第79話 お屋敷に招待されました 7
『ギャ、ギャギャアアアア!!』
『グァ、ギエア!?』
ボスのような存在だったのだろう大型の化け物が地に伏すと、小柄な化け物は右往左往しながら俺から逃げようと試みる。
しかしどういうわけか、親玉を失った化け物たちの姿はさらに歪曲していき、終いにはその汚れた体は液状化し完全に蒸発してしまう。
結局、残ったのは……。
「この親玉っぽい奴だけか」
こちらもこちらでかなり歪曲してはいるが、それでもまだある程度原形を留めている。
だったら調べておいて損はないよな。
向こうもちょうど大人しくしているから下手に抵抗される心配もなさそうだし。
俺は南無南無と手を合わせながら化け物の死体に近づき、そしてスキル『鑑定』を発動してみる。
――――
対象:異界より召喚されしホブゴブリン
状態:死亡
補足:逆召喚実験により他のゴブリンの群れごと久遠家の屋敷内にある隠し通路に召喚された。
またその影響で肉体の一部がこちら側の物体と融合し歪曲している。
――――
「……んん?」
その鑑定結果に思わず困惑してしまう。
ゴブリンってあれだよな? RPGの序盤に出てくる雑魚敵の。
妖魔がいると分かったからこういったモンスターが現実にもいるのではないかとは予想したことはあったけど、何でそんなものを久遠家が隠し持っているんだ?
というか補足に書かれてある【逆召喚実験】って……。
「おや」
そう考えている間にも大柄な化け物の肉体はゼリー状となり、やがて他の小柄な化け物と同様に蒸発してしまった。
「なあ、久遠家ではあんなのを番犬代わりにしてたりするのか?」
「……知らない。西洋風の術式を取り入れることはあっても向こうの怪物を野放しにするなんてそんな危険こと……」
小春の話を信じるならこの隠し通路は久遠家の人間の移動を楽にするためのものだ。
そんなところに見境なく暴れまわる猛獣を放し飼いにするというのは普通に考えたらデメリットしかない。
普通に考えたら、だが。
「ぁ、というかあんた! 今のは何だったのよ! 突然爆発して消えたかと思ったら無傷で現れたりして!」
あー……、この暗闇や煙で誤魔化せたと思っていたんだがバレちゃってたか。
「あれは……、うん、周りに幻覚を見せるようなもんだよ。ほら、忍者ものの漫画とかでよくあるだろ?」
「……なるほど。あんたの異能の効果っていうのなら納得するわ」
我ながらかなり苦しい言い訳だったのだが、どうやら異能力というのは俺が想像している以上に何でもありのようだ。
いやまあ彼女が気を利かせてくれているだけという可能性もあるのだが。
ともかく小春は何やら納得した様子で化け物が溶けた場所から離れる。
「あ、そ、それとその、ありがとう」
そして俺を横切る瞬間、小春は顔を赤らめて小さくそう呟くと足早に暗闇に向かって走っていってしまった。
(口調はちょっとアレなところがあるけど、中々可愛いらしいところがあるじゃないか)
さて、ここからは生身で出歩かないといけないのか。
そのことに少々うんざりしながら俺は小春の後を追う。
「色々あって聞きそびれちゃってたけど結局俺らはどこに向かってるんだ?」
「その前に、あんたは今の久遠家をどう思っている?」
アリシアからある程度説明は受けているが、ここで全てを晒すのは少し危険な感じがする。
そうなると俺の選択肢はこうだな。
「……ギスギスしているな、とは」
「あんたも見たでしょ、お祖父様のあの姿を。あれじゃ久遠家の頭目なんてできない。だからこの家では次の当主の座を巡って戦争が起きてるのよ」
久遠宗玄の状態には正直かなり驚かされたが、それ以外の話はアリシアから聞いたものと同じだ。
しかし戦争とは、また物騒だな。
「それでさっき大広間であんたを襲おうとしていたのが本家派、次期当主候補者で嫡流の久遠玄治を当主にしようとしている連中。で、もう1人の当主候補者の京里姉さまを当主にしようとしているのが傍流派と呼ばれてる連中よ」
これもアリシアが言っていた通りだな。
となると………。
「君は傍流派なのか? 久遠のことを姉さまと慕っているし」
「……違う。わたしは姉さまをこの家から連れ出したいだけで傍流派じゃないわ」
おっと?
「さっきのことだけでも分かるでしょ!? あいつらいっつも裏で姉さまのことネチネチ陰口叩いて、隙あらば自分の孫を生ませようと穢らわしい笑顔を浮かべて姉さまに近づくし!」
「と、とりあえず落ち着いてくれ。君が久遠家を嫌っているのはよーく分かったから」
しかしそうなると疑問はより一層深まる。
久遠を担いでいる傍流派にも嫡男を担いでいる本家派にも属していない彼女は、本当にどこへ向かっているんだ?
「でもまあ、姉さまが当主になればあいつらも下手に手出し出来なくなるだろうからわたしもそれでいいのかなと思った。だけどあいつら……!」
そこまで言って小春は拳を強く握り締める。
「傍流派の奴ら、京里姉さまを監禁し始めたのよ!? そんな連中と協力なんてできるわけないじゃない!」
「か、監禁?」
予想外の発言に思わず聞き返してしまう。
一応自分たちのボスにする予定の人間にそんな扱いをしているのか!?
「何でそんなことを……。そんなことしたら久遠の恨みを買うだけだろう?」
「傍流派の奴らが欲しいのはあんたの力、京里姉さまはそんなあんたを手に入れるための釣り餌として変なことをされないように部屋に閉じ込められてるってわけ」
そう話す小春の口調はどんどん荒くなっていく。
まあ彼女の怒りは痛いほど伝わってくるし、俺自身内心ぶちギレているわけだが。
しかし、だ。
「そんなことをして傍流派は俺の協力が得られると本気でおもっているのか?」
「本家派も傍流派も興味があるのは破滅していないあんたの血と体だけ。うまいこと拘束して力を引き出そうと思ってるんじゃない?」
「……んん? 破滅ってなんだ?」
俺の言葉に小春は一瞬「しまった!」と唇に手をあてるが、誤魔化しようがないと観念したのかぽつりぽつりと喋り始める。
「異能に目覚めた人間は初めの内は自分の力に困惑して強烈に抵抗したり拒絶したりするのよ。そりゃそうよね。だって明らかに異常な能力なんだし」
「はー……」
何というか、そういうものなのかな?
俺自身、多少戸惑ったりはしたがそこまでのことは考えなかったな。
「だけどある程度時間が経つと彼らは自分の異能を極端なレベルで神聖視し始めて、ありとあらゆるものを見下すようになるのよ」
「それはまたどうしてそんなことに?」
「例えば炎を自由に発生して操れる異能を手に入れたらライターやガスバーナーなんかをわざわざ買おうと思う?」
「あー、多分買わなくなるだろうな」
というかそうか。今の俺の状態だったら色々と節約できたりするのかもな。
「そうして時間経過で異能がさらに成長すると、彼らは自分の能力より劣ったものを見下していたのが、やがて自分以外の全てのものを見下して玩具のように扱い始める」
おおっと? 何だか恐ろしい話になってきたな?
「そして最後は自分の肉体すらも玩具にして、知らず知らずのうちに精神だけの存在になってしまう。そうなると自我が崩壊し力も弱まり、やがてわたしたちが妖魔と呼ぶ存在となる。これがほぼ全ての異能に目覚めた者が辿る末路」
小春の話に思わずゾッとする。
妖魔というのには片手で数えられる程度にしか会ったことがないが、それでもあれが人間とは全く異なるものということだけは分かる。
あんな化け物に俺が……?
「で、そうなるまでの期間が大体1年弱。2年以上人間のままでいられた奴は久遠家の始祖を含めて数少ないわ」
「……い、1年?」
「そ。そんであんたのように異能に目覚めてからもう何年も人間のままでいられるのは例外中の例外なこと。だから久遠家の人間は派閥関係なく破滅の兆候を見せていないあんたの肉体を欲しがっているってわけ」
果たして人間とは何なのかと疑問に思ってしまうが、ともかく彼らにとって俺はとんでもないレアアイテムのようなものらしい。
それこそ自分たちのトップになるかもしれない人間を監禁して釣り餌にする程度には。
「ほら、見えてきたわよ!」
そんなことを考えていると、小春はある地点で立ち止まる。
そこには僅かに光が漏れ出ている、人1人がギリギリ潜れそうな四角い切れ込みがあった。
「これは?」
その俺の質問に小春は絵に描いたようなドヤ顔をする。
「ふふ、これはね、わたしが京里姉さまを脱出させるために作った隠し通路よ!」




