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第88話 決戦が始まりました 3

「い、伊織君!? これ本当に大丈夫なの!?」

「衝撃吸収用の泡なら大量に詰め込んであるから大丈夫大丈夫。それよりこれが止まったら即戦闘開始になると思うから用意だけしておいて」

「わ、わかった……!」


 現在、俺たちはあの木の根が絡まったような見た目をしている球体の内部でジェットコースター体験をしていた。

 もちろん元々入っていたあの薄気味悪い液体は全て排出したし、対象の人物――久遠玄治の元へ向かうという機能以外は大改造を施してあるので中の人間の安全性はある程度保証されている、はずだ。

 ただまあ、問題なのが……。


「……加速用の起爆剤、ちょっと多すぎたかな……」

「い、いま! 今何か不審な言葉を言わなかった!?」

「大丈夫、本当に大丈夫だから」

「信じるよ!? 本当に信じてるからね!?」


 京里がそう叫んだ瞬間、球体は激しく揺れ、遂には全く動かなくなってしまう。

 それと同時に内部に仕込んでおいた衝撃吸収用の濡れず弾力性のある泡が展開し、俺たちの体を守る。


「……ほら大丈夫だったろ?」

「そ、そうですね……」


 正直言って俺も不安だったが、無事機能してくれて何よりだ。

 そんな情けないことを考えながら球体各所に取り付けられたハッチを開き、身を乗り出そうとして――。


「あっぶねぇ」


 俺は自分の手のひらで砕けた木製の矢を見て冷や汗をかきながら、それを投げつけてきた張本人を見据えながら呟く。


「……伊織君?」

「もう少し中で待っていた方がいい。お相手は大層ご立腹なようだからな」


 その言葉でおおよそのことは察したのだろう、京里は俺に軽く頷くと札を何枚か取り出しながら球体の奥へと身を引く。


「貴様が、貴様が現れて全てがおかしくなったんだ……! この俺が! 久遠を、退魔を統べる王になるはずだったのに!」


 黒い霧のようなものに包まれたその男は、赤い目でこちらを睨み付けると、雄叫びのように叫び声を上げる。


「待て、俺たちがあんたと敵対する理由はない。あんたは久遠の当主になる、俺たちは無事に家に帰る。それでWin-Winだろ?」

「黙れェ! コこまで散々オレをコケにシてきタ貴様を、貴様をおおおおおお!!」


 そう言ってその男――久遠玄治は再び雄叫び声を上げると、近くの木の枝を剥ぎ取り、それをまた矢のような形に変形させると俺に向けて一直線でぶん投げてきた。


 それに対して俺は『水魔法』でスライム状の壁を生成し、攻撃を防ごうとしたのだが。


「危ない!」

「うおっ!?」


 突然京里に球体の中へ引っ張られると同時に、矢は何の前触れもなく大爆発を起こす。


「マジで助かった。ありがとう」

「礼を言われるような程でも……。それより気をつけてください。玄治さん、異常なまでに強くなっています」

「だろうな……」


 矢を投げた直後、久遠玄治は肩で息をしていたが、あれは力を使って消耗しているというより興奮で荒ぶっていると言った方がいいだろう。

 加えて厄介なのが御縄の存在だ。


(これでもかってくらいギッチリ肩に結ばれてるな。あれじゃ単に京里を連れて行っても抵抗されるのが目に見えてる。となると何かしらの手段で無力化しないとダメか)


 そう考えていると、久遠玄治は俺たちの方を向くと、怒り狂いながら絶叫する。


「京里ィ!! キサマもソコにいるのかア!? キサマも、キサマもオレからスベテを奪ったなアッ!?」


 ちっ、京里の存在にも気づかれたか。

 一応『認識阻害』はかけておいたんだが……。


「ふふふ」


 久遠玄治の頭上、周囲のものと比べて特別太い枝に座る少女、茨は万事想定通りといった具合に怪しげな笑みを浮かべている。

 そして彼女の視線は間違いなく球体内の京里を捉えていた。


 1対2、しかも京里を守りつつか……。

 再びMPポーションの水球を出現させ、それを飲み込みながら俺は大きく深呼吸をする。


「伊織君、お願いがあります」


 そこで京里が真剣な様子で話しかけてきた。


「お願い?」

「伊織君は『スキル』を他人に貸すことができる能力を持っていましたよね」

「あ、ああ。持ってるけど……」

「それでスキルを貸していただけないでしょうか? 叶うなら以前貸してくれた身体能力を強化する力と物を凍らせる力を」


 スキルを貸す、それ自体は別にいい。

 だが、その言葉が意味するのは。


「前線でガチで戦うっていうのか?」

「元々今日はそういう日ですから」


 そう話す京里の目はとても力強いものだ。

 ……これは説得する方が却ってリスクが上がりそうだな。

 それにもし京里が参加してくれるのであれば、アレ(・・)が出来るかもしれない。


「わかった。ただし俺の作戦には絶対に従うことと無茶は絶対にしない。この2つは守ってくれよ」

「はい!」

「それと最後に2つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「な、なんでしょうか?」

「ええと、まず……………」


 その俺の問いに彼女は一瞬唖然として、次いで首を横に振る。

 よかった、それなら京里にはとびっきりのものを貸すしかないな。


「………っていう作戦で行こうと思う。いけるか?」

「それだと伊織君の負担が……」

「俺のことは気にしなくていい。京里はとにかくその時を待っていてくれ」

「……はい!」


 最後の確認をした俺は『水魔法』で耐爆性能のある水の壁を生成して安全を確保してから、京里の方を見る。


 そして――。


「『スキル貸与』!」



◇◇◇




「出テコナイというのならッ……!」


 久遠玄治はさらに黒い霧を全身に纏うと、霧を手の形状に変化させて茨が座っていた太い枝を掴む。


「あらあら、玄治様。お使いになるのでしたら事前に仰ってくださる?」

「ウルサイッ!! 貴様は黙ってオレに従っていればいいんダッ!」


 どういう手段かは分からないが空中に浮かぶ茨にそう怒鳴り込むと、久遠玄治は枝を巨大な槍へと変換して俺たちがいる魔改造球体目掛けて投擲する。

 流石に無茶をさせ過ぎたのか、球体はパキッと小気味いい音を立てるとその場に崩れ落ちてしまう。

 当然俺たちはこの球体がそう長くは持たないと分かっていた。


「ッ! クソ、ドコだあ!? どこへ逃げたアッ!?」

ここ(・・)だよ」

「チイ!!」


 粉塵に紛れて真下に移動した俺は久遠玄治の腹を蹴り抜こうと試みる。


「あら危ない」


 が、俺の攻撃が当たる寸前に奴の体はまるで釣り上げられるかのように茨のすぐ側に移動してしまう。


「茨ァ! なぜ手を出したア!?」

「そうしなければ呆気なく気絶させられていたでしょう? それに、ほら」


 久遠玄治が顔を上げたまさにその瞬間を見計らい、高く跳躍した京里が彼の肩に飾緒のようにかけられた御縄に触れようと試みる。


「京里ィイイイイイ!!」

「ぐっ!?」


 京里の姿を捉えると、久遠玄治は大声で叫ぶと無数の紙の式神を彼女にぶつけて引き剥がしてしまう。

 それを京里は『氷結魔法』の盾で防ぐと、『身体強化』を使って大きく距離を取る。


 くそ、やっぱそう上手くはいかないよな……!


「数は同じ……。玄治様、どうなさいますか?」

「……オレは、オレは伊織修をコロスッ!! お前は京里からそのジャマな四肢をモイデオケッ!!」

「はい、仰せのままに」


 茨のその言葉と共に彼らは二手に分かれて同時に俺たちに攻撃を仕掛けてきた。


 玄治は紙の式神による物量戦と木の枝や皮を利用した砲撃のような投擲を、茨は腕の形をした炎を京里にぶつける。


「ったく、マジでうざったいな……!」

「シネ、シネシネシネシネ、死ねェ!!!」


「借り物の力を得たようですが、振り回されてばかり。それで久遠のご令嬢とは笑わせますねぇ」

「く……!」


 地の理も向こうにあるせいか、俺たちは徐々に離されていき、やがてお互い壁際まで追いやられてしまう。


 そして……。


「さようなら、哀れなお嬢さま」


「きゃああああっ!」


 茨の放った炎の腕が京里を掴み、その体を灰すら残さず燃やし尽くしてしまう。


「っ、ああああああ!!」


 それを見た俺は我を忘れた、かのように氷の剣を生成すると、それを持って久遠玄治へと斬りかかる。


「最後の悪足掻きか。ヤレ、茨」

「はい、分かっておりますよ」


 しかし、久遠玄治の体はまたも茨の不可思議な力によって宙へと浮かびあがり、俺の攻撃は空振りと終わってしまった。






 ……と、奴らは考えているのだろう。



「今だ!!」


 俺は剣を振り下ろす直前に大声で叫ぶ。

 それと同時に茨は何かを察し、血相を変えて天を見上げる。


「玄治! 『接続』を切りなさい!」

「キサマ! 一体ナニを……!?」


 上空からの茨の叫びに久遠玄治は苛立った様子で彼女の方を見上げ、そしてようやく気づく。

 だがもう遅い。


「はああああああっ!!」


 俺と彼女、2人分の『認識阻害魔法』をかけられて完全に気配を消していた「本物の京里」は『身体強化』を使用しながら、最後の切り札――夏の林間学校で手に入れた【霊刀『無銘』】を握り締めて天より降り落ちる。


 その刃が断ち切るもの、それは―――。


「これで、貴方はもう誰からも、何物からも力を奪い取ることはできません」

「あ、ああ!?」


 久遠玄治が身につけている『御縄』の「他者から力を吸収する特性」そのものだった。

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