのも変だろ?」

「じゃあ今年からはみんなでお祝いしましょう!一人なんて寂しい!」


 衣織が拗ねたような顔で俯きがちにそう話すと、実稀がそっと衣織の手を握った。


「今日は寂しくない。衣織が俺の側にいるから。」


 実稀がじっと衣織を見つめる。だが衣織はその目に浮かぶ彼の気持ちに、今は何も応えることができなかった。


「今日は、います。」

「来年は?」

「来年はみんなでお祝いしましょう?」

「・・・じゃあ、乾杯しようか。」


 実稀はそう言うと衣織の手を離し、テーブルの上に置いてあったワインを開けた。


「俺は一杯だけにする。衣織はたくさん飲んで。」

「じゃあ、実稀さんのお誕生日を祝って。」

「乾杯!」

「お誕生日おめでとうございます!」

「ありがとう。」


 その時妖精達が一斉にろうそくの上から飛び立つと、示し合わせたかのように美しい光の粒を実稀の上に降り注ぎはじめた。それを優しく見上げる彼の瞳にも同じ光が映り込み、その瞳もキラキラと輝いている。


 その様子をじっと見つめていた衣織に、実稀が少し離れた場所から静かに言った。


「衣織、好きだ。」


 二回目のその言葉が、衣織の胸に深く沁み込んでいく。予想外の告白に動揺し真っ赤になった衣織のその顔は、呆然と立っている間に実稀に全て見られてしまった。


「顔、真っ赤だぞ。」

「実稀さんが突然変なこと言うからです!」

「変?どこが?」

「だって・・・私は、まだ」


 その瞬間実稀がスッと衣織に近寄り、衣織の口に手を当て鋭い口調で言った。


「駄目だ。言うな。」


 衣織は驚いて口をつぐみ、実稀の顔を見上げて動きを止める。


「あいつの名前は今日は出さないでくれ。俺だけを見て、衣織。」


 口元に当てていたその手が、ゆっくりと頬に移動する。その手の温かさが、そこから伝わってくる彼の想いが、衣織の心の中に閉じ込めていた気持ちをこじ開けようとしていた。


(駄目!諒さんのことを大事にするって決めたんだから!)


 だがその心とは裏腹に衣織はその手を払いのけることもできず、ひたすら彼の手と今のこの瞬間に酔いしれてしまう。


「実稀さん、私・・・」

「今結論を出さなくていい。諒のことを大事に思ってる衣織の気持ちはよくわかるから。ただ、俺が衣織のことを本当に好きだってことは知ってて。誕生日パーティーのことも誰かを好きになることも、これまでの主義を捨ててでも衣織といたいと思ったんだ。それくらい、俺は本気だから。」


 ドキドキとうるさいほど鳴る心臓の音を感じながら、衣織は目の前にいる実稀の言葉とその想いを、ただ黙って受け入れていた。


「ほら、ピザが冷める。早く食べよう。」

「・・・は、はい。」


 真っ赤になった顔を押さえながら席に着くと、妖精達が嬉しそうに飛び回り始める。揺れるろうそくの光と店の中を満たす色とりどりの妖精達の光が生み出す幻想的な空間の中で、二人は初めての二人だけの誕生日パーティーを楽しんでいった。


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