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25. 小さな時計の物語②

 今衣織は、諒の部屋でじっとあの置き時計を見つめている。


 濃い焦茶色の木でできたその時計には金色の美しい模様が刻まれており、その中心部に小さな黄緑色の石が嵌め込まれている。


「うーん。特に動いたり光ったりはしないなあ。あのお家でないと起きない現象なのかなあ?」


 衣織がぶつぶつと独り言を言いながら時計を見つめていると、諒が後ろから衣織に抱きつき、一緒にそれを確認し始めた。


「うわっ、びっくりした!」

「うーん。確かに変化はないねえ。妖精も近くにいるわけじゃなさそうだし。もしかしたら本当に叔父さんの家に住みついてる妖精が反応してるのかもね。」


 耳元で話す声が、吐息が、衣織の鼓動の速度を上げていく。


「そ、それじゃあ今度またお邪魔して確認しましょう?」

「うん。ねえ、衣織ちゃん。」

「は、はい!」

「明日の朝俺が車で送っていくから、やっぱりうちに泊まっていかない?」

「え!?」


 衣織は動揺して時計を落としそうになり、慌ててそれを腕で抱えこんだ。


「でも、明日は本当に早く行かなきゃいけなくて、さすがにそれは申し訳ないので。そんなこと今までなかったんですけど。」


 諒が「うん?」と声を出して衣織から離れた。


「もしかしてあいつ、今日のこと察して・・・」

「え?」

「いや、何でもない。ねえ衣織ちゃん、明後日もう一度叔父さんの家に行ってみない?」


 衣織はその提案に少し驚いたが、すぐに笑顔になり頷いた。


「はい!行ってみましょう。」


 そうしてその日はのんびりと諒の部屋で過ごした後、衣織は寂しがる諒をどうにか慰め、夕方になる頃家に帰っていった。




 翌日は早朝からの出勤ということで、五時半に起きて家を出た衣織は眠い目をこすりながら店に向かった。あくびを噛み殺してから入口のドアを開けると、何か違和感を感じる。


「ん?あ、あのキャビネットがないんだ。」

「おはよう、星野。」

「・・・おはようございます。」


 彼が林の中で足を怪我した日以来実稀と会っていなかった衣織は、あの日の夜のことを思い出して少し気まずい気持ちのまま挨拶を交わした。


「あのキャビネットなら傷だけじゃなく引き出し部分も動きにくくなってたから修理に出してる。今日はその分レイアウトを少し変えようと思って早くに来てもらったんだ。」

「そうだったんですね。あの、足はもう大丈夫なんですか?」


 普通に接してくれたことでつい気を抜いてそう尋ねると、実稀は一瞬で態度を豹変させた。少し足を引きずるようにしながら衣織のいる所までゆっくりと歩み寄り、顔を近付ける。


「衣織。俺のこと、そんなに心配?」

「ひっ!?な、な、なんで、だってここ、仕事場で」


 衣織は思わず後退った。


「どうせ二人なんだし、俺が衣織を口説けるのはここしかないだろ。諦めろ。」


 衣織はその悪戯っぽく口角を上げた顔に、つい心を奪われそうになる。


「口説かないでください!とにかく仕事しましょ仕事!こんな早くに来させたんですからその分仕事させてください!」

「はいはい。じゃああれをそこに置いてもらって、その上に今から持ってくる商品を並べてくれ。それが終わったらまた指示を出す。」

「わかりました。」


 実稀が奥の部屋に消えると、衣織は小さくため息をついた。彼に本気を出されたらひとたまりもない。絶対にこれ以上変な雰囲気にならないようにしようと心に誓い、衣織は指示された仕事に集中していった。



 全ての作業を終えると、まだ開店するには少し早い時間になっていた。レイアウトを変更しながら掃除も終えていたので開店まで三十分ほど時間が余ったようだ。


 衣織はこの時間を利用して持参した朝食用のサンドイッチを食べようと奥の部屋に向かう。するとそこでは実稀が、この前衣織がお詫びに購入したカップを使ってコーヒーを飲んでいた。


「お疲れさま。星野はこれから朝食か?」

「はい。そこの机借りてもいいですか?」

「ああ。」


 衣織が奥に置いてある机を借り椅子に座ると、実稀がコーヒーを入れたカップを衣織の前に置いた。


「あ、ありがとうございます。」

「うん。」


 するとなぜか突然彼は衣織の前に座り、じっと顔を見つめ始めた。


「何ですか?」

「別に。」

「食事中に見られてると落ち着かないんですが。」

「ふうん。」

「ちょっと実稀さん!?」


 衣織が手にサンドイッチを持ったまま怒りの表情を向けると、実稀がふいにその手首を掴んで自分の方に引き寄せた。


「うまそう。一口ちょうだい。」

「やっ、ちょっと、え!?」

「おいひい。」

「実稀さん!?もう、食べたいならそう言ってくれれば!残りなんて食べられないんですからこれ全部食べてください!」

「朝食買い忘れたから嬉しいよ。ごちそうさま。」


 実稀はそう言ってサンドイッチを受け取り立ち上がると、いつものように衣織の頭にぽんと手を置いてから、嬉しそうに店の方に行ってしまった。


(何よあれ!?私にどうしろって言うのよ・・・ダメダメ、私もこんなことで動揺するんじゃない!しっかりしないと!!)


 衣織はお弁当箱に残った方のサンドイッチを食べ終えると、実稀に淹れてもらったコーヒーをゆっくりと飲み干し、穏やかな日常へと戻っていった。



 そして翌日の定休日、衣織は朝から諒との待ち合わせ場所に向かって歩き始めていた。例の時計を、今度は諒の叔父の家で確認することになっている。


 時間通りに諒と合流すると、先日訪問した諒の叔父の家へと向かった。



 だがその日、その家ではとんでもないことが起きていた。


「あれ?なんか、庭が荒れてないか?」

「本当だ。何かあったのかな?」

「行こう。」

「はい。」


 急いで門を通り玄関へ向かうと突然中からガラッと引き戸が開き、二人は驚いて声を上げた。


「うわっ!」

「ひゃっ!?」

「諒!来てくれたか!よかった、すぐに中に入ってくれ!」


 諒の叔父は青ざめた顔で二人を中に招き入れると、廊下を歩きながら話し始めた。


「二人があの時計を持って帰ってから、突然たくさんの鳥が来て庭を荒らし始めたんだ。あちこちからいろんな鳥が来ては何かを落としていったり木を突いたり葉や実をむしり取っていったりして大変なことになっててな。諒達が来たら落ち着き始めたってことは、あの時計が何か関係してるのか?」


 諒は眉を顰めて考え込む。


「わからないなあ。でも確かに今は鳥はいないみたいだね。とりあえず時計は持ってきたからこれで様子を見よう。」

「そうだな。いや、まいったよ。いったい何が起きてるのやら・・・」


 衣織も色々と原因を考えてみたがこれといった理由は思い浮かばなかった。庭にも家の中にも、妖精の姿も気配も感じられない。どうしようかと思案していると、家の前に車が止まる音が聞こえて顔を上げた。


「おお、桐生さんが来てくれたか!」

「え?」

「いやあ、こういうことに詳しい知り合いが諒と桐生さんしか思い浮かばなくてね。一応彼にも相談してたんだよ。」


 諒と顔を見合わせて玄関の方を見ていると、玄関の引き戸を開けたその先に、桐生一と実稀が現れた。


「おお、星野さん、それに諒くんも、久しぶりだねえ。修平さん、庭が荒れているようだがこれが困り事かな?」


 一がそう尋ねると、困り顔の諒の叔父、修平が大きく何度も頷いて言った。


「そうなんですよ桐生さん!鳥達がうちの庭を突然荒らしていってね。今ちょうど時計が戻ってきたらそれがおさまったところなんだ!」

「ほう。なるほど。」


 一の後ろで黙って立っていた実稀は、ゆっくりと庭を見渡すと、一本の木を見上げたまま動きを止めた。


「実稀、あれを。」


 一の声で見上げていた顔を前に向けると、いつも使っているあの古いボストンバッグから小さな箱を取り出した。


「修平さん。ちょっとお宅の庭にお邪魔してもいいかな。」

「え?あ、はい、もちろんご自由にどうぞ。」

「ありがとう。実稀、後は頼むよ。」

「はい。」


 一の言葉で先ほど見上げていた木に近付くと、実稀は持っていた小さな箱から何やら小さな石を取り出し、それをその木の根元に埋め始めた。


(何をしてるんだろう?)


 不思議に思いながらもその様子を見守っていると、実稀はすっと立ち上がり、木を見上げて微笑んだ。


 その微笑みがあまりにも優しく儚く見えて、衣織が心の中に閉じ込めていたあの想いが再び溢れ出しそうになる。


(駄目だ、これ以上見たら駄目。絶対に・・・)


 だが衣織の思いも虚しく、ゆっくりと振り向いた実稀の目が衣織の視線をしっかりととらえた。それは衣織への気持ちを全く隠すつもりのない、切なく、真っ直ぐな目だった。


 何かが二人の間で通じ合ってしまうような、そんな空気がそこに流れる。


「見ないで、衣織ちゃん。」


 その時、後ろからそっと手で視界を遮られた。それは大きくて温かい諒の手だった。



 衣織は目を閉じてから彼の手をそっと外し、後ろを振り向いて小さく笑った。


「大丈夫。不安にさせてごめんなさい。」

「ううん。こっちを見てくれて嬉しいよ。それにしてもあいつ、何をしたんだろう?」


 再び実稀の方を見た時にはもう彼は衣織を見てはいなかった。そして数々の疑問を残したまま、桐生家の二人は修平に「これで様子を見てください」とだけ伝えると、静かに帰っていった。


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