第67話 それぞれの結末
―――side加藤正義
「なんで、なんでだよ!」
人里から遠く離れた山奥に設置された対異能力者用の拘置所。
その施設の一室でその少年――加藤正義は半狂乱になりながら何度も何度もコップに手をかざす。
彼が所有していたスキル『鍛治技巧』とスキル『設計』、この2つを組み合わせたら彼の目の前にあるそのコップは脱走のための道具に作り替えられるはず――だった。
それにも関わらず彼が何十分、何時間かけてもコップはただのコップのままだ。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ! 僕はただのモブなんかに戻りたくないんだ!」
加藤正義は必死に叫ぶ。叫び続ける。
しかし幾ら叫び続けた所でコップが何かに変わることはないし、彼の身体能力は肉体年齢同様のものでしかない。
それでも彼は否定し、そして叫び続ける。
自分は特別な、選ばれたヒーローなのだと。
しかし彼のその悲痛な嘆きは誰かの耳に届くことはなく、永遠に虚空を木霊するだけだった。
◇◇◇
―――sideアリシア
「カバーストーリーの流布や関係者への記憶処理には手間をかけさせられたが、その代価に見合う価値はあったと上は喜んでいるよ」
駅前の高級喫茶店。その一角でスーツ姿のその男はご機嫌な様子で如何にも高そうなケーキを口の中に入れる。
――直接の上司とはいえどうしてこの男なんかとお茶を共にしなくてはならないのか。
アリシアという名前を与えられたエージェントの少女は不愉快そうに紅茶を飲む。
「おや、フォークが止まっているよ? 気にせずともここは全て僕のおごりだ。じゃんじゃん頼んでくれて構わない」
「そういうことじゃなくて……。ああ、もう良いわ」
アリシアは細やかな抵抗を諦めチーズケーキにフォークを入れると、一切れ口に運んだ。
1皿2000円近くするその味は確かなもので、アリシアは顔が緩まないよう抵抗するのに必死だった。
そんな彼女の様子を見て【平田】と名乗っているスーツの男は怪しげな笑みを浮かべると、ようやくカバンから資料を取り出す。
「まず加藤正義についてだが、彼は間違いなくあの【ガス爆発事故】で死亡したと思われていた人物だった」
「……だけど実際には生きていて超常の力で異常な犯罪を繰り返していた」
「ああ、おかげで我らが【組織】は蜂の巣をつついたようになっているよ」
平田はまるで他人事のようにそう言うと、最後のチョコレートケーキの一切れを口の中に入れる。
「それじゃあの【事故】で唯一の生存者である彼へのアプローチも変えた方がいいのかしら?」
「いいや。そちらの方は変わらず監視と保護に徹して貰えればいい」
そう言ってから平田はウェイターを呼ぶとまた高いケーキを注文した。
そんなマイペース過ぎる平田の行動をいつものことだと目を瞑り、アリシアは口を開く。
「どうして現状維持になったのか理由を聞かせてもらっても?」
「彼の力はもう我々の手に負える域を超えている。理由はそれで十分だろ?」
「……ええ、そうね。今さら『排除しろ』なんて命令が出たら組織の崩壊とボロボロになって彼に降伏している様子が目に浮かぶわ」
アリシアはその光景を想起してしまったのか身震いをする。
ちょうどそのタイミングでウェイターが平田が追加注文したケーキを持ってきて、彼は「待っていた」とばかりにフォークを入れた。
そんな平田の態度にアリシアは呆れながら自分を落ち着かせるために紅茶に口をつけようとする。
「さて、雑談はこれくらいにして本題について話し合おうじゃないか」
「!」
ようやくか。アリシアは居住まいを正して『平田』を名乗る男を見る。
「上は今回の一件で世界で初めて異世界由来の技術や素材を入手することが出来たことを大層喜んでいる。よって君をクラス3監督者へと昇格させることを決定した」
平田は丁重に半透明のカードキーのようなものをアリシアに手渡す。
「それがあれば君はより多くのアーカイブを探れるようになるだろう」
「そうね。ありがたく使わせてもらうわ」
受け取ったカードキーのようなものを確認すると、アリシアは席を立つ。
「叶うならこれからも我が国と我らが組織のために尽力してもらえると助かるよ」
「……私もそうありたいわ」
最後にそれだけ告げるとアリシアは喫茶店を出る。
彼女の顔には後戻りは出来ないと覚悟を決めたような表情が浮かんでいた。
◇◇◇
―――side伊織修
「それじゃあ皿洗いお願い!」
「はいよと」
夕飯を食べ終えると、佳那はさっさと自分の部屋に行ってしまう。
「ふぅ……」
俺は一息つくと、テレビを点ける。
『続いて【大規模児童誘拐事件】についてお送りいたします。■■日の未明に漂流中のタンカーを海上保安庁の巡視船が発見、呼び掛けに応答しなかったことから海保隊員が移乗したところ多数の児童を発見したとのことです―――』
ニュースでは今日もこの事件について大きく取り上げている。
ネット上ではタンカー内に児童しかいなかった事から既に怪事件として扱われており、様々な陰謀論が囁かれていた。
しかしまさかこの事件の真相が【異世界から出戻りしてきた者が魔法にも等しいスキルを使って児童を大量に拐った】だとは誰も予想できないだろう。
『カバーシナリオは既に用意してあるから、あなたは好きに暴れてもらって構わない』
殴り込みをかける前にアリシアはそう言っていたけど、まさかここまで大規模なものだとは正直予想外だった。
……そう言えばあれもどうにかしないといけないんだったな。
俺は『アイテムボックス』を発動させると、中からあの『イカイ水晶』を取り出す。
「『鑑定』」
――――
対象:イカイ水晶
状態:良
補足:異界から魔力を抽出し、所有者のスキル発動に必要なMPを代替わりする。
また水晶を喪失すると元の所有者はスキルの発動が出来なくなる他、元々発動していた全てのスキルの効力が失われる。
現在の所有者はなし
――――
こいつは何か重要な資料になるだろうと、ベースの軟着水に成功させた後、これを『アイテムボックス』に収納したのだが、それと同時に加藤某はこのイカイ水晶の保有者ではなくなってしまったらしい。
そして厄介なことにこいつは誰も保有者とは認めようとしてくれないのだ。
アリシアに「どうするかはあなたに全て任せる」と言われてはいるけど、さてどうしたものか。
……どうせ持っていても意味はないし、無駄に『アイテムボックス』を圧迫するだけだし、いっそのことここで壊してしまうのもありなのでは?
水晶を眺めている内に何もかも面倒くさくなった俺は、机の上にティッシュを敷くと、少し力を込めてそれを木っ端微塵に破壊する。
さあ、これで悩み事の1つは解決した!
もうあの水晶のことなんか気にせず、残り少なくなった夏休みをどう過ごすかに思考を割こうじゃないか!
そんなことを考えながら食器と手を洗うために台所へ向かおうとしたその時。
『スキル【鍛冶技巧】、並びにスキル【設計】がスキル一覧に追加されました』
……はい?