14. 泥棒騒動③
「それで星野。」
「はい。」
「何か策はあるのか?」
「・・・」
衣織が目を泳がせると、実稀は額を手で押さえため息をついた。諒は苦笑しているが先ほどより明るい表情になっている。
「はああ。そんなことだろうと思った。いじめなんてそう簡単に解決できることじゃないんだぞ。部外者が安請け合いすることでもない。」
衣織は勢いよく顔を上げた。
「そんなんじゃないんです!いじめがそう簡単に収束するものじゃないなんて私が一番よくわかってます!」
「星野?」
実稀は驚いたような顔で衣織の顔を見つめた。
「あ、ごめんなさい、大きな声出して。」
「衣織ちゃん、いじめられてたの?」
諒が衣織に優しく語りかける。衣織は少し眉を下げて恥ずかしそうに微笑むと、言った。
「・・・はい。真面目すぎて鬱陶しいって。」
「あー、そういうこと言う子、たまにいるよね。」
諒はきっとクラスの人気者だったはずだし、いじめなど経験したこともないのだろう。何となく他人事のように感じているのかなと思い、衣織は曖昧な笑みを浮かべた。実稀は二人のそんな様子を見ながら壁に寄りかかった状態で上を向いてしまう。
そんな調子でその場は一旦話が流れそうなムードになりかけたが、衣織だけは一人で延々と考え続けていた。
(どうにかしたい。学校という閉ざされた空間でのあの地獄から、せめて私が関わる人には少しでも抜け出してほしい・・・)
唇を噛みしめて下を向き考え込んでいると、緑色の妖精が再びそこに舞い降りた。
『イオリ、ツヨイオモイ、カンジル。デモイツモノホウガスキ。イオリ、ドウシタラソウナル?ワタシガテツダウ?』
諒は目を丸くしながらその声を聞き、実稀は妖精の姿を見ながら、諒や衣織の反応を窺っていた。
「衣織ちゃん。手伝ってくれるって言ってるけど、どうする?」
「どうするって、でもそんなこと妖精さんにお願いしていいんでしょうか?」
「何だ、何の話だ?」
諒は衣織の方をチラッと見てから実稀に今聞いたことを説明する。だが実稀は顔を顰めて反対しだした。
「駄目だ。妖精達を利用するようなことはできない。そもそも彼らと違って俺達は彼らに何の対価も払えないんだぞ?それに本来いるはずのない彼らがこの世界に影響を与えすぎるのは問題だ。」
衣織はその言葉を聞いて、それもそうかと深く考え込んだ。諒は中立の立場にあるようで、今は口を閉ざしている。だがそこに割って入ったのはまさかの人物、いや妖精だった。
『タイカハ、ナマエ。イオリカラ、ナマエヲモラウ。イオリニシカデキナイコト。』
諒は驚いて声のする方へと勢いよく顔を向けた。
「名前が対価って・・・そんなのアリなの?」
「あ、さっきそういえばそんな約束をしました。でも対価だなんて、そんな話じゃなかったのに・・・」
「名前をつけてほしいなんて聞いたことがないぞ!本当にあの子がそう言ったのか?」
衣織は徐々に怖い顔になっていく実稀についビクビクしながら頷く。だが衣織が怖がっていることに気付くと、彼は前のめりになっていた体と怖い顔を急いで元に戻した。
「・・・すまない。きっと星野には、何か妖精達を惹きつけるものがあるんだろうな。」
「そうだね。よし!せっかくだから協力してもらおうよ。ダメ元で!」
明るく話をまとめようとしてくれた諒に、衣織は心の中でそっと感謝する。衣織が「はい、力を借りてみたいです!」と元気に宣言すると、諒は笑顔で頷き、実稀は納得いかないといった様子ではあったが、反対はしなかった。
ただ一人、何が起きているのか全くわからず呆然と座っている晴人だけが、「いったい何の話をしてるんですか!?」と混乱しながら叫んでいた。
そして翌日。
実稀から緑色の石を使ったペンダントを預かった衣織は、名前と引き換えにそこに妖精の力を分けてもらうことができた。
緑色の妖精が石を抱きしめるような仕草を見せると、体からふわっとあの色鮮やかな緑の光が溢れだし、それが石に吸収されていくのが見えた。不思議で幻想的なその光景に、衣織は瞬きもせずに見入ってしまう。
『イオリ、アリガトウ。ステキナナマエ、ウレシイ!コノイシニチカラ、イッパイハイッタヨ。コレヲモツヒトカラ、ワザワイヲトオザケル。』
「すごい力だね!こちらこそ本当にありがとう!その力、大切にお借りします。」
衣織は深々と頭を下げた。いつものようにガラスケースの上で舞っている美しい緑の妖精は、衣織の言葉を受け取ると、あの慈愛に満ちた表情で微笑みかけてくれた。
そしてその日の夕方、疲れ切った顔で再び店を訪れた晴人に、実稀の手からそのペンダントを渡してもらった。
実稀はその場で、『制服の内側に身につけて見えないようにしておくこと』、『自分自身も出来る限りの頑張りを見せること』を晴人に約束させていた。
「これはお守りみたいなものだ。それなりの効力はあると思う。でも頼りきりでは駄目だ。頑張る人に力を貸してくれるものだと思ってくれ。諒のためにも、出来ることはまず自分で頑張ってみて欲しいんだ。頼む。」
そう言って頭を下げる実稀を、衣織は微笑んで見つめていた。晴人もまたさっきまでの疲れきった表情が薄れていき、決意を固めた表情で力強く頷いていた。
そんな出来事から三週間ほど経ったある平日の午後のこと。
入り口のドアは新しいものに替えられ、店はすっかり日常を取り戻していた。以前のものとよく似たそのドアは特に違和感を感じさせず、今の店の雰囲気にもよく合っている。
そしてそのドアが今日は静かに、ゆっくりと開いた。
「いらっしゃいませ・・・あ、晴人くん!?」
「衣織さん、こんにちは!」
そこには明るい笑顔を見せる晴人の姿があった。
「今日はどうしたの?顔色もいいし元気そう!学校はどう?うまくいった?」
矢継ぎ早に質問する衣織を、後ろから実稀が止める。
「おいおい、そんなに一気に質問しても答えにくいだろ?晴人くんいらっしゃい。中でお茶でも飲むか?」
晴人は首を横に振り、笑顔を見せた。
「いえ、今日は報告だけ。実はあれからほとんど奴らに絡まれなくなったんです。どうしてかわからないんですけど、俺に近寄ろうとするとなんかこう顔が引きつったみたいになって、そのままどっかに行っちゃうってことが何度もあって。そんなことが何日か続いたら、今はもう全然絡まれなくなったんです!」
隣にやってきた実稀が、横目でチラッと衣織の方を見る。
「それは・・・すごいな。」
「うん、びっくり。」
事情を知っている二人は素直に驚くことはできず、微妙な笑顔を返した。だがそんな二人の様子を気にすることなく、晴人はニコニコと話を続けた。
「諒くんにも心配かけたくなくて、僕も学校では元気に振る舞うようになったんです。挨拶もあえてこちらから大きい声でするようにしたし、辛い時こそ意識して笑顔を見せるようにしろって諒くんがアドバイスくれたんで、それもやってみたりしました。そしたらなんか周りの雰囲気というか、態度が変わって。」
晴人の笑顔が眩しい。心なしか姿勢までよくなったように見える。
「たった三週間のことなのに、僕もう今は学校が怖くなくなったんです。あ!それとキーホルダーは一昨日の朝机の上に置いてありました!直接じゃなくても返してくれたからもうそれでいいかなって。それで、今日はこれ、返しにきたんです。」
そう言って彼は例の緑色の石のついたペンダントを実稀に手渡した。実稀もそれを笑顔で受け取る。
「もう、いいのか?」
「はい。ここからは自分で頑張ってみます。それと、いつか必ずドアの弁償もさせてください!」
「わかった。」
そして晴人は何度も頭を下げてから、元気に家に帰っていった。
衣織はそこでようやく実稀と目が合い、二人同時に笑い出す。
「ふふ!よかった!こんなに短期間で効果があるなんて思ってもみませんでした。彼が元気になってくれて本当に嬉しい!」
衣織は持っていたペンを握りしめながら頬を上気させて微笑んだ。
「そうだな。妖精達は幻覚を見せることができるらしいと祖父から聞いたことがある。もしかしたらあの子はそうした効果をあの石につけてくれたのかもしれないな。」
「そうなんですね。でもあんなに弱気だった彼が、これからは自力で頑張っていくって決めたんだからすごいなあ。私も頑張らないと!」
「ああ、そうだな。・・・そういえば星野、あの子の名前、結局何にしたんだ?」
話題が変わり、実稀の優しい笑みが衣織に向けられる。衣織はそれが嬉しくてついはしゃいだ声を出してしまった。
「翠連っていう名前にしたんです!あの子すごく気に入ってくれて、名前をつけた日は店の中を飛び回ってました!」
「そうか。いい名前だな。」
「名前を呼ばれるって、嬉しいものですもんね。」
「・・・そうだな。」
衣織は何かを言いたげな実稀が少し気にかかったが、発送作業が残っていたことと時間が迫っていることを思い出し、軽く頭を下げると急いで奥の部屋へと入っていった。
「名前、か。いや、俺は何を・・・はあ。仕事しよう。」
実稀は新しいドアの向こうに見えるぼんやりとした景色に目を向けると、再び自分の仕事に戻っていった。




