第70話 お屋敷にお呼ばれされました 3
「……よし」
昼食を食べ終え部屋に戻った俺は廉太郎に約束の写真を送ると、上島さんから渡された紙切れと久遠家の式神が持ってきた手紙をベッドに並べる。
まずどちらから見ようかとずっと考えていたが、ようやくその判断がついた。
俺はそっと上島さんから手渡された紙切れを手に取ると、それを開いていく。
(……これってIDか?)
紙切れに書かれていたのはチャットアプリのIDと思われるもの、それと「もし良かったら連絡してください」というメッセージだった。
とりあえず自分のスマホのチャットアプリを開きIDを入力すると上島さんの物と思わしきアカウントが出てくる。
(書いてある通りにしてみるか)
一応個人名は出さずに『メモの中身を見ました』とだけ送ってみると、即座に『連絡くれてありがとう。伊織くん』と返ってきた。
うん、上島さんで確定だな。
俺はそのまま『それで用件は?』と送る。
数秒ほど待って『久遠さんのことで伝えておきたいことがあって。久遠さん、電話越しでも分かるくらい疲れていたの。それに何処か体調も悪そうだったし』と長文のメッセージが送られてきた。
電話越しでも分かるほど疲れていた?
お盆は電話に出られないという話だったから、その会話が交わされたのはその前ということになるが……。
『体調が悪そうなことは久遠さんには言った?』
『言ったよ。「元気なさそうだけど大丈夫?」って。そうしたら久遠さん、ちょっと夏バテしてるだけだから大丈夫だって。だけど久遠さん、自分のことになると少し我慢しがちなところがあるから』
上島さんの意見には俺も同意だ。
あの久遠が素直に弱音を漏らすとは思えないし、それにあんな家業をしている彼女が夏バテでそこまで弱るとも考えにくい。
ふとそこで俺はある疑問を抱く。
「『ところでどうして俺にこのことを話そうと思ったの?』っと」
そうメッセージを送ると上島さんはまるで黙り込んだかのように反応がなくなる。
スマホから離れないといけない用事でも出来たのか、そう考えていると。
『その、伊織くんって久遠さんと付き合ってるんでしょ?』
送られてきたメッセージに思わず吹いてしまう。
俺が? あの久遠と?
『いやいや! 俺なんかがあの久遠と付き合える訳ないだろ!?』
ただ好奇心だけで色々なことに首を突っ込む俺なんかと、才色兼備で性格も良く誰からも好かれていて責任感も強い久遠ではそれこそ格が違う。
ていうか何をどう考えたら俺と久遠が付き合ってるなんて発想になるんだ!?
想定外の返信にテンパっていると、追撃のように上島さんからのメッセージが飛んでくる。
『そうなの? 林間学校でもとても仲良くしてたし、久遠さんって伊織くんの話をすると顔を赤くしたり何か隠そうとしてたから付き合ってるのかなって』
俺の話をして顔が赤くなるのは分からないが、林間学校で仲良くしているように見えたのはあの妖刀に関わる仕事があったからだし、隠そうとしているのは上島さんがああいったオカルト染みた存在とは無縁だからだろう。
とにかく俺と久遠の交際の事実はない。それだけは確かだ。
『それは全部誤解だ。俺と久遠はただのクラスメイトであって、それ以上でもそれ以外でもない。それにもし付き合ってるのなら俺の方が今日の久遠の欠席についてもっとよく知っているはずだろう?』
そう返信すると、数秒の間を空けて『それもそっか』とメッセージが返ってくる。
そして続いて『ごめん! 変な勘違いしちゃって! わたしが話したこと久遠さんや他の人に黙っててくれる?』と送られてきた。
俺が『分かったよ』と返すと『本当にごめん!』というメッセージが送られてきて、それから少し雑談をして自然と会話は終了する。
……まさか俺なんかと久遠が付き合ってると勘違いしてる人がいたとは。
そのことに内心慌てながら、俺は手紙へと視線を移す。
(これはこれで厄介そうなんだよなぁ……)
とはいえ開かずにはいられないだろう。
念のために自分に対して『マジックカウンター』を発動させてから慎重に封を開く。
中から出てきたのは大河ドラマに出てきそうな折り畳まれた手紙で、差出人の部分には達筆な文字で久遠宗玄と書かれてあった。
肝心の内容だが、まず久遠に協力してくれたことへの礼が書かれてある。
そしてなんとこれまでの協力への感謝の気持ちとして俺を久遠家の本邸に招待して労いたいと書かれてあったのだ。
時期は2週間後の連休を想定しているとのことで、式神が語っていたのと同じく、もし招待を受けるのならその日までに手紙に血を一滴垂らして欲しいと書かれてある。
(……なーんか罠っぽいな)
特に根拠があるわけではない。ただ直感的に何か裏があるのではないかと感じ取った。
確かにこの招待を受ければ久遠が今どういった状況なのか知ることは出来るだろう。
だが本当にこの手紙の通り相手が俺に感謝しているかは分からないし、罠に掛けてくるかもしれない。
それにこの手紙を差し出した人物は俺の家を知っていた。
最悪の場合、俺が留守の間に佳那を人質にするという可能性もあり得る。
というかこれが一番の不安要素だ。
しかし、だ。
(……やっぱり気になるんだよな。久遠が今どうしているのか)
久遠の欠席、そして上島さんからの話。
それを聞いてから入学式の日の、誰も寄せ付けようとしない強い拒絶の意思を放っていた久遠の顔が脳裏をちらつく。
(とりあえず久遠にメッセージを送ってもう少し様子を見てみるか)
再びアプリを開き、『学校休んでいたけど大丈夫?』と久遠にメッセージを送ると、俺はベッドに寝転がる。
手紙についての判断はとりあえず保留。
アリシアにも話を聞いてみたいところだが、多分急にメッセージを送っても何も答えてはくれないだろう。
話を聞くとしたらこの手紙を持って直接会いに行った方が良さそうだ。
「……疲れた」
今日の家事当番は俺だが、夕食を作るまで時間はある。だったら少しくらい寝ても多分大丈夫だろう。
そう考えた俺はアラームをセットしたスマホを枕元に置くと目を閉じる。
やがて押し寄せてきた疲労感と睡魔によって俺はすぐに眠りに落ちた。




