第73話 お屋敷に招待されました 1
郊外の高速道路近くにある、ややスペースが広めなコンビニの駐車場。
いつもと比べてかなり人気の少ない場所に呼び出された俺は、そこにある場違いな物に圧倒されていた。
連休初日の早朝、例のあの手紙に血を垂らすことで浮かび上がった地図に記された約束の場所へと向かうと、そこにはあの手紙を持ってきたものと同じ容姿の久遠家の女性型式神と、一般庶民が乗車する機会など一生ないだろう純白のリムジンがあったのだ。
「伊織修様ですね。この度は私共の急な招待をお受けいただき深く感謝を申し上げます」
まだまだうだるような暑さが残る中、式神は身に纏う分厚い黒い着物や外の気温などを全く気にする様子もなく深々と一礼する。
「いやいや、こちらこそご招待していただき本当にありがとうございます。それとこれ、つまらないものですが……日持ちしますので適当な所に放っておいてください」
「お心遣いいただきありがとうございます。主もお喜びになるでしょう」
そう言って式神は差し出された紙袋をこれっぽっちも疑うことなく受け取り、それを手に持ったままリムジンの扉を開けて中へ入るよう促す。
(おお、こいつはまた凄いな……)
車内に入りまず思い浮かべたのは「豪華絢爛」の四文字だった。
リムジンの車内は大きな車窓もあってか窮屈さを感じさせない作りとなっており、また長いソファーや小型の冷蔵庫やテレビに机、さらに無数のワイングラスと様々な設備が用意されているにも関わらず広々としたスペースが確保されているなど、本当に車の中なのかと勘違いしてしまうような作りとなっている。
久遠が結構良い値段がするマンションに住んでいたこと、そして血を垂らすことで地図と共に浮かび上がった文章に「車で迎えに行く」という文言があったから、多少豪華な車でくるのだろうな、と思ってはいたのだが、これは俺の想像の範疇を越えている。
あまりの豪華さに呆けている間にも、式神は高そうなボトルを取り出すと、これまた高そうなワイングラスに液体を注ぎ込む。
「こちらをどうぞ。と言ってもただの水ですが」
「いやいや。ここへ来るまでに喉がカラッカラになっていたから本当にありがたいですよ」
そう言って作り笑いを浮かべさせると、手渡されたグラスに入った水を口に含む。
「では私は運転席におりますので、もし何かご用がございましたら机の上のブザーをお押しください。それと申し遅れておりましたが、久遠家本邸への到着は1時間半後を予定しております」
「わかりました」
そのことを伝えると式神は再び車を降りて仕切りで隔てられた運転席へと向かう。
……さて、これでこの後部座席にいるのは俺だけになったな。
早速クソ長いソファーに寝転がると、車内をざっと見る。
他に人が乗ってくることはなさそうだし、到着までの約1時間は完全な自由時間というわけだ。
その間にこちらはこちらでやれることをやっておこうかな。
そう考えていると何処からともなくスマホのアラームの音が聞こえてくる。
そろそろ頃合いかな。今こちらでやらなくてはいけないことは特にないし、一旦切り上げてあちらの体に意識を戻すとするか。
俺は瞼を閉じると全身の力を抜く。
そして―――。
(『感覚共有』オフ)
スキルを解除すると同時に、見慣れた天井が俺の視界に入った。
カーテンの隙間からは日差しが入り込んでおり、時折外から鳥の囀ずりが聞こえてくる。
ああ、間違いなくここは俺の部屋だ。
(一先ずは成功だな……)
そんな感慨に耽りながらベッドから起き上がり枕元に置いてあったスマホを開くと、真っ先に通知欄にある佳那からの「鍵閉めてあるから」というあまりにも簡素なメッセージが。
そういえば佳那は連休中は剣道の合宿か何かで泊まり込みなんだっけ。
つまり今この家にいるのは俺だけか。
自分しかおらず静寂さに包まれた我が家に少し違和感のようなものを覚えながら勉強机へと向かうと、連休ということもあっていつもより多めに出された課題を片付けていく。
そうして黙々と作業を続けていると。
ぐぅ~。
と、そこで俺のお腹がギュルギュルと鳴る。
……そういえば今日はまだ何も食べてなかったな。
佳那がいる時はそれなりの出来だが一応ちゃんとした食事を用意するのだけど、自分1人となると調理器具を取り出すことすら面倒くさくなる。
どうせ今日も明日も明後日も俺1人なんだし、飯は適当に済ませてさっさとあちらの体に戻ろう。
そう考えて冷蔵庫から栄養補助ゼリーとスナックバーを腹に入れると、再び自室へと向かい現在時刻を確認する。
スキルを解除してからからまだ1時間ちょっと、仕掛けについてはまだバレていなさそうだし、何かが起きた時に作動するよう設定した例の機能も動いてないから恐らく大丈夫、のはずだ。
そう考えて俺は枕元にスポーツドリンクと天然水のペットボトルを置くと、そのままベッドに大の字で寝転がる。
(『感覚共有』)
次の瞬間、俺の五感はリムジンのソファーに横たわる体と共有される。
そうして起き上がった俺は、真っ先にこの体の状態を確認を行う。
(……うん、特に何もされてなさそうだな)
異物が混入された形跡も、正体が暴かれた痕跡もなし。
時間のズレもない。うん、これなら変に心配する必要はないだろう。
一安心すると、俺は改めて腕を見る。
一見すると色も感触も温度も人間のそれと全く違いがない。その上さらに『認識阻害魔法』を発動して見た人間が違和感を持たないようにしているのだから、これの正体に気づける者はほぼ存在しないだろう。
そう、リムジンに乗っているこの体は本物の俺の肉体ではない。
『水魔法』、『氷結魔法』、『風魔法』、『認識阻害魔法』などのスキルを使って生み出した本物の人間に似せて作り上げた【偽体】。
そしてその【偽体】をスキル『感覚共有』を用いることで本物の人間のように動かし、俺が喋ったことを直接向こう側に届けられるようにすることで、家にいながら安心安全に敵地へと潜入できるようにする。
これが俺の考えた久遠家本邸潜入計画の切り札だ。




