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第82話 儀式が始まりました 2

 謎の空間内部に存在した広場。

 そこで俺は戻ってきたドローンの状態を確認すると大きくため息をつく。


「うーん、これもダメか」


 ドローンによるマッピング、追跡・探知魔法を使っての久遠たちの居場所の特定、その全てに失敗して途方に暮れていた俺は近くにあった切り株に腰かけることにした。


 とりあえず判明したことは3つ。

 まずここは現実世界ではないということ。

 次にスマホなどの連絡手段は一切使用不能だということ。

 そして俺や恐らく巻き込まれた人間はそれぞれ別の異空間に閉じ込められているということ。

 そのため久遠や小春の位置も把握できずにいる。


「仕方ない。歩くか」


 ここでいくら悩んでいても状況は何一つとして改善はしない。

 それにさっきの久遠玄治の【選定の儀式】への挑戦、あの時に司会役だった紋付き袴の男の発言から察するにこの迷宮と外部の時間の流れは、林間学校のあれとは違って完全に同期してしまっているようだ。

 なら早い内に彼女たちを見つけてここから脱出しないとな。


 そう考えて広場から出たその矢先――。


『ギャハハハハ! 人間! 若い人間ダ!』


 頭に2本の角を生やした黒い肌の小鬼が小刀を携えて襲いかかってきた。


「っと」

『ナアッ!?』


 俺は軽く力を込めて拳を固く握りしめ、小鬼の小刀を粉砕する。

 さらにその勢いそのままで小鬼の細い腕を掴むと、勢いよく地面に叩きつけた。


『グ……ガァ……』

「よし、まだくたばってないな」


 小鬼の胸を踏みつけてまだ息があることを確認すると、今度はスキル『鑑定』を発動する。


――――


名無し 小鬼 200歳


状態:久遠家により【選定の儀式】のために捕縛された鬼。特殊な環境と飢餓のために能力が著しく弱体化している。

また伊織修の反撃により右腕を骨折し、さらに全身を打撲している。


補足:過去、人食いとして暴れていたところを当時の久遠家当主によって捕縛された。

また対象は術式の効果により、この結界が破壊されない限り外へ出ることができない。


―――――



 なるほど、こいつが【選定の儀式】で当主候補者が戦うことになってる鬼か。

 そして『鑑定』の補足情報などを見るにここは結界の中なのだろう。

 となるとここから脱出するには本来のゴールを目指す必要があるってわけだ。


『ダ……頼ム……! 殺サナイデ、クレ……!』


 そんな風に考察していると足下の小鬼が涙を流しながら俺に命乞いをしてきた。


「……お前はこれから出会う人間全てを襲わないと約束するか?」

『モ、モチロンダ! 俺ハモウ人間ヲ襲ワナイ! 傷ツケモシナイ!』


 小鬼の切羽詰まった声に俺は無言で『鑑定』を発動する。


「……へえ、そういうことね」


 それを見て俺がゆっくり足を上げると、小鬼は物凄いスピードで這い出てきた。


『アリガトウゴゼエヤス! コノゴ恩ハ一生忘レマセンノデ!』


 小鬼はそんなことを言いながら、決してその背中を見せることなく俺から離れようとする。


「いや、別に恩を感じる必要はねえよ」

『……エ?』


 そこで小鬼はようやく気づいたようだ。

 自分の腕や足が氷となって動けなくなってしまっているということに。


 小鬼の命乞いに対する鑑定結果、それは『約束を守るつもりはない。伊織修の姿が見えなくなったら別の人間を襲おうとしている』というものだった。

 だから俺はスキル『氷結魔法』を発動して時間差で小鬼の両手足を封じた、というわけだ。


「ありがとうと言っとくべきなのかな。てめえのおかげでここではどう立ち振舞えばいいのかがよーく分かったよ」

『ヒギ……!?』


 俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れた小鬼の顔に手をかざす。


『あ、ガ……』


 すると小鬼の体は全身氷に覆われ、俺の足が少し触れるだけで崩壊してしまった。


 小鬼が完全に地面に散らばる氷の欠片となったことを確認すると、俺は深呼吸する。


 ここにはあんな風に人を襲ってくるような化け物が相当数いるのだろう。

 そうなると時間的制約はさらに短いものとなる。


「早くあいつらを見つけ出してこんなところからおさらばしないとな」


 そう呟くと、俺は紙とペンを取り出しながらこの迷宮結界の奥へと進んでいくのだった。



◇◇◇



『いいなア。こんなにも旨そうな肉のガキに出会えるなんて何年ぶりだ?』


 迷宮結界の一角、そこで多数の小猿に似た怪物を従えている目玉がなく全身を長く不潔な体毛で覆った大猿の怪物は、その指でまだ10を過ぎたばかりであろう少女をつまみ上げると、品定めするような視線を向ける。


「……お、お願いします。わたしたちを、おうちに、帰してください……」


 少女は大猿の怪物にそう懇願するが、大猿はそんな少女の必死な命乞いに一切耳を傾けることなく、その華奢な体を自身の巨大な顔の前に持っていく。


『頭からガブリといくのもいいが、足から少しずつ味わうのもいいな。いや、いっそ弄んでから食い散らかしすのもアリかア?』

「ひっ……」


 大猿は少女を何処から食べようか、敢えて少女の耳に届くように喋る。

 そんな時。


「や、やめろ! 姉ちゃんを、姉ちゃんを離せよ!」


 小猿に取り押さえられていた少女の弟は勇気を振り絞り、姉を解放するように声を上げる。

 彼らは祖父の付き添いで選定の儀式に参加した本家に近い家の子だがまだ術式の訓練を受けておらず、結界に巻き込まれた際に祖父とはぐれてしまったので、目の前の妖魔をどうこうする術など持ち合わせていない。

 それでも少年は、男として大事な姉が見殺しにされるという結果を看過できなかった。

 だからこそ声を上げたのだが……。


『プ……ガハハハハハ!』


 猿の怪物たちは少年の一世一代の覚悟で絞り出した大声を聞いて、それ以上の笑い声をあげる。


『お前の悲鳴と鳴き声はこの肉をより旨くする! 安心しろ、お前は生かしておいてやるさ。この娘を踊り食いし終えるまではなア!』


 そうして大猿の怪物が愉悦に浸っていると、一匹の小猿の怪物が大猿の足元にしがみつく。


『ナア親分、おれニモおんなノ肉ヲ少シダケ分ケテクレヨ! こいつらヲ見ツケテ連レテ来タノハおれナンダカラサ!』


 小猿の要求に大猿の怪物はため息をつくと、もう片方の腕で小猿をつまみ上げて――。


『ギュプ!?』

「きゃっ!?」


 一切の躊躇いもなく小猿の頭を潰してしまう。


『安心しろ。力加減は分かっているから、お前を食う時はちゃんと形を残したまま食ってやるよ』


 そう言って大猿の怪物は子分の小猿だったそれを放り捨てると、その口を大きく開く。


「やめろ! やめろおおおおお!」


 少年は拘束を振りほどこうも必死に暴れながら、有らん限りの声で叫ぶ。



 その時だった。


『んガアアアア!?』


 迷宮の奥から何か巨大なものが大猿の怪物に向かって飛んできて、その衝撃で大猿は倒れてしまう。

 その衝撃で生じた砂ぼこりが収まり目を開くと、そこにはうつ伏せに倒れる大猿の怪物と、その大猿から解放された姉の姿、そして下手なマンションよりも巨大な蜥蜴の怪物が大猿の半身と子分の小猿を潰しているという謎の光景が広がっていた。


「おーい、誰かいたようだけど大丈夫か!?」


 姉弟がそう困惑していると、今度はどこかから焦りを滲ませた声が聞こえてくる。


 声が聞こえた方を見ると、そこにはどこか眠たげな様子の若い男の姿があった。

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