22. 衣織と妖精達の救出劇①
諒と付き合い始めてから一週間ほどが経過した。店での衣織は普段通りに実稀に接していたが、実稀の方は時々衣織に違和感を感じさせるような態度が見受けられた。
以前よりも口数が増えたなと思っていたら全く喋らない日があったり、割ってしまったものの代わりに衣織が新たに購入したカップを実稀に渡すと、それをじっと眺めながらコーヒーを飲んでいる日もあった。
(もう実稀さんのことは気にしないようにしよう。私が考えなきゃいけないのは諒さんとのこれからなんだから)
衣織は実稀のそんな姿から目を背けると、その日もいつもの業務を淡々と進めていった。
そんなことがあった翌日、店にふらっと悠里が訪れた。どうやら店に置いてあるキャビネットの一つに傷がついてしまった件で、その修理についての相談に来たようだった。
「星野さん、こんにちは。実稀はいるかしら?」
「はい。呼んできますので少々お待ちください。」
衣織は相変わらず美しい彼女に笑顔を向けると、奥の部屋へと実稀を呼びに行った。
「実稀さん、河野さんがいらっしゃってます。」
実稀はその声になぜか動揺した様子を見せた後、衣織の顔を見つめてからハッとした表情を浮かべ、目を逸らした。
「あ、ああ、そうか。今行く。」
「大丈夫ですか?」
衣織が顔色のあまり良く無い実稀を心配そうに見上げる。すると実稀はなぜか目を細めて衣織の頭に手を載せ、「何でもない」と小さく呟くと店の方へ行ってしまった。
残された衣織は頭に触れられた手の感触を忘れようと、自分の手でわしゃわしゃと頭を触り、鏡の前で手櫛でそれを直してから自分の業務に戻った。
二人は何やらぼそぼそと話し合っていたが、十五分ほどで話を終えると今度は悠里が衣織に声をかけてきた。
「星野さん。今ちょっといいかしら。」
衣織は軽く頷いて悠里に近付く。すると彼女はおもむろにバッグの中から綺麗な包みを取り出した。
「実稀にね、あなたは妖精の姿も見えるし声も聞こえるって聞いてお願いがあってきたんだけど、まずはこれ、見てもらえるかしら?」
「え?あ、はい。」
突然の話に驚きつつ、目の前の包みを受け取る。分厚く滑らかな手触りの布に丁寧に包まれたそれをそっと開くと、中から紫色の石をあしらった綺麗なペンダントが現れた。
「それはね、私が数年前に出会った妖精から貰ったものなの。その子が何を言っているのかわからなくて本当に大変だったんだけど、なんとかその子の願いを理解して叶えることができて、その対価に貰ったものなの。」
「そんな大切なものをどうして私に見せてくださったんですか?」
悠里は表情を曇らせてから言った。
「実はその石をくれた妖精がまた私のところに現れたんだけど、今度は本当に何を言っているのかわからなくて。でも以前より切羽詰まった顔をしている気がするの。もしよかったらこの後一緒にその子に会ってくれないかしら?」
衣織はすぐに頷いた。そしてそのペンダントをそっと悠里に返す。
「わかりました。実稀さんに許可を貰えればすぐに出られます。」
「実稀も一緒に行くの。だから大丈夫よ。」
「そう、なんですね。わかりました。」
衣織は胸にわずかな痛みを感じたが、深呼吸を一つしてその痛みに気付かないふりをした。
急遽店を閉めた二人は、悠里の車の後について実稀の車で移動することになった。
(居心地の悪さは今まででダントツかも。はあ、早く到着しないかな・・・)
車内ではほぼ会話はなく、実稀の横顔をチラチラと見ながら衣織はため息もつけず前を向いていた。
「星野。」
すると同じように居心地が悪そうにしていた実稀が、低い声で話し始めた。
「この前の、飲み会の日のことだけど。」
「え?あ、はい。」
「・・・」
そう言って黙ってしまった彼を見て衣織は困惑してしまう。そしてここ数日何となく感じてはいたが言えなかったことを、思い切って実稀に尋ねることにした。
「あの、実稀さん。」
「いや、すまない。何でもないんだ、忘れてくれ。」
「・・・もしかしてあの日のこと、覚えてるんですか?」
「!」
実稀の表情が変わる。顔は前を向いたままだったが、こわばったその表情は横からでも十分確認できた。
「全部、覚えてるんですか?」
「・・・ほぼ。」
小さな声で彼は肯定する。
「じゃあ、忘れてください。」
「星野、俺は」
衣織は実稀の言葉を必死で遮った。
「もういいんです!諒さんから話は聞きましたから!覚えているならなおのこと、ここ数日の様子を見ればそれが答えだったってわかりますから。それに私、今は諒さんとお付き合いしてるんです。だからもう忘れてください。」
衣織は一気にそう話すと、助手席側の窓の方に顔を向けた。実稀は赤信号を確認しゆっくりとブレーキをかけると、衣織の方に顔を向けて、言った。
「忘れるのは無理だ。」
その言葉が、何かの思いを含んだその声が、衣織の心を強く揺さぶっていく。
「じゃあ、なかったことにしてください。私も、あのキスのことは忘れますから。」
「星野!」
「今はもう話さなくてもいいですか?仕事はきちんとやりますし、明日からは普通に話しますから。」
衣織はこれ以上、彼のどんな言葉も聞きたくなかった。
「・・・わかった。」
それから目的地に到着するまで実稀とは一言も話さず、目を合わせることもなかった。
その場所からさらに四十分ほど車で移動して到着したのは、以前妖精のモビールを借りにお邪魔した高畑宗一郎の家の近くの山だった。
「こんな遠くまでごめんなさい。この近くに私の父の趣味の小屋があってね。そこでその妖精と出会ったの。久々に父と一緒にここに来て、一昨日その妖精とここでまた遭遇したのよ。だからたぶんこの近辺にいると思うんだけど。」
悠里は確信は持てないようだったが、二度ともここで会ったのであれば可能性は高いのだろうと衣織も思った。そして三人は手分けして近辺の捜索を開始する。
紫色の妖精にはまだ会ったことがなかったが、緑の中では目立つ色なので見つけやすいだろう、そんなことを考えながら、あまり山の中に深く分け入らないように気をつけながら歩いて探していく。
ありがたいことにこの辺りは民家が数軒あり、携帯の電波も最低限は繋がるようだったので、地図アプリを開きながら変な場所に迷い込まないように注意して妖精を探していった。
だが二十分ほど経った頃、まだ午後早い時間だと言うのに辺りが暗くなり始めたのに気付き、衣織は木々の間に見える空を見上げた。
(雨が降りそうなのかな?山の天気は変わりやすいって言うしね)
微かな不安が頭をよぎり、衣織は元いた場所にすぐ戻れるように意識しながら捜索を再開した。
そして十分後、約束の時間が迫ってきていたこともあり、衣織は小屋のあった場所まで戻ることにした。だが戻る途中、予想通りパラパラと雨が降り始めてしまう。
「うわ、雨結構強いよ!急いで戻らないと!」
地面がぬかるむ前にと五分ほどで急いで小屋まで戻ると、そこには悠里がすでに入り口のところで待っていてくれた。
「あ、星野さんよかった!雨降ってきちゃったわね。今日はこれで終わりかな。」
悠里は残念そうにそう言うと、微かに微笑んだ。
「あの、実稀さんは?」
「それがまだなのよねえ。まあしっかりしている彼のことだからすぐ戻ってくるわよ。さあ、中に入って。お茶でもご馳走するわ。」
「はい・・・」
木々の間に見える空がどんどん暗くなっていく。衣織は嫌な予感を心のどこかに感じながら、悠里が開けてくれたドアの中へと入っていった。




