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第93話 一難去って 3

「お、おい! 外だ! 外に出られたぞ!」

「ああ、良かった……! もう苦しまずに済むのね……!」


 気がつくと俺は久遠家の屋敷の広大な裏庭、そこに建てられていた観覧席に座っていた。

 周囲に座る人の顔ぶれを見るにどうやら結界に取り込まれる前にいた場所に強制的に戻されたようだ。

 また体調などについても結界に取り込まれる前の状態に戻っているらしい。

 事実、近くにいた何人かは迷宮結界内のあの大樹のような何かによってミイラのように干からびていたが、今は至って普通の健康な人間そのものだ。


 周りではあの結界に巻き込まれていた人々が無事に脱出できたことを涙を流して喜んでいる。

 そんな光景を横目に俺は自分のスマホを開く。

 目的は現在の時刻を確認するためだ。


(……7時22分、起こされたのが6時過ぎだったから1時間位しか経っていないのか)


 そういえば林間学校の時に閉じ込められた結界も外と内部で時間の流れが違っていたな。

 あの迷宮結界とやらも同じような効果を持っていたのだろうか。

 

(と、そうだ。京里たちがちゃんと戻ってこれたか確認しないと……)

「クソ! ふざけるな! ふざけるなよ!? お前の、お前のせいで俺の計画は!」


 突如、中庭の中心にある祭壇の方から怒声が聞こえてくる。

 見るとそこには明らかに苛立った様子の久遠玄治が今にも手を出しそうな勢いで京里に詰め寄っていた。


「お前とあのクズの余所者が余計なことをしていなければ俺は久遠家の当主になれていたんだ! それなのに……!」


 そう言って久遠玄治は怒りで肩を震わせながら、懐からお札を取り出す。


「お前が悪いんだぞ、京里。俺の慈悲を無下にしたからこうなるんだ!」

「姉さま!」


 久遠玄治がそう言い切ると、札は青白い火となって奴の右の拳に纏わりつく。

 それを見て観覧席から小春が京里の元へ駆け出すが、それに続く者は誰一人としていない。

 結界内で受けた恐怖がまだ残っているのか、何にせよ他の者は京里を助けようとする意思はないようだった。


「……」


 一方の京里はそんな久遠玄治の憎悪を前にして全く物怖じすることなく、無言で彼の顔を真っ直ぐ見据えている。

 

「クソ!」


 それが癪に触ったのか、久遠玄治は眉を上げると火を纏ったその拳を京里に叩きつけようとするが―――。


「な、てめえっ……!」


 彼の拳は京里にぶつけられることはなく、『空間転移魔法』で飛んできた俺の手にひらに吸い込まれた。

 俺はそのまま久遠玄治の拳を掴むと、そのまま彼の腕を捻り上げる。


「っ、余所者! お前は自分が何をしているのか分かっているのか!」


 久遠玄治は苦痛に表情を曇らせながらも、唾を飛ばしながら怒鳴り込んできた。


「無抵抗の女の子に殴りかかった暴漢を止めにかかった。それだけだが?」

「―――ッ!」


 それを聞いて久遠玄治はさらに激昂して手に纏った火の温度を上げて、拘束を無理やり振りほどこうと試みる。

 だが、俺の手に伝わる温度は精々カイロと同じくらいの温いもので、到底ダメージになるようものではない。

 さて、ここで少し奴の腕を掴む力を少し強めてみるか。


「ぐっ、がああああああ!?」


 結界内では脳内アドレナリンでも出て、痛みに鈍くなっていたのだろうか。

 久遠玄治は口と目を大きく開いて絶叫を上げる。


 うん、これで適度な痛みは与えられただろう。

 後は仕掛けておいた『保険』を発動させようとして―――。


「伊織君、その手を離してあげてくれませんか?」


 突然京里が俺の腕に手をあてて、奴を解放してやるようにと言ってきた。


「いや、でも……」

「お願いします。私にあの人とのけじめをつけさせてくれませんか」


 けじめをつけたい、そう語る京里の表情は真剣そのものだ。

 ――そんなことを言われたら大人しく従うしかないだろう。


 俺が渋々握り掴んでいた腕を離してやると、久遠玄治は右腕を擦りながら心の底から不愉快そうな目付きで京里を睨み付ける。


「……何のつもりだ。京里」

「貴方に今この場で決闘を申し込みます。先に相手を気絶させた方が勝ち、第三者の力を借りることは禁止、負ければ大人しく勝者に従う。どうですか?」

「お前と決闘だと? 何故俺がそんなことを――」

「まさか、あれだけ威勢のいい言葉を並べておいて私ごときに勝つ自信がないのですか?」

「……そこまで言うならいいぜ、やってやるよ。二度とその生意気な口をきかせられないようにしてやるよ!」


 京里の挑発に久遠玄治は呆れるほどあっさり乗ると、彼女から距離を取り懐から大量の札を取り出す。

 対して京里は手ぶらのまま変わらず無抵抗な状態でその場に立つ。


「俺が腕を痛めてるからって手加減したつもりかよ」

「いいえ、貴方相手ならこれで十分だと思ったまでです」

「舐めたことを言いやがって……。後で後悔しても文句を垂れるなよ!?」


 久遠玄治はそう叫び、無数の獣の形状をした式神と火の玉を出現させ、京里に襲いかからせようとする、のだが。


「…………あぁ?」


 彼が呼び出した魑魅魍魎はその姿を維持することが出来ず瞬く間に崩壊してしまう。

 それを見て京里は呆れたようにため息をつくと、何が起きたのか分からず困惑している久遠玄治に軽蔑の眼差しを向ける。


「貴方はあの人、茨さんに裏で力を供給してもらいながら術式を行使していたのではないですか?」

「な、んでそれを……」

「貴方が私と彼に放とうとした火、あれは術式を学び始めた者が最初に出すことができるものと同じです。正直に言って初めは結界の中であれだけの数の術式を操っていた方が出したものだとは思えませんでした。それによくよく思い返してみれば、貴方が使っていた術式は出力こそ大きいけれどどれも習いたての初心者が使うようなものばかり」

「……」



 京里は淡々と語りながら腰を抜かしている久遠玄治との間合いをゆっくりと詰めていく。


「だから思ったんです。もしかして貴方は鍛練をせず、茨さんの助けで実力以上に力があるように見せかけていたのでないのか、と」

「っ、それの何が悪い!? 主が配下の力を使うのは当然のことだろう!? 第一、お前もそこのクズの余所者の力を使っていたじゃないか!」

「――ええ、人の助けを借りる。人を頼る。それ自体は悪いことではありません。ですが」


 久遠玄治の前に立った京里はそう告げると―――。


「人に頼れるということは努力を怠っていい理由にはなりませんよ」

「ぎゃっ!?」


 見事な背負い投げで久遠玄治を地面に叩き落とす。

 久遠玄治はその衝撃でまた意識を刈り取られたようで、時折体がピクピクと痙攣するが立ち上がろうとする気配はない。

 『鑑定』で確認した所、単に気絶しているだけで命に別状はなさそうなのでアレについては放って置いてもいいだろう。

 問題は……。


「お、おおおお! 流石は京里様!」

「わ、私共は京里様であればお一人でそこの下衆を片付けられると信じておりました!」

「京里様こそ久遠の次期当主に相応しいお方、ですので、ですのでどうか私共は……」


 その光景を見て観覧席で傍観していた久遠家の面々は手のひらを返したかのように京里へ称賛の言葉を浴びせる。

 しかし京里は言い訳作りと媚びを売ることに必死な久遠家の者たちを一瞥することなく俺たちの方へと戻ってくると。


「……ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げ、屋敷の中へ戻ってしまう。


(こりゃまた一難ありそうだな……)


 一連の出来事を見てそう確信した俺は、気絶している久遠玄治に『保険』を発動させると彼女の後を追うのだった。

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