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23. 衣織と妖精達の救出劇②

 それから十分経っても二十分経っても実稀は戻ってこなかった。途中で衣織は何度か電話もかけてみたが繋がらず、ウロウロと窓から外を見ながら彼の帰りを待っていた。


「遅いわね。何かあったのかしら?」

「心配です。私、ちょっとその辺を見てきます!」

「え?ちょっと待って、いくらなんでもこの雨の中一人で行くなんて危険よ!」

「あの、じゃあそこにある長靴とレインコート、お借りしてもいいですか?」

「いいけど、心配だわ。こんな可愛い女の子を一人で外に行かせるなんて・・・」


 悠里の表情から本気で衣織のことを心配してくれているのがわかる。その優しさに彼も惹かれているのかもしれないと思うと、少し胸が痛んだ。


「大丈夫です。これでも体力には自信があります。最近は結構歩くようにもしてますし。じゃあこれ、お借りします!」

「あまり遠くには行かないでね!十分くらいで見つからなかったら必ず戻ってきて!」

「わかりました。」


 衣織はレインコートと長靴を身につけると、雨の強くなった林の中を歩き始めた。最初に実稀が向かった方角に歩いていくと、ふと上の方が気になって目を向けた。


「あ!紫色の妖精さん!?」


 そこにはそれまで必死になって探していたあの妖精の姿があった。


「ねえ、私の声聞こえる?妖精さん、話できないかな?」


 するとその妖精は紫色の光を少しずつ下に落としながら衣織のところまで音もなく降りてきた。


『アナタ、ハナセルノ?』

「うん。悠里さんがあなたを探していてね。私なら話が聞けるから会いにきたの。ねえ、お願い、私があなたの願いを聞くわ。だからこの人がどこにいるか教えてくれないかな?」


 衣織はポケットからスマートフォンを取り出すと実稀の写真を見せた。それはあの夏の別荘で、みんなで撮影した記念写真の一枚だった。その写真の一部を拡大し、妖精に実稀の顔を確認してもらう。


『ワカラナイ。デモ、ハナシキイテクレルナラ、サガス。』


 衣織がもちろんと言いながら何度も頷くと、紫色の妖精が突然その場から飛び立った。雨の雫を避けながらそれを見上げていると、一、二分してからその妖精が別の妖精達を引き連れて戻ってきた。彼らは黄色やピンクなどパステルカラーの体を持ち、紫色の妖精より少し小柄な感じだった。


『ナカマ、イッショニサガス。イコウ。』


 そうして衣織は、妖精達と共に実稀の捜索をスタートさせた。



 十分ほど実稀を探していると、雨があがり林の中は少し明るくなってきた。衣織は大きな声で実稀を呼びながら歩き、妖精達も高い場所から探してくれていた。


「実稀さーん!どこですかー!!いたら返事してくださーい!!」


 そこまで道が入り組んでいるわけでもなく鬱蒼とした場所でもないのに迷うはずはない。だとしたら考えられるのは・・・


「今、声が聞こえた気がする!」


 衣織は微かに聞こえた声をもう一度聞きたいと、耳を澄ませて集中する。


 すると木々から落ちる水の音と鳥達の鳴き声の間に、再び小さな声が混ざっているのに気付いた。


「実稀さん!?どこですか?」


 声が聞こえた方に歩いていくと、ガサ、と草をかき分けるような音が聞こえる。そして頭上を飛んでいた妖精達が一斉に衣織を呼び始めた。


『イタ!イタヨ!コッチ!』

『シタニイル!オトコノヒト!』


 衣織は急いで妖精達が向かった方へと走りだす。途中滑って転び膝をついたが、汚れも気にせず立ち上がり走り続けた。


「実稀さん!!」

「星野!?」


 妖精達が指差す方を見ると、少し周りよりも低くなっている場所に、実稀がこちらを見上げて座り込んでいた。


「よかった!いた・・・」


 衣織は急いで別の場所から回り込んで実稀のいる場所へと降りていく。どうにか彼の側までたどり着くと、苦しげな表情を浮かべている彼に声をかけた。


「実稀さん、大丈夫ですか!?どこか痛みますか?」

「ああ、ちょっと足首を捻ったみたいだ。折れてはいないと思うから大丈夫。それよりそこの木のウロに妖精が挟まっているみたいなんだが、助けられるか?」


 実稀が指差す方に顔を向けると、確かにそこに薄い紫色の妖精が挟まっていた。どうやら羽が引っかかって抜けないようだ。


 衣織はそこに手を入れてそっと羽を外し、体を支えてどうにかウロから逃すことができた。


『アリガトウ!』


 その妖精のお礼の声が聞こえると、そこから次々に声が降ってくる。


『コノコヲタスケタカッタ!ソレヲオネガイシヨウトシテタ!アリガトウ!ウレシイ!』

『ヨカッタ!』

『タスカッタ!』


 キラキラと降り注ぐ様々な色の光が実稀にも見えているようだった。彼もその様子を嬉しそうに眺めていた。


「よかった。こちらこそ実稀さんを見つけてくれてありがとう!」


 妖精達は光を体中にまとわせながら二人の頭上で舞い踊った後、林の奥の方に消えていった。



「さあ実稀さん、私の肩に掴まってください。立てますか?」

「ああ。すまない。」

「本当によかった。実稀さんが無事で・・・」


 実稀を支えてゆっくりと立ち上がると、彼が驚いたような顔を衣織に向けた。


「星野、なんで泣いてるんだ。」

「え・・・」


 言われて初めて自分が泣いていることに気付き、慌てて手の甲でそれを拭った。


「あはは、なんでだろ。妖精さんが助かったからほっとしたのかな。大丈夫です。行きましょう。」


「衣織」


 突然呼ばれた自分の名前に、衣織の心臓はどくん、と大きな音を立てた。


「俺のために、泣いてくれたのか。」


 その声は、低く、何かを訴えかけるように静かに衣織の胸に響いていく。


「違います。ほっとしただけですから。いいから早く」

「話を逸らすな。」

「もうやめてください。こんな状態で、こんな場所で話すことじゃない。」

「じゃあ戻ったら話そう。」

「・・・」


 衣織は何も答えることなく、実稀の肩を支えてゆっくりと小屋へと戻っていった。



 小屋に戻ると、入り口のところで心配そうに両手を組んで待っていた悠里が急いで駆け寄ってきてくれた。実稀の空いている方の手を支えると、衣織と共に小屋の中へと連れていく。


 実稀はとても運転ができる状態ではなかったので悠里が車に二人を乗せ、近くの病院まで移動することになった。ギリギリ診療時間に間に合い治療を済ませると、再び二人を車に乗せ、実稀のマンションまで乗せていってくれた。


 三人でマンションの実稀の部屋に入り実稀をダイニングチェアに座らせると、そこで初めて先ほどの出来事を悠里に説明する余裕ができた。


「そう、そんなことがあったの。わかったわ。とにかく妖精の困りごとは解決できたし、実稀は怪我しちゃったけど捻挫で済んだ。でもごめんなさい、怪我をさせちゃったのは私のせいだわ。治療費はお支払いするからちゃんと請求してね。」


 実稀は面倒そうに手を上げると「そんなのいいから」と言って椅子に座ったまま首を横に振っていた。


「もう、強情なんだから。とにかくまた連絡するわ。星野さんも本当にありがとう!お礼は後日させてね。また、お会いしたいし。」


 なぜか頬を赤らめながらそう話す悠里は、可愛らしい十代の女の子のようにも見えた。


「いえ、どうかお構いなく。それとここまで送っていただいてありがとうございました。」

「いいのよ。実稀、車はまた時間がある時に取りに来て。それじゃあまたね。」



 衣織は悠里を玄関まで見送ると、ダイニングチェアに座る実稀のところへと戻る。


「衣織」


 座ったままの彼は、服も髪も汚れたままだ。衣織は逃げられない何かを感じ、そこに立ってその姿を見つめていた。


「この間のこと、きちんと話したい。」


 実稀の視線が、衣織の目をとらえた。


「今さら、何を話すんですか。」


 衣織はなぜか実稀から目を逸らせない。


「どうして俺に告白してくれたのに、諒と付き合ってるんだ?」

「・・・いきなり核心をつくんですね。」

「そうしないといつまた逃げられるかわからないからな。それともあの告白は嘘だったのか?」


 一瞬何かを叫びたい気持ちが湧き上がり、必死でそれを抑える。


「嘘じゃありませんでした。でももういいんです。」

「何がいいんだ。俺はまだ何も返事をしていない。」

「じゃあなんて言うつもりだったんですか?諒さんの話が嘘じゃなければ、実稀さんは河野さんのこと好きなんですよね?この前のあの表情を見れば、それもあながち間違いじゃないと私も思ったんです。だから・・・」


 実稀は椅子の背に手をかけて立ち上がった。


「だから勝手に身を引いて、諒と付き合うことにしたのか?」


(どうして私はこの人に今責められてるの?)


「だとしても、もう実稀さんには関係ない話です。」


 テーブルに手をつき、実稀は一歩一歩衣織に近付く。


「関係ないかもしれない。でもイライラするんだ。ずっと俺にだけ向けてくれてた衣織のあの笑顔が、今は諒に向いているのが。」


 衣織は迫ってくる実稀から逃げられずにいた。彼の視線に囚われて、一歩もその場から動けない。


「名前、呼ばないでください。」

「衣織」

「やめて!」

「衣織、俺は・・・」


 テーブルから手を離すと実稀は少しよろけた。衣織が慌ててその手を支えると、実稀がその手を握ったまま衣織を抱きしめた。体重を預けてくる彼の体の重みと温もりが、衣織の心を混乱させていく。


「どうして、こんな」

「衣織、もう一度俺を見てくれないか。諒じゃなく。」

「そんなことできません!」


 実稀の手が、衣織の背中をそっと撫でていく。


「俺のことはもう好きじゃないのか?」

「諒さんを裏切るようなことをしたくないんです!」


 その手も言葉も、もっと前に知っていたら・・・


「俺のために泣いてくれたのが、本心じゃないのか?」

「それは」


 そして、実稀は衣織の耳元で優しく囁いた。


「好きだ、衣織。」


 その瞬間、衣織の体中に電流が走ったかのように、彼の低く甘い声が全身の細胞を震わせた。


(どうしてそんな、今さら・・・)


「頼む。諒のところには行かないでくれ。」

「実稀さん、ずるいです。今こんなボロボロの実稀さんを置いていけないって知ってるくせに!」

「俺はそういう男なんだ。」

「・・・今日だけです。」


 実稀が体を離し、再びテーブルに手をついた。


「この先は?」


 衣織は黙って首を横に振った。


「わかった。」


 実稀は淡々と言葉を続けた。


「じゃあ今度は俺が衣織を諒から奪いに行くから。」

「え!?」


 勢いよく顔を上げた衣織に、実稀は眉を少し上げて意地悪そうに微笑んだ。


「俺をこんなに本気にさせたんだ。今さらあの告白を無かったことにしようなんて甘いんだよ。それと今日はここにいてくれるんだよな。じゃあまず着替えとシャワーを手伝ってくれ。な、衣織?」

「そっちが本性ですか!?」


 衣織は思いっきり顔を顰める。


「何だよ。嫌いじゃないだろ?」

「ああ、もう!!わかりましたよ!着替えどこですか!?」

「あっちの部屋。クローゼット開けて。よろしく、衣織。」

「もう!!」


 結局、その日衣織は散々実稀の世話をさせられ、危うく泊まらされそうになるところをどうにか逃げ切り、くたくたになって帰宅することとなった。


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