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17. 社員旅行と白い妖精③

 花火大会は盛況だった。熱気溢れる人混みの中でどうにか晴人達とも合流でき、予め予約しておいた団体席に座って五人はのんびりと花火を楽しんだ。


 風があまり無い日ということもあり順調に打ち上げは続いていたが、その分煙がしばらく上空に留まりやすいらしく、花火と花火の間には少し空き時間ができていた。


「私、ちょっと飲み物買ってきます。」


 そんな空白の時間、衣織が晴人の飲み物が少なくなっていることに気づき、せっかくだから自分も含めてみんなの飲み物を買ってこようと立ち上がった。


「じゃあ俺も行くよ。」


 珍しく実稀が諒より先に口を開く。諒は浮かない顔で衣織を見ていたが、気付かないふりをして飲み物の希望を聞き、実稀と一緒にその場を離れた。


 二人は人の波に飲まれながら黙って歩く。だが途中で衣織は反対向きに歩いてくる元気な若者達の流れに巻き込まれ、あっという間に実稀とはぐれてしまった。


(あっ、実稀さんどこ!?)


 焦ってその場から動けずにいたその時、人混みの中から伸びてきた手が衣織の手をぎゅっと握りしめた。


「星野、よかった!」


 顔を上げるとそこには安堵した表情の実稀が立っていた。衣織は年甲斐もなくほっとして泣きそうになる。


「実稀さん・・・」

「どうした?怪我でもしたのか!?」


 そんな衣織を見て本気で心配してくれる彼に気を遣わせまいと、衣織は無理やり笑顔を作った。


「大丈夫です!すみません、桐生さん。」


 実稀の目が一瞬驚いたように開き、小さく笑った。


「実稀でいい。」

「え?」


 実稀がふいに衣織の軽くアップにした髪を優しく撫でた。その手の感触とはにかんだような笑顔が眩しすぎて、衣織の胸はぎゅうぎゅうと締めつけられる。


「あ、いや、名前なのか苗字なのかあやふやなのは性に合わないから、『実稀』でいい。諒もそう呼んでるし。」


 少し狼狽えながらそう話す彼を見て、衣織はようやくいつもの調子に戻った。


「へへ。何か照れますね。でもお許しが出たので実稀さんって呼びます!」

「ああ。」

「じゃあ、飲み物を買いに行きましょう!」

「そうだな。」


 その時、二人の頭上に大きな花火が打ち上がる。ヒュルルル、ドーン、という大きな音で弾かれたように上を見上げると、次々に色鮮やかな花々が夜空を埋めていくのが見えた。


「きれい・・・」

「ほら、またよそ見してるとどこかにぶつかるぞ。」

「はーい!」

「返事だけはいいな。」


 そんなたわいもないやり取りも楽しくて、握られた手が嬉しくて、衣織は軽く微笑んだまま歩き続けた。そして結局実稀は飲み物を買い終わるまで、繋いだその手を離すことはなかった。


 たとえ彼がはぐれないようにそうしていただけだとしても、これが今日だけの特別な出来事だったとしても、彼の手の温もりと大きな手で包まれたあの安心感をきっと一生忘れない、と衣織は思う。


 次々に打ち上がる花火の振動が胸に響く度にその想いは強くなり、鮮やかに彩られたこの瞬間を一生の宝物にしようと心に決めた。



 花火大会がフィナーレを迎えると、人々がゾロゾロと帰宅し始める。衣織達も片付けを終えると、その人の流れに乗って移動を開始した。


 五人で最後の特大の花火の感想を言い合いながら歩いていると、ふと衣織は誰かの視線を感じて歩くスピードを緩めた。気配を感じた方向にパッと顔を向けると、少し後方の屋台の近くに白っぽい色の妖精がフラフラと飛んでいるのが見えた。


「あれ?あの子、どうしたんだろう?」

「え?衣織ちゃん何か言った?」」

「おい星野、そっちに戻るのは危ないぞ!」


 衣織が人の流れに逆らって妖精のいる方へと歩き始めると、それに気付いた実稀と諒が引き留めるように声を上げた。だが衣織は何か様子がおかしい妖精のことがどうしても気になり、その言葉を振り払うかのように急いで妖精の後を追う。


 前からどんどん押し寄せてくる人の合間を縫って白い光を追っていくと、屋台がなくなった辺りから暗い細い道に入ったことに気付いた。衣織はスマートフォンの充電がまだあることを確認し、ライトを点灯してその細い道を照らしながら先へと進む。


「暗い・・・」


 人の声は徐々に遠ざかり、電灯もないさらに暗い道へと入っていく。気がつくと辺りには高い木々が左右に現れ始め、どうやら林の中に入っていくようだった。


 そこまで来てようやく怖くなり一瞬足を止めると、背後からザッ、ザッという足音が近付いてきていることに気付き軽いパニックを起こす。


(やだ、なんでこんな所に一人で来ちゃったんだろ!?何してるの私!)


 焦ってみてもそこには林の中以外に隠れる場所はない。だが林の中は怖すぎて中には踏み込めない。逃げ場をなくしてあたふたしていると、遠くから男性の声が聞こえてきた。


「衣織ちゃーん、どこー?」

「星野!どこだ!」


 近付いてくる声が実稀と諒だとわかると、はあ、と大きく息を吐き出してから二人の方へと歩き始めた。


「実稀さん、諒さん!」


 衣織の声とライトの光に気付き二人が慌てて駆け寄ってくる。目の前まで来ると、衣織はその場で二人に叱られてしまった。


「こら!一人で黙って消えないの!心配するでしょ!」

「全くだ!こんな日に女性一人でうろつくなんて、何かあってからじゃ遅いんだぞ!」

「本当にすみません・・・」


 しゅんとしながらも二人が心配して来てくれたことを心のどこかで喜んでいる自分がいる。だが今はそれどころではなかった。


「あ、そうだ!今私、白っぽい妖精さんを追ってここまで来たんですけど・・・」

「白っぽい?星野、それは本当か!?」


 実稀が血相を変えて衣織の腕を強く掴む。


「イタタ!あの、はい。フラフラ飛んでいたので何かあったのかと思ってここまで追ってきたんですけど・・・実稀さん?」


 怖い顔で固まってしまった実稀に代わり、諒が説明をしてくれた。


「白っぽい妖精ってのは本来いないらしいんだ。俺は見えないからよく知らないんだけど、どうも妖精達は少なからず色を持ってるらしくてさ。それが白っぽいってことは、色を保てなくなってる、つまり弱っているってことらしい。」

「そうなんですか?そっか、だからあんなにフラフラ飛んでたんだ・・・」


 衣織はその場で少し下を向いて考えこんだ。すると実稀は衣織達を置いていきなり奥へと走り始めた。驚いた二人もその後を追う。


 そして三人で辺りをライトで照らしながら妖精を探し歩き、一番その道の奥にあった小さな神社に行き着いた。


「あ、あそこにいる!」


 衣織が神社の鳥居の横を指差すと、実稀は急いでそこに駆け寄った。そして今にも落ちてきそうなその妖精を手のひらでそっと受け止める。


「おい、大丈夫か!?」

「実稀さん!」

「星野、この子を支えてあげられるか?俺だと話が聞けないから。頼む。」

「え?あ、はい!」


 実稀の側まで行った衣織は彼から白い妖精を受け取った。だが残念ながら話ができる状態ではなさそうで、小さなその体は冷え切っているようにすら感じた。


「妖精達はこうなってしまうと、あんなに人の多い場所に来たとしてももう『イノチ』を受け取ることはできない。」

「え!?そうなんですか?じゃあどうしたら・・・」


 苦渋の表情を浮かべる実稀は、そのまま首をゆっくりと横に振った。


「俺達にはどうにもできない。だが妖精達なら『イノチ』を分け与えることができるかもしれない。時間はかかるが、今から急いで店に戻るしかないな。」

「実稀、いたか?」


 後からやってきた諒が、見えない妖精の気配を探っている。


「今星野の手の中にいる。だが、もうかなり厳しい状態だ。」

「そうか、あの時と同じなのか。」

「・・・」

「あの時?」


 衣織が不思議そうにそう呟くと、二人の男達はそれぞれに違う方向を向き黙ってしまった。何か話せない事情があるのだろう。だが衣織は構わず二人に声をかけた。


「あの、ダメ元かもしれませんけど。」


 二人の視線が衣織に向けられる。


「この子に名前、つけてあげてもいいですか?」

「え?名前つけるの?」

「いや、でも、あの子の時とは事情が違うぞ!」


 二人からそういう反応がくることはわかっていたが、それでも衣織は何もせずにいるよりも、今できることはやっておきたかった。そして必死の思いで二人に懇願する。


「もし駄目ならすぐに店に向かいましょう。だからやるだけやらせてもらえませんか?お願いします!」


 諒が実稀の方に顔を向けて言った。


「いいんじゃないかな。それがマイナスに働くことはきっとないよ。な、実稀!」

「はあ・・・。わかった。」


 衣織は手のひらの上で今にも力尽きそうな白い妖精をじっと見つめた。本当は何色だったのだろうか。きっと以前は翠連のように自分の色の光を周囲に振り撒き、美しく飛び回っていたんだろうなあ、と想像してみる。


(ああ、黄色く輝く向日葵のような・・・)


 見たこともないはずなのに頭の中にありありとその輝く姿が浮かんでくる。そして、無意識に思いついた言葉がつい口をついて出てしまった。


アオイ、あなたが元気に飛び回っている姿を私にも見せて。」


 その瞬間、手の上の妖精の内側から大量の光の粒が溢れはじめた。


 それは最初はぼんやりとした白い光だったが、少しずつ黄色みを帯びてきて、最後には夏の太陽の下で強く生きる向日葵のような、濃く美しい黄金の光を放ち始めた。


「眩しい!太陽みたいな光だね、葵!」


 黄色い色を取り戻した妖精が嬉しそうに衣織の周りを飛び回り始める。


『アリガトウ、アナタガクレタナマエ、イノチソノモノ。ウレシイ!タイカ、ナニガホシイ?』


 衣織はその言葉を聞いて首を横に振った。


「何もいらないよ。あ、それならここであなたが光を放って飛んでいる姿を見せて!その金色の光がここに舞っているところを見てみたい!」


 金に近い黄色の光を放ち始めたその妖精は、楽しそうにその場でクルッと一回転する。その様子を実稀と二人で眺めていると、その妖精は元気な声で答えた。


『イイヨ、ヤサシイヒト。アナタハアノヒトノカケラ、モッテルノネ。ダカラ、アナタノナマエニハ『イノチ』ガヤドル。タイカ、ワタシノヒカリ、ミセテアゲル。』

「え?」


(あの人のかけら、ってなんだろう?)


 一瞬その疑問が頭に浮かんだが、すぐにそれを忘れてしまうほど、初めて目にする美しい光景がそこに現れた。


 真っ暗な神社の境内に、まるで小さな花火がいくつも打ち上がるように大小さまざまな大きさの金色の光が花開く。そしてなぜかその光景は、諒の目にも見えているようだった。


「うわっ、すごい!俺にも光が見えるよ!!」

「綺麗ですね・・・さっきの花火に全然負けてない!!」

「これはすごいな。最高の対価だ。」


 三人はそこでしばらくの間その三人だけの小さな花火大会を楽しみ、元気になった妖精と別れを告げると、晴人達の元へと急いで戻っていった。


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