24. 小さな時計の物語①
実稀が怪我をしたあの日から二日後、この日衣織は初めて諒の家に遊びにきていた。久々のデートということで少し緊張しながらも、迎えにきてくれた諒の優しい笑顔にほっとして、衣織もまた笑顔で彼の元に駆け寄った。
だが近付いてみて初めてその顔にうっすらと青筋が立っていることに気付き、衣織は浮かべていた笑顔を引きつらせた。
「えっと、何か怒っていらっしゃいます?」
「衣織ちゃん。昨日ね、実稀から電話があったんだ。」
「え!?」
衣織がうわずった声をあげると、諒はにっこりと微笑んだ。
「どうしてかわからないけどあいつに宣戦布告されたんだ。衣織ちゃん。この間俺がいなかった日、何かあった?」
「あの、まあ話せば長くなると言いますか・・・」
「ふうん。じゃあゆっくり俺の部屋で話そうか。あ、泊まってってもいいから。」
「ひっ、あの、はあ。じゃあ、お邪魔します・・・」
そうして今衣織は、諒の部屋でちょこんとソファーの端に腰掛け、断罪の時を待っている。
諒がお茶を持って近寄り、ソファーの前のローテーブルにそっとカップを置いた。そして衣織のすぐ横に腰掛ける。
「衣織ちゃん。」
「はい!」
「キスしていい?」
「え!?突然!?」
「えっと、じゃあこれからしまーす、って感じの方がよかった?」
「・・・」
何も言えなくなり困った顔になった衣織を見てぷっと噴きだすと、諒はそっと衣織に口づけた。
「俺、余裕がないんだ。衣織ちゃんは実稀のことすごく好きだったわけだし、あいつが本気出したらどうなっちゃうんだろうって。」
「諒さん・・・」
衣織は辛そうな表情で無理に笑おうとする諒の頬をギュッと両手で挟みこんだ。
「ん!?」
「私は諒さんのこと、ちゃんと好きですから!」
「え?」
「そうじゃなかったら付き合いません!実稀さんのことが心に引っかかってないって言ったら嘘になるからそれは言えませんけど、諒さんが私のこと必要ないって思うまで絶対に一緒にいますから!」
「衣織ちゃん・・・」
自分のことを初めて『たった一人の特別な人』だと言ってくれた彼を裏切るようなことは絶対にしたくないと、衣織は心からそう思っていた。
「だから不安にならないでください。諒さんが私のことをいらないって思うまで、ずっと側にいますから。」
諒はその言葉に大きく頷く。そしていつもの笑顔が戻った。
「うん。でも衣織ちゃんのことをいらないなんて思うことは絶対にないよ。俺、本当に衣織ちゃんが好きだから。」
「はい。」
諒は衣織の両手をそっと握る。
「今日、泊まっていく?」
「・・・はい。」
「うお!?いいの!?」
「あ、でも明日早朝出勤だった・・・」
「・・・天国から一気に地獄に落とされた気分。」
「ごめんなさい。」
そしてふと目が合うと、二人で思わず笑ってしまった。
「あははは!もう、ほんと衣織ちゃんといると飽きないよ。あ、そうだ、ちょっと今日出かけたいところがあるんだけど、付き合ってもらえないかな?」
「はい、もちろん!どこに行くんですか?」
「叔父さんの家なんだけどさ。ちょっと気になる時計があってね。以前から見てほしいって頼まれてたんだけどなかなか行けなかったんだ。たぶん妖精がくれた石が入ってると思うんだけど、きちんと見たことがなくてさ。」
諒がソファーから立ち上がり、空いたカップを片付け始める。衣織もそれを手伝いながら言った。
「私もぜひ見てみたいです。」
「そうでしょ?今日は車で行くからその途中で話そうか、実稀のこと。」
「あ、忘れてた。」
「逃げ場はないからね?」
「・・・はい。」
そうして衣織は、逃げられない車内で先日あった出来事を全て白状させられた上、到着した先で諒からの嫉妬に塗れたハグとキスの洗礼を受けることとなった。
「衣織ちゃん。実稀の部屋に入るのは禁止だから。二人っきりになるのも基本ダメ。仕事なら仕方ないしあいつもさすがに公私は分けると思うけど、十分気をつけて。いいね?」
「はい。だから恥ずかしいので外でああいうのはちょっとほんとやめていただけると助かります。」
照れと勢いにぐったりしている衣織に、諒はにっこりと微笑みかけ優しく言った。
「それは衣織ちゃん次第でしょ?俺に嫉妬させなければいい話。そういうことだから、よろしくね。」
「・・・」
何を言っても無駄だと悟った衣織は、諦めて促されるまま車を降りた。
その家は昭和を思わせる古い家だった。だが丁寧に管理をしているようで、屋根も壁も庭も、古さはあれど汚れていたり壊れていたりするところは見受けられなかった。
飛び石に足を一歩一歩のせながら玄関に向かいチャイムを鳴らす。すると中から諒と同じくらい背の高い、五十代くらいに見える男性が現れた。
「諒!よく来たな。おや?そちらの方は?」
「俺の彼女。叔父さんの時計、彼女にも見せたくてさ。」
「諒の彼女!?あの諒が?そう、そうか、うん、よかった!叔父さんは嬉しいぞ!」
「あの、はじめまして。星野衣織と申します。突然お伺いしてすみません。」
諒が恥ずかしそうに「彼女」と紹介してくれたことが嬉しくて、ゆるむ頬を隠すこともできずに衣織は笑顔で挨拶をする。
「いえいえ、来てくれて嬉しいですよ。どうも佐々木諒の叔父です。さああがってください。時計もぜひ見てほしい。諒、先にリビングに行っててくれ。お茶を淹れてくるから。」
「うん。じゃあ行こうか。」
衣織は頷いて中に入る。綺麗に磨かれた床や物が少なくすっきりとした部屋の中を見て、衣織は自分の部屋ももっと整理整頓を頑張ろう!と密かに決意していた。
しばらくそこで待っていると、木のお盆に載せたお茶をゆっくりと運びながら、諒の叔父がリビングに入ってきた。
お茶を飲みながら何気ない話をして少し打ち解けると、思い立ったかのように諒の叔父は奥の部屋から両手の上に載るくらいの大きさの時計を持って現れた。
「置き時計、ですね。古い物ですか?」
「うん。そうは言っても三十年ほど前のものなんだがね。ある人から誕生日プレゼントとして頂いたんだが、とても不思議な時計でね。」
衣織は、その小さな置き時計を手に持って眺めながら首を傾げた。特に見た感じ不思議なところはなさそうだった。
「どんなところが不思議なんですか?」
「うん、実はね、この上のところに嵌め込まれている石が、時々光ったり震えたりするんだよ。」
「あ、小さいけど石が入ってますね。」
「でね、その現象が起こるときには、何か声が聞こえる気がするんだ。」
衣織は諒と目を見合わせた。
「だけどねえ、なぜか怖いって感覚はなくて、これまでたまにそいいうことがあっても特に気に留めていなかったんだよ。それが最近はちょっと回数が増えててね。まあこういうものなら諒が詳しいと思って、一度見てくれないかとお願いしていたんだ。」
「そうだったんですね。」
諒は衣織から時計を受け取ると、それを隅々までチェックし始めた。
「ねえ叔父さん、これ数日借りてもいいかな?」
「もちろん構わない。その代わり調べて何かわかったら教えてくれ。」
「わかったよ。じゃあ、これ借りて今日は帰るよ。」
「もう帰るのか?今日は泊まっていけばいい。星野さんも。」
諒は笑って首を振った。
「いや、二人っきりでゆっくりしたいし、また来るよ。」
「そ、そうか。じゃあよろしくな。」
「うん。衣織ちゃん、行こうか。」
「はい。」
そうして二人は再び、諒の家へと戻ることになった。




