第74話 お屋敷に招待されました 2
「「「ようこそお越し下さいました。久遠家一同、伊織様を心より歓迎いたします」」」
(おお……こいつはまたすげえな)
観光地にある老舗旅館のような豪邸に到着し車を下りると、待っていた久遠家の使用人なのだろう人々? から一斉にお辞儀をされる。
その光景に圧倒され困惑していると、20代前半らしき女性が俺に近づいてきた。
「長旅でお疲れでしょう。お部屋を用意しておりますので、案内いたします」
「あぁ……、ありがとうございます」
そう言ってその女性は俺を先導するように屋敷の奥へと歩き出す。
と、その前に。
(『鑑定』)
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対象:使用人型式神
効果:家事全般を行うために設計された群衆型の式神。一定の自衛能力と情報共有能力を持つ。
状態:スキルレベル10/10
補足:久遠家の屋敷に予め設置された大規模術式により実体化している。現在の任務は伊織修の接待。
――――
何となく察してはいたが、やっぱりこいつらも式神だったか。
だが『鑑定』の結果を見た感じ、この体が人間に似せて作った人形だとは思っていなさそうだし、今のところは俺を襲う意思も持っていなさそうだ。
とはいえ絶対に安全だと断言することはできないし、はっきり言ってこの偽体は俺と比べるとかなり弱い。
なのでまあ、それなりに用心はしておこう。
そんなことを考えていると式神はある扉の前で立ち止まる。
「こちらが伊織様にお泊まりしていただく部屋になります」
「おお……」
扉が開かれ現れたのはこれまた豪華な全面畳張りの客室だった。
大きなガラス張りの窓からは雄大な山々の景色が見え、さらに露天風呂まで設置されている。
「またお伺いすることもあると思いますが、それまでの間ごゆるりとおくつろぎください。それと扉を出て廊下を左側に進んでいただければ大浴場がございます。お好きな時間にお入りください」
ほぉ、大浴場。そんなものまであるのか。
そういえば一族全員が集まるって話だったし、宿泊施設としても力を入れる必要があるのかもしれないな。
「では私はここで失礼させていただきます。また何かご用がございましたら机の上の鐘を鳴らしてください。それでは」
そう言って式神は再度俺に向かって一礼をすると、そのまま退室していった。
……これでようやく1人になれたか。
(まずはこのお屋敷の構造と久遠がどこにいるか把握しないとな)
そう考えた俺は早速偽体の左手を液状に変化させると、それを無数の小型ドローンに分裂させて屋敷の中へ放つ。
(ドローンとの『感覚共有』は機能しているな。なら次は……)
ドローンが設計通りに機能していることを確認すると、俺は偽体を露天風呂に向かわせ、お湯を出させる。
そして周囲に人の姿がないことを確認すると、偽体の左の手首を湯に近づけた。
すると水は自ら飛び込むかのように手首の断面に吸収されると、即座に新しい左手へと変化していく。
(……やっぱりこれホラー映画に出てくるクリーチャーみたいだよなぁ)
出来ればもっと綺麗に欠損した部位を再生できるようにしたかったのだが、まあこれは俺個人の好き嫌いの話だから今は考えないようにしておこう。
さて、この偽体は『氷結魔法』で生成した氷を素材にして『設計』と『鍛冶技巧』で作った感覚器官を埋め込んだ人型のフレームをベースに、『風魔法』や『水魔法』で内部のフレームが溶けないようにしつつ外見を俺に似せ、さらに偽物だと疑われないよう『認識阻害魔法』を全面的にかけた構造をしている。
この偽体の優れている点は3つ。
1つ目はある程度の損傷ならば周囲の水を吸収することで修復できるということ。
2つ目は拡張性の高さ。この偽体の表面は水なので予め設計しておけば先ほどのように体の部位を様々な形状に変化させられる。
そして3つ目は、万が一この偽体が破壊されてしまったとしても、その場には水や蒸気しか残らないということ。
そのため証拠隠滅や敵の目を紛らわすといったことが容易になっているのだ。
とまあここまでメリットばかり挙げてきたが、残念なことにデメリットもそれなりにある。
まずは現時点での俺の『鍛冶技巧』スキルレベルでは偽体1体の作成に数日かかるということ。
次いで戦闘力の低さ。この偽体はあくまで俺とは別の存在なのでレベルもステータスも自前で所持しておらず、スキルも予め仕込んでおいたものしか使うことができない。形態変化についても『感覚共有』でMPを送り込むことによって成しているのが現状だ。
そして最大の欠点がこの偽体は俺の『感覚共有』にとことん依存しているということ。
もしスキルを遮断するような術や能力に出くわしたら、この偽体は完全に役立たずとなってしまう。
そのためこれの操作には細心の注意を払う必要があった。
閑話休題。
欠損した部位の修復が完了し、無駄に労力を使わないように偽体を座らせようとしたタイミングで、小型ドローンからの情報が網膜へと投影される。
(あー、これは普通に歩いてたら到底久遠にはたどり着けなさそうだな)
退魔士の屋敷ということから普通の建物とは違うというのは予想していたのだが、ドローンから送られてくる屋敷の構造はそんな俺の予想を遥かに越えるものだった。
まずこの屋敷は何らかの方法で内部の空間をねじ曲げているらしく、見かけよりも遥かに広い造りとなっている。
しかもあちらこちらに屋敷内を自由に転移できる術式が仕込まれているらしく、ドローンから送られてくる映像には使用人型の式神がそれを使って移動している様子が写し出されていた。
そして何よりも気になるのが、式神が意識的に入らないようにしている不自然なまでに薄暗い部屋や階段が点在しているということ。
もちろんドローンにその内部の映像を撮らせようしてみたのだが、返ってきたのは深淵のような暗闇だった。
侵入者対策のための罠か、それとも久遠家にとって大事な何かが隠されているのか。真相は分からないが、情報が出揃うまでここに立ち入るのは止めた方がいいだろう。
ともかくこの屋敷の構造は粗方把握できた。あとは……。
そんなことを考えていると扉がトントンと軽く叩かれ、続いて俺を案内したあの式神と同じ声が聞こえてきた。
「伊織様、ご当主様が是非お会いしたいと申しております。おくつろぎのところ大変申し訳ありませんが、大広間までお越しいただけないでしょうか?」
おっと、いきなり久遠家の当主様が俺を呼んできたか。
今も全てのドローンと情報を共有できているから俺のしていることがバレたとは考えにくいが……、それでも相手は退魔士のトップとされる御仁だ。下手に機嫌を損ねるような真似をするのは良くないだろう。
それによくよく考えてみればこれは久遠の安否を確認するという目的を叶える上で絶好の機会だ。
そうなると尚更この申し出を断る理由はないな。
「わかりました! すぐに向かわさせていただきます!」
さあ、暫定大ボスとのご対面だ。




