表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/126

第77話 お屋敷に招待されました 5

『ギャッギャッ!』


 怪物は黄色く濁ったヤギのような目玉で俺たちを見て下卑た笑い声を上げるとまた暗闇の中へ姿を隠してしまう。


 クソ、この偽体の状態だとあれに反撃するどころか『鑑定』して正体を確認することも難しいな。

 となると俺たちが取れる行動は……。


「確認するが、あの扉をくぐったら屋敷に戻れるんだよな?」

「あ、えっと……、そう、それで合ってる。だけどこの辺りの扉から出られる場所はあなたを襲った人たちの……」


 俺の質問に小春は酷く怯えた様子でそう答える。


 ……なるほど、つまり外に出るとあの大広間で俺たちを襲った連中と鉢合わせるかもしれないってことか。

 偽体の状態が万全ならそっちの選択肢を取れたのだが、こうも『感覚共有』の感度が悪いとな……、っと。


「きゃあ!」

「……っ!」


 再び暗闇から短刀が小春に向けて投擲され、それを俺は偽体の腕で何とか庇う。

 どうやら奴は俺たちが反撃できないこと、そして小春が弱点となっていることに気づいたらしい。


(あー、こっちの腕はもう使い物にならないな)


 先程の攻撃で完全に機能しなくなった右腕を見てそう判断すると、俺は改めて暗闇に視線を戻す。

 扉をくぐって脱出したとしてその先に待っているのはまた別の敵、かといってこの壊れかけな偽体であの怪物の攻撃を受け止めるのは不可能だろう。


 ならもう覚悟を決めるしかないか。


「小春、君は何か攻撃を防ぐことができる術を使えたりするか?」

「ある、けど……でも防ぐことができるのは1度だけで何度も攻撃を浴びせられると……」

「それで十分さ。いいか、合図をしたら全力で自分の身を守るんだ。その間に俺はあの化け物を押さえ付ける。君はその隙にここから全力で逃げるんだ」

「え……で、でも、あなたは……」

「俺のことは心配しなくていい。君は君のことだけを考えるんだ」


 辛うじて動くもう片方の腕で怯える小春の頭を撫でると、俺は暗闇を見つめその時が来るのを待つ。

 そして――。


『ギャギャギャ……!!』


 またあの笑い声が聞こえてくるのと同時に、黒い人影が俺たちの周囲を駆け回る。

 さて、これが正真正銘最後のチャンスだ。

 気を引き締めないとな。


『ギャギャ……』


 天井に張り付いた怪物はヤギのような目玉を激しく動かし俺たちの姿を捉え、何処からか短刀を取り出して攻撃の予備動作に入る。

 そして――。


『ギャッ!』


 怪物は再び小春の脳天を目掛けて短刀を投げてきた。


「今だ!」

「う、うん!」


 俺の合図と共に小春はポケットから取り出した札を取り出し、それから魔法陣のようなものを周りに展開する。


(向こうは大丈夫そうだな。なら俺は……)


 小春の状況を確認した俺は『感覚共有』の感度を最大限に上げ、もしもの時のためにとこの偽体の胴体に設置しておいた仕掛け(・・・)の起動準備に入った。


『ギャギャギャッ!』


 一方怪物は全身ボロボロで棒立ちしている俺を確実に仕留めることができると判断したのか、新たに鉈を構えると勢いよく飛びかかってくる。


(……ここだ!)


 怪物との距離が縮まったタイミングを見計らい、偽体の仕掛けを起動した。



◇◇◇



『ギャギャギャ!?』


 一瞬何が起こったのか分からずその場で固まってしまう。

 わたしの目の前には確かにあの男、伊織修がいたはずだった。

 それなのに……。


(一体なにが起きたの……?)


 怪物がわたしたちの目と鼻の先まで迫ってきたその瞬間、伊織修は破裂するようにその場から消え失せ、飛び散った彼の体は無数の氷の礫となって怪物へと襲い掛かる。


『ギャ……ギャギャ』


 怪物は自分の体に突き刺さった氷に悶え苦しむ。

 

 これが伊織修が言っていた隙なのか、そもそも彼は無事なのか、そんな疑問や不安が次から次へと浮かび上がってくる。

 ……それでもわたしはわたしに出来ることをしないと。


(癪だけどあいつは京里姉さまが認めた人、そのあいつが心配するなって言ったんだからわたしはそれを信じる……!)


 どうにか気力を振り絞って立ち上がると、わたしは重い足取りでその場から離れようとする。


 ……だけど。


「ひっ……!」

『ギャ……ギャヒ……』


 怪物はさらに歪んで崩壊したその腕でわたしの右足を掴む。

 その握力は見かけに反して恐ろしいほどに強く、掴まれたわたしの足は徐々に青紫色になっていく。

 

「ぐ、この……離しなさい……!」


 拘束を振りほどこうと何度も何度もその気持ち悪い顔をもう片方の足で蹴りつけるけど、怪物はその手を離そうとしてくれない。

 それどころか怪物は掴んだ右足を自分の元へ引き込んでわたしを引きずり倒す。


『ギャアアアッ!』


 怪物は舌なめずりをすると、いやらしい手つきでわたしの体を触り出す。

 当然わたしは必死に抵抗するが、恐怖と足の激痛で弱りきった今の状態であれを引き剥がせるはずもなく。


『ギャヒヒヒヒ……!』

「ひっ……」


 怪物はわたしに覆い被さり、その不潔な顔をこれでもかと見せつけると、蛇のように長い舌をわたしの体に近づけてくる。


「いや、いやよ……。誰か、助けてよ……!」


 目に涙を浮かべながらわたしは心の中で必死にそう叫ぶ。

 でも本当はわかっていた。わたしのこの思いが誰かに届くわけがない。わたしはあいつを京里姉さまの元へ連れていくという約束を果たすことも出来ず、誰にも知られるなくあの怪物に無残に食い散らされるのだと。


『ギャギャ!』


 そうして怪物の伸びきった爪がわたしの服を掴み、これまでかと目を瞑った、まさにその瞬間。


「おっらあ!」

『ギャ、ギャギャァ!?』


 誰かの叫び声と遠ざかっていく怪物の悲鳴と共に、わたしの体にかかっていた重みが突然消え失せる。


 何があったのだろうかと恐る恐る目を開けると、そこには――。


「悪い。ここに戻ってくるのに時間がかかった」


 と、申し訳なさそうにわたしに謝りながらも、一方であの怪物が投げた鉈を何ら術式がかけられていないただの腕で軽々と弾き返してしまう伊織修の姿がそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ