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18. 気になるあの人

 妖精が見せてくれた最高の花火大会の後、衣織達は晴人達と合流し無事別荘へと戻ることができた。だいぶ遅い時間になってしまったが、最終日の夜、それぞれが部屋に戻り思い思いの時間を過ごした。


 だが衣織はどうしても寝付けず、里緒がすうすうと寝息を立てて眠ったのを確認すると、こっそり部屋を出てキッチンに向かった。



 誰もいない静かなキッチンで冷蔵庫の中からペットボトルのウーロン茶を取り出しコップに注ぐ。キンキンに冷えたお茶が喉を潤し、熱くなっていた頭も少しだけ冷やしてくれる。


(さっきの話・・・実稀さんがずっと想ってる人ってどんな人なんだろう?)


 その話を諒に聞かされて以降、ずっと心の中にモヤのようにその言葉が漂い続け、楽しい時間にうっすらとした影を落としていた。そしてそれが今になって明確な事実の棘となってじわじわと衣織の心をさいなみ、息苦しささえ感じる。相手の女性は綺麗な人なのかな、優しい人かななどと勝手に妄想し、勝手に落ち込んでしまう。


 衣織は大きなため息と共にコップをテーブルの上に置いた。その時何か物音が聞こえてドアの方に顔を向けると、ドアを開けて実稀が現れた。


「星野、まだ起きてたのか?」

「実稀さん!?」


 まさかの本人登場でつい動揺しコップを倒しそうになる。慌てて手で押さえてことなきを得たが、実稀には不思議そうな顔で見られてしまった。


「どうした、眠れないのか?」


 優しい彼はこうして時々本気で衣織のことを心配してくれる。だがその裏には決して特別な意味などないのだということを、今日衣織は確実に知ってしまった。


「あはは、ちょっと喉が渇いて起きただけです。えっと、じゃあ、おやすみなさい。」


 想いの募る夜に想いを寄せる人と一緒にいるのが少し辛くて、衣織は部屋へ戻ろうと急いでコップを手に持った。


「なあ星野。」

「え?」


 思いがけず実稀に引き留められ、コップを手に持ったまま振り返る。いつもよりもラフな服装と洗い立ての少し濡れた髪が、衣織の中に警報を鳴らす。


(こんな夜遅くにこんな色気を漂わせた人と一緒にいたらまずいって!!)


「もう少し付き合えよ。俺、寝付きが悪いんだ。」


 そんなことを言われたら断れないのにと、苦笑いしながらコップを再びテーブルの上に置いた。


「・・・酔ったらあんなにすぐ寝ちゃうのに、ですか?」

「ほんと、そういうとこ遠慮がないよな、星野は。」

「うふふ。じゃあ、ちょっとだけ、お酒抜きなら付き合いますよ。」

「もちろんだ。」


 二人で静かに笑い合うと、どちらからともなく椅子に座って話し始めた。今日の花火のこと、助かった妖精のこと、普段の何気ない話・・・気付くと話が弾みすぎて、一時間以上そこで語り合っていた。


 そして実稀がふと壁にある時計を見上げ、ハッとした表情を見せた。


「うわ、もう二時か。すまない、こんな遅くまで。」

「あ、ほんとだ。結構いい時間ですね。でもなんか修学旅行の夜みたいですっごく楽しかったです。」


 実稀が目を細めて柔らかく微笑む。その微笑みがいつも以上にいおりの胸を締めつけていく。


「俺も。さて、じゃあ寝るか。こんな時間まで付き合わせといてなんだけど、星野も早く休めよ。おやすみ。」


 そう言って彼は椅子から立ち上がり衣織の頭にぽんと手のひらを優しく載せると、二階に静かに上がっていった。


「あんなのされたらそりゃ好きになるよ・・・実稀さんのバカ。」


 その場に一人残された衣織はウーロン茶の残りを飲み干してから部屋に戻り、ベッドに潜りこんで無理やり目を閉じた。




 翌日、寝不足の衣織は帰りのバスの中はほぼ爆睡して過ごし、店のかなり近くまで来てからようやく目を覚ました。


「おはよう衣織ちゃん。寝顔も可愛いね。おかげでいい写真が撮れたよ。」

「ふえ、お、おはようございますぅ・・・って、なにその写真!?」

「あははは!ね、いい写真でしょ?これで社員旅行の思い出、もう一つできちゃったね。!」


 衣織が物凄い形相で見つめている先には、諒のスマートフォンに映る恐ろしい写真があった。


 爆睡している衣織の肩に諒が頭を乗せ、目を瞑って微かに微笑んでいる写真だ。しかも諒がそれをご丁寧に待ち受けの画像に設定していることに気付き、衣織は一気に青ざめた。


「ちょ、ちょっと!?何勝手に待ち受けにしてるんですかこの変態セクハラキモ社員!!」

「ああ、ついにキモいがついちゃった!まあいいか。せっかく俺の横にいたのに寝ちゃう衣織ちゃんが悪いんだよ?はい、衣織ちゃんにも送っといたから、待ち受けにしてね。」

「イヤー!!消してくださいってば!!」


 衣織は必死で諒のスマートフォンを取り上げようと奮闘したが、背も高く腕も長い彼に敵うはずもなくあっさりとバッグにしまわれてしまった。


「ほらほら、あんまり騒いでいるといちゃついているって思われちゃうよ?」

「くうう!!諒さんってほんと意地悪!!」


 少し声のトーンを落として文句を言うと、突然諒が真面目な顔になって話し始めた。


「ねえ、実稀の好きな人、気になる?」


 衣織は自分のスマートフォンに届いていた恐ろしい写真を見ながら動きを止めた。


「いえ、別に。」

「ふうん。せっかく教えてあげようと思ったのになあ。まあ気にならないならいっか。」

「・・・諒さんて本当にタチが悪いですね。」


 諒はにこやかな顔を衣織に向けながら言った。


「俺は本気だから何でもするよ?衣織ちゃんが早く実稀を諦めてくれるようにね。」

「・・・」

「どうする?聞きたいなら教えてあげるけど。」

「どうせ何か見返りが必要、とか言うんですよね?」

「もちろん!」

「・・・じゃあ結構です。」

「たった一回のデートで、知りたいこと全部教えるけど。」


 衣織は眉を顰めて本気で考えこんだ。この腹黒い男の術中にはまっていくのが自分でもわかる。だが・・・


「どうする?悪い話じゃないと思うんだけど。」


 諒はバッグの中からペットボトルのお茶を取り出し、余裕の表情でそれを飲み始めた。その横顔に段々腹が立ってきて、衣織は鼻息も荒く返事をした。


「わかりました!その条件、飲みます!」

「あはは!決闘するんじゃないんだからそんなに興奮しなくても。でもまあ、そうこなくちゃね。じゃあ来週の木曜日は一日空けておいてよ。確か金曜日も休みでしょ?ゆっくりデートしよ!」


 ペットボトルをしまいながら、諒は嬉しそうに衣織に微笑みかける。


「はあああ。その代わりセクハラ禁止ですからね。」

「わかってる。正攻法で行くから安心して。」

「何一つ安心できない・・・」

「あはははは!」


 楽しそうに笑う諒の隣で衣織は疲労感でぐったりし、窓に額をくっつけたまま外を眺め始めた。


(実稀さんの好きな人・・・そんなこと知ってどうするんだろう。でも、それでも、どうしても彼のことを知りたい・・・)


 衣織は複雑な自分の気持ちの翻弄されながら、窓の外に流れる見慣れた景色に安堵する自分を感じていた。


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